269 インタビュー
―――ここは一年五組。
「市原さん、昨日はありがとう」
教室に入った和子は、市原に声をかけた。
「おおっ、郡司さん。おはよ~」
「おはよう」
「昨日、めっちゃ楽しかったわ~」
「レストランのこと?」
「そうそう。あの大久保って人、見た目は怪物みたいやのに、話し方は女の人みたいで」
「そうじゃな」
「でもさ~、卓球部ってええよなあ」
「なにが?」
「だって、大阪で一位やし、先輩らもみんなええ人やし」
「新聞部は、どげな?」
「先輩いうたかて、二人だけやで」
「そうなんや」
「で、一年生は私だけ」
「そうかぁ。三人は淋しかろなぁ。って、卓球部かて五人じゃけに」
和子はそう言って笑った。
「いやっ、例え五人でも、いや、むしろ五人しかしてへんのに、インターハイやで。これってすごいやん」
「私は戦力にはなりゃせんけに」
「いやいや、これからこれから」
キーンコーンカーンコーン
そこで始業ベルが鳴った。
「ほな、またあとで」
和子はそう言って自分の席へ移動した。
そして鞄を机の横にかけて、一時間目の教科書とノートを取り出していた。
ほどなくして担任の松尾が教室に入って来た。
「起立」
学級委員が号令をかけ、生徒らは礼をして着席した。
「おはようございまぁす」
松尾が挨拶すると生徒たちは「おはようございまーす」と、だるそうな返事をした。
「きみたちぃ~月曜の朝じゃないかぁ~」
松尾は覇気のない返事に不満を持った。
「まあいい~。今日は、嬉しいニュースがありますぞぉ~」
すると生徒たちは、ほんの少しだけ興味を持った。
「なんと!卓球部がインターハイ出場を決めましたぞぉ~!しかもっ、優勝ですぞぉ~!」
松尾がそう言うと、生徒たちは一斉に和子に注目した。
「えええええ~~郡司さん、すごいやん!」
「優勝て、すごすぎる~~」
「インターハイやで!野球でいうたら甲子園やん!」
「いやあ~~おめでとう~~!」
そこで大きな拍手が起こった。
「ああ・・ありがとうございます」
和子は立ち上がって頭を下げていた。
「でも、私は戦力じゃないけに。強いんは、先輩なんじゃけに」
「なに言うてんのよ~、立派な卓球部員やん!」
「そやで~!素振り500回やっただけでも、大したもんやん!」
「なーなー、インターハイて、どこであるん?」
和子の隣の席の者が訊いた。
「香川なんじゃ」
「えっ、それって郡司さんの田舎やん!」
「ちょ・・ほなら日置先生と旅行~~~!?」
「きゃあ~~~!私も今から卓球部に入る~~!」
「いやあ~~めっちゃ羨ましい~~~!」
「ひおきんの寝顔ってどんなんやろ~~」
「見たい~~見たい~~~」
「こらああああ~きみたちぃ~静かにしなさぁぁぁ~い」
松尾が頼りない声で制すと、生徒たちはとりあえず収まった。
「まったくぅ~きみたちは~どうなっとるのかねぇ~」
「はい!」
そこで市原が手を挙げた。
「市原さん、なんだねぇ~」
そして市原は立ち上がった。
「私は新聞部として、昨日の試合を観てきました」
「おおおおお~~」
一斉に声が挙がった。
「我が卓球部は、ほんとに強くて、群を抜いてました。これはお世辞ではありません」
「おおおおお~~」
「実は、私も試合を観るまでよくわかりませんでしたが、その強さに驚きました。それで、来月に出す校内新聞には、このことを書きますので、読んでもらえればわかると思います」
「写真も載せるん?」
一人が訊いた。
「そうそう。バッチリ撮ったで」
「きゃあ~~~それって、ひおきんも映ってる?」
「もちろんやで」
「きゃあ~~~永久保存版にする~~~!」
「私も~~~!」
「切り抜いて、生徒手帳に挟む~~!」
「あっ!ハート形に切り抜こっと!」
「こらあぁぁぁ~静かにしなさぁぁ~い」
そして松尾は、また頼りなく叫んだのであった。
―――そして昼休み。
「ほな、行こか」
昼食を終えた阿部がそう言った。
阿部らは、全校生徒に向けて試合の結果報告をするため、放送室へ行こうとしていた。
