表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サーよし!2  作者: たらふく
263/413

263 祖母と孫




―――ここは郡司家。



家に帰った和子は、母親の節江とともに夕食を摂っていた。


「それでの、明日はリーグ戦なんじゃけに!」


和子は声を弾ませた。


「へぇー、大したもんよのぉ」

「私も、一回だけじゃが、勝ったんよ!」

「おお、そらすごいが」

「先輩らは、三神いうての、ものすごく強いチームに勝ったんじゃが」

「へぇー」


無論、節江には三神の強さなど想像もつかなかった。


「での、インターハイじゃけど、香川なんよ!」

「えっ!そうなんか」

「ばあちゃんに会えるんじゃが!」

「いや、和子よ」

「なんなら」

「まだ出ると決まったわけじゃなかろ?」

「もう決まったようなもんじゃけに!」

「勝負は、やってみんとわからんが」

「ああ~~もう、先輩ら、強いんじゃけに!」


和子は、要領のえない節江に、苛立ちさえ覚えていた。


「ほな、明日行ってみようかの」

「うんうん!観に来て!」


和子は自分の試合より、森上らのすごさを見せたかった。


ピンポーン


そこで呼び鈴が鳴った。

節江は立ち上がって玄関に向かい、「はいはい」と言いながらドアを開けた。


「こんばんは」


玄関前では、隣人の主婦が立っていた。


「あら、池野(いけの)さん。こんばんは」

「これ、作ったんやけど、よかったらどうぞ」


池野は、紙皿に乗せた手作りクッキーを差し出した。


「あらあら・・いつもすみません」

「ええんよ。こっちこそ、いつもようさん頂いて」


節江は、母親であるトミから送られてくる野菜や果物などを、池野におすそ分けしていた。

それからしばらく主婦同士の会話が弾み、節江はなかなか戻って来なかった。

和子は少々呆れもしたが、楽しそうに笑う節江の声に、嬉しさを感じていた。


プルルル・・


そこで電話が鳴った。

和子は立ち上がって、電話台まで行き受話器を取った。


「もしもし、郡司ですが」

「あ、郡司さん?」

「はい」

「私、市原です」


相手は和子の友人である、同じクラスの市原だった。


「ああ、市原さん。どうしたん?」

「今日、どうやったん?」

「ああ、それなんじゃけど、勝って、明日リーグ戦なんじゃけに」

「ええ~~すごいやん」

「そうなんよ、もうすごかったんじゃが」

「それで、リーグで勝ったらインターハイ?」

「そうなんよ!」

「へぇー!」

「もうな、勝ったようなもんじゃけに!」

「え・・そうなん?」

「それがの――」


そこで和子は三神の話をした。

すると市原は、とても驚いていた。


「それやったら、私、明日行くわ!」

「なんでなら」

「新聞部の取材でーす」

「ああ~そうじゃったな」

「試合、何時から?」

「九時なんよ」

「わかった!カメラも持って行きますから、よろしくー」

「うん、待っとるけに!」


そして二人は電話を切った。

和子は玄関を見て、まだ喋っている二人に苦笑していた。



―――ここは西藤の店。



「おばあちゃん」


日置は入口の扉を開けて中へ入った。


「おお、慎吾」


西藤はカウンターの、いつもの定位置で座っていた。


「久しぶりだね」


日置は、狭い店内を窮屈そうに西藤の元まで歩いた。


「ほんまやで!顔、忘れてしもたがな」

「あはは」

「で、なんか用か」

「ちょっとおばあちゃん・・」


日置は、今日が予選だということを忘れたのか、と呆れていた。


「なんや」

「今日、予選だったんだよ」

「あっ、そやそや、今日やったな!」


西藤は、カウンターに置いてある卓上カレンダーを見ていた。


「年・・取ったね」

「あほなこと言いな!で、どやったんや」

「あのね、三神に勝ったんだよ」


日置は満面の笑みを見せた。


「・・・」


西藤は目が点になっていた。


「おばあちゃん・・?」

「え、なんて?」

「だから、三神に勝ったの」

「三神て・・あの三神か・・」

「そうだよ」

「ほっ・・ほっ・・ほっ・・」

「あはは、なに言ってるの」

「ほんまかーーーー!」


西藤は、思わず後ろへ転びそうになった。


「あああ~~!」


日置は咄嗟に腕を掴んで支えた。


「大丈夫?」

「慎吾・・ようやったな・・ほんまにようやったな」


西藤は日置の手を握り、涙を浮かべていた。


「うん、ありがとう」

「もう店じまいや!」


西藤はすっくと立ち上がり、そのまま入口へ行ってカーテンを閉めた。


「ええ~いいの?」

「店なんかやってられるか。あんた、上がりや」

「うん」

「たっぷりと話を聞かせてもらうで!」


そして二人は奥へ上がり、日置は座卓の前に座った。


