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サーよし!2  作者: たらふく
278/413

278 月一の土曜日




―――そして翌日。



「郡司さん、おはよ~」


今しがた登校してきた和子に、市原が声をかけた。


「市原さん、おはよう」

「なあなあ、郡司さん・・」


市原は和子の傍へ行き、小声で囁いた。


「どしたんなら」


和子は何事かと驚いた。


「昨日さ・・私、見たんやけど・・」

「なにを?」

「小屋の前でさ・・神田さんがずっと立ってたんよ・・」


市原は下校時、神田の姿を見ていたのだ。


「え・・」

「なんかまた・・妙なことでも企んでるふうに見えたで・・」

「そがなことやこ・・あるんじゃろか」

「ちょっと、気ぃつけた方がええと思うねん・・」


そこへ神田が教室に入って来た。

神田は誰とも挨拶を交わすことなく、自分の席へ進んだ。

すると市原は和子を引っ張って、神田から離れた。


「もし・・なんかあったら、すぐに日置先生に言うんやで・・」


市原はそう言ったが、和子は神田が卓球に関心があるんじゃないかと、やはりそう思えた。


「なあ、市原さん」

「ん?」

「神田さん・・やっぱり卓球に興味があるんじゃなかろか・・」

「えぇ・・そんなことないって・・」

「私・・声かけてみるけに」

「えっ!嘘やろ」


そして和子は神田の席まで行った。

当然、その後を市原も続いた。

神田は頬杖をついて、また校庭を見ていた。


「神田さん・・」


和子が呼ぶと、神田は驚いて振り向いた。


「なに・・」

「神田さん・・もしかして卓球に興味があるん?」

「え・・」

「前に、一年生大会のこと訊きよったけに・・」

「ああ・・」

「で、さっき、市原さんから聞いたんじゃけど、昨日、小屋の前に立っとったん?」


そこで神田は市原に目を向けた。

けれども市原の目は、警戒心を募らせていた。


「ああ・・うん」

「なにしとったん?」

「なにて・・別に・・」

「今度の日曜やけんど、一年生大会があるんよ。もしよかったら、観に来る?」

「え・・」

「よかったらでええけに。場所は府立の別館。難波にあるけに」

「そうなんや・・」

「私も行くからな」


市原は、まるで制するように強い口調で言った。

そう、来るのは構わないが、妙なことするなよ、と言わんばかりだ。


「うん・・行けたら行く・・」


神田は力のない声で返事をした。



―――そして土曜日。



「でね、明日なんだけど」


練習後、日置は彼女らに向けて話をしていた。


「僕は、秀幸の結婚式に出席するから、郡司さんのことはきみたちに任せたよ」

「なにーーーっ、秀の字、結婚すんのかよ!」

「いやあ~よかったですね!」

「お似合いの二人やもんな!」

「白鳥さぁん、綺麗なお嫁さんでしょうねぇ」

「秀幸さんて・・誰ですか」


和子は八代も白鳥も知らなかった。


「八代くんっていう、僕の親友なの」

「へぇ・・」

「それで、きみには頼もしい先輩たちが着いてるから、大丈夫だよ」

「はい」

「よーーし、郡司よ。明日は大船に乗ったつもりで、この中川さまに任せな!」

「あんたの船・・船酔いしそうやけどな・・」


阿部がポツリと呟いた。


「チビ助!おめーうるせぇよ」

「明日は、よろしくお願いします」


和子は彼女らに、丁寧に頭を下げた。


「頑張るんやで」

「私らが着いてるからな」

「ファイトやでぇ~」

「先生よ」


中川が呼んだ。


「なに?」

「秀の字と白鳥さんに、おめでとうって伝えてくんな」

「うん、そうするね」

「私らからも、そう言うてたと、伝えてください」

「ありがとう」


そして日置は一足先に小屋を後にした。


「さてさて~ふふっ・・」


中川は着替えようと、部室へ行こうとした。


「なに笑ろてんのよ」


阿部が訊いた。


「わたくし・・これから大河くんとデートですの」

「えっ!」

「チビ助よ、おめー忘れたのかよ」

「あ・・ああっ、月一の土曜日!」

「ふふっ・・そうさね・・」

「なるほど、それでか」

「ってことで、わたくしは、うーめだに向かいますのよ」

「あはは、うーめだってなんやねん」

「中川さん、めっちゃ嬉しそうやな」


重富が言った。


「当然ですわ。いいこと?あなたたち着いて来るんじゃないわよっ」

「そんなん言われたら、着いて行きたくなるよなあ」

「あはは、とみちゃぁん、ほんまに着いて行くのぉ」

「おいおい、冗談じゃねぇって。マジで着いて来んなよ」

「私、場所、知ってるし~」


阿部は、わざとそう言った。


「かぁ~~!おめーらな、人の恋路を邪魔する奴は、ブタに蹴られてなんとやらって、知らねぇのか!」

「あはは、それブタやなくて、馬やで」

「なっ・・細けぇことはいいんでぇ!」

「わかった、わかった。行かへんって」

「ったくよー、油断も隙もありゃしねぇぜ」


中川はそう言って、部室に入った。


