261 熱戦のあと
試合が終わった館内では、三神が負けた、という「ニュース」が飛び交っていた。
中には三神ファンもおり、受け入れられない現実に、悪夢を見たかのように悲観する者もいた。
中澤と日下部も、フロアの隅で愕然としていた。
「三神が・・嘘やろ・・」
中澤が呟いた。
「こんなことって・・あるんですか・・」
日下部の顔も、引きつっていた。
それもそのはず、三神にとっては初戦である二回戦での敗退だからである。
けれども同時に、桐花のレベルの高さに言葉もなかった。
中澤は思った。
今の森上に、誰が挑んだとしても勝てる者などいない、と。
おそらく野間でも、危ないかもしれない、と。
そして、速攻を武器とした阿部に加えて、板という変わり種の重富。
しかもこの三人は、変化球サーブを持っている。
さらには、今しがたの中川だ。
向井を翻弄し続けた、魔球は本物だ、と。
素人だった子たちに、どんな指導をすればここまでになれるんだ、と―――
その後、ロビーでは、皆藤を囲んで三神の彼女らが立っていた。
「予選はこれで終わったわけではありませんよ」
「はい」
「来週のシングルとダブルスは、必ずうちが獲得します」
インターハイの出場権が得られるのは、シングルとダブルス共に上位三組までである。
団体戦と同様に、ベスト4に入るとシングルス四名、ダブルス四組でリーグ戦をする。
皆藤はそのことを言った。
「はい」
「では、きみたちは学校へ行きなさい」
これは、学校に戻って練習する、という意味だ。
「はい、ありがとうございました」
彼女らは皆藤に一礼し、体育館を後にした―――
「それにしても桐花って、個性のかたまりやったな」
歩きながら野間が口を開いた。
「特に、中川さんな」
山科が答えた。
「それやん。あんな子、生まれてこの方、見たことないで」
磯部が言った。
「でもさ、あの子、口だけやないよ」
対戦した向井がそう言うと、みんなは頷いた。
「確かに、あの根性はすごいわ」
仙崎が答えた。
「でも、ほんまにすごいんは、森上さんやで」
野間が言った。
「それはそうやな」
「あの子は別格やった」
「それこそ、あんな子、見たことないわ」
「あの子は、全国で注目を浴びるやろな」
彼女らは、口々にそう言った。
「でも、二回戦てなあ・・」
野間がしみじみと言った。
野間は、当然キャプテンとしての責任を感じていた。
いわば、三神始まって以来の「汚点」を残したわけだ。
「先輩」
そこで須藤が口を開いた。
「なに?」
「来年、絶対に私らが取り返します」
「うん、そうやで」
「三神の誇りにかけて、桐花を倒します」
須藤がそう言うと、「私らもです」と、他の者も同調した。
「ところで、関根ちゃん」
野間が呼んだ。
「はい」
「あんた、クスクス笑ろてたやろ」
「あっ・・いえっ・・すみません・・」
関根は小さくなって詫びた。
「あんたな、ゲラすぎんねん」
「はい・・もう笑いません」
「私のこと、天地て思てるやろ」
「えっ」
驚きつつも、関根は唇がプルプルと震えていた。
「あっ、クチビルゲ、あんたにあげるわ」
仙崎がそう言うと、関根は耐えきれずに「ブッ」と笑った。
「そういやさ、クチビルゲてなんなん」
向井が訊いた。
「えっと、それは――」
そこで関根は『超人バロム1』の内容を詳しく説明した。
すると仙崎と磯部は「魔人て!しかも悪党て!」と言いつつも、爆笑していた。
その後、学校の体育館に到着した彼女らは、来る一年生大会に出場するため、練習に励んでいた後輩たちに負けたことを話すと、一年生の彼女らは涙を流して悔しがっていたのだった―――
―――ここは本部席。
彼女らを見送った皆藤は、三善の横に座った。
三善は、なんと言えばいいのか、言葉が見つからずに皆藤を見ていた。
「あはは、なんですか、その顔は」
「あ・・いえ・・」
「負けてしまいました」
「・・・」
「でも、後悔などありませんよ」
「そ・・そうですか・・」
「桐花はいいチームです。そして強い」
「はい・・」
「桐花はこれから追われる立場です」
「そう・・ですね・・」
「倒し甲斐があるというもの。それに、大阪のレベルがまた上がります」
「・・・」
「これはとても喜ばしいことです」
三善は、それでも納得がいかなかった。
三神が二回戦で敗れることなど、あってはならい、と。
「皆藤さん」
そこで日置が声をかけてきた。
「おや、日置くん。さきほどはどうも」
皆藤はニッコリと笑って立ち上がった。
その際、三善は困惑した表情で日置を見上げていた。
日置はチラリと三善を見て、軽く会釈をした。
この人・・なぜ睨んでるんだろう・・
そして日置は三善から目を逸らした。
「ちゃんとご挨拶ができなくて、それで参りました」
