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サーよし!2  作者: たらふく
252/413

252 窮地を救った大河




―――「うわあああああ~~~!」



館内は、まさに悲鳴にも似た叫び声が飛び交っていた。

なぜなら、ギャラリーの殆どが「ラケットミス」を知っているからである。


「中川さーーん!」


大河は椅子から立ち上がり、口に手を当てて大声で叫んだ。


えっ・・

今のは大河くんの声だわ・・


そう、中川は大声で叫びまくるギャラリーの中から、大河の声だけは聴こえたのだ。

そこで中川は、ボールに触れる寸前で観客席を見上げた。

かろうじてラケットにあたらなかったボールは、コロコロと床に転がっていた。


「ああああ・・・」


日置は眩暈がしそうになっていた。


「よ・・よかった・・」


小島がそう呟いた。


「危なかった・・」


浅野も他の者も、やれやれとばかりに胸をなでおろしていた。


「あの・・」


そこで阿部が小島に声をかけた。


「なに?」

「なにが・・よかったんですか」

「今の・・ラケットにあててたら、ミスを取られて中川さん、負けてたんやで」

「ええええええ~~~!」


阿部と森上と重富は、驚愕していた。


「オーバーミスのボール、ノーバウンドであてたら、ラケットミスいうて、相手の点になるんやで」

「そ・・そやったんですか・・」


阿部らは血の気が引く思いだった。


「中川さんも、きみたちも・・知らなかったんだね・・」


日置は首の皮一枚繋がったことで、心底安堵していた。

一方で中川は、大河に呼ばれたことが嬉しくて呑気に手を振っていた。


でも大河くん・・

なぜ、叫んだのかしら・・

きっと・・私のプレーを見て・・感激してくれたのね・・

そうよ・・

そうだわ~~~!

きゃ~~~!


