表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サーよし!2  作者: たらふく
246/413

246 緊急事態発生




―――コートでは。



阿部と森上は、やっとの思いで1点をもぎ取り、20-19とラストを迎えていた。


「ラスト1本!」

「ここは、しっかりと確実にな!」

「絶対に取るで~~~!」

「頑張れ~~~!」


彼女らは懸命になって声援を送っていた。


「さあ、1本だよ!」


日置も手を叩いて檄を飛ばしていた。


「先輩!いけますよ!」


和子も大きな声を挙げていた。


「恵美ちゃん」


阿部はラケットで口元を隠しながら呼んだ。


「なにぃ」


森上はここまで、ずっと冷静だった。

そしてラストを迎えた今でも同じだった。


「デュースにはさせへんで」

「わかってるよぉ」

「最後は、恵美ちゃんのスーパードライブ、決めてな」

「わかったぁ」


そしてサーブの阿部は、台の下でサインを送り「ラスト1本!」と声を発した。

レシーブの山科も台の下でサインを送り「1本!」と声を挙げた。

阿部はナックルのロングサーブをミドルへ出した。

森上にドライブを打たせるためだ。

山科は、そうはさせじとバックストレートの厳しいところへ、抜群のミート打ちで返した。


バックへ来ると読んでいた森上は、すぐさま回り込み、カウンターでバッククロスへ打った。

既に回り込んでいた野間は、後ろに下がったまま、スーパードライブをフォアストレートに放った。

阿部は無理をせずに、合わせる形でバックへ送った。

すると山科も無理をせず、ショートでフォアストレートに送った。

そう、互いは野間と森上に決めさせるために繋ぎに徹していた。


森上はすぐさまフォアへ移動し、万全の体勢からスーパードライブを放った。

野間も負けじと、後ろに下がったまま引き合いに応じた。


「おおおおおお~~~~!」


ギャラリーから、驚嘆の声が挙がった。

まるで男子じゃないか、と。

野間のボールはとても低く、一瞬ネットに引っかかるとさえ思えた。


引っかかれ・・

引っかかれ・・


浅野らは、心底そう願った。

そして今にも「よっしゃあ~~~~!」と声を挙げそうになっていた。

するとボールはネットに引っかかったものの、桐花のコートに入った。

そう、ネットインである。

阿部は慌てて前に駆け寄り、懸命にラケットを出して拾った。

けれどもその際、足をくじいて転んでしまった。


阿部を見た森上は、ここで決めなければデュースに持ち込まれると思った。

阿部は転んだまま森上を見上げていた。


恵美ちゃん・・

頼む・・

決めてや・・


「チャンスボール」が返って来た山科は、万全の体勢からスマッシュを打ちに出た。


絶対に抜かせへん・・!


フォアへ入ったボールに、なんと森上は追いつき、再びスーパードライブを放った。


天地・・これで最後や・・!


