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サーよし!2  作者: たらふく
254/413

254 規格外の中川




現在、カウントは21-20で、中川が一歩リードしていた―――



「1本」


向井はサーブの構えに入り、声を発した。


「来やがれってんでぇ!」


中川もレシーブの構えに入った。

そして向井はボールをポーンと高く上げた。

そう、投げ上げサーブである。

向井は三球目を狙っていた。

たとえ決まらなくても、ラリーで立て直せる。

そんな向井は、一か八かで勝負に出たのだ。


そして斜め回転のサーブは、フォアのネット前に入った。

中川は前に出てツッツキで返したが、ボールは少し高く上がった。


来た・・


向井は狙い通りのレシーブが来たことで、フォアへスマッシュを打ちに出た。

中川はすぐさま後ろへ下がった。


バカめ・・

またフォアかい・・


中川がそう思ったが早いか、なんと向井はバッククロスを逃げるような、なんとも緩いボールを送ったのだ。

そう、向井は速いボールだと、体に染みついた「リズム」で、中川は追いつくかもしれないと、裏をかいたのだ。


なにっ・・!


コースとタイミングを完全に外された中川だったが、懸命に体を逆に戻し、ボールを追いかけた。


「取れる!中川、取るんだ!」


日置が叫んだ。


「おおおおおお~~~~!」


館内はまた驚愕の声が挙がった。

ここに来て、あんなボールを打つのか、と。


くっそ~~~~!

アンドレぇぇぇ~~!

舐めんじゃねぇぞ!


そして中川は、やっとのことでボールに追いついた。


「うわああああ~~~!」


また歓声が木霊した。

そう、追いついたぞ、と。


そして中川は、不十分な体勢からラケットを複雑に動かした。

そう、ズボールである。

けれどもこれは、まさに一か八かだった。


曲がらねぇでもいい・・

単に返すよりは・・よっぽどマシさね!