「よーーし、ここは私の出番さね」
「いや、放送はキャプテンである阿部さんの役目やで」
重富が制した。
「なに言ってやがんでぇ。ここは、景気よく、ぶっかまさねぇとな」
「あかん、あかんで」
「はいはい、わかってますって」
中川はわざと呆れた風にそう言った。
そして四人は教室を出て、放送室へ向かった。
「せやけど私、ちゃんと言えるかなぁ」
歩きながら阿部が言った。
「千賀ちゃぁん、大丈夫やでぇ」
「台本もないし・・」
阿部は不安げだった。
「チビ助よ、思ったことを言えばいいんでぇ」
「そうやけど・・」
「っんなもん、マイクに向かって話すだけだろ。屁でもねぇって」
「あんたは、そやろけどさぁ・・」
「まあまあ、困った時にゃあ、私が控えてるってこと忘れんじゃねぇぜ」
「いや、その時は、とみちゃんに頼む」
「けっ、相変わらず口が減らねぇな」
ほどなくして彼女らは放送室の前に到着した。
「先生は?」
重富が訊いた。
「来はると思うんやけど・・ああ~緊張してきた」
するとそこへ、「ごめん、ごめん」と言いながら日置が走って来た。
「先生よ、こちとら五年も待ったぜ」
「なんでやねん」
日置は思わず大阪弁で突っ込んだ。
「おっ、先生の大阪弁、初めて聞いたな」
「ほんまやぁ~」
重富と森上は笑っていたが、阿部の顔は緊張で強張っていた。
「じゃ、入るよ」
日置はそう言って扉を開けると、中では部員がすでに準備を整えていた。
「お世話かけます。よろしくね」
「はい。もう準備は出来てますんで、マイクの前に立ってください」
部員がそう言うと、阿部はゆっくりとマイクの前に移動した。
「恵美ちゃん・・どうしょう・・」
「大丈夫やでぇ」
「昨日の結果を、そのまま話せばいいだけだよ」
日置は優しく微笑んだ。
「はい・・」
「おめー、ほんとに大丈夫か?」
「うん・・大丈夫やと思う・・」
「おいおい・・ほんとかよ」
「阿部さん、大丈夫やで」
重富も励ました。
「じゃ、私がこれを鳴らして先に話しますので、その後で」
部員は阿部にそう言った。
阿部は頼りなく頷いた。
そして部員は、鉄琴をピンポンパンポーンと鳴らし「ただいまより、卓球部からの臨時放送を行います」と言った後、阿部にマイクを譲った。
「えー・・たっ・・卓球部の阿部です・・えーっと・・昨日・・」
そこで阿部は日置を見た。
「インターハイの予選がありまして・・」
日置は小声でそう伝えた。
「いっ・・インターハイの予選がありまして・・それで・・いや・・えっと・・試合は一昨日でして・・せやけど昨日も・・試合でして・・」
阿部の額には汗が滲んでいた。
かぁ~・・チビ助・・
まったくダメじゃねぇか・・
そこで中川はマイクの横へ移動し「代われ」と口パクで伝えた。
けれども阿部は重富を見た。
すると中川は埒があかないと思い、強引にマイクの前に立った。
「全校生徒の皆さん、お昼休みのひと時、いかがお過ごしかしら?」
中川が話し始めると、もう観念したように阿部は引き下がった。
そして日置も重富も森上も、中川に任せることにした。
「わたくしは、桐花テレビの新人レポーターで、お嬢中川と申します。なんと!今日は桐花学園にお邪魔しておりますのよ!」
中川の話に、全員が唖然としていた。
桐花テレビとは、なんだ、と。
「それでですね、なんと!卓球部の皆さんは団体戦でインターハイ出場を決めたということです!すごいですわね~!そこでですね、今から選手の皆さんにインタビューを致しますわよ!」
そこで中川は阿部を引っ張って横に立たせた。
「あなた、お名前は?」
「え・・」
「え・・じゃなくて、お名前よ、お名前」
「あ・・阿部です」
「まあ、阿部さん!それで試合はどうでした?」
「ああ・・えっと、ベスト4に入って、優勝しました」
「言いたいことはそうじゃございませんわね。確か、三神とかいう鬼のような強豪校と対戦したんじゃなくて?」
「ああ・・はい」
「で、三神はどうでした?」
「はい、そらもう強かったです」
「まあ、なにを仰ってるのかしら。あなたは確か、天地ときよしと対戦したんではなくて?」
