235 重富対野間
―――ここは桂山の工場。
小島は仕事に勤しんでいたが、試合のことが気になって仕方がなかった。
そこで小島は「トイレ行って来ます」と隣に座る先輩に声をかけ、事務室を出た。
小島は公衆電話まで行き、電話帳を捲って府立体育館を探した。
府立・・府立・・あっ、あった・・
そして小島は硬貨を入れてダイヤルを回した。
「府立体育館です」
出たのは事務の男性だった。
「あの、わたくし、桂山化学の小島と申します。お忙しいところ大変申し訳ないのですが、今日、インターハイ予選やってますよね」
「はい」
「それでですね、女子高で桐花学園が出てるんですが、どのブロックに入っているか、確かめて頂けませんか」
「シードってことですか?」
「はい」
「桐花学園ですね」
「はい」
「わかりました。見てきますのでお待ちください」
そしてオルゴールの曲が流れた。
男性は急いで事務室を出て、ロビーに向かった。
ほどなくしてロビーに到着した男性は、貼り出されてある組み合わせ表を見ていた。
えーっと・・桐花・・桐花・・
男性はすぐに見つけた。
第1シードか・・
一回戦は勝って・・今は三神とやってるんやな・・
そして男性は走って事務室まで戻り、受話器を手にした。
「もしもし」
「はい」
「第1ジードで、今は三神とやってますよ」
「えっ!」
小島は絶句した。
もう三神と対戦しているのか、と。
「桐花は一回戦を勝って、ほんで三神です」
「そ・・そうですか・・。わかりました。お手数かけて申し訳ありませんでした。ありがとうございました」
「いいえ」
そして小島は受話器を静かに置いた。
私らの時と・・全く同じやん・・
嘘やろ・・
なんで二回戦で三神やねん・・
小島はその足で浅野が所属する部署へ行った。
ドアを開けて中へ入り、小島は浅野の席まで足早に移動した。
「内匠頭・・」
「えっ、彩華、どしたんよ」
浅野は何事かと、小島を見上げていた。
「忙しいのに、ごめん」
「いや、ええけど。で、どないしたんよ」
「試合な・・あの子ら二回戦で三神とやねん」
「え・・」
「今、試合中らしいねん・・」
「あんた、誰から聞いたんよ」
「電話したんよ。体育館に」
「ほ・・ほんまか・・三神と・・」
「私・・早引けして体育館に行くわ・・」
「えっ、嘘やろ」
「もう十一時前やし、今からやったら間に合うと思うねん」
小島は、あと一時間で終業することを言った。
「わかった。ほなら私も行く」
「え・・ええんか」
「うん」
小島は他の者にも声をかけようと思ったが、まさか八人全員で早退するわけにもいかず、浅野にだけ報せたというわけだ。
そして二人は体育館へ向かったのである。
―――コートでは。
三本練習も終わり、ジャンケンに勝った重富はサーブを選択していた。
「ラブオール」
主審の須藤がそう告げた。
すると野間は、両審判に「お願いします」と頭を下げ、ベンチの方を向いて頭を下げ、最後に重富に頭を下げて「お願いします」と言った。
この挨拶は、三神の慣習であり伝統だ。
「お願いします!」
重富も負けじと大きな声を発した。
よーし・・相手はエースの天地や・・
ゼンジーさんをイメージして・・
天地は・・ミスをせんと思わなな・・
必殺サーブは・・後にしよか・・
まずは・・
そして重富はサーブを出す構えに入った。
重富はラケットをクルッと反転させ、裏で小さな下回転のサーブをバックコースの端に出した。
それと同時に、素早くラケットを反転させた。
「ほう・・」
重富の反転技を見た皆藤は、そう呟いていた。
野間は簡単にツッツキでバックへ返し、重富はそのボールをプッシュ気味に再びバックへ送った。
野間もプッシュのショートで返し、といった具合に、互いを探るようなバックコースのラリーが何球か続いた。
我慢や・・
我慢・・
重富はこう考えながらも、はよ回り込め、と思っていた。
そして野間はついに回り込んだ。
その足の動きたるや、考えられないような速さだった。
そして野間はドライブをかけた。
はっ・・速い・・
そういや・・中川さんは・・三神野郎のフットワークは群を抜いていると・・
密書に書いとったな・・
重富はボールがバウンドしてすぐに、フォアストレートの厳しいコースへ送った。
