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サーよし!2  作者: たらふく
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248 わざと落とす




大河の姿を見た中川は、思わず目を逸らした。

一方で大河は「場違い」な雰囲気の中、当然困惑していた。

なぜ、僕がここにいるんだ、と。

そして、阿部も森上も、重富の意図が読めずに呆然としていた。


「先生」


重富が呼んだ。


「なに」

「この子、大河くんです」

「え・・」


そうか・・この子が・・


「中川さん、ちょっとおいで」


重富は中川の腕を引っ張って、中川と大河をベンチから離れたところへ移動させた。

その際、三神ベンチに背を向かせることも怠らなかった。

そして大河は、カウントボードに目をやっていた。


うわあ・・まだ1点も取ってないやん・・


「中川さん」


重富が呼んだ。

中川はぼんやりと重富を見た。


「まだ負けたわけやないで」

「・・・」

「大河くんが、話があるって」

「え・・」


中川は思わず大河を見た。


「ほな、大河くん。お願いします」


重富はそう言って二人から離れた。


「は・・話って・・なんなの・・」

「きみ、まだ1点も取ってないんや」

「・・・」

「あのカットは、どうしたんや」

「え・・」

「変化するカット」

「・・・」

「三神に勝つために編み出したんとちゃうん」

「そ・・そうなんだけど・・」

「どないしたん」


そこで大河は中川の顔を覗き込んだ。


「私・・いやっ・・その・・見てしまったの・・」

「なにを」

「ロビーで・・女の子に素振りを教えてた大河くんを・・」

「ああ、あれか」


大河はあっさりと認めた。


「それが、なんなん」

「あの・・そっ・・その・・恋人ではないかと・・」

「あはは」


大河は思わず笑った。

中川はこの後、大河の発する言葉が怖くて仕方がなかった。


「あれ、僕の妹やで」

「えっ!」

「高1の妹。試合にも出てたけど、すぐに負けてな」

「い・・い・・妹・・?」

「うん」

「ほっ・・ほんとなの・・」

「うん」


大河の言う通り、あの女子は妹だったのだ。


そうだったの・・

妹だったのね・・

私ったら・・なんてバカなのかしら・・

神様・・ありがとう・・


そして中川の心には、さんさんと陽が射した。


「中川さん」

「なにかしら?」


中川は輝くような笑顔で答えた。


「まだ1セットやろ」

「そうなの」

「ほな、試合はこっからやん」

「そうなの。仰る通りよ」

「僕、きみの試合、観客席で観てるから、頑張りや」


え・・

嘘でしょ・・

これは夢ではないの・・?

でも・・でも・・


きゃあ~~~~~!

私の試合を大河くんが観てくれるのだわ~~~!

そして今・・頑張れと・・

頑張れと言ってくれたわ~~~!