「いや・・きよしやなくて山科さん・・」
あはは・・チビ助、おめー、天地はそのままでいいのかよ・・
「で、どうでした?」
「そらもう、めちゃくちゃ強かったです」
「あら・・あなた足が痛いのね。おかわいそうに」
「ああ・・はい」
「試合で、お痛めになったの?」
「はい」
「それはいけませんわ。お大事にね。では、次の方どうぞ」
そこで中川は森上に手招きした。
森上は戸惑いながらも中川の隣に立った。
「まあ~~これはこれは、とても逞しい女性が現れましてよ。あなた、お名前は?」
「森上ですぅ」
「まあ~~森上さん。で、試合はどうでした?」
「はいぃ・・頑張って勝ちましたぁ」
「そうじゃないですわね。あなた、確かクチビルゲと対戦なさったのよね」
そこで放送部員は「ぷっ」と声を漏らした。
「ああ・・はいぃ」
「で、クチビルゲはどうでした?」
「強かったですぅ」
「嘘おっしゃいな。あなた、4点と5点でお勝ちになったのよね」
「ああ・・はいぃ」
「放送をご覧の皆さま!卓球は21点取らなければならなくてよ。それを森上さんは4点と5点でお勝ちになったのよ。すごいですわね!」
「ご覧て・・見えてへんし・・」
阿部がポツリと呟いた。
「そこのあなた!細けぇことはよろしいんですのよ。では、次の方、どうぞ」
重富はすぐに中川の横へ移動した。
「あなた、お名前は?」
「重富です」
「まあ~~重富さん!試合はどうでしたの?」
「私は三神の天地にコテンパにやられましたが、その後は、全試合勝ちましたっ!」
「まあ~~なんと素晴らしいのかしら。みなさんお聴きになって?重富さんは半年前までは演劇部だったのでございますわよ。それがたった半年で三神のエースと対戦し、大健闘したのでございますよ!」
「はーい!私はレポーターの重富でーす!」
重富は突然そう言い放った。
すると中川は、唖然として重富を見ていた。
「あなた、お名前は?」
「中川でぇ」
中川は重富の「芝居」に乗った。
「まあ~~中川さん!あなたは誰と対戦したんですか」
「聞いて驚くんじゃねぇぜ。なんとアンドレって野郎でぇ!」
「きゃあ~~アンドレは、私の憧れですよ!それとオスカルも。で、試合はどうでした?」
「それさね・・あれはいつだったか・・」
中川は、またあさっての方を向いた。
「いつて・・一昨日と昨日でしょ」
「あやつは、とんでもねぇ野郎よ・・」
「とんでもないとは?」
「3メートルもあろうかという・・でけぇ女だった・・」
「さ・・3メートル!」
「おうよ・・やつは私を見下ろし・・こう言いやがった・・」
「な・・なんでしょうか・・」
「なんで私がアンドレなんだ、と・・」
「おお・・」
「そこで私は言ってやったのさね・・」
「な・・なんと・・?」
「おんどれはアンドレだ・・とね・・」
「あははは」
重富は思わず声を挙げて笑った。
そう、これは偶然にも吉本新喜劇のチャーリー浜のギャグと重なっていたのだ。
そこで日置は、二人の首根っこを掴まえて引っ張った。
中川と重富は「あああ~~」と言いながら後ろへ下げられた。
そして日置はマイクの前に立った。
「みなさん、卓球部監督の日置です。このたび、卓球部は団体戦で優勝を果たし、近畿大会とインターハイの出場が決まりました。部員は五人だけですが、みんなで力を合わせて勝ち取った栄誉です。今週末にはシングルとダブルスの予選が控えています。こちらも全力で頑張りますので、応援をよろしくお願いします。以上、卓球部からの報告でした。ありがとうございました」
そして日置は、放送部員に場所を譲った。
「えー、そ・・それでは・・」
部員の声は震えていた。
そう、必死で笑いを堪えていたのだ。
「これで・・ぷっ・・ああっ、臨時放送を・・ぷっ・・あっ、終わります・・」
そして部員は鉄琴を鳴らしたが、手が震えて音階がめちゃくちゃだった。
その様子を見て、彼女らはつられて笑っていたが、「きみ、ごめんね」と日置は気の毒そうに詫びていた―――




