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サーよし!2  作者: たらふく
247/413

247 重富の懇願




―――三神ベンチでは。



「どうやら阿部くんは、足を痛めたようですね」


皆藤がそう言った。

彼女らは全員で皆藤の前に立っていた。


「さっき転んだ時ですね」


野間が答えた。


「となると・・ラストで出て来ても、阿部くんの勝ちは100%ありません」

「そうですね」

「次が鍵です。向井くん」

「はい」

「中川くんは、なにやら魔球らしき技を身に着けています」

「はい」

「気を付けるのはそこだけです」

「はい」

「ここは、絶対に取りなさい」

「はい」


向井は力強い返事をした。


「向井ちゃん、頑張りますよ」


野間は向井の肩をポンと叩いた。


「ミート打ちで攻めましょう」


磯部が言った。


「魔球を封じればいいだけです」


山科が言った。


「出だし、頑張りますよ」


仙崎が言った。

そして須藤ら後輩も「先輩、頑張りますよ」と、みなで向井を励ました。

向井は「はい」と厳しい表情で答え、ラケットを持ってコートに向かった。



―――一方で桐花ベンチでは。



「小島さん」


日置が呼んだ。


「はい」

「中川、どうしたの?」

「多分やと思いますけど、大河くんが原因やと・・」

「えっ」


日置は唖然とした。

またか、と。


「なにがあったの?」

「それは訊いても話したくないと言うて・・」

「そうなんだ・・」

「あの・・」


そこで重富が口を開いた。

二人はそのまま重富を見た。


「大河くんが原因って、ほんまですか」

「うん、確実にそうやと思う」

「そうですか・・」


そこで重富は考えた。

トイレへ行く前までは中川はいつもの中川だった。

となると、トイレに行った際に何かがあったに違いないと。

「恋敵」である須藤はずっとベンチにいたし、ここは須藤は無関係だ、と。

おそらく大河とロビーで会い、何か言われたのだろう、と。

そこで重富は大河を探しにロビーへ向かった。


ほどなくしてロビーに出た重富は、辺りをウロウロと歩いた。


そういや・・私って大河くんって見たことないやん・・

双眼鏡で確かめた時は・・わからんかったしな・・

それにしても大河くん・・この肝心な時に・・なにやってくれてんねや・・


重富は、大河を怨んでいた。

嘘でもいいから「頑張れ」とか「勝たなあかんで」とか励ませよ、と。

今の状況を嫌というほどわかっている中川が、あれほど落ち込むにはそうとう酷いことを言われたのだろうと、完全に勘違いをしていた。

そして少し歩いたところで、『滝本東』という校名の入ったジャージを着た集団を見つけた。


あれや・・


重富はその集団に近づいて、誰が大河なのかと探した。


「でもさ、大河」


一人の男子がそう言った。

そして重富は大河と呼ばれた男子を見た。


えっ・・

この子なんや・・

なるほど・・ジャガイモやな・・


「あの、すみません」


そこで重富は大河に声をかけた。

見知らぬ女子に声をかけられた大河は、戸惑った表情で「なんですか」と答えた。


「ちょっと、話があるんですけど」

「え・・」

「こっち、来てもらえませんか」


重富がそう言うと、男子らは「大河、モテモテやな」とからかった。


「あほか」

「中川さんもそうやん」

「僕には関係ないって言うてるやろ」

「ええからええから」

「なに言うてんねや・・」


大河は辟易としながら重富に目を向けた。


「その中川さんのことで話があるんですけど」

「え・・」

「私、チームメイトの重富っていいます」

「そうなんや・・」

「大河くん、中川さんになんか言いました?」

「え・・」

「さっき、なんか言いました?」

「言うてへんし、そもそもさっきっていつのことなん」

「さっきです。まだ十分も経ってません」

「というか、言うも言わんも、僕、中川さんと会うてないし」

「え・・」


嘘やん・・

私の思い違いやったんか・・

ほなら・・なんで中川さんは・・あんな死んだようになってたんや・・


「えっと・・あの、私の勘違いでした。すみません」

「別にええけど・・」

「あのっ・・あのですね、すみませんけどお願いがあるんですが」

「えぇ・・なに・・」


