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サーよし!2  作者: たらふく
251/413

251 知らなかったルール




―――「中川さん、息を吹き返したな・・」



観客席で見守っている大河は、独りでに呟いた。


それにしても・・

1セット目の後半・・

全くやる気がなかったけど・・

あれは、このセットを取るための芝居やったんやな・・

とすれば・・桐花の監督は、なかなかの軍師やな・・


「大河」


そこへチームメイトの森田(もりた)がやって来た。

この森田は、千里中央の駅前の本屋で、大河と一緒にいた男子である。


「おお、森田」

「中川さん、どないや」


森田はそう言って大河の横に座った。


「1セットは0点で負けたで」

「えっ、0点?」

「でも、このセットは今のところ、五分五分やな」

「お前、なんて言うたったんや」

「別に、特別なことは言うてへんで」

「中川さん、お前にぞっこんやで」

「そんなん関係ない」

「ええなあ~あんな美人に好かれて」

「僕には関係ない」


それにしても中川さん・・

なんで三神ベンチに向かってガッツポーズしてんねやろ・・

ほんま、おもろい子やな・・



―――そして通路では。



「なんや・・あのカット・・」


植木はズボールを見て、驚愕していた。


「どうやって編み出したんや・・」


早坂も呆然としていた。


「浅野さんに習ったんかな・・」

「魔球か?」

「はい。でも、浅野さんのカットより、上な気がします」

「へぇ・・」

「これ・・三神は手を焼くんとちゃいますか」

「でもやで、1セット目のあれは、なんやねん」

「それは僕にもわかりませんが、とにかく中川さんが息を吹き返したことは確かです」

「せやけど、このセット取らな、桐花は負けやで」

「取りますって!絶対に取って、セットオールになりますって!」


植木は、俄然元気が出てきた。


「セットオールになってもやな、まだ勝ったわけやないで」

「編集長!」


植木は早坂を見て怒鳴った。


「なんやねん」

「桐花が負けたらええと思てるんですか!」

「ちゃうがな。わしは最後まで勝敗の行方はわからんて言うてんねや」

「そらそうですけど、頑張れって思わへんのですか!」

「お前な・・」

「なんですか」

「わしはファンとちゃうねん。公平な立場のジャーナリストや」

「僕かてそうですけど・・」


植木は不満げな表情を見せながら、コートに目を向けた―――



驚いたのは植木らだけではない。

大勢のギャラリーは、中川の豹変ぶりに言葉を失っていた。


「あの子・・さっき、0点やったよな・・」

「一体、何がどうなってんねん・・」

「なんや途中で・・男子と話してたけど・・」

「彼氏か・・?まさかな・・」


この者は、中川と大河の見た目を言った。

このカップルは、地球がひっくり返ってもあり得ないぞ、と。

そして中川から声をかけられたギャラリーたちも、驚きの声を挙げていた。


「観んと損するて言うてたけど・・ほんまや・・」

「あんな、わけのわからんカット・・見たことないぞ・・」

「おもろなってきたな」

「頑張れよ~~!」



そして試合は一進一退を繰り返し、まさにデッドヒートの展開となっていた。

向井はツッツキからのミート打ちで攻めるも、中川は悉く拾い、その返球を向井はドライブをかけて返していた。

そう、一発では決まらないのだ。

中川はドライブをズボールで返し、向井は空振りをすることもあったが、どうしてもタイミングが合わずに、当てて返すだけのボールも多かった。

それを中川は、悉くスマッシュで決めていた。

その意味でズボールは、完全に向井を翻弄したのだ。


けれども向井も負けてはいない。

疲れの溜まってきた中川に対し、ドライブからのストップを織り交ぜ、少しでも高く返ってくると抜群のミート打ちで決めていた。

そしてとうとう、カウントは19-19の同点となっていた。


「ハアハア・・」


中川は肩で息をしていた。


「中川さん!ここ1本だよ!」


日置は懸命になって叫んでいた。


「絶対に取るで!」


阿部も椅子に座らずに、ずっと立って応援していた。


「中川さぁん~!しっかり~~~!」

「何度も立ち上がれ~~!何度でも立ち向かえ~~~!」


重富は『栄光を掴め』の歌詞を言った。


おうさね・・重富よ・・

こんなところで負けてられねぇよな・・

なにがなんでも・・このセットは取るぜ・・


そして中川は「1本!」と大きな声を発し、レシーブの構えをした。

向井も「1本」と声を挙げてサーブを出す構えに入った。

向井は、バックコースへ上回転のロングサーブを出した。

中川はすぐさま下がって、バックカットで返した。

フォアに入ったボールを、向井は思い切りドライブをかけに行った。

けれどもバックコースだ。


くそっ・・

ズボール・・出さねぇと・・


そして中川は、「にわか仕込み」のズボールで返した。


ダメだ・・曲がらねぇ・・


