241 ダブルスが鍵
―――「おい、ス~」
今しがた到着した早坂は、人を掻き分けながらやっとの思いで植木を見つけた。
「ああっ、編集長!遅いですよ!」
そこで小島と浅野は、早坂に軽く一礼した。
「おお、きみらも来てたんか」
「はい」
「編集長!森上さん、勝ちましたよ!しかも2セット目も5点ですよ!」
「それにしても、この人だかり、なんやねん」
早坂は辺りを見回していた。
「森上さんが勝ったからですよ!」
「で、次はダブルスか」
「そうです!」
「ほな、今は1-1か」
「そうなんですよ!」
興奮する植木を見て、小島と浅野はクスクスと笑っていたが、とても嬉しく思っていた。
「それにしてもあれやな。1点落とした三神は、穏やかやないやろな」
「そんなん関係ないですよ。なんせ相手は森上さんなんですから」
「お前、なに言うてんねん」
「え?」
「三神にとっては、二回戦やぞ。これがリーグならまだしも」
「桐花にとっても二回戦ですよ」
「お前はほんまにアホやな」
「なんですか・・アホて・・」
「もしやぞ・・もし・・」
「・・・」
「万が一、三神が負けてみぃ」
「別にええやないですか」
「インターハイどころか、近畿にも行かれへんのやぞ」
「あっ・・」
植木はやっと気が付いたようだ。
「それどろこか、来年はシードがないんや」
「ほ・・ほんまや・・」
「まあ・・まさか負けることはないと思うけどな」
「もし・・三神が負けたら・・」
植木は呆然としながら、ポツリと呟いた。
「いや・・桐花が勝つんはええんです。むしろ勝ってほしいですけど・・。でも、三神が近畿にも行かれへんて・・それはいくらなんでも・・」
植木は、全国でもトップの三神がリーグにも上がれない、近畿にも行けないとなることが、納得できなかった。
桐花はいい。むしろ勝ってくれ、と。
けれども小谷田や中井田、ひいてはもっと下の他校が代表になることがあっていいものか、と。
その意味で、植木はなんとも複雑な心境になっていた。
「植木さん」
小島が呼んだ。
「なに・・」
「私らかて、二年の時はそうでした」
「・・・」
「あの時は不正があったとはいえ、負けは負けでした」
「うん・・」
「私らは絶望感に襲われ、落ち込みもしましたが、次の年はインターハイへ行きました」
「うん・・」
「それは三神も同じとちゃいますかね」
「そらそうやけど・・」
「というか、桐花、まだ勝ってませんし」
「それやん。さも桐花が勝ったみたいな話になってますけど、ほんまの勝負はこっからですし、どう考えても有利なんは三神です」
浅野がそう言った。
「うん・・そやな・・」
植木が答えると、四人はコートに目を向けた。
―――桐花ベンチでは。
「さて、阿部さん、森上さん」
阿部と森上は日置の前に立っていた。
「中川さんの密書によると、山科さんのラバーは不明だ」
「はい」
「はいぃ」
「でもこれは打てばわかる」
「はい」
「はいぃ」
「森上さん」
「はいぃ」
「疲れはどう?」
「なんともありませぇん」
森上の体力は、まだまだ十分に残っていた。
「うん、それならいい。そこで、阿部さんは絶対に台から下がらないこと」
「はいっ」
「森上さんは早めにドライブを打って、返球を阿部さんが決める。その際、コースを狙うこと。これは絶対に怠らないように」
「はいっ」
「はいぃ」
「きみたちの攻撃パターンはこれだ。ここがしっかりできれば、互角に戦える」
「はいっ」
「はいぃ」
「このダブルスが鍵だ。わかってるね」
「はいっ」
「はいぃ」
「よし。徹底的に叩きのめしておいで」
日置は二人の肩をポンと叩いた。
「よーーし!天地ときよしなんざ、屁でもねぇぜ!出だしからガンガンぶっ飛ばしてやんな!」