それを読んでかどうかはわからないが、野間は当然のようにボールに追いついていた。
えっ・・あれ・・追いつくんや・・
フォアに入ったドライブボールを、重富は守る形でバウンドしてすぐにバックストレートへ送った。
これもギリギリの厳しいコースだ。
さすがの野間も、回り込むことは出来ず、ショートで返す形になった。
ところが、である。
ショートかと思いきや、なんとバックハンドスマッシュを打ち込んだのである。
驚いた重富だったが、なんとかショートで返した。
けれどもこれはコースが甘かった。
ミドルへ入ったボールを、野間はフォアに打つと見せかけて寸でのところでバックへ打って来た。
完全に逆を突かれた重富は、ボールを見送るしかなかった。
「サーよし」
野間は何事もなかったかのように、左手で小さくガッツポーズをした。
「ナイスボールですよ」
「先輩、もう1本ですよ」
三神ベンチからも、冷静な声が挙がった。
「どんまい、どんまい!」
日置は手を叩きながら、声を発した。
「とみちゃん~~次、取るで!」
「これから、これからぁ~!」
「先輩~~!次1本ですよ!」
阿部らも、これからだと言わんばかりに、重富を励ました。
「どんまい!」
重富自身も声を出しながら、ボールを拾いに行った。
一方で、今しがたのラリーを見て驚いたのが三神の二年の者たちである。
昨年十二月の重富は、素人というにも及ばぬほど、まさに素人以下の実力だった。
「まさに別人とは・・このことですね」
「たったの半年ですよ・・」
「あり得ない・・」
菅原らは、口々にそう呟いていた。
「きみたち」
皆藤が呼んだ。
彼女らは黙って皆藤を見た。
「桐花はインターハイを目指すチームですよ。あのくらいの上達は当然です」
「はい」
「今のうちに、野間くんの戦い方を学びなさい」
皆藤は、来年のことを言った。
「はい」
「それにしても・・重富くん、とてもいいですね」
皆藤は余裕の笑みを見せた。
―――コートでは、重富がサーブの構えに入っていた。
とにかく動きが速い・・
せやけど・・その動きも、いつまで続くかわからん・・
ここは・・点を取られても、動かし続けることや・・
そしたら天地は・・必ずへばる時が来る・・
そこからが勝負やな・・
重富とて、ラリーが続けば体力を消耗する。
けれども重富に回り込みは、ほぼない。
したがって、疲れの度合いが野間の半分以下と言っても過言ではない。
それよりも、押され続けて精神的ダメージによる「委縮」の方が何倍ものリスクがある。
それゆえ重富は、ミスをせずに野間を動かし続け、そこからの挽回を考えていた。
そう、なんなら1セットを落としてもいい、と。
そして重富は、裏ラバーでバックのロングサーブをフォアストレートに送った。
これも、ボールが伸びて行く、なかなかいいサーブである。
野間はまったく意に介することなく、素早いフットワークで「チャンスボール」をフォアクロスへ叩き込んだ。
嘘やろ・・
あれをスマッシュするんや・・
重富は驚いたが、直ぐにラケットを出し、バックストレートへ送った。
そう、返したのだ。
慌てた野間は動きが遅れ、ショートで合せるしかなかった。
重富はプッシュでバッククロスへ送った。
回り込め・・!
すると野間は重富の思惑通り、回り込んでドライブをかけた。
今度こそ・・後逸さしたる!
バックに入ったボールを、重富はフォアストレートへ送ろうとした。
野間の動きを見た重富は、寸でのところでバックへコースを変えた。
そう、野間はフォアへ動いていたのだ。
逆を突かれた野間は、思わず左手を出してボールを止めた。
「サーよしっ!」
重富は渾身のガッツポーズをした。
「よーーし!ナイスコース!」
日置は大きな拍手を送った。
「とみちゃん~~!ナイスボール!」
「いいぞぉ~~!とみちゃぁ~~ん!」
「きゃ~~!先輩、ナイスです!」
阿部らも、やんやの拍手を送っていた。
後方の通路で観ている植木は、驚愕していた。
「この子・・ほんまに、あの重富さんなんか・・」
植木も昨年の団体戦を観ていた。
あの時の重富は、確か0点だったぞ、と。
それがどうだ。
相手は三神のエース、野間だぞ、と。
野間を相手に1点取ったぞ、と。
「重富さん!頑張れ~~~!」
本来、中立の立場であるはずの植木は、臆面もなく大声を挙げた。




