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サーよし!2  作者: たらふく
245/413

245 中川の異変




―――「ちょっ・・なんなん」



フロアへ足を踏み入れた杉裏ら六人は、第1コートの周りの人だかりを見て唖然としていた。

そう、人だかりは通路だけではなく、遠巻きではあるがコートの周りも囲んでいたのだ。


「いやあ~全然見えへん~」


蒲内は飛び上がりながら、コートを覗いていた。


「ちょっと待ってえな。そもそもうちと三神がやってるんか?」


岩水が言った。


「やってるに決まってるやろ。だからこの人だかりやん」


為所が答えた。


「せやけど、相手はうちと限らへんやん」

「時間的に考えてみぃな。絶対にうちと三神やって」


そして彼女らは人混みの中から、どうにかしてコートを覗いた。


「やっぱり、うちと三神やん!」


井ノ下が言った。


「ほんまや!えっ、あれなんなん!」


外間はカウントボードを見て驚愕していた。

なぜなら、1ポイントが桐花に入っていたからである。


「いやあ~!ダブルス1セット取ったんや~」


蒲内も興奮していた。


「ああっ!ベンチに彩華と内匠頭いてるやん!」

「いやっ、ほんまや!」

「ちょっと私らも行こうや!」


そして彼女らは通路へ回り、「すみません、すみません」と言いながらフェンスを越えてベンチの後方へ到着した。


「ちょっと、彩華!内匠頭!」


為所が怒ったようにそう言った。


「ああ、あんたら」


小島は少し申し訳なさそうに答えた。


「あんたらやあらへんがな!私らにも言うてぇや」

「ほんまやで!」

「もうそんなんええやん~」

「ダブルス、1セット取ってるけど、どうなってるんよ!」


そこで日置は「きみたちも来てくれたんだね」とニッコリと微笑んだ。


「来るに決まってますやん!それにしてもまた二回戦で三神て!」


杉裏が答えた。


「今な、ゲームカウントは1-1で、ほんでダブルスは1セット取ったんよ」


浅野がそう言った。


「ええええええ~~~~!1-1て、それほんまか!」

「うちは誰が勝ったん?」

「誰と誰なん!」

「カウントはなんぼやったん!」


彼女らが矢継ぎ早に訊くと「よーう、先輩方よ」と中川が口を開いた。


「トップは重富が天地に負けたが、二番は森上がクチビルゲを撃沈さね」


中川の話を聞いた彼女らは、「クチビルゲて」という妙な呼び名に笑っていた。


「それにしても・・三神に1-1やなんて・・信じられへん・・」

「それやん・・。しかもダブルス・・1セット取ってるし・・」

「それでか・・この人だかり・・」

「さあ、きみたち。試合が始まるよ」


日置がそう言うと、彼女らは半ば唖然としながらもコートに目を向けた―――



そして試合は誰もが予想した通り、互いに一歩も引かない展開になっていた。

森上のドライブを受ける野間は、さすが三神のエースともいうべき対応をした。

時にカウンターで決め、時に引き合いでコースを狙い、そのボールに阿部は翻弄された。

一方で、野間のツッツキや繋ぐボールに対して、阿部は悉くミート打ちでコースを狙い、山科はミスを繰り返した。


桐花が一点を取ると三神が奪い返すという展開に、杉裏らも興奮を隠せないでいた。

これが、我々の後輩なのか、と。

自分たちの時代は、1ポイントどころか、1セットも取れなかった。

そもそも勝てるなどと思ってもいなかった、と。

それを目の前のこの子たちはどうだ。

まさに打倒三神をかけて、必死に戦っている。

自分たちが卒業してから、たった二年間のことだぞ、と。


「よーし、先輩という強い味方を得たところで、私はトイレに行ってくらぁ」


中川がそう言うと「きみ、次なんだから早めに帰って来なさい」と日置が言った。


「わかってらぁな!」


そして中川は人混みを掻き分けてロビーに向かった。


かぁ~~・・なんなんでぇ・・

郷ひろみのコンサートかよ・・


中川はこんな風に思いながら、やっとのことでロビーに出た。

そしてトイレに向かう途中、なんと大河の姿を見つけたのだ。


あら・・大河くん・・


大河はチームメイトと共に談笑していた。


なんて素敵な笑顔なの・・

ああ・・声をかけたい・・

私は次が試合よ・・

なにか言葉をかけてほしいわ・・


そして中川の足は、自然と大河に向かって歩いていた。

するとその時だった。

チームメイトに囲まれた陰から、一人の女子を見つけたのだ。

どうやらその女子も試合に出ているのか、青いジャージを着ていた。


え・・

あれは誰なの・・


そこで中川の足が止まった。

すると大河は女子の頭を優しく撫でているではないか。


えっ!

