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サーよし!2  作者: たらふく
25/413

25 日置の「脅し」




―――ここは南仁和高校。



南仁和高校は男子校だ。

どちらかというと、学力のレベルは低く、下校途中の生徒らも髪を染めている者、白の半そでの開襟シャツにラッパズボンといった様相が多く見られた。

加賀見は彼らを見ただけで圧倒されていたが、なんとか気持ちを整えようと踏ん張った。


「ヒュ~ヒュ~」

「ただでさえ蒸し暑いのに、カップルでご来校でっか~」

「ああ~俺もええ女抱きたいわああ~~」


こんな声が、日置と加賀見に向けられた。


「なっ・・なんですか・・あれ」

「加賀見先生、相手しちゃダメですよ」


日置は平然として、事務室へ向かった。

その後を、加賀見も続いた。


「すみません」


日置が事務室の小窓を叩いた。


「はい」


日置に気が付いた女性事務員が、小窓を開けた。


「なんでしょう」

「わたくし、桐花学園の日置と申しますが、校長先生は、いらっしゃいますか」

「ああ・・はいはい」


事務員は、事情を聞いていたのか、「お待ちください」と言って校長室へ向かった。

ほどなくして校長が日置の元へやってきた。


「どうも、わざわざご足労頂きまして、恐縮です。校長の三橋みつはしです」


三橋は、中肉中背の五十代後半と思しき男性だ。


「桐花学園の日置と申します」

「同じく、加賀見と申します」

「では、ご案内いたします」


三橋は、日置らを校長室へ案内した。

ドアを開けて中へ入ると、担任と、杉本ら三人もいた。


「これはどうも」


担任の荻原おぎわらは、バツが悪そうに恐縮していた。


「こいつらの担任の荻原です」

「日置です」

「中尾さんと木元さんと石川さんの担任で、加賀見と申します」


挨拶が終わると、それぞれ椅子に座った。

その際、杉本らは、足を大きく広げ、顎を突き出して加賀見を睨んでいた。

そして両手はズボンのポケットに入れていた。


「それで、早速なんですが、工藤さんから聞いたお話の内容は、事実なんでしょうか」


三橋が加賀見に訊いた。


「事実です」


加賀見は毅然として答えた。


「こいつらは、知らん、言うとるんですわ」


荻原は、とりあえず杉本らの言い分を話した。


「うちの子たちは、おたくの生徒に脅されて、日曜日にもかかわらず、私の家へ電話をよこしたんです。しかも、とても震えた声で」

「そうですか・・」

「なんでも、覚えとけよという、脅し文句も言ったとか」

「お前、聞いとったんか」


杉本が蔑むように口を開いた。


「私は聞いてないけど、うちの子たちがそう言って怯えてるんですよ!」

「あのな、証拠もなしに決めつけるんは、名誉棄損やぞ」

「やめんか!」


荻原が制した。

その実、荻原にはわかっていた。

日頃から問題ばかり起こしている杉本らが、他校の女生徒を脅すなど、いわば日常のことだと。

それが、何度も問題になり、彼らの親も手を焼いている状態だった。


「ああ~アホらし。あのな、お前とこの女な、煙草も吸うたし、酒も飲んどるんやぞ」

「えっ・・」


加賀見は事実を知らされ、唖然とした。


「へっ、都合の悪いことは隠しとるんか。俺に文句言う前に、その女ら処分したらどないやねん、のう?」


杉本は、バカにしたように、北野と森田にそう言った。


「ほんまじゃ」

「灯台下暗しや」


二人も口をゆがめて汚く笑った。


「そ・・それは、こっちの問題です。私は、あなたたちが脅したことを訊いてるんです!」

「だから知らん言うとるやろが!」


杉本は、足をバンッと鳴らして、その場に唾を吐いた。


「杉本!やめんか!」


荻原が怒鳴った。


「うるさいんじゃ!もうええやろ!」


そこで杉本は立ち上がった。


「杉本くん!」


校長の三橋が引き止めた。


「ちょっと待って!まだ話は終わってへんわよ!」


加賀見が食ってかかった。


「なんやねん!」


杉本は、またバンッと足を鳴らした。


「うちの子たちに手を出すんは止めて。それを約束してくれたら帰るわ」

「おう~約束したらあ」

「ほんま?それ、ほんまやね」

「はいはい~約束しますう~」


杉本は、加賀見に顔を近づけて、ふざけた口調で言った。


「加賀見さん・・ほんますんません」


荻原が申し訳なさそうに詫びた。

加賀見は黙ったまま、荻原を見た。


「わしが、こいつらに、よう言うて聞かせますんで」

「なんともはや・・大変見苦しいところを・・」


三橋も、言いようがない様子だ。


「でも、こんな。とても約束したようには思えないんですけど」

「なんとかします」


荻原が答えた。


「でも、登下校時や、学校以外では、私らの目が届きません。それでも大丈夫と言えますか?」


荻原はそう言われ、言葉もなかった。


「あの」


そこで日置が口を開いた。

全員が一斉に日置を見た。


「杉本くんだったね」

「なんじゃ、お前」

「きみたち、脅かしてないというのは、本当なの?」

「ほんまや言うとるやろ!」

「二言は無いんだね」

「あるかあ!」

「そっか。わかった」


そして日置は、一呼吸おいて、再び口を開いた。


「学校のことは、とかく校内で解決しようとします。もちろんそれが理想ですが、今回の件は校内で起こった問題ではありません。互いの言い分に相違がありますので、私は警察の手にゆだねるべきだと思います」

