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サーよし!2  作者: たらふく
249/413

249 門外不出の伝承技




―――1セット目を終えた三神ベンチでは。



「向井くん」


向井は皆藤の前に立っていた。


「はい」


向井は汗一つかいておらず、なんとも拍子抜けの試合に戸惑いすら見せていた。


「次のセットですがね、今しがたと違いますよ」

「そうなんですか?」

「このセットから始まると考えなさい」

「さっきの中川さんが・・なにをどうすると・・」


向井にすれば、魂の抜けた中川になにが出来るのかと疑問に思った。


「真相のほどはよくわかりませんが、おそらくさっきのセットは、わざと落としたのです」

「えっ!」


向井は絶句した。

落とすことに、何の意味があるのだ、と。

それが作戦といえるのか、と。


「きみが驚くのも無理はないですが、おそらくそれが本当のところです」

「そうですか・・」

「いいですか。ここは締めてかかりなさい」

「はい」

「我々三神相手に、舐めた真似をしたこと、嫌というほど後悔させてやりなさい」

「わかりました」


向井は軽く一礼した。


「向井ちゃん、頑張りますよ」

「出だし1本ですよ」

「このセットで決めますよ」

「先輩、頑張りますよ」


彼女らは、ダブルスを取られた時点では若干の危機感も覚えていたが、今しがたのラブゲームを見て、次は変わるという「不気味さ」など、なんら意に介することがなかった。

なぜなら、崖っぷちに追い詰められているのは、桐花だからである。

中川「如き」が、このセットを取って、3セット目も取れるとは、到底思えなかったのだ。

現実は、そんなに甘くないぞ、と。

三神を見くびってもらっては困るぞ、と。



―――桐花ベンチでは。



中川は日置の前に立っていた。


「さあ、勝負だよ」

「おうよ!」

「きみなら、絶対に勝てる」

「あたぼうさね!」

「いいかい。何があっても絶対に焦らないこと。迷ったらタイムを取ること」

「わかってらぁな!」

「よーし、じゃ、徹底的に叩きのめしておいで」


日置は中川の肩をポンと叩いた。


「中川さん、しっかりな!」


阿部は椅子から立ち上がって、中川の手を握った。


「中川さんなら大丈夫!あんたは絶対に負けへん!」


重富も中川の手を握った。


「中川さぁん、苦しくなったらぁ、三島くんの歌詞、思い出してなぁ」


森上も手を握った。


「おめーら、心配するこたぁねぇぜ」


三人は中川の顔をじっと見ていた。


「約束する。アンドレをぜってーに倒す!」


するとそこへ小島ら八人も加わった。


「中川さん、頑張るんやで」

「ぜひとも、ズボールをこの目で見たいわ!」

「みんながついてるから~大丈夫やで~」

「いや、ほんまに、マジで徹底的に叩きのめすんやで!」

「いける、いける。あんたやったら大丈夫や!」

「勝ったら、ご飯奢ったるからな!」

「ええか、今は2-1でうちがリードしてるんやからな。あくまでも追い詰められてるんは、三神やねんで!」

「あんたはカットマンや。拾ってなんぼやで。しっかりな」


最後に浅野がそう言った。


「おうよ!先輩方よ、任せてくんな!」


そして中川はゆっくりとコートへ向かった。

その際、ギャラリーたちは一人、また一人と減り始めた。

そう、もう勝負はついたということだ。


「よーーう!おめーら!」


中川は、立ち去ろうとするギャラリーに向けてそう叫んだ。

するとその者たちは、立ち止まって中川を見た。


「この試合、観ねぇと損すんぞ!」


するとその者らからは、何を言ってるんだとばかりに、笑い声が挙がっていた。

0点のくせに、どの口が、と。


「私が三神野郎をぶっ倒すっつってんだよ!」


そして中川は、胸を張って三神側のコートに着いた。


「えらい大風呂敷広げたな」

「そうまで言うんやったら、観たろやないか」

「さっきと別人のようやな」

「へぇーおもろいやん」


そして、その者たちは、再びコートに目を向けた。


中川の豹変ぶりに、やはり皆藤は確信していた。

1セットはわざと落としたのだ、と。

それは向井も同じだった。


そうか・・

先生の言わはった通りや・・

ほんま・・舐めた真似してくれるやん・・


「ラブオール」


主審の関根が試合開始を告げた。


「よーう、アンドレよ」


中川はボールを手にしたままそう言った。

向井は返事をせずに、レシーブの構えに入っていた。


「ここからが本当の命のやり取りさね!覚悟しな!」


