239 予想外
そして森上は、ボールをポーンと高く上げ、鋭い上回転のかかったロングサーブをミドルへ出した。
仙崎はすっと右へ移動し、バックカットで返した。
けれどもこのカットは、横回転が少し入った斜め回転のボールだった。
フォアに入ったボールを、森上はドライブではなく、鋭いミート打ちで返したが、下回転だと見誤った森上は、ラケットコントロールを間違えてオーバーミスをした。
「サーよし」
仙崎はやっと1点を取ったが、その声は冷静そのものだった。
「ナイスカットですよ」
「もう1本ですよ」
「挽回しますよ」
ベンチからも冷静な声が挙がっていた。
「どんまい、どんまい!」
日置は、気にすることはない、と言わんばかりに拍手をしていた。
「恵美ちゃん~どんまいやで~!」
「ここ1本取るで!」
「今の1点なんざ、ご愛敬よ!気にするこたぁねぇぜ~~~!」
彼女らも檄を飛ばした。
「どんまい」
森上もそう声を発した。
ここは・・
3-2やなくて・・4-1でサーブチェンジにせんと・・
森上はサーブの構えに入り、もう一度ボールをポーンと高く上げた。
そしてさっきと同じ要領で、今度はバックのネット際に小さなサーブを出した。
仙崎は、なんなくツッツキでバックコースへ返した。
森上もツッツキをバックに送った。
すると仙崎は、ツッッキながらボールが離れる瞬間、横回転をかけて返した。
ボールは森上の右側を流れるようにカーブした。
森上はすぐさまフォアへ移動し、バウンドした瞬間、ミドルへ叩き込んだ。
体を詰まらせた仙崎は、苦し紛れのバックカットでなんとか返した。
ミドルに入ったボールを、森上は渾身の力を込めてドライブを打ちに行った。
これもコースはミドルだ。
また体を詰まらせた仙崎は、今度はフォアカットで返した。
仙崎くん・・
この1本は大事ですよ・・
必ず取りなさい・・
皆藤はそう思いながら観ていた。
クチビルゲ・・だいぶ後ろへ下がってる・・
ここは・・どっちがええかな・・
そう、森上はドライブなのかストップなのかを考えていた。
このような場合、攻撃側は早く決めたいという意思が働く。
カットマン相手に、なるべくなら長いラリーを続けたくない。
けれども森上は、早く決めるのではなく、ここは絶対に1点取って4-1にすることが大事なのだと冷静に考えていた。
そして森上は、ドライブではなくストップをかけた。
仙崎は全速力で前に駆け寄って拾った。
けれどもボールが少し長くなった。
森上はすぐさまドライブを打つ構えに入った。
すると仙崎は反射的に後ろへ下がった。
その動きを見逃さなかった森上は、寸でのところで再びストップをかけた。
仙崎の足は止まったまま、ボールは台上でコンコン・・とツーバウンドしていた。
「サーよし!」
今しがたの戦術は、まったく森上らしくない。
日置やチームメイトに限らず、森上の武器はスーパードライブだと誰しもが疑わない。
そもそも試合開始からの森上の攻撃は、ドライブを打ちもしたが、それは決めボールではなく、点を取ったのは台上の処理、カウンターのミート打ち、サーブ、そして今のストップである。
森上自身は無意識だったが、ドライブばかりで勝負すれば、点を取るのに苦労する。
そこで「小技」も使い、幸いにも点に繋がった。
同時に、皆藤や仙崎の頭には、「小技」がインプットされた。
となると、ドライブを打つと見せかけて「小技」の場合もある、という意識が働く。
それこそが、ここぞという時、森上のドライブが何倍もの効果を発揮するのだ。
「ナイスボール!」
日置は4-1になったことで、ますますこっちが有利になったと思っていた。
「よっしゃ~~~!ナイスストップ!」
「あれは取れんわ~~~!」
「よーーし!クチビルゲの足を雁字搦めにしてやんな!」
副審を務めている和子も、「森上先輩・・すご過ぎる・・」と心の中で呟いていた。
そしてサーブチェンジとなり、仙崎はボールを手に乗せて構えに入った。
たかが・・4-1・・
まだ試合は始まったばかり・・
絶対に挽回する・・
三神が負けるわけにはいかん・・
仙崎は森上に厳しい視線を向け、ボールをポーンと高く上げた。
そう、投げ上げサーブである。
複雑にラケットを動かして出したサーブは、まるで必殺サーブが如く台上で左にカーブした。
フォアの斜めや・・
仙崎はバック面で出したのだが、回転はフォアの斜めと同じだ。
阿部や重富の必殺サーブを嫌というほど受けて来た森上は、回転を見破った。
そしてすぐさま回り込み、フォアストレートへドライブを打った。
けれども仙崎は、このボールを待っていた。
そう、三球目攻撃である。
仙崎は後ろへ下がらず、スマッシュを打ちに出た。
そしてフォアクロスへ鋭いスマッシュが入った。
パシーン!