「え・・け・・警察・・?」


荻原が焦った風に聞いた。


「こちらとしては、脅されたと申しています。今後も続くかもしれません。何かあってからでは遅いです。よって被害届を出させますので、ご承知おきください」

「なっ・・なんやねん、被害届て!」


杉本は焦った。

なぜなら、以前にも何度か補導され、今度、事を起こせば鑑別所へ入れらる可能性があるからだ。


「杉本くん」

「なんやねん!」

「僕はね、自校の生徒を護る。その責任が僕にはあるんだよ」

「だから・・なんやねん!」

「はっきり言って、きみがどうなろうと知ったこっちゃない。いいね、この件は警察に届けるから、そのつもりでね」

「ち・・ちょ・・ちょっと待ってくれ・・」

「きみ、脅かしてないんだろ?」

「え・・」

「なぜ、そんなに焦ってるの?」

「あっ・・焦ってなんか・・」

「心当たりがないんだったら、堂々としてろよ」


杉本の横で、北野も森田も唖然としていた。


「しかもさ、男子相手にするならまだしも、女子を脅すなんて男として最低だね」

「なっ・・」

「まあ、これ以上は言わないけど、どうするんだよ」

「ど・・どうするて・・」

「警察に届けられてもいいのか、脅したことを認めるのか」

「・・・」

「どっちなんだ!はっきり言え!」

「わ・・わかった。わかった!脅したんや!」

「そうか。それで、今後はどうするつもりだ」

「も・・もう・・せぇへん・・」

「それ、ほんとだよね」

「ほんまや・・」

「もし、同じようなことがあれば、その時は迷わず警察へ行くからね。僕は容赦しないからね」


こうして杉本らは、脅したことを認めた。

ほどなくして、日置と加賀見は、学校を後にした―――



「日置先生・・」


駅に向かう途中、歩きながら加賀見が呼んだ。


「なんですか」

「どうも、ありがとうございました」

「なに言ってるんですか。中尾らはうちの生徒ですよ。護るのは当然です」

「私・・また何もできませんでした」

「いや、僕もね、ほんとは警察なんて言いたくなかったんですよ」

「え・・」

「だけど僕は、こう言っては教師失格かもしれないけど、うちの生徒を護るためなら何でもしますが、他校の生徒を思いやるほど人間が出来てないんです」

「そんなことありません」

「まあ、今回は結果オーライってことで、よかったんじゃないですかね」

「先生、あんな不良の男子相手に、全く引かないんですね」

「加賀見先生だって、引かなかったじゃないですか」

「どうしてそんなに強いんですか」

「僕ね、元々は男子校に勤めてたんです」

「え・・そうだったんですか」

「特に不良高校ってことはなかったですが、喫煙なんて日常茶飯事でしたから」

「なるほど・・・それで」

「僕、このまま学校へ引き返しますが、先生はどうされますか」

「ああ・・部活ですね」

「いや、今日は休みにしました。校長に報告しないとね」

「そうでした。私も一緒に戻ります」


そして日置と加賀見は、学校へ向かった。

日置が杉本らを「脅した」ことで、今後、中尾らへの接触は一切なくなることとなる。

加賀見は、日置の毅然とした態度に、教師として学ぶべきことがあると感じていた。

そして、何事も他の者に相談し、知恵を借りながら問題解決することが、いかに大事かを、また一つ知ったのである。



―――この日の夜。



外間は、井ノ下に電話をかけた。


「もしもし、いのちゃん」

「おう、そとちゃん、もう腰は大丈夫なんか?」

「うん、薬飲んだら痛みもすっかり引いたで」


外間の体調不良は、生理痛だった。


「で、どしたんや?」

「あのさ・・」

「なによ」

「私な・・見たらあかんもんを見てしもたんや・・」

「ちょっと、なによ、それ」

「いや、私、早引けしたやん?」

「うん」

「その時な、天王寺の駅で、先生見たんよ」

「ほう、先生な」

「それがさ・・先生、女の人と一緒やってん・・」

「え・・どういうこと?」

「知らん人なんやけどな、えらい若い人でさ、二人は見つめ合って笑ろてたんや」

「げ・・それって、ほんまなん?」

「なんでこなことで嘘言わなあかんのよ」

「生徒の親とか?」

「なんでやねん。生徒の親が、あんな若いはずあれへんやろ」

「そんなに若いん?」

「なんやったら、大学生に見えたで」

「嘘やろ・・」


井ノ下は、当然、小島のことを心配した。


「ほんで、先生、どこ行ったんよ」

「環状線のホームへ行ったわ」

「環状線・・」

「行き先はどうでもええやん。それより、このこと彩華が知ったら・・」

「っんなもん、絶対に言われへんで」

「でもさ・・彩華、知らんと先生と付き合ってるかもしれんで」

「そやけど、私らが言うこととちゃうで」

「なあ、いのちゃん」

「なによ」

「このままでええと思う?」

「うーん、見た言うたかて、一回だけやろ?」

「うん」

「ほんなら、そとちゃんの誤解かもしれんし、様子見た方がええって」

「そやな・・」

「とりあえず、誰にも言うたらあかんで」

「わかった」


外間と井ノ下は、小島を心配したが、この類の話を女性は、つい喋ってしまうのだ。

外間も、黙っていようと思ったが、井ノ下に言わずにはいられなかったのだ。

そして後日、外間はそれとなく小島に訊こうと思っていた。

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