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サーよし!2  作者: たらふく
272/413

272 刃傷事件




―――そして翌日。



彼女ら四人は、臨海スポーツセンターへ向かうため、新今宮のホームで電車を待っていた。


「ちょっと、中川さん。どしたんよ」


重富が訊いた。

そう、中川は大河がいないかと、キョロキョロ探していたのだ。


「別に、どうもしねぇさ・・」


中川は一週間ぶりに会えるのが、とても嬉しくて仕方がなかったのだ。


「大河くん、探してるやろ」

「悪いかよ!」

「別に悪ないけど、あんた試合やで」

「先輩って、ほんまに大河さんのこと、好きなんですね」

「おうよ、郡司。おめーはまだガキだからわからねぇだろうがよ、この、なんつーか、五臓六腑に染みわたる熱い感覚・・」

「酒飲みのおっさんか」

「重富よ、おめーにもわかんねぇだろうな・・」

「いや、わかるし!」

「え・・とみちゃん、好きな人、いてんのぉ」

「森上よ・・訊くだけ無駄ってもんさね」

「なんでなぁん」

「どうせこいつぁ~おんどれはアンドレって言うに決まってんだろうがよ」

「あはは」


思わず森上は笑っていた。


「そう・・おんどれはアンドレもそうやし、メスカルもそうやし・・」

「メスカルてぇ、なんなぁん」

「あはは!重富よ、うめぇこと言いやがるぜ」

「もう~あんたに感化されてしもたわ!」


そこへ電車が入って来た。


「森上よ・・オスカルだろ。で、メスカルって寸法さね」

「寸法てぇ・・」

「いや、おめー、そこじゃねぇし」


やがて電車が停車し、彼女らは乗り込んだ。

土曜日の朝とあって、車内は通勤ラッシュで混雑していた。

彼女らは人波に押されて、それぞれ別の位置で窮屈そうに立っていた。


ぐぬぬ・・

これじゃあ、大河くんを探すのは無理ってもんさね・・

ま・・体育館で会えるし・・いいさね・・


そして電車は出発した。

一駅、また一駅と走り続け、車内は単なる日常の「それ」でしかなかった。

ところがである。

中川を取り囲んでいた男子高校生四人が、中川にちょっかいを出し始めたのである。


「なあ、お前さ」


一人がそう呼んだが、中川は無視をしていた。


「めっちゃ美人やな」

「制服とちゃうけど、どこ行くん?」

「俺らと遊びに行かへん?」


それでも中川は無視をした。

重富も森上も和子もその様子を見て心配していたが、場所が離れて助けようがなかった。

中川の周りにいるサラリーマンやOLたちは、不良に関わると面倒なので知らんふりを決め込んでいた。


「そのジャージ、どこの学校なん」

「試合かなんか?」

「そんなしょーもないことより、俺らと行こうや」

「なかなか・・ええ体しとるで・・」


一人の男子は中川を上から下まで見ていた。


「俺が最初な・・」

「いや、俺やぞ」

「全員でやったらええやん」

「お前・・声押さえろよ」


これらの話を聞いた森上は「ちょっとすみませぇん」と言いながら、人を掻きわけて中川の元へ行こうとした。

そして重富も和子も、人を掻きわけていた。


「ちょっと、あんたらぁ。男のくせにぃみっともないでぇ」


森上が離れた位置でそう言った。

そこで中川は森上を見た。


「森上よ、こんなクズ野郎ども、相手にすんじゃねぇぞ」

「うおっ!なんと威勢のええ女や」


男子の一人がそう言った。


「ほんまや、これはたまらんな」

「お前、大阪とちゃうやろ」

「まさに、東女に京男やで」

「お前、それ逆や」


そこで一人の男子が中川の左腕を掴んだ。


「触んじゃねぇ!」


中川は右手で、男子の頬を張り倒した。


「痛いなあ!なにすんねや!」


そこで別の男子がカッターナイフを取り出した。

すると車内は、次第に騒然となっていった。