「あはは、そんなこといいのですよ」
「うちの中川が、大変無礼な態度を取り続け・・誠に申し訳ございませんでした」
日置は深々と頭を下げた。
「いえいえ、なんの」
皆藤はニコニコと笑っていた。
「あの子は、とても不思議な子です」
「不思議と申しますか・・自分勝手と言いますか・・」
「日置くん」
「はい」
「中川くんの個性は、稀有なことです」
「はい・・」
「相手が誰であろうと物おじしない並外れた性格。これは全国でとても有利ですよ」
「はい」
「あの子たちにも言いましたが、必ず全国優勝しなさい」
「はい、そのつもりです」
「わざわざ来てくれて、ありがとう」
「いえ、とんでもないです。では、これで失礼します」
「はい、頑張ってください」
日置はまた深々と頭を下げて、この場を去った。
そしてその足で、彼女らが待つロビーに向かった。
ロビーに出ると、小島ら八人も含めた彼女たちは、一塊になって談笑していた。
「きみたち」
日置が声をかけると、全員が振り向いた。
「阿部さんたちは、今のうちにお昼を食べなさい」
「はい」
「で、阿部さん、足はどうなの?」
「まだ・・ちょっと痛いです・・」
「うん、わかった。それじゃ、この後の試合は、郡司さん、きみを出すからね」
「え・・わ・・私・・」
和子は顔を引きつらせていた。
「大丈夫。森上さんと重富さんと中川さんが勝つから、きみは自分が出来ることを精一杯やればいいだけだよ」
「は・・はい・・」
「郡司よ」
中川が呼んだ。
「はい」
「おめー、こんなチャンスねぇぜ」
「え・・」
「ここはだな、自分がエースだと思って、相手をぶちのめせばいいんでぇ」
「ぶ・・ぶちのめす・・」
「おうよ!郡司和子を舐めんなってな!」
中川は和子の肩をバーンと叩いた。
「ひぃぃ~~・・」
和子がそう言うと、みんなは声を挙げて笑った。
「先生」
小島が呼んだ。
「なに?」
「私ら、これで帰りますね」
「え、そうなの?」
「桂山に戻って練習がありますから」
「ああ、そっか」
「先生、よかったですね」
浅野がそう言った。
「うん、きみたちの応援のおかげだよ。ありがとう」
「私らが出来んかった、全国優勝が、夢やなくなりましたね」
為所が言った。
「うん」
日置は嬉しそうに笑った。
「インターハイて、どこですか?」
杉裏が訊いた。
「確か・・香川じゃなかったかな・・」
すると和子は「えっ!香川!」と驚いた。
「きみの故郷だよね」
「こりゃ~、頑張らにゃあいけんが!」
和子は思わず方言が出た。
「ばあちゃんに、見せてやらにぁ、いけんけに!」
和子は、俄然やる気が出てきたようだ。
すると小島ら八人は、日置が口を開く前に「そうでなくちゃ」と声を揃えて言った後、笑っていた―――
ほどなくして、小島らは体育館を後にして、阿部らはロビーで弁当を食べていた。
するとそこへ、悦子と朝倉がやって来た。
「よーう、ゼンジーにクラクラのねぇさんよ」
中川は弁当を椅子に置いて立ち上がった。
「よーう、中川さん」
「もう帰るのかよ」
「まあな。おってもしゃあないし」
悦子は冗談で皮肉を言った。
「まあ、そだな」
「それにしても、あんたさ」
「なんでぇ」
「三神を倒すとは、見上げたもんや」
「ふっ。私はずっと三神野郎をぶっ倒すっつってたぜ」
「ちょっと、訊きたいんやけどさ」
「なんでぇ」
「あんた、ズボールやったっけ。あれを教えたんは三神やて言うとったけど、どういう意味なんや」
「ああ、それかよ。あれはいつだったか・・」
中川は、またあさっての方を向いた。
「私は三神へ偵察に行った・・その時だった・・」
「・・・」
「突然、嵐が吹き荒れ・・」
「いや、あの日は雲一つない、快晴やったで」
「細けぇことはいいんでぇ。それでだな・・風が吹き荒れたかと思うと、私は見た・・そう・・きよしの空振りをよ・・」
「あっ、もしかして、窓を開けたん、あんたやったんか!」
「そうさね・・」
中川はいかにも深刻ぶってそう言った。
悦子はそこで全てを理解した。
そしてなんと皮肉なことかと思った。
なぜなら、山科の空振りをヒントに、ズボールを編み出したからである。
例えば、中川の偵察がなければ、ズボールは生まれてなかったし、向井は確実に勝っていた。
その意味で、今予選は、桐花に運があったのだと納得していた。
「なるほど。そういうことやったんやな」
「おうよ・・」
「いや、もうこっち向きぃさ」
悦子も朝倉も、「滑稽」な中川を見て笑っていた。
「中川さんも、あんたらも、うちに勝ったからには、全国優勝しかないで」
悦子は彼女らに向けてそう言った。
そこで阿部らも立ち上がり「はいっ」と答えた。
「ほな、頑張りや」
悦子と朝倉は、軽く手を振って体育館を後にしたのだった―――