「オスカルやなくて、きよしに変更したんか・・」
阿部が言った。
「それでええと思う」
重富は、以前から「きよし」にすべきだと思っていた。
「いいってことよ!さあーーー命のやり取りでぇ!行って来な!」
中川は二人の背中をバーンと叩いた。
そして重富は副審に着くため、二人と一緒にコートへ向かった。
「先輩!ファイトです!」
和子がそう言うと、阿部と森上は振り向いて「うん」と頷いた。
「ああ~~、身震いがしやがるぜ」
中川は、わざと震える仕草をした。
「先輩、大丈夫ですか?」
「あはは、郡司よ。こういうのを武者震いってんだ」
「武者震い・・」
「森上とチビ助が勝つと、次の私で引導を渡してやる・・そういうことさね・・」
「なるほど・・」
中川はこう言ったものの、この後、また「事件」が勃発するのである。
―――三神ベンチでは。
「野間くん、山科くん」
二人は皆藤の前に立っていた。
「はい」
「森上くんの力は、きみたちも見ていた通りで群を抜いています」
「はい」
「森上くんにドライブを打たせてもいいです。きみたちなら対処できますね」
「はい」
「そこで狙うは阿部くんです」
「はい」
「阿部くんを崩せば、あの二人は並のペアです」
「はい」
「ダブルスは絶対です。落としてはなりませんよ」
「はい」
「頑張りなさい」
皆藤は厳しい表情でコクリと頷いた。
「野間ちゃん、山ちゃん、頑張りますよ」
「ここは絶対に取りますよ」
「出だし1本ですよ」
「先輩、頑張りますよ」
彼女らは、冷静に二人を励ました。
そして野間と山科は、一礼してコートへ向かった。
「山ちゃん」
歩きながら野間が呼んだ。
「はい」
「まずはこのセットを先に取りますよ」
「はい」
「山ちゃんが森上さんのボールを受けてください」
「それがいいですね」
野間が言いたいのはこうだ。
後ろへ下がらない山科が、早いタイミングで森上のドライブを前で受ける。
するととてつもなく速いボールが阿部に返る。
となると、スマッシュを決めたい阿部は、合わせるしかなくなる。
そして阿部のボールを自分が決める、と。
この作戦は、山科も理解していた。
皆藤が言った「阿部を崩す」とは、まさにこのことであろう、と。
スマッシュを封印された阿部には、焦りが生じる。
するとそこから、コンビネーションが崩れる。
まずは、メンタルで追い詰めることなのだ、と。
―――ここは桂山化学。
仕事を終えた彼女ら六人は、社食へ向かっていた。
「彩華と内匠頭は?」
為所が誰ともなく訊いた。
「さあ、知らんで」
「外へ行ったんかな」
「黙って行く?」
「知らんがな」
彼女らが話している横を、小島の男性上司が通りかかった。
「あの、すみません」
杉裏が声をかけた。
「なに?」
「小島さん、まだ事務室ですか」
「いや、早引けしたで」
「えっ」
「早引けて、体調でも悪かったんですか」
外間が訊いた。
「いや、用事があるとかで」
「用事・・」
「総務の浅野さんと二人で帰っとったで」
「え・・内匠頭と一緒に・・」
そこで彼女らは顔を見合わせて首をかしげていた。
そして上司はこの場を去った。
「用事て・・この後、練習やん」
岩水が言った。
「あれちゃうのん~今日、試合やん~」
蒲内は予選のことを言った。
「ああ・・確かにそうやけど」
「応援に行ったんとちゃうんかな~」
「応援か・・」
「でもさ、早引けしてまで行くか?」
井ノ下が言った。
「しかも内匠頭まで」
為所が言った。
「ちょ・・体育館に電話してみようや」
外間がそう言うと、六人は公衆電話へ向かった。
そして外間が電話をかけると、事務の男性は「二回戦で三神とやってます」とすぐに答えた。
驚いた彼女らは、慌てて体育館へ向かったのであった―――