「お前のその顔、傷つけ甲斐があるな」

「きゃあ~~!」


OLや女子高生らは、慌ててその場を離れた。

いや、サラリーマンたちも同じだった。

誰一人として中川を助ける者はいなかったのである。

中川は腕を掴まれたまま、相手を睨みつけていたが、さすがに抵抗はできなかった。


「こらあああああーーー!」


そこで森上は、カッターを手にしていた男子に、スポーツバッグを放り投げた。

すると男子はひょいとよけて、なんと中川の腕を切りつけたのだ。


「ああああ!」


森上と重富と和子は、慌てて中川に駆け寄った。

中川は、切られた右腕を押さえて、顔をゆがめていた。


「なにすんねや!」


森上の怒りは半端なかった。

まさに森上は、一年の時、いじめられた相手に立ち向かうが如く、一人の男子を蹴飛ばしたのだ。


「中川さん!」

「せっ・・先輩~~~!」


重富と和子は中川の腕を見た。

するとタラタラと血が滴り落ちているではないか。


「これ・・どうしたらええんや・・」

「止血・・止血せんといかんけに!」

「心配すんじゃねぇ。っんなもんかすり傷さね。それより森上!」


その森上といえば、戦闘モードである。


「私は平気だ!おめー、クズ野郎を相手してる場合じゃねぇぜ!」


それでも森上には中川の声が届いてなかった。

そして再び男子に襲い掛かったのである。

相手はカッターナイフを持った男子だ。


「森上ーーーー!止めろーーー!」


そこで中川は滴り落ちる血などおかまいなしに、森上に向かって走った。

すると森上は、男子の腕を足で蹴り上げ、ナイフは床に落ちた。

それを森上は急いで拾ったかと思うと、男子に向かって切りかかったのだ。


「森上ぃぃぃぃーーーー!」


寸でのところで中川は森上の背中へ飛び込み、森上は思い留まった。


「おめー、落ち着け、落ち着け!」


森上は振り向いて、中川を呆然と見ていた。


「それ、貸せ、貸せ!」


中川はカッターナイフのことを言った。


「あ・・ああ・・」


森上は我に返ったように、中川にナイフを渡した。


「中川さぁん・・大丈夫?」

「バカッ!おめーだよ!」

「中川さん、はよ止血せな!」

「こ・・これ・・」


和子はそう言って、タオルを差し出していた。

それを重富は受け取り、中川の腕に巻いた。

けれどもタオルはすぐに血が滲んでいた。


「あかん・・止まらへんやん・・どうしたらええんや・・」

「先輩・・病院行った方がええけに」

「ああ・・そやな・・。でも、どこ行けばええねや・・」

「次の駅で降りて、駅員に訊けばええんじゃなかろか」

「そや・・そやな・・」

「病院は私だけで行く。おめーらは体育館へ行きな」

「そんなんあかんって!」

「先輩、一人やこ、無茶じゃけに!」


そこへ乗客から報せを受けた車掌が、顔面蒼白で走って来た。


「だっ・・大丈夫ですか!」


車掌は床に落ちた血を見て、卒倒しそうになっていた。


「車掌さん!あの男子ら、この子にちょっかい出したんです。ほんであの男子がこの子に切りつけたんです!」


重富がそう言うと、「きみら、ほんまか・・」と訊いた。

けれども男子らは黙ったままだ。


「ほんまですって!ここにいてるみんなが証人です!」


すると乗客たちは、「その通りです」と誰ともなく声を挙げた。

納得した車掌は、「きみら、次の駅で降りや」と言った。


「きみ、その傷、酷いな・・」


車掌は中川に言った。


「っんなもん、屁でもねぇさね・・」

「救急車、呼ぶわな」

「なに言ってんでぇ・・大袈裟さね・・大袈裟・・」


中川はそう言って、その場に倒れたのだ。


「きゃあ~~~!中川さん!」


重富は中川の体を抱き上げた。


「先輩!」

「中川さぁん!」


その様子を男子らは、まさかこんな大事になるとは、と呆然と見ていたのである。

