26 妄想劇
中尾らの件は、加賀見と日置の尽力によって解決した。
三人の喫煙、飲酒も、興味本位で手を出したということで、処分は見送られた。
中尾ら三人は、今回のことで、日置と加賀見に対して、心底感謝していた。
そしてもう二度と、軽々しく不良には着いて行かないと猛省していた―――
日置は、この二日間、小島のことを忘れているわけではなかったが、写真立てのことは、すっかり頭から消えていたのだ。
なぜなら、写真立ても包装紙も手紙も、引き出しにしまってあるからだ。
いわば、中尾らの問題解決で頭が一杯で、森上と阿部の練習さえ、休んでいたくらいだった。
そして小島は、日置に疑いを持ったまま、連絡できずにいた。
いや、待ってはいたが、電話がかかって来ないことに、更に不安を抱えていたのだ。
小島にすれば、無理もないことだ。
あの礼儀の「権化」のような日置が、ましてや恋人である相手からプレゼントをもらったまま何も言ってこないのは、まさに、そういうことだ、と。
―――ここは桂山化学の体育館。
「彩華、さっきからミスばっかりやん」
小島と打っていた杉裏が言った。
今も小島は、簡単なカットミスをした。
「ああ・・ごめん」
「なんかあったん?」
「いや、ないで」
「全然、集中してないで」
この会話を、隣の台で打っている外間と井ノ下は、複雑な心境で聞いていた。
やはり、何かあったに違いない、と。
「彩華、どしたんや?」
浅野が心配して声をかけた。
「いや、なんもないで」
「そうなん?」
「ごめん、集中するわ」
そして小島は杉裏にも「ごめん」と言って構えた。
しばらく二人はラリーを続けたが、小島はミスをするばかりだ。
「杉裏、ごめん。ちょっと今日は、先に帰るわ」
「え・・」
「このままやと、練習になれへん」
そして小島は、「みんなごめん、先に帰る」と言って、更衣室へ入って行った。
当然、心配した浅野は小島の後を追いかけた。
そして彼女らも、浅野の後に続いた。
その様子を見ていた大久保らも、何事かと心配していた。
「彩華、どないしたんよ」
浅野が訊いた。
「いや、なんもないねんけど、なんか今日は、集中でけへんわ」
「彩華~なんかあったら相談してな~」
蒲内が言った。
「蒲内、ありがとう」
「いや、ほんまやって。言うてや」
為所が言った。
「うん、ありがとうな」
「先生と、なんかあったん?」
岩水が核心を訊いた。
「いや、ないで」
小島はニッコリと笑った。
「そうか。それやったらええねんけど」
「ごめん、みんな練習に戻って」
小島はそう言いながら、Tシャツを脱いでいた。
「なあ・・彩華・・」
外間が声をかけた。
「なに?」
「あのさ・・」
え・・そとちゃん・・あのこと言うんか・・
あかん・・あかん・・
井ノ下が心配した。
「せ・・先生と・・」
外間がそう言うと、一瞬、小島の顔が引きつった。
「その・・せ・・先生と・・うまくいってるん・・?」
「あはは、外間。なによその訊き方」
「いや・・ええねん・・」
「ちょっと、そとちゃん。何が言いたいんや」
浅野が訊いた。
「いや・・ちゃうねん・・その・・」
あほ・・
そとちゃん、もう後に引かれへんがな・・
井ノ下は、ハラハラしていた。
「外間。何が訊きたいん?」
小島は、優しく問いかけた。
「こんなん言うてええんか・・わからんけど・・」
「うん」
「実は・・先生な・・若い女の人と・・歩いててん・・」
小島は愕然としたが、やはり自分が思っていた通りだと悟った。
そして他の者も、唖然としていた。
どういうことなんだ、と。
「そ・・そうか・・」
「いや、私の勘違いかもしれん・・」
「歩いとったて、どこを?」
「天王寺・・」
「そうなんや、やっぱりな」
「え・・やっぱりって・・」
「いや、実はな、先生には私以外に彼女がいてるんや」
「ええええええええ~~~!」
彼女らは驚愕の声を挙げた。
「ちょっと、彩華。それ、ほんまなんか?」
浅野が訊いた。
「うん、ほんまや」
「なんでそう思うんよ。先生が言うたんか」
「いや、実はな」