そして中川はサーブを出す構えに入った。

1セット目に中川が出したサーブといえば、単純な下回転だけだった。

特にコースを狙ったわけでもなく、ブチ切れでもなく、いわゆる練習の際になにも考えずに出すようなサーブだった。


よーし・・ここは、由紀サーブでご機嫌を覗うとするか・・


『由紀サーブ』とは、必殺サーブに及ばないまでも、かつてセンターで三宅と多田を相手にした時に出したサーブのことである。

その際、中川は「ナイフサーブ」と名付けたが、多田に「ナイスサーブに聞こえるで」と指摘され、「由紀サーブ」に変更したのだ。


そして中川はボールをポーンと高く上げ、複雑な回転をかけてバックコースへ送った。

向井はなんら意に介することなく、すぐに回転を見破り、絶妙なバックハンドでバックコースへ送った。


くそっ・・

取りやがったか・・


中川はなんなくバックカットで返した。

フォアストレートへ入ったボールに、向井はドライブをかけに行った。

そしてボールはミドルへ入った。


おめーのドライブなんざ・・

屁でもねぇよ・・


中川は足を右へ動かし、バックカットで返した。

こうしてドライブ、カットとラリーの応酬が続いた。


ぜってー先取点を取る!


息を吹き返したんやろけど・・この程度か・・


二人は互いにこのように思いながら、ラリーを続けた。


「根負けするな~~~!」

「ストップも警戒せなあかんで~~!」

「この1点は絶対に取れ~~~!」


桐花ベンチから、このような声が挙がっていた。


うん・・

確かに、ドライブはうまいこと返すな・・

よし・・ここは前後に揺さぶろか・・


こう思った向井は、突然ストップを入れて来た。

これも絶妙なタイミングでのストップだ。

けれども、前後左右のフットワークを死ぬほど熟してきた中川にとっては「当たり前」のストップだ。

中川は全速力で前に駆け寄り、十分な体勢でボールを拾った。


そやで・・

中川さん・・

あんたは、この私のストップを簡単に拾えるんやから・・

そんなストップ・・屁でもないよな・・


杉裏はこんなふうに思っていた。


そして向井は、台上のボールを手首のスナップを効かせて叩きに行った。

中川は、もう一度ストップもあると読んで、あまり台から下がらずに構えた。

すると向井は本当に叩いて入れた。

そう、このチャンスを見逃すはずがないのである。


しゃらくせぇやね!


中川はすぐさま後ろへ下がり、フォアカットで返そうとした時だった。


よし・・このボールだ・・


中川は床に着きそうなくらいの位置で、ラケットを複雑に動かした。

そう、ズボールである。


中川のカットを見た皆藤と三神の彼女らは、その妙技に仰天していた。

なんなんだ、これは、と。

しかも、どっちへ回転をかけたのかがわからないではないか。


そしてボールはポーンと高く上がり、ミドルでバウンドした。


右さね・・


向井からは中川のカットが見えない。

向井は絶好のチャンスボールを、当然のように打ちに出た。

するとボールはククッと右へ曲がった。


えっ!


向井は空振りしそうになったが、なんとか右腕の動きを止めて、ポコンと当てて返した。


おいでなすったぜ~~~~!


待ってましたといわんばかりの中川は、矢のようなスマッシュをバッククロスへ打ち込んだ。

向井はラケットを出せずに、ボールは後ろへ転がっていた。


「サーよしっ!」


中川は渾身のガッツポーズをした。


「ナイスカット!」


日置はパーンと一拍手した。


「よーーーし!ええぞ~~~!」

「ナイスボールや~~~!」

「中川さぁん~~ズボール決まったぁ~~!」


ベンチからもやんやの声援が送られた。


「アンドレよ」


中川は向井を呼んだ。

向井は黙ったまま中川を見た。


「おめー、空振りしなかったのは、さすがだぜ」

「・・・」

「けどよ、ズボールはこんなもんじゃねぇぜ」

「ズボール・・?」

「そうさね。ズボールは末代まで受け継がれる門外不出の伝承技さね・・」

「・・・」

「あれはいつだったか・・」


中川は、またあさっての方を向いた。


「ないしょうあたまという、仙人がいてよ・・」

「・・・」

「山にこもること幾星霜・・」

「あの」


向井が呼ぶと、中川は我に返ったように向井を見た。


「なんでぇ」

「そんな話は結構です」


向井はうんざりしていた。


「まあいいさね。とっとと続きをおっ始めようぜ!」


主審の関根は、右太ももをきつく(つね)って、必死に笑いを堪えていた―――

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