その後、男子らは警察に引き渡され、気絶した中川は救急車で運ばれた。

こうなると彼女らは試合どころではなかった。

中川が死んだらどうしようと、そればかり心配していたのである―――



―――一方、体育館では。



日置は館内の時計をチラリと見ていた。


あの子たち・・なにやってんのかな・・

もう九時じゃないか・・

まさか・・場所を間違えたとか、あり得ないよね・・

昨日、ちゃんと言ったし・・

えっ・・学校に行ってるとか・・

まさかだよね・・


「えー、それでは練習を止めて、選手の皆さんは集合してください」


本部席に座る三善が放送をかけた。

すると選手たちは、バッグを抱えて中央に移動していた。

そこで日置は、体育館の入口に向かった。


誰もいない・・


日置は外にも出てみたが、ちらほらと遅れて来る選手たちがいたものの、彼女らの姿はなかった。


ほんとに、どうしたんだろう・・

もう試合が始まるというのに・・



―――一方、学校では。



ルルルル・・


職員室の電話が鳴った。


「はい、桐花学園でございます」


受話器を取ったのは教頭だった。


「あー、こちら、大阪府警ですが」

「えっ!」


教頭は、何事だと唖然としていた。


「おたくの生徒さんの、中川さんがですね、今朝、電車内で襲われましてね」

「えっ!どういうことですか!」

「カッターナイフで切りつけられまして、現在、病院で手当てを受けています」

「きっ・・切り付けられたとは・・どういうことですか!」

「詳しい事情は、署で説明しますので、出向いていただけませんかね」

「はっ、はいっ!」


そして教頭は警察署の場所を聞き、電話を切った。


たっ・・大変や!


「校長!校長~~~!」


教頭は慌てて校長室に入った。


「どうしたのですか」


工藤はお茶を飲んでいた。


「たっ・・大変です!中川が、電車で切りつけられたと・・」

「えっ!」

「そ・・それで・・わたくし、今から署へ出向きます・・」

「中川って・・卓球部のですか!」

「さあ・・それはわかりません・・」

「きみ、ここは任せました。私が出向きます」


工藤はそう言って、ハンガーにかけてある背広の上着を手にした。

そして場所を聞き、工藤は慌てて学校を後にした。

教頭は、卓球部の中川ではないかと、二年六組へ行った。

教室に到着した教頭は、扉を開けた。


すると授業中の石坂は、「どうしたんですか」とキョトンとしていた。


「な・・中川さんは・・」


教頭は中川の姿を探した。


「中川は、公休で試合へ行ってますよ」

「そっ・・そうですか・・」

「中川が、どうかしましたか」

「そ・・それが・・」


教頭の狼狽ぶりを見て、阿部は「中川さん、なにかあったんですか!」と訊いた。


「それが・・大変なことに・・」


そこでクラスの者も、何事かと教頭の言葉を待っていた。


「電車で・・刺されたと・・」


教頭は頭が混乱し、思わず刺されたと間違って伝えた。


「えええええええええ~~~~!」


クラスは一斉に、驚愕の声が挙がった。


「刺された・・て・・」


阿部は呆然としていた。


「阿部さん、中川さん・・刺されたて、どうするんよ!」


隣りの席の者は、どうすることも出来ないとわかりつつも、そう言っていた。


「ちょっと、助かったんか!」

「どこを刺されたんですか!」

「いやあ~~怖いわあ~~」

「まさか・・殺されたとか・・」

「そんな縁起の悪いこと、言わんといて!」


このように、クラス中は大騒ぎとなっていた。


「中川さん・・中川さん~~~!」


阿部は教室から飛び出し、一目散に職員室へ向かったのである―――

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