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サーよし!2  作者: たらふく
234/413

234 礼を尽くす




―――「さて、きみたち。行くよ」



いよいよ三神戦が迫り、日置は立ち上がって彼女らに声をかけた。


「はいっ!」

「おうよ!」


彼女らは、イヤホンを外して立ち上がり、一行はフロアへ向かった。

ちなみに和子には、森上が片方のイヤホンを使わせ、二人で曲を聴いていた。

第1コートの後方に着くと、植木が待ち構えていた。


「日置さん・・」


植木は意気消沈しているようだ。


「あはは、植木くん、どうしたの?」

「え・・」

「なに、その顔」

「いえ・・別に・・」

「よーう、あんちゃんよ」


中川が呼んだ。

植木は黙ったまま、中川を見た。


「おめーよ、シケたツラしてんじゃねぇよ」

「そんなん言うてもやな・・」

「この中川さまがいる限り、桐花は勝つ!」

「・・・」

「おめーも、これ聴きな」


そう言って中川はウォークマンとイヤホンを渡した。


「これ・・なんなん」

「聴けばわかるってもんよ」

「さて、きみたち」


日置と彼女らは中腰なにり、日置は「オーダーを言うね」と一気に表情が厳しくなった。


「トップ、重富さん」

「はいっ!」


その実、重富はそう来るだろうと予測していた。

なぜなら、日置ならまず秘密兵器で相手をかく乱するだろうと思っていたからだ。


よーし・・

絶対に勝つ・・

一回戦・・出られへんかった分・・

倍にして返したる・・


「二番、森上さん」

「はいぃ!」

「ダブルス、阿部さん、森上さん」

「はいっ!」

「はいぃ!」

「四番、中川さん」

「おうさね!」

「ラスト、阿部さん」

「はいっ!」

「これで勝ちに行くよ」

「よーーし!おめーら、ぜってー私まで回せよ!」

「いやいや、3-0で勝つから、あんたには回らへんで」


阿部が言った。


「なにーーーーっ!それじゃ、ズボールはどうなんるでぇ!」

「次の試合で使えばええやん」

「なに言ってやがんでぇ!ズボールは、三神野郎対策さね!」

「いいや」

「なんでぇ」

「私らの目標は、なんやねん」

「インターハイさね」

「全国で、なんぼでも試せる」

「かあ~~、三神野郎をクルクルと踊らせてやるつもりだったのによ」


この会話を聞いた植木は、ズボールなるものがなにかわからなかったが、驚愕していた。

なんなんだ・・このメンタルは、と。

そして植木は、自省していた。

もう負けは確定したと決めつけた、自分を恥じていた。


「まあいいさね。3-0で勝つに越したこたぁねぇやな。しかし!負けても私が控えてんだ。気にしねぇで暴れな!」

「おうさね!」


阿部と重富は同時にそう言った。

そしてコートの向こう側には、三神の一行がゆっくりと到着していた。


「あっ!あのクラブ探しジジィ、偉そうにしてんじゃねぇぞ」

「クラブ探しジジィ?」


日置が訊いた。


「あのジジィ・・三神の監督だったんでぇ」

「ジジィって・・」

「あやつは、さもクラブを探していると見せかけ、この私を騙しやがったんでぇ」


日置は、また何かあったのだと察したが、間違いなく中川の勘違いだろうし、今はそんなことはどうでもいいと思った。


「さて、整列するよ」


日置がそう言うと、五人はコートに向かった。

そこで和子が副審に着こうとした。


「郡司」


中川が腕を掴んで止めた。


「え・・?」

「ここは、私に任せな」

「中川さん、なに言ってるの」


日置が訊いた。


「先生よ、相手さんは天下の王者、三神だぜ?」

「うん」

「ここは、礼を尽くさねぇとな」

「ちょっと、中川さん。なにするつもりなんよ」


阿部が訊いた。


「礼を尽くすっつってんだろ」

「いやいや、あんたの礼は、お礼回りの礼やからな」

「あはは、うめーこと言うじゃねぇか」

「あかん、あかん。郡司さん、副審やって」

「はい・・」


和子がネットのところへ行こうとすると「私だ」と中川は強引に進んだ。

そして中川はネットの横に立った。

主審には、「恋敵」の須藤が着いていた。


「では、オーダーを出してください」


須藤がそう言うと、皆藤と日置は須藤に用紙を提出した。


「よーう、須藤よ」

「え・・?」


須藤は用紙を手にしたまま、中川を見た。

皆藤も日置も、両チームの彼女らも、何が起こるのかと中川を凝視していた。


「それ、私に貸しな」

「は?」

「あれだぜ。私は王者三神さまによ、礼を尽くしてぇんだ」

「礼を・・?」

「というかさ、どうせ私らは負けるんでぇ。せめて記念にオーダーくれぇ読んで差し上げてぇのさね」