「千賀ちゃぁん・・まさか、ほんまに着いて行かへんよなぁ・・」


森上は小声で訊いた。


「でもな・・なんか心配なんよな・・」

「えぇ・・阿部さん、行くん?」


重富が訊くと、阿部は小さく頷いた。


「嘘やろ・・ほなら・・私も行く・・」

「私はぁ、家の手伝いするからぁ・・帰るわぁ」

「うん・・恵美ちゃんは帰った方がええ・・。あ・・郡司さんも帰りや・・」

「はい・・」


こうして阿部と重富は、中川と別行動で卓球専門店へ行くこととなった。



―――昨晩のこと。



「もしもし」


大河は自宅で電話をかけていた。


「はい、須藤です」


そう、相手は三神の須藤だった。


「僕、大河ですけど」

「えっ、大河くん。どしたん」


須藤は、わざわざ電話など珍しいと驚いた。


「あの、突然でごめんな」

「いや・・ええけど、どしたんよ」

「実は、明日の夜なんやけど、僕と練習してくれへんかな」

「え・・なんでなん」

「実はな、中川さんと約束してるんやけど、きみにも来てほしいねん」

「なんで私が」


その実、大河は中川との距離を置きたかったのだ。

とはいえ、けして中川が嫌いなわけではない。

けれども、ここ最近の「急接近」に、これ以上は危険だと判断したのだ。

なぜなら、大河も中川を好きになり始めていたからである。

そこで須藤も一緒に練習することで、僕たちはあくまでも友達だと、中川に伝えたかったのだ。


「あかんのやったら、ええけど」

「いや、別にあかんことないけど、中川さん、大丈夫なん?」


須藤は中川が大河に気があることは、とっくにわかっていた。


「なにが」

「中川さん、大河くんのこと好きやろ」

「そ・・そんなんちゃうし」

「大河くん、迷惑なん?」

「うん、はっきり言うて、迷惑やねん」


大河は心にもないことを言った。


「それやったら、私が行かんでも、断ったらええんとちゃうの」

「いや・・とりあえず約束してしもたし・・」

「あのな、こんなん言うたらあれやけど、嫌やったら嫌って、はっきり言うた方が中川さんのためやと思うで」

「約束を反故にするんは・・あかんし」

「そうか・・」

「うん・・」

「大河くん、律儀やもんな」

「・・・」

「わかった。で、どこへ行ったらええの」

「梅田の卓球店」

「え・・あそこって、練習できるん?」

「うん・・」

「そうなんや。わかった」


こうして大河は須藤に「協力」してもらい、中川に自分を諦めさせることにした。

いや、むしろ自分が、これ以上中川を気にしなくていいようにとの策だった。

それがお互いのためであると思ったのだ―――



一方で、そうとは知らない中川は、梅田に向かう足取りも軽く、その美しい顔は輝いていた。

そして中川は、梅田に到着すると、とある雑貨店に入った。

そう、お見舞いに来てくれたお礼に、プレゼントしようと考えたのだ。


「いらっしゃいませ」


気の良さそうな中年女性店員が、快く中川を迎えた。


「どうも」


中川は輝くような笑顔で応えた。


「どうぞ、ゆっくりご覧になってくださいね」

「ありがとうございます」


中川は軽く会釈して、店内を見て回った。

その頃、中川の後をつけてきた阿部と重富は、入口から店内を見ていた。


「なにしてんねやろ・・」


阿部が呟いた。


「ここ・・卓球と関係ないで・・」

「ちょっと、見てみ。あの嬉しそうな顔・・」

「あれちゃう。大河くんに、なんか買うんとちゃうか・・」

「なるほど・・それやな・・」


なにがいいかしら・・

大河くんが喜んでくれそうなものといえば・・

あら・・私ったら・・大河くんのこと・・なにも知らないわ・・

そういえば・・大河くんって・・柔道習ってたのよね・・


「どなたかに、プレゼントですか?」


店員が声をかけた。


「そうなんですの」

「あ・・もしかして、彼氏?」


店員はいたずらな笑みを見せた。


「いやですわ~、でも、そうとも言えるかしら」

「お嬢さん、とってもお美しいですものね」

「ふふふっ・・」

「彼氏も高校生?」

「ええ・・そうなんですの」

「それやったら・・そうですねぇ・・」


店員は、男子高生が喜びそうなものを探していた。


「あっ、これなんかどうでしょうね」


店員は、丸々と太ったペンギンのキーホルダーを手にした。


「あらっ!それとってもいいですわ」


中川は、そのペンギンが大河に似ていると思った。


「通学鞄につけるのに、ピッタリですよ」

「仰る通りですわ。じゃ、それください」

「ありがとうございます」


そして店員は、小さな花柄の紙袋に青いリボンを付けてやった。

中川はお金を払い、袋を手にした。


「喜ばれるといいですね」

「ええ。どうもお世話様でした」

「また、いらしてくださいね」


店員は優しく微笑んだ。

中川は、ニッコリと笑って店を後にした―――

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