「あんた、晩御飯食べたんか?」


台所へ行った西藤が訊いた。


「まだなの」

「よっしゃ」


西藤はそう言って、料理を作り始めた。


「そうか、そうか~三神になあ~・・」


西藤は独り言を呟きながら、包丁で野菜を切っていた。

日置は丸い背中を見たまま、子供の頃を思い出していた。


なんだか・・ついこの間のことのように思えるな・・

色々とあったけど・・おばあちゃんが教えてくれたから・・

今の僕があるんだよね・・


ほどなくして座卓には簡単な料理が並び、二人は食事を摂り始めた。


「それで、何回戦であたったんや」

「それがさ、二回戦なの」

「えええええ~~~~!」


西藤が驚いたのは、三神が近畿にも行けないことだった。


「二回戦て・・そうなんや・・」

「うん」

「せやけど、よう勝ったよな!」

「それが、とても大変だったんだよ」

「そらそやろ」

「あのね――」


そこで日置は、試合の内容を時間をかけて詳しく説明した。

すると西藤は、中川の話しになると腹を抱えて爆笑していた。


「あははは!あの子・・うん、あの子はそういう子や。それにしても、あははは!」

「おばあちゃん、笑い過ぎ」

「せやかて、オーバーしたボールを追いかけるて・・あははは」

「それも、二度もだよ」

「え?」

「ラケットミスのこと言ったのに、また同じことをやったの」

「えええええ~~!ほんで、どないなったんや」

「結局、左手で取ったんだよ」

「へぇー!なんでまた」

「みんなをびっくりさせるためだって」

「あははは!肝が据わっとるなああ」

「まあね」


西藤は思い出していた。

中川がこの店に来た時、この子は絶対に慎吾を支えてチームを引っ張って行くと確信したことを。

自分の目に狂いはなかった、と。


「それにさ、皆藤さんのこと、クラブ探しジジィとか言っちゃって」

「クラブ探しジジィ?なんやねん、それ」

「さあ、詳しくは知らないけど、そんな風に呼んでるの」

「皆藤くん、面食らっとったやろ」

「それがさ、皆藤さん、優しいでしょ。それで「おじさんに変えてもらえませんかね」と仰ったんだけど、中川は「変更は効かねぇ」とか言っちゃって」

「あははは、さすがの皆藤くんも1本取られたな」

「それにさ、オーダーを中川が読み上げたんだけど「ただ今より、命のやり取りをおっ始める!」って言ったんだよ」

「あははは、なんやねんそれ!」

「あの子さ、試合のこと、命のやり取りって言ってるの」

「あかん・・おもろ過ぎる・・あははは」


西藤は涙を流して爆笑していた。

それから試合の話は延々と続き、西藤は「うんうん、そうか、そうか」と嬉しそうに聞いていた。


「慎吾」

「ん?」

「これから桐花は追われる立場やで」

「ああ・・まあそうなんだけど」


日置は、三神に一度勝った程度では、その立場にないと思っていた。

むしろ、まだまだこっちが追う立場だと。


「せやけど、ほんまの勝負は来年やで」

「そうだね」

「来年も勝ってこそ、桐花は王者になるんや」

「うん」

「ま、その前に、近畿も全国も優勝せなな」

「うん」

「あんたとあの子らやったらできるで」

「うん」

「ああ~~ええなあ~、いよいよ全国トップか~」

「僕もそのつもりだけど、けして気は抜けないよ」

「当たり前や!気を抜こうもんなら、しばくぞ!」

「あはは、怖いなあ」


そこで西藤は「よっこらしょ」と言って立ち上がり、台所へ行った。


「あんた、お酒呑むか?」


西藤は冷蔵庫を開けて覗ていた。


「いや、いいよ」

「ありゃ、そうかいな」


西藤は残念そうに、冷蔵庫のドアを閉めた。


「ほな、食後のコーシーやな」

「あはは、コーシーって」


西藤はカップを二つ用意して、インスタントコーヒーを淹れていた。

そしてカップを持って、座卓の上に置いた。


「そういや、彩ちゃんとは、うまいこといってんのか」


西藤は座りながらそう訊いた。


「うん」


日置はカップを触りながら、嬉しそうに頷いた。


「また連れて来ぃや」

「そうだね」

「もう付き合うて、どれくらいや」

「一年は過ぎたね」

「そろそろ決めんといかんのとちゃうか」


西藤は結婚のことを言った。

日置も、それはわかっていた。


「あの子が二十歳になったらね」

「いつやねん」

「十月」

「そうか。もう決めてるんやな」

「うん」

「はよ、ひ孫の顔見せてや」

「おばあちゃん・・気が早いよ」

「ええがな!五穀豊穣、子孫繁栄や!」

「あはは」


そして日置はコーヒーを飲み終えると、店を後にしてマンションへ向かった。


三神に勝ったんだな・・


日置は夜空を見上げて、しみじみとそう思っていた―――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