「そうなんですか・・?」


須藤は、漠然とだが疑っていた。


「おうよ。だから貸しな」


そこで須藤は皆藤を見た。

皆藤はニッコリと笑って「うん」と頷いた。


けっ・・クラブ探しジジィ・・

余裕、ぶっこいてんじゃねぇぞ・・


須藤は躊躇しながらも、コート越しにオーダーを渡した。


どれどれ・・

ほほう・・

なるほどさね・・


「それではただいまより、王者三神と、素人集団桐花との命のやり取りを、おっ始める!」


中川の言葉に、この場の全員が仰天していた。

けれども、補欠としてベンチにいる関根は、クスクスと笑っていた。


「関根ちゃん、なに笑ってるんですか」


菅原がたしなめた。

ちなみに三神の選手らは、試合中は全員が丁寧語を使うのである。


「いえ・・すみません」


それでも関根は笑っていた。


「えー、では、オーダーを発表する!おめーら、元気よく手を挙げろ!」


日置は、注意すべきかとも思ったが、これくらいやって丁度いいと納得していた。

阿部らは、もうどうにでもなれ、と思っていた。


「トップ!重富対、天地こと野間!」


重富はすぐに右手を挙げた。

けれども野間は、天地というわけのわらかない名前に驚き、遅れて手を挙げた。


「二番!森上対、クチビルゲこと仙崎!」


森上もすぐに手を挙げた。

仙崎は、野間と同様、クチビルゲとはなんだ、と驚き、遅れて手を挙げた。


「ダブルス!阿部、森上対、天地こと野間、きよしアーンド、オスカルこと山科!」


この時点で、関根は涙を流しながら笑いを堪えていた。

二年で一番真面目な菅原は、中川の無礼に憤慨していた。


「四番!太賀誠こと、私対、アンドレこと向井!」


中川は向井を見て、不敵な笑みを浮かべた。

向井は「アンドレ・・」と言いながら手を挙げた。


「ラスト!阿部対オスカルきよしこと、山科!」


二人は手を挙げて一礼した。


「なんでぇ、イカゲルゲは出てねぇのかよ」


そう言って中川は、磯部を見た。

磯部は「イカゲルゲ・・」と呟いていた。


「それで!両校の監督は、三神がクラブ探しジジィこと皆藤と、入学早々、女を泣かせた我が校きっての色男こと日置!握手を交わしな!」


そう言われた皆藤と日置は、互いに歩み寄った。


「うちの子が・・なんとも無礼なことを・・」

「あはは、いいんですよ」

「ほとんに、すみません」

「きみ、生徒を泣かせたのですか」


皆藤はいたずらな笑みを見せた。


「いえ・・中川の勘違いです・・」


そこで日置は中川をチラリと見た。

すると中川は、素知らぬ顔をしてあさっての方を向いていた。


「でも、ジジィではなくて、おじさんに変えてもらえませんかね」

「はあ・・なんともはや・・」

「じゃ、お互い頑張りましょう」

「はい、よろしくお願いします」


二人は固く握手を交わして、双方はベンチに下がった。



「先生、重富さん出てきましたね」


野間が言った。


「そうですね」

「一回戦は、隠してたってことですね」

「おそらくそうでしょう」


そこで皆藤は、野間を見上げた。


「いいですか。相手は板ですが、サーブもあると見た方がいいでしょう。それとかなり上手いと考えることです」

「はい」

「板は下がりません。ドライブからのスマッシュは素早く。コースを狙って動かしなさい」

「はい」

「頑張りなさい」

「はい」


そして野間は、ゆっくりとコートへ向かった。


「先輩、頑張りますよ」

「野間ちゃん、出だし1本ですよ」


彼女らは、至極冷静な声援を送った。



―――桐花ベンチでは。



「さて、重富さん」


重富は日置の前に立っていた。


「はい」

「野間さんは、おそらくえっちゃんタイプだよ」

「ゼンジーさんですか」

「うん。きみは対戦してるからわかるよね」

「はい」

「絶対に下がらないこと。そしてコースは厳しいところ」

「はい」

「おそらく向こうは、きみがトップに出て来たことで、意表を突かれたに違いない」

「はい」

「よし。出だしだよ」

「おい、重富」


中川が呼んだ。


「なに?」

「天地のドライブは、森上には及ばねぇぜ」

「そうなんや」

「私はこの目で見たからわかってんだ。だからよ、なにも恐れるこたぁねぇぜ」

「うん、わかった」

「よーし!まず天地を料理だ!」


中川は審判に着くため、重富の肩を抱いて一緒にコートへ向かった。


「とみちゃん!しっかりな!」

「とみちゃぁん~!ファイト~!」

「先輩!勝てますよ!」


彼女らも大声で重富を送り出した。

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