240 桐花のエース
そして仙崎はボールを手にして、「1本!」と気合の入った声を発した。
森上は黙ったままレシーブの構えに入り、仙崎のラケットを見ていた。
仙崎はバックコースから、上回転のかかったバックのロングサーブをフォアストレートに出した。
これもとてもいいサーブである。
普通の選手なら、合わせて返すのがやっとであろう。
けれども森上は、すぐさまフォアへ移動し、倍の回転でドライブをフォアクロスへ打った。
は・・速い・・
仙崎は慌てて後ろへ下がり、フォアカットで返した。
再度フォアへ入ったボールを、森上はバックストレートへドライブで返した。
仙崎は素早くバックへ移動し、なんなくバックカットで返した。
そのボールを森上は、仙崎の体をめがけてまたドライブを放った。
仙崎は体を詰まらせながらも、懸命にフォアカットで返したが、ボールが少し高くなった。
これや・・
森上はドライブを打つと見せかけて、寸でのところでストップをかけに行った。
仙崎はボールが高く上がった分、スマッシュを打たれると思い、動きが一歩出遅れた。
けれども懸命に前に走り寄った。
すると森上は、ストップする形から打ちに出た。
これもコンマ数秒の出来事だ。
仙崎の体に、一瞬悪寒が走った。
なんでこんなことができるんだ、と。
明らかにストップに入る体勢だったじゃないか、と。
そして森上は、仙崎をあざ笑うかのようにバッククロスへ「爆弾スマッシュ」を打ち込んだ。
仙崎は台の前で立ったまま、ラケットを出すことすらできずに呆然と森上を見ていた。
「サーよし!」
よし・・これで6-1や・・
「おおおおおお~~~~!」
この試合を観ている者から、驚きの歓声が上がった。
「ナイスボーーール!」
日置はまた、強く一拍手して、そう叫んだ。
「きゃあ~~~!恵美ちゃん~~、すごいいいい~~~」
阿部はもはや、ファンと化していた。
「ひゃあ~~~、今のなんなん!一秒くらいの間で、なんか色々とやったで!」
「いやあ~~~まいった!森上~~~おめー、ほんとすげぇーーーわ!」
重富と中川も、興奮しきりだった。
仙崎は、ボールを拾いながら、「どんまい」と言った。
この森上さん・・
ほんま・・穴がない・・
何を仕掛けても・・
全部万全で対応する力がある・・
実力という以前に・・
生まれ持っての身体能力がそうさせてるって感じや・・
そして森上はこの後も連続でポイントを取り、なんと9-1でサーブチェンジとなったのである。
まるで第一試合の野間がそうであったように、桐花のエースである森上は、三神にも引けをとらなかったのだ。
その後、仙崎も挽回すべく懸命になってカットし続けるも、森上はミスすることがなかった。
そして第1セットは、21-4で森上が取ったのである。
これはまさに、野間が重富から1セットを奪った時の点数と同じであった。
この時点で、館内は第1コートに注目する者が増えていた。
「あの三神が4点・・」
「森上って・・誰なん・・」
「仙崎さん・・不調なん・・?」
「嘘やろ・・これ、夢なんちゃう・・」
このような声があちこちから挙がっていた。
それは、二回戦を順当に勝ち上がっていた小谷田の監督である中澤も、中井田の監督である日下部も同様だった。
「森上・・こいつはバケモンや・・」
中澤がポツリと呟いた。
「昨年の一年生大会では・・ここまでやなかったですね・・」
日下部も呆然としていた。
「森上だけやない。トップで出た重富かて負けはしたものの・・あのブロックは・・」
「あれは・・野間さんやから勝てたんであって・・他校なら・・」
「ど素人やった重富が、あれだけ成長したということは・・阿部も中川も・・」
「確かにそうですね・・」
「ほんで、なんや変なサーブも出しとったしな・・」
「でも、三神が負けることはあり得ないですよ」
「うん。それはそうや」
中澤も日下部も来年のことを考えていた。
自分のブロックに入れば、リーグに上がるのはきついぞ、と。
―――後方の通路では。
「よ・・4点・・」
植木は、ほぼ放心状態で呟いた。
「三神に・・4点て・・」
小島も呆然としていた。
「これで森上さんの勝ちは確実や。ということは1-1でダブルスか」
浅野は意外と冷静だった。
「ちょっと僕、電話して来る!」
植木はそう言って、慌ててロビーに向かった。
小島と浅野は、植木の走って行く姿を、見るともなく見ていた。
「ダブルスて、やっぱりエースの野間さんと二番手やろな」
小島が言った。
「うん。そやと思うで」
「ほならこっちは、森上さんと阿部さんか」
「これ・・ひょっとしたらひょっとするかもやで・・」
「勝つってこと?ダブルスが?」
「だってさ、今の森上さん見たやろ。あの子はパワーだけやないで」
「うん。確かにな」
「せやけど、ダブルスはコンビネーションが大事やん。森上さんと阿部さんが、果たしてどうなんかやな・・」
浅野とて、森上と阿部のコンビネーションは、桂山で練習した際に、その良さは知っている。
けれども相手は三神だ。
なにがきっかけで、崩されるかもわからない。
一旦崩れてしまうと、雪崩のように止まらなくなることもある。
そうなると、もう立て直しが効かない。
けれども、自分たちが三神と対戦した時よりは、勝てる可能性が遙かに高い。
