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サーよし!2  作者: たらふく
273/413

273 公衆電話

                 



―――体育館では。



日置は組み合わせ表を受け取り、ロビーのベンチで座って見ていた。


森上はここで・・第三試合・・

そして重富はここで・・第五試合・・

中川はここで・・第一試合・・

郡司はここで・・第二試合・・

もう中川は間に合わないじゃないか・・


そして日置は中川が試合をする、第7コートへ向かった。

すると対戦相手の選手が、コートに着いて中川を待っていた。


「あの、きみ」


日置は選手に声をかけた。


「僕、桐花の監督なんだけどね、中川がまだ来てないんだけど、もう少しだけ待っててくれないかな」

「え・・」


女子は振り向いて、監督を見た。


「どないしたんや」


中年男性が小走りで駆け寄って来た。


「すみません、桐花の日置と申します」

「ああ・・」


男性は、団体で優勝した桐花と日置のことは知っていた。


「うちの中川がまだ来てないんですが、もう少しだけ待っていただけませんか」

「来てないて、遅刻ですか」

「はい・・申し訳ありません」

「うちは、かまへんのやけど、タイムテーブルがあるからなぁ」

「はい、承知しています。十分・・いえ五分だけ待っていただけませんか」

「わかりました。ほな五分だけ」

「ありがとうございます」


日置は丁寧に頭を下げて、再びロビーへ向かった。


まったく・・なにやってるんだよ・・


「日置くん」


後ろから皆藤が追いかけてきた。


「ああ、皆藤さん」


日置は軽く一礼した。


「桐花の子たちが見当たりませんが、どうしたのですか」

「それが・・遅刻かと・・」

「遅刻?全員がですか」

「僕も、そこはおかしいと思ってるんですけど・・」


日置はそう言いながら、入口を見ていた。


「間に合わない場合は、棄権となりますよ」

「はい、承知しています」

「どうしたんですかね・・」


皆藤も入口を見て、心配していた。



―――一方、学校では。



慌てて職員室に入った阿部は、電話帳で臨海の番号を探していた。


臨海・・臨海・・り・・り・・

ああ・・どこや・・どこやねん・・


阿部には、これ以上ないくらい焦りと動揺が見られた。


はよ・・先生に報せな・・はよ・・はよ・・

臨海・・り・・り・・あっ、あった!