中川はボールの行方を目で追っていた。

いや、中川だけではない。

この試合を観ている全員が、ボールを凝視していた。

そして向井は、回り込んで打つ体勢に入っていた。

ボールはバッククロスのギリギリでバウンドした。


するとボールはコートの端にあたりイレギュラーした。

そう、エッジボールである。

向井はタイミングを狂わされたが、それでも何とか打って返したものの、大きくオーバーミスをした。


「おおおおお~~~!」


館内は、三神が2セット目を落としたぞ、と言わんばかりの声が響き渡っていた。

けれども桐花ベンチからは、声が挙がらなかった。

そう、中川がまたボールを追いかけるのではないかとの一抹の不安があったからだ。

すると中川は、まるで「期待」に沿うように、あろうことかボールを追いかけたのだ。


「えええええええ~~~~!」

「こらーーーー!中川あああああ~~~!」

「信じられへん・・」

「なにやってんやーーーー!」


桐花ベンチから、怒声が挙がっていた。

そんな中、阿部は本当に失神しそうだった。


「阿部さん!大丈夫か!」


重富はオロオロとしていた。


「千賀ちゃぁん!」


森上は阿部の前にかがんでいた。


「うん・・大丈夫・・」


阿部は力なく頷いた。


そしてギャラリーも、植木も早坂も、三神ベンチも、大河と森田も言葉を失っていた。

なんなんだ、この子は、と。

それでも中川はラケットを大きく上げて、ボールを追いかけた。

そう、まるで飛ぶ蝶を追う少女のように。


「ダメだ・・こんな子・・もう無理・・」


日置は思わずそう呟いていた。

そしてボールは、中川のラケットをめがけて落ちて来た。


「あああ・・」


日置は頭を抱えた。


あら・・大河くん・・

呼んでくれないのね・・


そう、中川は大河に名前を呼んでほしかったのだ。


仕方がないわ・・


そして中川は、寸でのところで左手でボールをキャッチした。


「サーよしっ!」


中川は渾身のガッツポーズをした。


シーン・・


館内は、時が止まったかのように静まり返っていた。


「え・・」


中川は館内を見回していた。


「バカ者ーーーー!」


日置はそう叫んだ。


「バカとはなんでぇ!」

「コートに戻って、一礼して、ベンチに来い!」

「わかってらぁな!」



―――三神ベンチでは。



悦子も朝倉も、中川がボールを追いかけたことに、愕然としていた。


「あの子・・なんで追いかけたんや・・」

「よく左手で取ったわよね・・」

「竹林くん」


皆藤が呼んだ。


「はい・・」

「あの子ね、さっきまではラケットミスを知らなかったんですよ」

「さっきまで・・?」

「実はね、さっきも同じようなことがあったのですが、寸前のところでミスは免れたんです」

「ど・・どういうことですか・・」

「でも、日置くんに注意されたはずです。ラケットミスのことね」

「はい・・」

「なのに、今も同じことをしました」

「・・・」

「でも今のは、最初から左手で取るつもりのようでしたね」

「それになんの意味が・・」

「それは私にもわかりません」


皆藤や悦子や朝倉のみならず、三神の彼女らも「規格外」の中川に、まるで宇宙人を見るような思いがしていた。


「そういや、山科ちゃん」


悦子が呼んだ。


「はい」

「あんた、きよしってなんなん」

「いえ・・なんか、中川さんが私のこと、きよしとか・・オスカルて呼ぶんです」

「へ・・?」

「私は天地です」


野間が言った。


「私なんか・・クチビルゲです・・」


仙崎が言った。


「私は、イカゲルゲです」


磯部が言った。


「向井ちゃんは?」

「アンドレです」


野間が答えた。


「先輩・・ゼンジーですよね・・」


山科が訊いた。


「ああ・・なるほど、そういうことか」


悦子は、中川がやたらと変な呼び名を付けることに気が付いた。


「私はクラブ探しジジィですよ」

「えっ」

「ジジィは酷いでしょう」


皆藤は苦笑した。

そこへ、コートを離れた向井がベンチに下がって来た。


「先輩、こんにちは」


向井は悦子と朝倉に一礼した。


「向井ちゃん」


悦子が呼んだ。


「はい」

「次のセット、ドライブはいらんで」

「え・・」

「ラリーは無駄や」

「はい」

「早めに勝負に出るんやで」

「はい」

「前に寄せて、コースを狙い撃ちや」

「はい」


そして向井は皆藤に目を向けた。

皆藤は「うん、頑張りなさい」とだけ言った。



―――桐花ベンチでは。



「きみは!一体、何を考えてるんだ!」


日置が怒鳴った。


「なに怒ってんだよ!」

「オーバーしたボールは打っちゃいけないって、僕、言ったよね!」

「うるせぇな」

「うるさいってなんだよ!」

「先生よ」

「なんだよ」

「ちったぁ落ち着けって」


中川は日置の肩を軽くポンと叩いた。


「これが落ち着いてられるか!」


日置は中川の手を跳ね除けた。


「へっ、わかってねぇな」

「なにがだよ」

「私はさ、こんなにたくさんのギャラリーの方々によ、サービスしたんでぇ」

「はあ?」

「あそこで私はボールを追いかけただろ。んで寸前で左手で取っただろ」

「・・・」

「見てるやつらはどう思うんでぇ」

「バカだと思うよ!」

「ったくよー、これだから先生はいけねぇやな」

「なにがだよ」

「演出って知らねぇのか」


そこで中川は重富を見た。

重富は「え?」と訊き返した。


「重富はよ、元演劇部だからわかってるよな」

「えぇ・・」


重富は、ここで私に振るのか・・と困惑した。


「私は最初から打つつもりなんざ、なかったのさね」

「・・・」

「まあ、そういうこった。どうでぇ、おめーら、ヒヤヒヤしただろ」


中川は彼女らを見て笑った。


「二度とそんな演出なんかするな!」

「まだ怒ってやがるぜ」

「もし!あたったらどうするんだ。絶対にあたらない保証があるのか!」

「はいはい、わかったわかった」

「きみ、阿部さん、倒れそうになったんだぞ!」

「え・・」


そこで中川は阿部を見た。

阿部は、情けない表情を見せていた。


「チビ助・・おめー、大丈夫なのかよ」

「中川さん・・」

「なんでぇ」

「めっちゃ・・心臓に悪いから・・あんなんせんといて・・」

「そ・・そうか・・」

「頼むから・・普通に試合して・・」

「・・・」

「ラスト・・出られへんし・・中川さんにかかってるねん・・」

「おう、わかってらぁ」

「頼むわな・・」

「中川さん」


日置が呼んだ。


「なんでぇ」

「このセットだよ」


日置は何とか怒りを抑えていた。


「わかってらぁな!」

「いいかい。絶対に焦らないこと」

「おうよ!」

「追い込まれているのは向こうも同じ」

「そうさね!」

「とにかく、無茶はしない」

「しねぇって!」

「じゃ、最後まで徹底的に叩きのめすこと、いいね」


そして日置は中川の肩をポンと叩いて送り出した―――

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