誰もが決まったと思った。
けれども森上は、懸命に走ってそのボールに追いついた。
あれに追いつくのですか・・
皆藤は唖然としていた。
なぜなら、ボールがバウンドする寸前には、森上はまだバックコースにいたからである。
「うわああああ~~~!」
阿部と重富は驚愕の声を挙げた。
「行け行け~~~~~!」
中川は右手を挙げてそう言った。
ボールに追いついた森上は、そのままカウンターでフォアに叩き込んだ。
仙崎は、まさか返って来るとは思いもせず、少し慌てたが再度スマッシュを打ち込んだ。
森上は打った勢いで、まだフォアコースの端にいた。
仙崎が打ったボールは慌てた分だけ、コースはミドルだ。
森上は回り込むのは無理だと思い、バックでボールを高く打ち返した。
そう、ロビングである。
ここで有利になった仙崎は、またスマッシュを打った。
森上は前には戻らず、後ろでずっと高いボールを返し続けた。
「おおおおおお~~~!」
この試合を観ていた館内の者からは、どっちが根負けするんだ、と言わんばかりの声が挙がった。
「粘れ~~~森上~~~!」
中川が大声で叫んだ。
「恵美ちゃん~~~!しっかり~~~!」
「後ろから打て~~~!」
重富は思わずそう叫んだ。
とみちゃん・・
言われんでもわかってるで・・
そう、森上は後ろから打って出ようとタイミングを図っていたのだ。
そして五球目のボールが返って来た時だった。
森上は姿勢を低くし、万全の体勢からスーパードライブを放った。
ビュッ!
まるで音が聴こえそうなボールは、仙崎のフォアクロスに叩き込まれた。
仙崎は後ろへ下がることができず、なんとかラケットを合わせに行ったがボールの勢いに押されて後逸した。
そう、前に飛ばなかったのだ。
「サーよし!」
まさに森上は絶好調だった。
やることなすこと、全て成功していた。
「ナイスボーーーール!」
日置の体には鳥肌が立っていた。
僕は・・何度思い浮かべただろう・・
きみが縦横無尽に動き回って・・
三神を叩きのめす姿を・・
あの時・・きみを諦めなくてよかった・・
ほんとうに・・よかった・・
あの時とは、昨年のさまざまな「騒動」のことである。
「きゃあ~~~~恵美ちゃん~~~!」
「前からすごいと思てたけど、ほんまにあんたはすごい~~~!」
「これやぁ~~~!マジでたまんねぇって!森上~~~!おめー最高だぜ!」
―――三神ベンチでは。
「ふむ・・」
皆藤は、仙崎では勝てないと悟った。
彼女らも、予想以上の森上の実力に唖然とするばかりだった。
中でも須藤は、その意を強くしていた。
森上さん・・
この子は、別格や・・
今の私でも勝てるかどうかわからん・・
せやけど・・
来年は必ず対決する・・
森上さんを倒さな・・桐花に勝ったとは言えん・・
三神は・・一敗することも許されへんのや・・
「仙崎くん」
皆藤が呼んだ。
「はい」
仙崎は振り向いて答えた。
「タイムを取りなさい」
仙崎は静かに頷いてタイムを取ってベンチに下がり、皆藤の前に立った。
「今しがたの三球目はよかったのですが、攻撃では森上くんは抜けません」
「はい」
「きみはカットに徹しなさい」
「はい」
「まだ5-1です。これから挽回しなさい」
「はい」
仙崎は顔色一つ変えなかったが、その心中たるや、無論、穏やかではなかった。
そう、まだ1点しか取れてないからである。
「せんちゃん、頑張りますよ」
野間が肩を抱いて声をかけた。
「そう、せんちゃん、ここからですよ」
「挽回しますよ」
「1本ずつ取りましょう」
山科、向井、磯部も仙崎を励ました。
「先輩、1本ですよ」
「頑張りますよ」
「ファイトですよ、先輩」
「3-0で勝ちますよ」
須藤、菅原、関根、福田も懸命に励ました。
「はい、頑張ります」
仙崎はニッコリと笑ってコートへ向かった。
―――桐花ベンチでは。
森上は日置の前に立っていた。
「ここまでは、完璧だよ」
「はいぃ」
「でも、相手は何といっても三神だ。奥の手があるかもしれないし、21点の声を聴くまで、何があるわからない」
「はいぃ」
「ここはしっかり気を入れ直して、どこまでも挑む気持ちを忘れないように」
「はいぃ」
「よし。徹底的に叩きのめしておいで」
日置は森上の肩をポンと叩いた。
「恵美ちゃん!このままやで!」
「森上さん、いけるよ!頑張れ!」
「ふっふっふ」
中川は妙な笑い声を発して、森上の肩に手を置いた。
森上はキョトンとしながら中川を見た。
「おめー、まだまだこんなもんで収まるタマじゃねぇよな」
「え・・」
「おめーには、爆弾スマッシュがあんだろうがよ」
「爆弾・・」
そう、森上はまだ渾身のスマッシュを打ってなかった。
「爆弾スマッシュで、クチビルゲのラケットに穴をあけてやんな」
「あはは・・それは無理やでぇ」
「いいってことよ!さあーーー!クチビルゲを撃沈だ!」
中川は森上の背中をバーンと叩いた。
森上は「うん」と頷き、ゆっくりとコートへ向かった。