「あっ・・あのっ、大河くん」

「なに」

「私・・その・・試合中は・・お下品な言葉や振る舞いをすると思うの」

「そやろな」

「でもそれは・・試合に勝つためなの・・我慢してね」

「あはは、なんで僕が我慢せんといかんねん」

「あはは、そうよね。嫌だわ、私ったら」

「ほな、しっかりな」

「大河くん、ありがとう」


その実、大河は初めて中川がかわいいと思った。

無論、顔のことではない。

そして大河はギャラリーの方へ向かった。

一方で、中川は大河の優しさが嬉しくてたまらなかった。


大河くん・・

これで頑張れるわ・・

ほんとにありがとう・・


中川は大河の後姿が消えた時点で、ベンチに戻った。


「よーーし!おめーら、まさかこの私が負けたとでも思ってんじゃねぇだろうな」


中川の変貌ぶりに、一同は唖然としつつも胸をなでおろしていた。


「中川、復活!」


重富は思わずそう言った。


「あはは、重富。そうさね。復活さね!」


重富よ・・

おめー・・大河くんに声をかけてくれたんだな・・

ありがとな・・


「よっしゃ、中川さん、試合はこっからやで!」


阿部は椅子に座ったままそう言った。


「ふふふ・・チビ助よ。おめーまで回さねぇから、そこで高みの見物ぶっこいてな」

「ぶっこく・・」

「中川さぁん、しっかりなぁ!」

「おうよ!おめーが勝ってくれたことは、ぜってー無駄にしねぇ」

「中川さん」


日置が呼んだ。


「なんでぇ」

「このセットは捨てよう」

「え・・」

「ここからの挽回は、どう考えてもきつい」

「じゃ、どうすりゃいいんでぇ」

「だから、ズボールは次のセットで出すこと」

「ああ・・確かにそうだな」

「いいかい、よく聞いて」

「おうよ」

「きみ、まだ復活してないって演技をして」

「え・・」

「少しでも油断させることができたら、そこから突破口が開く」

「ほーう」

「でも、次のセットは何がなんでも取る。そして勝負は最終セットだ」

「よし、わかった」


日置の作戦を訊いた小島らは「中川さん!どしたんよ!」と慌てふためく演技をした。


「それでも桐花の後輩か!」

「あんたが負けたら、桐花は負けるんやで!」

「下を向くな!顔を上げんかい!」


彼女らは、わざと三神ベンチに聞こえるようにそう言った。


「しっかりするんだ!」


日置もわざと大声で中川を怒鳴った。

そして中川は、下を向いたままトボトボとコートへ向かった。


ふふふ・・このセットはいいとしても・・

次のセットで・・アンドレに泡を吹かせてやる・・


そして試合は再開されたが、中川は不甲斐ない演技を続けた。

この時点でギャラリーからは、落胆の声が挙がっていた。


「まだ1点も取れてないで」

「桐花・・よう頑張ったけど、ここまでやな」

「やっぱり三神や。そらそうやろ」

「せやけど、この中川って子、なんやねん」

「顔はめっちゃ美人やけど、まったくやる気がないやん」



―――通路では。



「中川さん!しっかり~~~~!」


事情を知らない植木は、懸命に声援を送っていた。


「中川・・どないしたんや・・」


早坂も落胆していた。


「さっきの男子、滝本東の選手でしたね」

「ああ、大河な」

「なんで大河くんを連れて来たんでしょうね」

「知らんがな」

「それにしても・・阿部さんはもう無理となると・・桐花もここまでか・・」

「阿部の負傷が痛かったな・・」

「あ~あ・・もしかしたらがあると思てたんやけどなぁ・・」

「現実はそんなもんや」

「まあ・・そうでしょうけど・・」

「でも、この負けは来年に繋がるで」

「来年かぁ・・まだ一年もあるんやなぁ・・」


植木は残念そうに呟いた。



―――三神ベンチでは。



相変わらずの中川に、皆藤も他の者も言葉もなかった。

けれどもそんな中、須藤だけは中川に不信感を抱いていた。

なぜなら、大河は中川を嫌っていたはずである。

それなのに、わざわざ桐花ベンチにまで訪れ、中川となにやら話をしていた。

表情こそ見えなかったものの、これにはきっとわけがあるに違いない、と。


「先生」


須藤が呼んだ。


「なんですか」

「中川さんの不調ですけど・・」

「はい」

「ようわかりませんが、このまま次のセットも同じやとは思えないんです」

「どういう意味ですか」


須藤の話に、他の者も耳を傾けた。


「そこがよくわからないんですが、そんな気がするんです」

「そうですか・・」

「あの男子のことですか」


野間が訊いた。


「はい」

「あの子は誰ですか」

「大河くんっていう、滝本東の子です」

「ああ・・確か全中で優勝した・・」

「はい。その年に私も優勝しましたので、大河くんとは友達なんです」

「その子が、なぜ中川さんと?」

「たまたまセンターで知り合ったんですが、大河くんは中川さんのこと嫌ってるんです」

「そうなんですか・・」

「嫌ってるのに、話をしてましたね」


菅原が訊いた。


「私が変やと思ってるのは、そこなんです」

「なるほど・・確かに謎ですね」

「わかりました」


皆藤が何かを悟ったようにそう言った。


「そうですか・・日置くん」


皆藤は漠然とだが、日置の意図を見破っていた。

なぜなら、中川がベンチに戻る際の表情が、心なしか明るく見えた。

にもかかわらず、桐花ベンチは沈んでいたところ、突然取って付けたように檄を飛ばしていたからである。

あれは演技ではないのか、と。

だとするならば、演技には何の意味があるのか。

まだ「別人」の中川と思わせるということか、と。


なんのつもりかわかりませんが・・

このセットは落とすつもりですね・・

そんな舐めた真似を・・

我々三神に通用するとでも思っているのですか・・


そして中川は、なんと1点も取れずに、いや、取らずに21-0で負けたのであった―――

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