中川の思った通り、ボールは曲がらずにミドルへ高く上がった。

向井は絶好のチャンスボールを、どっちへ打ってやろうかといわんばかりに、中川の動きを見ていた。


よし・・ここはミドルやな・・


そして向井は中川の体をめがけて、弾丸スマッシュを打ちこんだ。

中川は咄嗟に足を右へ動かしたが、ボールは中川の顔にあたって下に落ちた。


「サーよし」


向井は、憎らしいくらいの冷静な声を静かに発した。


「ナイスボールですよ」

「ラスト1本ですよ」

「ここ、締まりますよ」


チームメイトも静かにそう言った。

これでカウントは20-19になり、いよいよ中川は、桐花は崖っぷちに追い込まれた。


「中川!絶対に諦めるな!」


日置はそう叫んだ。


「わかってらぁな!」


中川は追い込まれたにもかかわらず、まだまだ意気軒昂だった。


「お願いします・・神様・・神様・・」


阿部は手を合わせて祈っていた。


「大丈夫や。阿部さん」


重富は阿部の肩を抱いた。


「中川さぁん~~!こっからやでぇ~~~!」


森上も懸命に檄を飛ばしていた。

そして小島ら八人も、声も枯れんばかりの声援を送っていた。


「アンドレよ・・」


中川が呼んだ。

向井は黙ったまま中川を見た。


「勝ったと思ってやがるだろ・・」

「愚問です」


向井には、勝ったなどという気の緩みなどなく、最後まで攻める覚悟でいた。


「ここからだぜ・・」

「そのつもりです」

「ぜってー追いついてやる・・」

「1本」


向井はサーブを出す構えに入った。


「来やがれってんでぇ!」


そして中川はレシーブの構えに入った。

向井は、フォア前に短いナックルサーブを出した。

けれどもこのサーブは切ったように見えた。

中川はすぐさま前に出て、ツッツキで返した。

するとボールは、フォアへ少し高く返った。


し・・しまった・・


そう思った中川だったが、すぐにカットの構えに入った。


「ああ・・」


阿部は思わずそう呟いた。

そう、万事休すだと。

それは重富も森上も、小島らも同じだった。


フォアに打ってくるよ・・

中川さん・・

絶対に拾うんだ・・


日置はこう思っていた。

すると向井は日置の思った通り、フォアへスマッシュを打ち込んできた。


「中川!動け!」


日置が叫んだ。


先生よ・・

私を誰だと思ってやがんでぇ・・

アメリカまで動いてやらぁな!


中川は懸命にボールを追った。

そして何とかラケットにあててカットで返した。

けれどもこれはズボールではない。


よし・・ここは・・バックへ行くと見せかけて・・


こう思った中川は、わざとバックへ動くふりをした。

すると中川の動きを見た向井は、再度フォアへドライブをかけてきた。


よーーし・・アンドレよ・・

かかりやがったな・・


中川はすぐさま足を止め、フォアへ移動し、十分な体勢からラケットを複雑に動かした。

ズボールは向井のミドルでバウンドした。


しまった・・

打つコースを読んでたんやな・・

どっちや・・どっちへ曲がるんや・・


そしてボールはククッと右へ曲がった。


右か!


向井は空振りしてなるものかと、ラケットを出してなんとか打ちに行ったが、ボールはラケットの端にあたり、大きくオーバーミスをしたのである。

桐花ベンチは「よっしゃ~~~!」と声を挙げた。

ところが、その時だった。

なんと中川は、ラケットにあてて返そうと、ボールを追いかけたのである。

ボールはまだ高く上がったままだ。

無論、ボールはコートのはるか横を飛び、完全なオーバーミスなのだ。


「中川~~~~~!」


日置は血相を変えて絶叫した。


「あああああ~~~!」


小島らも大声で叫んでいた。

阿部と重富と森上は、一体どうしたんだと、唖然としながら日置らを見ていた。


「中川~~~~!ダメだ!ダメだああああ~~~!」


先生よ・・なに叫んでやがんでぇ・・

これでデュースになったぜ・・ふふっ・・

どんなもんでぇ・・


中川は不思議に思いながらも、まだボールを追いかけていた。


「中川~~~~!落とせ!ラケットを落とすんだ!」


日置がそう叫べども、中川は無視してラケットを出していた。

そしてボールはゆっくりと、中川のラケットをめがけて落ちてきたのだ。

なぜ、日置や小島らが絶叫してでも止めたかというと、ミスをしたボールに対してノーバウンドでラケットにあてた場合「ラケットミス」といって相手のポイントになるからだ。

現在では、このルールは廃止されているが、この時代はこのようなルールがあったのだ。


そうとは知らない中川は、無邪気にボールを追いかけてしまったのだ。

そして阿部らも、このルールは知らなかったのだ。

ここで中川がボールにあててしまうと、自動的に向井の点となり、桐花は負けてしまうのだ。


中川は、果たしてラケットにあてるのかどうなのか。

ボールはあと数センチのところまで落ちて来ていた―――

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