238 「怪物」森上
―――体育館の入り口では。
「やっと着いた!」
小島と浅野は、急いで中へ入った。
二回戦で三神ということは、第1コートだとわかっている二人は、そのままフロアへ足を踏み入れた。
そしてすぐに1コート後方の通路へ移動した。
「あっ、植木さん」
二人は植木が情けない顔をして立っているのを見つけた。
「ああ!小島さん、浅野さん」
「試合、どうなってますか?」
小島が訊いた。
「トップは・・重富さんがボロ負け・・」
「そうですか・・」
「相手、誰やったんですか?」
浅野が訊いた。
「エースの野間さん」
「エースか・・それはきつかったやろな・・」
「でも重富さんな、去年の団体戦とは別人かと思うくらい上達してて、頑張ったんやけどな・・」
「はい、知ってます」
「そうか・・」
「ほなら、森上さんが二番ですか?」
小島が訊いた。
「うん。今からやねん」
そして三人は並んでコートに目を向けた。
―――コートでは。
3本練習を終えた二人は、ジャンケンをした。
勝った仙崎は「コートでお願いします」と言った。
そして主審の馬場は、森上にボールを渡した。
「ラブオール」
馬場が試合開始を告げると、仙崎は両審判に頭を下げ、振り向いてベンチに頭を下げ、最後に森上に頭を下げて「お願いします」と言った。
森上も「お願いしますぅ」と深々と頭を下げた。
「森上~~~!クチビルゲなんざ、とっととやっちまいな!」
中川が叫ぶと、三神ベンチでは関根が「あかん・・」と言って、口を押えて笑いを堪えていた。
「関根ちゃん・・また笑ってますね」
菅原は呆れていた。
「すみません・・」
「菅原くん」
皆藤が呼んだ。
「はい」
「クチビルゲとは、なんのことですか」
「私も知りません」
「そうですか・・」
そもそも三神の選手たちは、子供の頃から卓球を始めている。
練習に明け暮れる日々で、テレビを観る時間もなかった。
ましてや男の子が対象の『超人バロム1』など、知る機会がなかったのである。
そんな中、年子の兄を持つ関根だけは知っていたのだ。
「関根くん」
皆藤が呼んだ。
「は・・はい・・」
「きみ、知ってるのですか」
「ああ・・えっと・・」
「クチビルゲとは、なんですか」
「あっ・・あの・・試合の後で説明します・・」
「そうですか」
皆藤は首をかしげながらコートに目をやった―――
森上は、まずバックのラバーを確かめるため、バックコースへ上回転のロングサーブを出した。
仙崎は、なんなくバックカットで返した。
あ・・裏やな・・
ということは・・クチビルゲは・・両面とも裏ってことか・・
バックに入ったボールに森上はすぐさま回り込み、右腕を大きく振りおろし体全体を使って、鋭いドライブを打った。
バッククロスに入ったボールを、仙崎はなんとも美しいフォームでカットした。
仙崎の返球は実に低く、ネットスレスレに入った。
これではスマッシュが打てない。
森上はもう一度ドライブを打った。
今度はフォアコースだ。
森上のドライブは、まさに男性顔負けで威力抜群だ。
多少上手いカットマンでも、勢いに押されてミスをするか、返球は高くなっても不思議ではないほどだ。
初対戦なら、尚更である。
けれども森上対策を熟してきた仙崎は、顔色一つ変えず、フォアカットで返した。
うん・・しゃあない・・
相手は三神や・・
絶対に返って来る・・
森上に焦りは全くなかった。
それより・・送るコースやな・・
少しでも動きが遅れると・・チャンスボールが返ってくるはずや・・
よし・・コースを狙って・・
そして森上は、フォアに入ったボールを満身の力を込めてフォアクロスへドライブを放った。
これは仙崎でも、かなり後ろへ下げられた。
再度、フォアへ入ったボールを、森上はまたドライブをかけに行った。
すると森上は、寸でのところでストップをかけた。
仙崎はストップも織り込み済みだといわんばかりに、全速力で前に走り寄り、ボールを拾った。
けれどもその時だった。
森上は台上のボールがバウンドしたと同時に、手首のスナップを効かせてバックストレートへ叩いて入れた。
カットが間に合わないと判断した仙崎は、台に着いたままバックハンドで返した。
けれども送るコースが甘かった。
ほとんど動かなくてもいい位置に落ちたボールを、森上は抜群のカウンターで打ち返した。
するとボールは、フォアクロスを逃げて行くように、仙崎が追いつく前に後ろへ転がっていた。
「サーよし!」
森上は力強いガッツポーズをした。
「ナイスボーーール!」
日置はパンッと大きく一拍手し、早くも興奮していた。
「恵美ちゃん~~~!ナイスボール!」
「よっしゃーー!森上さん、ナイス!」
「あはは!すげーーーぜ、森上よ!ガンガン行けぇぇぇ~~~!」
彼女らは、第一試合のうっぷんを晴らすかのように、やんやの声援を送った。
「どんまい」