ボールは野間の体をめがけて飛んだ。

野間は、まだ転んだまま立てない阿部を見て、どこへ送ってもいいとばかりに、無理をせずに合わせに行ったのだ。

そう、入れるだけでいい、と。

これが野間の「気の緩み」であった。

野間はラケットコントロールが微妙に狂い、なんとオーバーミスをしたのだ。


「サーよしっ!」


森上はそう言ったあと、阿部に手を貸した。


「恵美ちゃん・・決めてくれたんやな・・そうなんやな・・」

「そやでぇ」


そして阿部もやっと立ち上がった。


「よーーーし!よーーーし!」


日置は両手で大きくガッツポーズをしていた。


「やったあ~~~~!」

「きゃあ~~~すごいいい~~!」

「うわあ~~~これで2-1やん!」

「あんたらすごいわ~~~!」


浅野らも、やんやの声を挙げて興奮していた。


「嘘やろ・・三神が2-1で負けてる・・」

「でもラストまでわからんで」

「相手は王者三神や。このまま引き下がるわけないやろ」

「これ・・事実上の決勝戦やんな・・」


ギャラリーからこのような声が挙がっていた。

確かに事実上の決勝戦であることは間違いない。

けれども実際は、まだ二回戦なのだ。

ギャラリーの中には、なんとも納得がいかない思いを持つ者もいた。


そしてベンチに下がった阿部と森上は、全員から健闘を称えられていた。

けれども阿部の様子がおかしい。

阿部はニコニコと笑っているが、無理をしているように日置には思えた。


「阿部さん」


日置が呼んだ。


「はい」

「どうかしたの?」

「いえ、どうもしません」

「そうなの?」

「はい」


阿部はさらに笑顔を見せた。

その実、阿部は転んだ際にくじいた右足が痛くて仕方がなかったのだ。

そして今も、ほんの少しだけ宙に浮かせていた。


「阿部さん」


浅野が呼んだ。


「はい」

「あんた、足、痛いんとちゃうの」

「いえ!痛くありません」

「ほなら、なんで浮かしてんのよ」

「こ・・これは・・」


そこで阿部は、右足を床に着けた。

すると阿部は痛そうな表情を見せた。


「ちょっと阿部さん」


日置が呼んだ。


「はい」

「足を痛めたんじゃないの?」

「いえっ・・あの、今だけです」

「なに言ってるの」

「時間が経てば治ります」

「ちょっと座りなさい」


日置は阿部を床に座らせた。


「こっちだね」


日置はそう言って阿部の右足首を触った。

すると阿部は「痛っ」と言って顔をゆがめた。


これは大変だ・・

阿部はラストに出るのは無理だ・・


日置も彼女らも、緊急事態に困惑した。


「私、大丈夫ですから!動けますから!」


阿部は懇願した。


「ダメ。これでは試合は無理」

「そ・・そんな!」

「千賀ちゃぁん、そんな足で無理したらぁ、長引くでぇ」

「恵美ちゃん!私、動けるって!」

「あかん、あかん。阿部さん、無理は禁物やで」

「そやで。中川さんが勝てばええ話や」

「無理してええことなんか一つもないで」


彼女らも阿部を止めた。

この緊急事態に、勝敗の行方は中川の背中に襲いかかっていた。

なぜなら阿部は事実上、棄権だ。

となると中川が負けてしまえば、それは桐花の負けを意味するからだ。

そして日置は、まだ戻らない中川を気にしていた。



―――その頃、ロビーでは。



「三神・・ダブルス取られたで」


フロアから出て来た者がそう言った。


「はよ、トイレ行かな」


連れの者がそう言うと、二人は急いでトイレに向かっていた。

小島は二人の後ろ姿を見ながら「中川さん」と呼んだ。

中川はベンチに座ったまま、下を向いていた。


「あんた、今の聞いたやろ」

「・・・」

「ダブルス、取ったんやで」

「・・・」

「あんた、試合やで」


すると中川は小さく頷いた。


「あのな、試合が終わったら、なんぼでも話聞いたるから、ここは頑張らんと」

「・・・」

「ほら、行くで」


小島は中川を立たせて、フロアへ向かった。

そして小島は人混みを掻き分けながら、中川を無理やり引っ張ってやっとの思いでベンチに戻った。

そこで驚いたのが日置であり、彼女ら全員だった。

なんだ・・どうしたんだ、と。

中川が死んだようになっているではないか、と。


「中川さん」


日置が呼んだ。

中川は下を向いたままだ。


「どうしたの」

「・・・」

「きみ、今から試合だよ」

「・・・」

「あのね、阿部さんは試合中に足を痛めて、ラストに出るのは無理になった」


そこで中川はやっと顔を上げた。

そして阿部を見た。

阿部は床に座ったまま、なんとも言い難い複雑な表情を見せた。


「だから、勝敗はきみの肩にかかってるの」

「・・・」

「きみが勝たないと、桐花は負けるんだよ」

「そ・・そんなこと・・」

「きみ、どうしたの?さっきまでは元気だったじゃないか」


そこで中川は、また下を向いた。


「もう時間がない。準備して」

「中川さぁん、どうしたぁん」

「中川さん、勝つんとちゃうの?」


森上と重富は、半ば唖然としながらそう言った。

なにをやってるんだ、と。


「わかった・・」


中川は仕方なく、バッグからラケットを取り出した。


「きみ、わかってるの?」


日置は少し苛立っていた。


「うん・・」

「なにがあったか知らないけど、今の状況、理解してるの?」

「・・・」

「とにかく、コートへ着きなさい」


日置はそう言って、中川の背中を押した。


先生よ・・

みんなよ・・

わかってんでぇ・・

勝たなきゃいけねぇってことくれぇ・・

わかってんでぇ・・

でもよ・・

力が出ねぇんだ・・

それにしてもチビ助・・

おめー・・ラストが無理って・・ほんとなのかよ・・

おめーが勝ってくれねぇと・・

私はどうすりゃいいんでぇ・・


中川は肩を落として、トボトボとコートへ向かった―――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