267 大阪代表の誇り
その後、桐花は中井田にも住之江西にも4-0と圧勝し、いち早くインターハイ出場を決めた。
しかも日置が指示したように、1セットも取らせないどころか、全セットに於いて10点も与えなかったのだ。
まさに三神と同等の責任を果たした日置は、胸をなでおろしていた。
そしてコートでは、小谷田と中井田が「残席」をかけて、熱戦を繰り広げていた―――
「皆藤さん」
日置は本部席へ行き声をかけた。
「日置くん」
皆藤はそう言って立ち上がり、ニッコリと微笑んだ。
「優勝、おめでとう」
「ありがとうございます」
「とてもいい試合でした。さすがです」
「いえ、責任を果たせてホッとしています」
「まだまだ、本当の勝負はこれからですよ」
皆藤はインターハイのことを言った。
「はい」
「昨年はうちが優勝しましたが、準優勝の真城高校は、強敵ですよ」
「どこですか」
日置は都道府県を訊いた。
「栃木です」
「そうなんですね」
「それと浅草西も、侮れませんよ」
浅草西とは、かつて小島らがベスト4をかけて対戦した相手である。
4-0と完敗したものの、四番に出た浅野は倒れる寸前まで戦い、1セットを取ったのである。
その後、浅野は倒れ、途中放棄となっていた。
「そうですね」
「桐花にシードはありませんが、きみたちならきっと勝ち上がれます」
「はい」
「阿部くんは、ダブルスも出ていませんでしたし、シングルは後半に置いていましたが、やはり足ですか」
「はい。まだ無理をさせてはいけないと思い、そう判断しました」
「そうですか。お大事にしてください」
「ありがとうございます」
「ところで・・」
皆藤はそう言って、少しだけ本部席から離れた。
日置は、どうしたのかと、不思議に思った。
「小谷田と中井田、どうですか」
「あ・・はい・・」
日置は皆藤の意を理解していた。
「あれじゃ・・いけません」
日置は返答のしようがなかった。
「きみは素人の子たちを、見事に育て上げているのに、小谷田も中井田も引き抜きですよ」
「はあ・・」
「慢心がすぎると思いませんか」
「・・・」
「いつもベスト4に甘んじ、インターハイへ行けたのも、棚ぼたのようなものです」
皆藤は昨年の小谷田のことを言った。
「うちを倒す気など、さらさらないのですよ」
「そう・・ですか・・」
日置は皆藤の心の内を見た気がした。
いつもニコニコと微笑み、平常心を崩さない皆藤だが、やはり悔しいのだ、と。
それは、うちに負けたことでもなく、インターハイを逃したことでもない、と。
いわば「やる気」のない、小谷田と中井田に対しての憤りのようなものなのだろう、と。
「先生は、お元気ですか」
皆藤は西藤のことを訊いた。
「はい、おかげさまで元気すぎます」
日置は話が変わったことでホッとしていた。
「また先生と、お話がしたいですね」
「私から、祖母にそう伝えます」
「そうしてくれるとありがたいです」
「では、これで失礼します」
日置はそう言ってこの場を離れた―――
ほどなくして全試合が終了し、男子は滝本東が優勝、準優勝は松吉高校、女子は桐花が優勝、準優勝は小谷田だった。
「えーでは、ただ今より表彰式と閉会式を行いますので、選手の皆さんは中央へお集まりください」
三善が放送をかけた。
そして全員が本部席前に集合して、表彰式が始まった。
「それでは、男子の優勝は滝本東高校、準優勝は松吉高校。それぞれ代表者は前に来てください」
そして滝本東と松吉のキャプテンと副キャプテンがが前に出て、皆藤から優勝旗と盾、表彰状を受け取っていた。
「それでは女子の優勝校、桐花学園と、準優勝校の小谷田高校の代表者は前に来てください」
すると阿部は、森上の手を引っ張った。
「えぇ・・私ぃ・・?」
「恵美ちゃん・・はよ・・」
「ここは、私の出番だな」
中川がそう言った。
「あんたはええ・・」
「森上よ、私に任せな」
中川は阿部の言うことなど無視して、ズカズカと前に進んだ。
「まったく・・もう・・」
阿部も仕方なく、中川の後に続いた。
そして二人は並んで皆藤の前に立った。
「優勝、おめでとう」
皆藤はニッコリと微笑んで、旗を阿部に渡した。
「ありがとうございます・・」
阿部は小さな体で重そうに旗を持った。
そして皆藤は盾を手にした。
「おめでとう」
そして次に表彰状も渡した。
「ありがとうございます!」
中川は大きな声で答えた。
そして中川は振り向いて、盾と表彰状を高く上げ、その場にいる者に見せた。
阿部は、また何をするのかと、中川を不安げに見ていた。
「我が桐花は、全国でもぜってー優勝する!それはここにいるおめーらとの約束だ!よーく覚えておきな!」
阿部は、ここに来てまた眩暈がしそうだった。
「うわあ・・中川さん・・」
重富はポツリと呟いた。