仙崎は、何事もなかったかのように、小さく声を発した。
「どんまいですよ」
「次、1本ですよ」
三神ベンチにも、なんら動揺は見られなかった。
そんな中、皆藤だけは違った。
皆藤は、ドライブにストップを混ぜられると、仙崎でも取るのは厳しいと思っていた。
いや、たかが一球や二球は取れる。
けれども、長くラリーが続き、前後に揺さぶられる展開に持って行かれると不利になるのはカットマンだ。
そこで皆藤は、あまり時間を置かず、ストップ封じの作戦に出ようと考えていた。
台から下がらずにカットをして、ストップを封じるというわけだ。
けれども、今しがたの森上の対応の早さを見て、前で勝負というのは森上の術中に嵌ると思っていた。
ドライブラリー勝負は論外で森上が勝つ。
仙崎が先に攻撃を仕掛けると、森上は必ずカウンターで返す。
そうですか・・
ここはやはり・・スッポンが如く・・
徹底的に拾うしかありませんね・・
それにしても森上くん・・
前の対応があんなにも優れているとは・・
きみはパワーだけではないのですね・・
「仙崎くん」
皆藤が呼んだ。
仙崎は振り返って「はい」と言った。
「倒れるまで拾いなさい」
「はい」
仙崎は皆藤の言葉の意味を理解していた。
そうですよね・・先生・・
前で勝負は分が悪い・・
わかりました・・
徹底的に拾います・・
そして森上は、三球目でドライブを打つため、またロングサーブをバックに出した。
仙崎はバックカットを切らずに、ナックルでバッククロスに返した。
切れてない・・
そう思った森上は、すぐさま回り込み、ボールの位置まで目線を落とし、ドライブではなくスマッシュを打ちに出た。
ところがである。
寸でまでバックへ打つと見せかけて、ラケットにあたった瞬間、手首を上手く返してフォアストレートへ入れたのである。
パシーン!
鋭い音と共に、矢のようなスマッシュが仙崎の横を通り抜けようとした。
仙崎は後ろへ下がって、懸命にカットした。
ボールはフォアクロスの深いところでバウンドした。
すると森上は、打つと見せかけて、寸でのところでストップをかけた。
仙崎は全速力で前に駆け寄り、ストップで返すと打たれると考え、その勢いでスマッシュを打った。
フォアに入ったボールを、まさに森上の動物的本能とでもいうべき俊敏な反応は、バウンドしてすぐにカウンターでバックストレートに入った。
ボールは、仙崎がラケットを出す前に後ろへ転がっていた。
「サーよし!」
森上はまた、力強くガッツポーズをした。
「ナイスボーーール!」
すごいよ・・森上さん・・
それだ・・それだよ!
きみの武器は、まさにその身体能力なんだよ!
日置は身震いがする思いだった。
「きゃ~~~!恵美ちゃん、ナイスボール~~~!」
「森上さん~~~!すごいいいい~~~!」
「ひゃっはーーーー!これゃあ~~~たまんねぇぜ!行け行け~~~~!森上~~~!」
彼女らも興奮のるつぼと化していた。
この辺りで館内は、徐々に三神対桐花の試合に注目し始めていた。
「あれ・・誰なんや・・」
「大きいな・・」
「今の・・見た・・?」
森上を初めて見る他校の選手らは、森上のパワーと上手さに度肝を抜かれていた。
「相手・・三神やんな・・」
「うん・・どう見ても三神」
「仙崎さん・・成す術がない・・?」
「まさか。このまま三神がやられるはずがないやん。まだ始まったばかりやし」
「そうなんやけど・・」
このような声が、あちこちから挙がり始めていた。
そして森上は、「もう1本!」と声を発し、サーブを出す構えに入った。
よし・・ここは必殺サーブを試してみよかな・・
森上はバックコースに立ち、ボールを上げた。
そしてラケットを複雑に動かし、必殺サーブを出した。
仙崎は、2点先取されたことが焦りとなったのか、なんと回転を見誤りオーバーミスをしたのだ。
「サーよし!」
やった・・
決まった・・
「ナイスサーブ!いいよ、いいよ~~!」
日置は大きな拍手をしていた。
「よっしゃーー!必殺サーブ決まった!」
「ええぞ~~~森上さん~~!」
「見たかクチビルゲ~~~!これぞチビ助直伝のガレージサーブさね!」
彼女らの後方では、植木も小島も浅野も言葉が出ないくらい唖然としていた。
「いや・・サーブもそやけど、森上さん、やっぱりすごいわ・・」
小島がやっと口を開いた。
「っていうか・・クチビルゲて、なんなんよ」
浅野は笑っていた。
「それ、バロム1の魔人やで」
植木が答えた。
「いや、知ってますけど、なんで仙崎さんがクチビルゲ・・」
「そういや・・先生、そんなこと言うとったな・・」
小島がポツリと呟いた。
「そうなんや」
「イカゲルゲとか・・言うてはったな・・」
「あははは、なによ、それ」
そして試合は3-0と森上がリードしたまま、森上は4本目のサーブを出す構えに入っていた。




