265 責任と自覚
3本練習を終えた両チームは、重富と船曳がジャンケンをして重富が勝ち、サーブを選択した。
「ほな、私から行くで」
重富は、コートに背を向けて中川に言った。
「おうよ。最初から必殺サーブで行きな」
「うん」
重富は軽く頷いて「1本!」と声を発し、サーブを出す構えに入った。
レシーブは船曳だ。
そして重富は、ミドルラインぎりぎりのところへ必殺サーブを出した。
うわっ・・なんじゃこりゃ・・
体を詰まらせた船曳はあえなくオーバーミスをした。
「サーよしっ!」
重富と中川は顔を見合わせてガッツポーズをした。
「よーし!ナイスサーブ!」
日置は拍手をしていた。
「とみちゃん!ナイスやで~~!」
「もう1本やでぇ~~!」
阿部と森上も大きな声を挙げていた。
「うわあ・・今のサーブ、なんなん・・」
市原はメモ帳を手にしながら、驚いていた。
「フネちゃん、どんまいどんまい」
室谷はそう言いつつも、顔を引きつらせていた。
今のサーブは、なんなんだ、と。
そもそも小谷田の選手らは、桐花と三神の試合を近くで観ていたわけではない。
いや、たとえ近くで観ていたとしても、目の前で対峙するのとでは、実感として雲泥の差があるのだ。
「どっちか、わからんな・・」
船曳も愕然としていた。
「よう見よ。大丈夫や」
「うん・・」
「コートに入れさえすれば、中川はカットマンやし」
室谷は、攻撃がないことを言った。
船曳は頼りなく頷いた。
「さあー重富よ。次も必殺サーブでご機嫌を覗いな」
「ご機嫌・・」
「ま、返せたら、てぇしたもんだがよ!」
中川がそう言うと、二人は睨んでいた。
「1本!」
船曳は気を取り直してレシーブの構えに入った。
そして重富は、再び必殺サーブを出した。
ネット際にポトンと落ちたボールに対し、船曳はツッツキに行ったが、またオーバーミスをした。
「サーよしっ!」
二人はまた力強いガッツポーズをした。
まったく回転が読めない船曳は、「ごめん」と室谷に頭を下げていた。
「どんまいやで」
室谷もそう言うしかなかった。
「船曳、よう見ろ!」
中澤が叫んだ。
船曳は振り向いて「はい」と答えた。
よう見てるんやけどな・・
まったくわからん・・
もう勘で返すしかないな・・
船曳は、このような有様だった。
そして次も、その次も船曳は憐れなほどにレシーブミスをし、とうとう1本も返せずにカウントは5-0となっていた。
中澤も彼女らも、想像以上のサーブの威力に言葉を失っていた。
「よーーし、重富よ、さすがだぜ!」
中川は重富の肩をポーンと叩いた。
「おう!」
「さてさて、やっとボールに触らせてもらえるぜ」
中川はそう言いながらレシーブの構えに入った。
船曳は情けない表情で、ボールを手にしていた。
「フネちゃん、こっからやで」
室谷が言った。
「うん」
「挽回するよ」
「うん」
「ほら、しっかり」
室谷は船曳の肩に手を置いた。
そして船曳は、なんとか気を取り直し、サーブを出す構えに入った。
「1本」
船曳は力のない声を発した。
中川は思った。
まだ決まったわけではないが、こんなチームがインターハイへ行くのか、と。
二回戦で負けた三神は近畿にすら出られないんだぞ、と。
代表になるべきは、間違いなく三神だろうと。
「よーう、船曳よ」
呼ばれた船曳は、構えに入ったまま中川を見た。
「おめー、恥ずかしくねぇのかよ」
「え・・」
「おめーら、インターハイへ行くために試合してんだよな」
「・・・」
「こちとら、三神の分まで責任を背負ってんだ。ちったぁ自覚しな」
その実、重富も中川と同じことを考えていた。
情けないぞ、と。
いや、野間に4点と5点で負けた自分が言えた義理ではないが、少なくとも自分は立ち向かっていった。
それが船曳はなんだ、と。
とはいえ、簡単に勝てることに越したことはない。
いや、むしろこんな相手は徹底的に叩きのめすしかない、と。
船曳は、戦前の勢いはすっかり影を潜め、中川の言葉に意気消沈していた。
それは室谷とて同じだった。
いや、室谷もまだボールに触っていない。
今後の展開も、どうなるかわからない。
挽回、或いは逆転する可能性もあるのだ。
けれども「三神の分まで責任を負っている」という中川の言葉に、自覚の足りなさを突きつけられていた。
そう、ただ代表になれればいいと思っていた、と。
そして船曳はサーブを出した。
中川はバックカットでなんなく返した。
バックストレートに入ったボールを、室谷は回り込んでドライブをかけた。
このドライブも重富にすれば、野間の足元にも及ばないし、ましてや森上とは比べものにならないボールだ。