そこで小島は、女性から電話がかかって来たこと、その後、自分がかけたら話し中だったこと、プレゼントしたのに何も連絡がないことなど話した。
「マジか・・」
さすがの浅野も、呆然としていた。
「だから外間が見た女の人が、そうやと思う」
「いや・・ごめんな。言うたら彩華は傷つくと思てんけど、知らん・・いうのも違う気がして・・」
「ううん、外間。気にせんでええよ。むしろ言うてくれて、よかったわ」
「・・・」
「もう、あかんかもしれんな」
「いや~、彩華~、そんな悲しいこと言わんといて~」
蒲内は泣きそうだった。
「ちょっと腹立つな」
為所が言った。
「え・・しぃちゃん、どないしたんよ」
杉裏が訊いた。
「先生やん。彩華がいてながら、なにをよそに女作っとんねん」
「そう言われればそうやな」
岩水が答えた。
「いや、ちょっと待ちいさ」
浅野が制した。
「だってな、あの先生やで。そんな人でなしみたいなことするか?」
続けてそうも言った。
そしてさらに続けた。
「結婚が決まっとったのに、それを破談になってまうほど彩華のこと好きやねんで。でさ、付き合い出してまだ三ヶ月やろ。ああ~あり得へんって」
「でもさ、内匠頭」
小島が呼んだ。
「なによ」
「気持ちって、変わるもんやん」
「そらそうやろけど、先生やったらはっきり言うと思うで。二股なんか絶対にないって」
「せやけどな・・」
そこで小島は泣き出した。
「いやあ~彩華~・・泣かんといて~」
「彩華、ごめん。私がいらんこと言うてしもたから・・」
「大丈夫やって、彩華」
「なんか、誤解やって」
みんなは次々に、小島を励ました。
「ううっ・・せやけどな・・先生・・いや、私、先生の部屋に何度も行ってるけど・・その・・絶対に泊まらせへんねん・・」
彼女らは、妙にリアルな話に、言葉が出なかった。
「帰れって・・いつも言うねん・・」
「・・・」
「ほんでな・・こないだ・・朝に七時に電話したんやけど・・いてなかってん・・」
「・・・」
「女の人から電話があった次の日やねん・・」
この時点で彼女らも、森上の朝練のことなど頭になかった。
今の小島の話で、彼女らも、もはや二股は確定だと思った。
「私には・・帰れっていうのに・・その人のところへは行くねん・・。私を帰すんは・・そのためやねん・・」
「所詮・・先生も男やった、ということか・・」
「酷すぎひん?」
「なんか、ムカツク!」
「彩華を弄ぶやなんて、許されへんな!」
彼女らの心配は、怒りに変わっていた。
「なあ・・外間・・」
「なに・・?」
「その女の人・・いくつくらいやった・・?」
「大学生くらいかな・・」
「やっぱり・・」
「え・・」
「電話の声も、すごく若かってん・・その人やな・・」
「・・・」
「綺麗な人やった・・?」
「まあ・・不細工ではなかったかな・・」
「そうか・・」
「彩華、これからどうするつもりなん?」
浅野が訊いた。
「どうする言うたかて・・私・・先生のこと・・忘れられへん・・」
「でも、このままでええはずないで」
「どうしたらええかな・・」
「そら、ちゃんと訊くんがええと思うで」
「でも先生やったら・・なに言ってるの、僕がそんなことするはずがないでしょ、とか言う・・」
「ああ・・確かにそうかも。二股かける気がなかったら、とっくに言うてるはずやもんな」
「そやねん・・」
ここにいる全員が頭を抱え込んだ。
妄想も、ここまで来ると、もはや漫画のようだが、彼女らはまだ十八だ。
恋愛経験もないのだ。
浅野は、三宅のことを好きになりかけてはいるものの、三宅は誰の目から見ても単細胞。
小島のように、三宅のことで悩むなど皆無なのだ。
「私な・・考えたんやけど・・」
小島が何を言うのかと、彼女らは黙って次の言葉を待った。
「もっと大人の女性っていうんかな・・変わろうと思てるねん・・」
「え・・」
「見た目もそうやけど・・言葉もな、東京弁で喋ろと思てるねん・・」
「・・・」
「貴理子さん、いてはったやん・・あの人みたいに・・」
彼女らは、それは違うぞ、と思いながらも、他に策もなく、試してみるのもいいかと変に納得していた。