そして中川はボールを拾って、コートへ戻ろうとした。


「中川さん!タイム取って!」


日置が叫んだ。

中川は、輝くような笑顔を見せて、タイムを取ってベンチに下がった。


「先生、なにかしら?」

「え・・」


日置は中川の話しぶりに驚いた。


「あっ・・ああ、なんでぇ」

「あのね、今のボールなんだけど、オーバーミスをノーバウンドでラケットにあてると、ミスを取られるんだよ」

「は・・?」


中川は意味がわからなかった。


「向井さん、オーバーミスしたでしょ」

「おうよ」

「きみ、それを打ち返そうとしたよね」

「それが、なんだってんでぇ」

「だから、そのボールをラケットにあてた時点できみのミスになるの」

「え・・」

「だから僕は必死で叫んだんだよ。聴こえてなかったの?」

「いや・・聴こえてたけどよ、なに叫んでんでぇと思ってたのさ」

「とにかくそう言うこと。だから、ノーバウンドのボール、打ちに行っちゃダメだよ」

「そ・・そうなのか・・私は危ねぇところだったんだな・・」

「よく、寸前のところで思い留まったよね・・まったく・・」

「あっ!」


中川は、何かを察したように突然叫んだ。


「どうしたの」

「そうか・・そうだったのかよ・・」

「なにが」

「いや・・大河くんが・・私の名前を叫んでよ・・」

「え・・」

「それで・・私はよ・・思わず観客席を見上げたんでぇ・・」

「そっか。きみが観客席を見上げて手を振ってたのは、そういうことだったんだね」

「大河くんが・・私を救ってくれたんだ・・そうだったのか・・」


日置は中川の話を聞いて、大河に感謝していた。

そして恋の力というのは、なんと凄まじいものかとも思っていた。

なぜなら、監督である自分の声は届かなくても、大河の声は届いた。

そのおかげで、中川は窮地を脱したからである。



―――観客席では。



「ああ~、まさに危機一髪やったな」


大河は席に座り、ホッとしていた。


「あはは、中川さん、ラケットミス知らんかったんやな」

「そうみたいやな」

「でも、お前が叫んだおかげで、救われたな」

「あんな負け方は、後々、引きずると思てな」

「確かにそうやな」

「これでデュースか・・」

「せやけど中川さんのあのカット、あれはなかなかやで」


森田はズボールのことを言った。


「うん」

「どんだけ練習したんやろな」

「あの子・・威勢だけとちゃうな・・」

「おっ、大河。お前、もしかして?」


森田はそう言いながら、いたずらな笑みを見せた。


「なに言うてんねん」

「あはは、まあええやん」


その実、大河は中川に特別な感情は抱いてなかった。

けれども以前の印象とは変わり、少なくとも嫌いではないし、だからこそ、かわいいと思ったのだ。



―――三神ベンチでは。



「中川くんは・・本当に不思議な子です」


皆藤がそう言った。


「ラケットミス・・知らなかったんですね」


野間が言った。


「まあ、寸前のところでミスは免れましたが、それにしても、オーバーしたボールを追いかけますかね」


皆藤は笑っていた。


「なぜ追いかけたんでしょうか・・」

「私にはわかりませんが、それが中川くんという子なのでしょう」


そして皆藤は「向井くん」と呼んだ。

向井は皆藤の前に立った。


「はい」

「ここは、絶対に取りなさい」

「はい」

「それとコースはバックですよ」


皆藤は、バックカットのズボールはフェイクだと言いたかった。

それは向井も十分理解していた。


「はい」

「おそらく、ラケットミスのことは日置くんから知らさせれてるはずです」

「はい」

「首の皮一枚繋がったと思っているところを、容赦なく叩きなさい」

「はい」


そして向井は、彼女らにも励まされながら、一礼してコートに向かった。



―――桐花ベンチでは。



「さあ、中川さん」


日置が呼んだ。


「おうよ!」

「ここは、絶対に取るよ」

「わかってらぁな!」

「きみがラケットミスしなかったのは、偶然じゃない。流れはこっちにある」

「そうでぇ!私はデュースにしたのさ」

「うん。だからしっかりね」


中川の肩に手を置く日置は、一層力が入った。


「おうよ!」


そして中川もみんなに励まされながら、ゆっくりとコートに向かった。


コートに着いた中川と向井は、改めて互いを見ていた。


「ふふふ・・アンドレよ」

「向井です」

「勝負の時だな」

「そうですね」

「一歩も引くつもりはねぇから、覚悟しな」

「そのままお返しします」

「おうよ!そうでねぇとな!」


そして中川は振り向いて三神ベンチを見た。

皆藤と彼女らは、また何事かと中川を見返した。


「よーう、須藤よ」


呼ばれた須藤は怪訝な表情を浮かべた。


「おめーにも、そのうちあだ名を付けてやっから、楽しみにしてな」

「えっ・・」

「どびきり・・ぴったりなのをよ。ふふふ・・」

「ちょっと、中川さん」


菅原が呼んだ。


「なんでぇ」

「いい加減、真面目に試合したらどうですか」

「なに言ってやがんでぇ。こちとら真面目も真面目、真面目が服を着てると、もっぱらの噂よ・・」

「あなたのような無礼な子、見たことありません」

「私もおめーのような、ガチガチの堅物、見たことねぇぜ」

「なっ・・」

「まあまあ、菅原くん」


皆藤はニッコリと笑って制した。


「いいではありませんか」

「先生・・」

「少なくとも中川くんは、プレーは真面目ですよ」

「・・・」

「おうよ!わかってんじゃねぇか、じいさんよ」

「で、いつ再開するのですか」

「え・・」

「きみ、時間稼ぎしてますね」

「そっ・・なーに言ってやがんでぇ」


そう、中川は、どう攻めようかと時間稼ぎをしていたのだ。


「気持ちを見透かされた時点で、きみは負けに近づいているのですよ」

「しゃらくせぇやね!こちとら、今にもおっ始めてぇ心境なのさね!」

「じゃ、始めてください」

「おうよ!」


そして中川は向きを変え、関根からボールを受け取った。


ぐぬぬ・・

さすがジジィだ・・

ふんっ・・

でもよ・・

勝負はこっからなんでぇ・・

ヘラヘラ笑ってられるのも・・今のうちさね・・


そして中川は「行くぜ!」と言いながらサーブを出す構えに入った―――

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