バッククロスへ入ったボールに、重富はバウンドしてすぐにフォアストレートへプッシュした。
すると船曳は、ボールに追いつけずに空振りをした。
「サーよしっ!」
これで6-0だ。
「よーーし、重富、ナイスプッシュでぇ!」
「おうさね!」
畠山は改めて思った。
あの時の重富はど素人で、自分は重富の滑稽な様子に笑っていたぞ、と。
中澤やチームメイトも試合に関心はなく、決勝であたる三神を見ていたぞ、と。
そして笑っていた自分を、中澤は叱っていたぞ、と。
そこで畠山は、中澤をチラリと見た。
するとどうだ。
中澤の顔は強張り、言葉さえ発していないではないか。
あれからたった半年だぞ、と。
まさに悪夢ではないかのか、と。
その後、試合は進むも戦況は言うに及ばず、重富と中川の独壇場だった。
結局、21-3で桐花は1セットを取った。
「よーし!よーし!」
日置は拍手で二人を迎えた。
「ナイスゲームやったで!」
阿部は椅子に座ったまま、そう言った。
「次もぉ~今の調子やでぇ~」
森上はアップに余念がなかった。
新聞部の市原は、卓球の内容こそよくわからなかったが、桐花が群を抜いて強いということだけはわかった。
そしてメモ帳にペンを走らせていた。
「なにも言うことはないよ」
日置はニッコリと笑っていた。
「ったくよー、張り合いがねぇったりゃありゃしねぇぜ」
中川は不満げだった。
なぜなら、まだズボールを出していないからである。
そう、ズボールを出す前に小谷田はミスをしていたのだ。
それだけ重富のブロックが冴えていたというわけだ。
「きみたちには、どう足掻いても勝てないとわかったんだよ」
「それにしたってよー」
「よし、中川さん、行くで」
重富がそう言うと「はいはい」と中川は呆れたふうに答えた。
「徹底的に叩きのめしておいで」
日置は二人の肩をポンと叩いて送り出した―――
本部席で試合を観ていた皆藤は、ニコニコと笑っていた。
その様子を見て、三善は不思議に思った。
なぜなら、まるで三神の選手を見ているような表情だからである。
「なんですか」
三善の視線に気が付いた皆藤が訊いた。
「いえ、別に」
「桐花は、ほんとにいいですね」
「そう・・ですか」
「それにしても中澤くん・・もう少しやると思っていたのですがね」
「・・・」
「早くも戦意喪失です」
「そうですか・・」
「これではまともに戦えません」
「・・・」
「小谷田ですら、この始末なのだから、中井田や住之江西など話になりませんね」
「・・・」
「もっと頑張ってもらわないといけませんね」
―――その頃、観客席では。
和子の母親、節江は今しがた到着して席に座ったところだった。
あ・・和子、審判しとんじゃな・・
まあまあ・・堂々と・・
それにしても・・広い体育館じゃなぁ・・
節江は改めて館内を見回していた。
「おらあ~~いつまでビビってやがんでぇ!」
中川の声が響いた。
あらあら・・中川さん・・
あはは・・相変わらずじゃな・・
節江は苦笑した。
そして節江は他のコートにも目を向けた。
みんな・・上手いんじゃなあ・・
こんな中で・・
和子も選手の一人として参加しとんじゃの・・
すごいが・・
「もう~~、ほんまは昨日の試合、観たかったのにい~」
そこへ文句を言いながら、一人の男性が歩いてきた。
その後ろには小柄な男性が「しゃあないやないですか」と言いながら、着いて来ていた。
節江は思わず二人を見ていた。
「っんもう~~小島ちゃんら、ずるいわ~~」
「だから、今さら言うたってしゃあないでしょ」
「安住っ!あんたうるさいねん」
そう、この二人は大久保と安住だったのだ。
昨日、桂山へ戻った小島から、三神に勝ったことを報らされた大久保は、地団太を踏みながら悔しがっていた。
「あら~やってるわ~」
重富と中川を見つけた大久保と安住は、観客席の最前列に移動した。
そして節江は、大久保の話しぶりに仰天していた。
「中川ちゃ~~ん、重富ちゃ~~ん」
大久保は二人を呼んだ。
すると声に気が付いた日置は前に出て、観客席を見上げていた。
「あら~~慎吾ちゃ~~ん!来たわよ~~」
大久保は嬉しそうに手を振っていた。
「ありがとう」
日置は手を振って応えた。
「頑張ってください!」
安住も前に乗り出して手を振った。
「ありがとう」
日置は手を振りながら、ニッコリと微笑んだ。
「大久保さん」
安住が呼んだ。
「なによ~」
「あっちで、滝本東やってますよ」
「わかってるやんかいさ~、後で行くわ~。まずはお嬢ちゃんたちよ~」
そして試合は結局、2セット目も21-4で桐花が勝ちを収めたのであった―――