大河は、それこそ辟易としていた。


「中川さんですけど、今、三神と試合してるんです」

「そうなんや」

「それで、さっきまで元気やったのに、急に死んだようになってしもて・・」

「・・・」

「それで、チームの阿部さんって子が足を怪我して、ラストで出られへんようになって・・」

「・・・」

「せやから、中川さんが勝たんと、うちは負けてしまうんです」

「だから、なんなん」

「中川さん、大河くんに励まされたら、復活すると思うんです」

「いや・・きみらチームメイトが励ますべきやと思うけど」

「そんなんとっくにやってます!」


重富は時間もない中、焦りも手伝って思わず大きな声を挙げた。


「えぇ・・」

「お願いします、時間がないんです。このままやと1点も取れんと負けてしまうんです」

「そんなん言うてもやなあ・・」

「せっかく・・ダブルスも勝って・・2-1になって・・」

「・・・」

「中川さん・・ズボールいう魔球を編み出して・・必死になって・・」


そこで大河は、一回戦のあのカットのことか、と理解した。


「だから、一言でええですから、頑張れと励ましてくれませんか」

「なんで僕が・・」

「迷惑やとわかっててお願いしてます」


「おい、大河」


そこで一人の男子が呼んだ。


「なに」

「お前、行ったれよ」

「・・・」

「一言、頑張れと声かけたるだけやろ」

「そうやけど・・」

「お願いします!」


重富は深々と頭を下げた。


「わかった・・」


大河は仕方なく了承した。

そして重富と大河は、フロアに向かって歩いた。



―――コートでは。



言うに及ばず、中川はボロボロだった。

魂が抜けたような中川は、ミスをしても声すら出せずに、ただ惰性でボールを打っていた。

ここで驚いたのが向井であり三神ベンチだ。


「私は一体、夢でも見ているのでしょうか・・」


皆藤は思わずそう呟いた。


「夢ではないですが、確かに信じられませんね」


野間も、ただただ唖然としていた。


「なにかあったんでしょうか」


山科が言った。


「何かがあったことは確かですが、とはいえ、こんな試合・・しますか・・?」


仙崎も、信じられないといった様子だ。


「あの子・・自分が負けると桐花の負けが決まるということ、理解できてないのですかね」


皆藤が言った。


「それでも試合に出てるんです。責任はすべて中川さんにあります」


野間は、どんな精神状態に陥ったにせよ、コートに着く限り甘えは許されないことを言った。

けれども山科の心境は、なんとも複雑だった。

なぜなら、サーブミスで1セット落とした際、ある意味中川に励まされたからだ。

その中川が、一体なにをやってるんだ、と。

あの時の勢いはどこへ行ったんだ、と。


そしてカウントは10-0と、中川はまだ1点も取れないままサーブチェンジした時だった。


「中川さん!」


山科が突然声を挙げた。

中川はぼんやりと山科を見た。


「そんなやる気のない試合で、三神を倒せると思ってるんですか!」


山科の言葉に、皆藤もチームメイトも、さらには桐花ベンチも驚いていた。


「中川さんの様々な言動、あれは虚勢だったのですか!」

「・・・」

「桐花の選手として誇りがないのですか!」


きよし・・

おめー・・私を励ましてんのか・・

くそっ・・きよしよ・・

おめー、いいやつだな・・

でもよ・・

力が出ねぇんだ・・

声を出そうと思っても・・出ねぇんだ・・


「中川さん!」


日置が呼んだ。

中川は黙ったまま振り向いた。


「タイム取って!」


中川は小さく頷き、タイムを要求してトボトボとベンチに下がった。


先輩・・どうしたんですか・・


副審に着いた和子も、まるで別人を見るかのように中川の後姿を見ていた。


「中川さん」


中川は日置の前に立っていた。


「きみ、なにやってるの」


中川は下を向いたままだ。


「点数なんて関係ない。負けたとしても0点でもいい」

「・・・」

「でも今のきみは、全く勝とうとしてない。一体、どうしたんだ」

「・・・」

「きみにかかってるの!」


日置は思わず怒鳴った。


「先生!」


そこへ重富が大河を連れて、慌てて走って来たのだった―――

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