なに・・

どうして・・その子の頭を撫でているの・・

しかも・・とても優しく・・


中川は愕然としていたが、大河はさらに女子の後ろへ移動し、なんと女子の右手を持って素振りを教えているではないか。

そして大河は、女子の下手ぶりに「あはは」と笑っているではないか。


どういうことなの・・

私がセンターで申し込んだと時は・・

全く違うじゃない・・

まさか・・須藤ではなくて・・その子が本命なの・・

どう見ても・・恋人同士の振る舞いよ・・


中川はとてつもなく落胆し、トイレへ行くことさえ忘れていた。


ううっ・・大河くん・・

どうして今なの・・

私は三神を倒さなければならないのよ・・

これじゃ・・倒すどころか・・

ボールを打つのも無理・・


そして中川は大河に背を向け、フロアへ向かった。



―――コートでは。



試合は大接戦となり、再び19-19の同点となっていた。

この頃には皆藤も椅子から立ち上がって試合を観ていた。

そして三神の彼女らも「1本取りますよ!」と大きな声を挙げるようになっていた。


方や桐花ベンチも、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。


「先、1本やで!」

「追い詰められてるんは三神やで!」

「ここは、絶対に取るで~~~!」


彼女らは必死の声援を送っていた。

けれども日置は、中川がまだ戻らないことを気にかけていた。


なにやってるのかな・・


日置は出入り口に目を向けたが、人だかりで見えるはずもなかった。


「先生」


小島が呼んだ。

日置はそのまま小島を見た。


「どうかしたんですか?」

「いや、中川がまだ戻らないと思ってね」

「私、見てきます」

「そうしてくれると助かるよ」


そして小島は人を掻き分けてロビーに向かった。

ほどなくしてロビーに出た小島は、中川の姿を探した。


トイレにしては遅すぎる・・

どこ行ったんや・・


そう思った小島だっが、とりあえずトイレに向かって歩いた。

やがて中を覗いてみたが、中川の姿はどこにもない。


「中川さん」


小島は個室にいるかもしれないと思い、声をかけたが返事はなかった。


おかしいな・・

どこや・・


そして小島は再びロビーを探した。

けれどもどこにも中川の姿はなかった。


もしかして・・戻ったんかもな・・


小島はフロアへ戻ろうとした時、人混みの後ろで中川がポツンと立っているのを見つけた。


「中川さん」


小島が呼べども、中川は呆然としたまま返事をしなかった。


「中川さん」


小島はさらに近づき、中川の肩に触れた。

すると中川は死んだような目で小島を見た。


「あんた・・どしたんよ・・」


小島は当然、唖然としていた。


「中川さん!あんた次、試合やろ」

「小島先輩・・」

「なに?なに?」

「私・・試合は無理だ・・」

「は・・はあ?」

「できねぇよ・・」

「えっと・・ちょっと落ち着こか」


そこで小島はロビーのベンチに中川を連れて行った。

そして二人は並んで座った。


「なにがあったんか、話してくれる?」


小島は中川の肩を抱いたまま、覗き込むように訊いた。


「・・・」

「今の状況、わかってるよな?」


すると中川は小さく頷いた。


「もしかすると、2-0でダブルス勝つかもしれん」

「・・・」

「もう時間がない。なにがあったん?」

「口に出すと・・もっと無理だ・・」

「え・・」

「喋ってしまうと・・もう試合なんかできねぇ・・」

「うん、うん、わかった。ほなら言わんでもええから、とりあえずベンチに戻るで」

「戻ってもよ・・無理なんだ・・」


そこで勘のいい小島は、原因が大河ではないのかと悟った。


「もしかして、大河くんって子と関係してる?」


すると中川は「言わねぇでくれ」と、なんとも切ない表情を見せた。


やっぱりそうか・・

なにがあったんかしらんけど・・

これは大変や・・

どうしたらええねや・・


さすがの小島も、どうしたものかと困り果てていた―――

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