頼むから勝ってくれ。
打倒三神を目の前で見せてくれと、二人は心の中で願っていた。
―――ロビーでは。
植木は早坂に電話をしていた。
「もしもしっ!」
植木は興奮していた。
「なんや、ス~、どないしたんや」
「あのっ・・あのですね!」
「またなんかあったんか」
早坂は呆れていた。
お前が電話してくるときは、いつも「事件」が発生している、と。
少しは落ち着けよ、と。
「あったんです!あったんですよ!」
「なにがやねん」
「いやっ・・というか、桐花はまた二回戦で三神となんですよ!」
「へぇ」
「へぇ・・て」
「桐花も不運やな。日置は、またかい!と言いたなるやろな」
「ちゃうんです!いやっ、そうなんですけど、ちゃうんです!」
「だからなにがやねん」
「トップは三神のエースにボロ負けしたんですけど、二番の森上さん、1セット目、4本で勝ったんですよ!」
「はあ?」
さすがの早坂も、聴き間違いではないのかと思った。
「お前、それ逆ちゃうんか」
「ちゃいますって!森上さんが4点で勝ったんですよ!」
「ほっ・・ほんまか!いや、待て。相手、三神か?」
「だから、三神て言うてますやん!」
「ほんまか・・」
早坂は信じられないと思った。
相手は王者、三神だぞ、と。
1セット取るのにも難しいどころか、相手に10点も与えないのが当たり前なんだぞ、と。
それが、10点どころか1セット取った上に、4点はあり得ない、と。
「三神、誰やねん」
「仙崎さんっていう、カットマンです」
「体調、悪いんとちゃうか」
「そんなことないです!動きまくってますし!」
「よし。わしも今から行く!」
「はい!待ってます!」
そして植木は受話器を置いて、急いでフロアに戻った。
―――コートでは。
仙崎は1セット目を忘れようと努めていた。
そして、なんとしてでもこのセットを取り、3セット目に持ち込むと強く決意していた。
一方で森上は、熱くなり過ぎずに平静を保とうと努めていた。
その意味で、森上も1セット目は忘れることにしていた。
ここで森上に、少しでも慢心があると、仙崎に付け入る隙を与えたかもしれない。
けれども森上は、このセットを取られると負けてしまう、というプレッシャーを自らに課していたのだ。
森上の実力に加え、このメンタルで臨まれると、仙崎には打開策はないといっても過言ではない。
やがて試合が始まったが、戦況は変わることはなかった。
森上はどこまでもボールを追い続け、また仙崎もどこまでも拾い続けた。
そんな中、三神ベンチはいつものように冷静で、例え仙崎が負けたとしても、チームが負けるはずがないという余裕があった。
いや、余裕というよりプライドがそうさせていた。
一方で、桐花ベンチは蜂の巣をつついたような「騒ぎ」になっていた。
なぜなら、試合も最終局面を迎えた時点で、なんとカウントは20-5と森上がほぼ勝利を収めていたからである。
よし・・ラスト1本や・・
絶対に天地と同じ点数で勝つ・・
野間対重富は、2セット目は21-5で野間が勝っていた。
森上は、このことに拘っていたのだ。
なぜなら自分は桐花のエースだ、と。
同じ点数で勝ちを収めれば、1-1のイーブンになることもそうだが、力も均衡しているんだと三神に知らしめたかったのだ。
「ラスト1本!」
森上は、気合いの入った声を発し、レシーブの構えに入った。
仙崎も、最後まで諦めないといった表情を見せ、サーブを出す構えに入った。
そして仙崎は、森上に打たせまいと、下回転の短いサーブをバックコースに出した。
森上はツッツキでバックコースへ長く返した。
そう、ドライブを打つためである。
術中に嵌ってなるものかと、仙崎はストップをかけた。
再度バックに入ったボールに、森上はすぐさま回り込み、台上で叩きに行った。
バックに入ったボールに、仙崎はすぐに後ろへ下がって懸命にカットして返した。
森上は、これが最後だといわんばかりに、渾身のドライブをフォアストレートへ放った。
仙崎はすぐにフォアへ動いてカットしたが、予想以上の威力に押され、ボールは高く返った。
「おおおおお~~~!」
館内からまた歓声が挙がった。
まるで、どんなスマッシュを打つんだと期待するような声だ。
ミドルに入ったボールに、森上は万全の態勢で打つ構えに入った。
この時点で、仙崎は後ろへ下がったままである。
確実な1点を取る・・
こう思った森上は、寸でのところでストップをかけた。
普通、森上レベルのドライブやスマッシュを打てる者であれば、最後も打って決めたいというのが人情というもの。
けれども森上はそれを選ばなかったのだ。
仙崎は、もう動くこともなかった。
そしてボールは台上でツーバウンドしていた。
「サーよし!」
森上は最後も派手に喜ぶことはなく、力強いガッツポーズをした。
「よーーし!よーーし!」
日置は、両手でガッツポーズをしていた。
「よっしゃあ~~~!恵美ちゃん~~~!ナイスゲーム!」
「やったああああ!これで1-1や~~~!」
「森上~~~!おめーーほんとに撃沈させやがった!すげぇーーーぜ!」
この時点で館内は「三神の二番が負けた」という「ニュース」が飛び交ったていた。
そして第1コートの通路では、人も通れないくらいのギャラリーが押し寄せていたのである―――