「中川さぁん・・」
森上も唖然としていた。
「先輩・・」
それは和子も同じたった。
そして中川を知らない男子らは、仰天していた。
誰だ、このガラの悪い美人な子は、と。
中川さん・・きみはほんとにすごいよ・・
日置は、さして驚きもしなかった。
そして大河も、日置と同じように思っていた。
この子は・・ひょっとすると、大物かもしれんな・・
ほんま、おもろいな・・
「その意気ですよ、中川くん」
皆藤はそう言った。
「おうよ!大阪代表の誇りにかけて、暴れまくってやるぜ!」
皆藤は「大阪代表の誇り」という言葉に、うんうんと頷いていた。
そして阿部と中川は下がり、小谷田が表彰を受けていた。
「きみたちも、大阪代表として、精一杯頑張りなさい」
皆藤がそう言えども、富沢と室谷は「はい・・」と小さく返事するだけだった―――
ほどなくして帰り支度をしていた日置一行は、植木から写真撮影をせがまれていた。
「昨日、撮るん忘れてましたんで!」
「よーう、あんちゃんよ」
「なに?」
「ベストショット撮らねぇと、フィルム、燃やすぞ!」
「ひゃ~、こりゃちゃんと撮らなな」
そして日置と彼女らは、並んで立った。
「私も撮りますんで!」
市原も植木の横に立ち、カメラを構えた。
「きみ、学生さん?」
植木が訊いた。
「桐花の新聞部なんです」
「そうなんや。ほな、一緒に撮ろか」
そして五人は最高の笑顔を見せて、写真撮影は終わった。
「日置さん、きみら、優勝おめでとう!」
植木は本当に嬉しそうだった。
「ありがとう」
「いやあ~~、全国が楽しみでなりませんよ!」
「あはは、気が早いね」
「そらもう、僕は桐花ファンですから!」
「私も、同じ学園の生徒として、すごく誇りに思います!」
市原が言った。
「そやろ?そう思うやんな」
「はい!」
「きみ、ええ記事書きや」
「そらもう、大々的に紙面を割きます」
「あはは、ええ心がけや」
二人はなんとなく気が合っていた。
ほどなくしてロビーに出た一行は、節江や大久保、安住らと談笑していた。
「お母さん、試合、どげなかった?」
和子が訊いた。
「どうもなにも・・桐花は強いんじゃなあ」
「そじゃろ?私の言うた通りじゃったろ」
「もう、驚いて驚いて」
「あはは!」
「よーう、おっかさんよ」
中川が呼んだ。
「まあまあ、中川さん。いつも和子がお世話になってます」
「っんな、堅てぇことはいいんでぇ」
「それにしても中川さん、度胸があるのぉ・・」
「いやいや、あれくれぇかまさねぇと、大舞台では通用しねぇってもんよ」
「大したもんよのぉ」
節江はいたく感服していた。
その横では、大久保と安住が彼女らの健闘を称えていた。
「っんもう~お嬢ちゃんたち~すごいやないの~」
「ほんまほんま。優勝なんて、すごいで」
「ありがとうございます」
「慎吾ちゃん~」
大久保が呼んだ。
「なに?」
「お祝いに、お嬢ちゃんたちにご馳走してあげるわ~」
「ええ~、そんな、悪いよ」
「っんもう~なに言うてんのよ~、こんな時にご馳走せんと、いつするんよ~」
「ああ・・きみたち、どうする?」
日置が訊くと、阿部らはどう返答していいものかと戸惑っていた。
「どうするもなにもないわ~。これは命令よ~」
「そっか。じゃ、お言葉に甘えるね」
「いいのよ~ん」
「あ、先生」
市原が呼んだ。
「なに?」
「私はこれで帰りますね」
「こらこら~、新聞屋のお嬢ちゃん~、あんたも行くのよ~」
「えええ~~、私もですか」
「あったり前田のクラッカーやんかいさ~」
大久保がそう言うと、市原は爆笑していた。
「きみも一緒にね」
日置がそう言うと「はい」と市原は嬉しそうに答えた。
するとそこへ滝本東の一行がロビーに出てきた。
「あら~坊やたち~」
大久保が呼ぶと「うーすっ!」と彼らは頭を下げていた。
「よう頑張ったわね~」
「ありがとうございます!」
すると中川は、一行に気が付いた。
「おっかさんよ、ちょっと用事があるから、済まねぇな」
中川はそう言って大河の元へ行った。
「大河くん!」
中川は臆面もなく、大勢の前で大河を呼んだ。
「なに」
「その・・練習のことなんだけど・・」
「ああ・・それな。僕、考えたんやけど」
「なにを?」
「これこれ~坊やに中川ちゃん~」
大久保は二人の元へ移動し、それぞれの肩に手を置いた。
「先輩・・なんすか」
「坊や~、あんたも今から着いておいで」
「え・・」
「坊やたちもよ~」
大久保は、他の者にもそう言った。
「なにがですか」
別の男子が訊いた。
「優勝のお祝いよ~!」
すると男子たちは「やったーー!」と喜んでいた。
こうして、なんと大所帯で一行はレストランに向かったのであるが、さすがに節江は断り、一足先に帰路についていた―――