番号を見つけた阿部は、すぐに受話器を手にしてダイヤルした。


プルルル・・

プルルル・・


はよ出て・・はよ・・はよ・・


プルルル・・

プルルル・・


なにしてんねん・・

誰もおらんのかな・・


プルルル・・

プルルル・・


「はい、臨海スポーツセンターです」


出たのは男性事務員だった。


「あっ、あの!桐花学園の日置先生をお願いします!」

「失礼ですが、どなたですか」

「桐花学園の阿部と言います!日置先生をお願いします!」

「桐花学園・・卓球の試合ですか」

「そうです!早くお願いします!」

「ちょっとお待ちください」


男性は、捲し立てる阿部に、不快感を覚えていた。

そしてゆっくりと立ち上がり、「あ~あ」と言いながら、フロアへ向かった。

その声は阿部にも聞こえていたが、そんなことはどうでもよかった。

ほどなくしてフロアに入った男性は、本部席へ行き「桐花学園の日置先生、いらっしゃいますか」と不機嫌な顔で訊いた。


「おられるはずですが、なにか?」


三善が答えた。


「お電話です」

「そうですか・・えっと~・・」


三善は立ち上がって、辺りを見回した。


「いてへんな・・。放送かけますわ」


三善はそう言ってマイクをオンにした。


「桐花学園の日置先生、お電話がかかっております。至急、事務室までお越しください」


三善はこれを二回繰り返した。

この時、日置は外に出て、高師浜駅に向かって歩いていたのだ。

一方で、日置と別れた皆藤は、ハンカチで手を拭きながらトイレから出たところだった。


「日置くんに電話だと聴こえましたが」


本部席に戻った皆藤は、三善に訊いた。


「そうらしいですね」


この時点で事務員は、事務室に戻っていた。


「日置くん、外へ行きましたけどね」

「え・・そしたら放送、聞いてないんとちゃいますか」

「私が行きましょう」


そして皆藤は事務室へ向かったのである。

ほどなくして事務室に到着した皆藤は、「私が代わりに出ます」と言って受話器を手にした。


「もしもし」

「あっ、先生!大変です!」


阿部は、皆藤と日置の声の判別もつかなかった。


「きみは、桐花の生徒さんですか」


皆藤は、彼女ら五人の誰かだと思った。


「えっ・・日置先生やないんですか・・」

「私は皆藤です」

「えっ!日置先生はどうしたんですか!」

「日置くんは、きみたちを探しに外へ出て行ったままですよ」

「ええええ~~!」

「きみ、誰ですか」

「阿部です、阿部です」

「ああ、阿部くんでしたか。で、どうしたのですか」

「中川さんが大変なことになってるんです!」

「きみ、落ち着いて」

「あの、あの!」


そして阿部は、中川が刺されたことを慌てながら話し、自分は足が治らなくて授業に出ていることも伝えた。

すると皆藤は「わかりました」と言って電話を切り、すぐに日置を探した。

慌てて外に出た皆藤は「日置くん!」と言いながら、全速力で日置の元へ行った。

その様子を見た日置は、何事かと唖然としていた。


「皆藤さん、どうされたんですか」

「ハアハア・・きみ・・大変です。中川くんが電車で刺されたそうです・・ハアハア・・」

「え・・」

「きみ・・ハアハア・・学校に戻りなさい・・」

「刺されたって・・どういうことですか!中川は、中川は、無事なんですか!」

「それはわかりません・・今しがた、阿部くんから連絡がありました・・ハアハア・・」

「すみません、桐花は棄権します!後はよろしくお願いします!」


日置はそう言って、そのまま駅に向かった。

走って行く日置の後姿を見ながら、皆藤は中川の無事を祈っていた。



―――その頃、病院では。



救急車で運ばれた中川は、直ぐに処置を受けた後、病室で眠っていた。

手術も、傷口を縫い合わせるだけの、ごく簡単なものだった。

けれども重富ら三人には、まだ動揺が見られた。


「ああ・・一時は死ぬかと思た・・」


重富は、椅子に座ったまま力のない声でそう呟いた。


「でもぉ・・軽く済んでよかったなぁ・・」


森上も、やれやれといった風に胸をなでおろしていた。


「傷が・・顔やなくて・・ほんまによかった・・よかった・・」


和子は泣いていた。


「ほんま、それやん・・」


重富も、もし顔だったとしたら、と考えるだけで背筋の寒くなる思いがした。


「ううっ・・」


そこで中川の意識が戻った。

すると三人は、中川の顔を覗きこんだ。


「中川さん・・」


重富は小声で呼んだ。


「うっ・・あっ!」


中川は目を開けて、自分がベッドで寝ていることに驚いていた。


「ここ・・病院なのかよ・・」


中川は腕の点滴も見ていた。


「そやで・・もう・・あんたさ・・ううっ・・」


重富は、とうとう泣き出した。


「中川さぁん・・傷口・・痛ないかぁ・・」


森上も泣いていた。


「先輩・・ううっ・・」

「おいおい、おめーら、なに泣いてやがんでぇ」

「だってさ、もう死ぬかと思たんやで」

「私が死ぬわけねぇだろ」


中川はそう言って笑った。


「つーかよ・・これって病院送りだよな」

「もう、あんたは、なに呑気なこというてんねや!」

「あはは、一度経験してみたかったんでぇ、病院送りっつーのをよ」


いつも通りの中川を見て、彼女らは心底安堵していた。

さすがの中川でも、リアル病院送りにショックを受けていると思っていたのだ。


「あっ!おめーら、こんなところにいる場合かよ!試合だ、試合さね!」

「もう今さら行ったって、間に合わへん」

「っんなことあるかよ。いいから、おめーら行け!」

「中川さんを一人にしてぇ、行けるわけないよぉ」

「バカ言ってんじゃねぇ!特に森上、おめーは優勝がかかってんだ!行けって!」

「こんなんでぇ、試合なんかする気になられへんよぉ」

「私は、ほれ、この通り元気なんだ。だから行けって」

「あの・・先輩」


和子は重富を呼んだ。


「なに?」

「先生・・待ってはると思うんじゃけんど・・」

「あっ!ほんまや!」

「連絡した方が、ええと思いますけど、どうします?」

「電話しかないな・・」


そして重富は病室を出て公衆電話に向かった。

しばらく歩くと、ナースステーションの近くに電話があった。


あ・・あった・・


電話を見つけた重富は、電話帳で番号を探してダイヤルした。


「はい、臨海スポーツセンターです」

「あの、桐花学園の日置先生を呼び出していただけませんか」


男性は、またか、と思った。


「どちら様ですか」

「生徒の重富といいます」

「さっきも、桐花の生徒やいうて、同じような電話がありましたよ」

「そうなんですか・・」


重富は、阿部だと直感した。

ということは、中川の件が学校にも伝わっているということだ。

だとするならば、もう日置は体育館にはいないはずだ。


「あの、もういいです」

「え・・」

「他にかけてみます」

「いいんですか?」

「はい、すみません」


そして重富は一旦切り、また電話帳で番号を探した。


えっと・・桐花・・桐花・・あった・・


重富は学校へ電話をかけた。


「もしもし、桐花学園ですっ」


出たのは教頭だったが、その声はとても慌てていた。


「あの、二年六組の重富ですが」

「あああ!重富さん!きみ、中川さんは大丈夫なのですか!」

「はい、簡単な手術も終わって、今は病室で寝てます」

「病院はどこですか!」

「住之江区のA病院です」

「わかりました」

「日置先生は、おられますか」

「いえ、日置くんは戻ってませんよ」

「そうですか。ほなら、阿部さんに今のこと、伝えてもらえますか」

「わかりました。こちらから親御さんにも報せますから、きみは、そこにいてください」

「はい、わかりました」


そして重富は受話器を置いて病室に戻った。

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