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サーよし!2  作者: たらふく
231/413

231 アホな中川




中川と東雲はコートに着き、3本練習を始めていた。

東雲も日置が言ったように、裏ペンだ。

フォア打ちも大して上手くもない。


うーむ・・東雲は・・

おそらく・・カット打ちなんざ出来ねぇな・・

となると・・ツッツキを長くして・・打たせてみるか・・


中川はこんな風に考えながら、ボールを打っていた。

そしてジャンケンに勝った中川は、コートを選択した。


「ラブオール」


重富が試合開始を告げた。


「よーーし!引っ越し野郎!かかって来やがれ!」

「えっ」


東雲は、唖然としていた。

それは誠愛ベンチも同じだった。

引っ越し野郎とは、なんだ、と。


「気にしないで!」


監督の椎名が檄を飛ばした。

東雲は振り向いて「うん」と頷いた。


「い・・1本・・」


東雲は小さな声を発した。


「ビビってんじゃねぇぞ!」


中川は東雲を睨みながら構えていた。

東雲は簡単なロングサーブをフォアへ出した。

中川は、なんなくカットで返した。

フォアへ返ったボールを、東雲は打ちにいったがネットミスをした。


「サーよしってんでぇ!」


中川は力強くガッツポーズをした。

桐花ベンチからも「ナイスカット!」と声が挙がっていた。


うーむ・・東雲よ・・

こんなんじゃ・・張り合いがなさすぎだぜ・・

こちとら、次は三神野郎との対戦が控えてんだ・・

これじゃあ、練習にもならねぇぜ・・


その実、中川はズボールを試したかった。

無論、三神が見ているのだから、ここで出すのはご法度中のご法度だ。

必殺サーブが通用しない中、いわばズボールは、唯一の秘密兵器なのだ。

万が一中川が三神に勝てば、俄然桐花に勝機が傾く可能性が高くなる。


なぜなら三神は桐花に限らず、どこと対戦しても、1ゲームどころか1セットたりとも落としたことがない絶対王者だ。

そんな王者が、1ゲーム落としたとなると、彼女らもそこは高校生だ。

精神的動揺が襲うに違いない。

桐花が付け入る隙があるのはそこだ。

例えば、必殺サーブだ。

通用しないとわかってはいるが、万全のメンタルで受けるのと、そうでないのとでは、多少なりともレシーブミスが期待できるというもの。

そのような「穴」から、試合展開はいかようにも変わる。


それを知ってか知らずか、中川はズボールを試すと決めだのだ。

そしてカウントはどんどん進み、やがて8-0になった時だった。

中川はロングサーブを出し、東雲にわざと打たせた。

東雲は、なんなくフォア打ちで返した。

ボールはフォアクロスの深いところでバウンドした。


よーーし・・このボールだ・・


中川は台の下で素早くラケットを前後に動かし、ボールが離れる瞬間、鋭い回転をかけて返した。


ふふっ・・右さね・・


中川は、得意げにそう思っていたが、これを見て驚いたのが審判の重富であり、ベンチの阿部と森上であり、日置だった。


「ええっ!」


驚きと共に、呆れ返って声を挙げたのは阿部だった。

なにをしてるんだ、と。

三神が見ているのを知ってるだろう、と。


「今の・・なんなの・・」


日置は呆然としていた。

ボールはミドルで高くバウンドし、右へククッと曲がった。

東雲は、当然のように空振りをした。


「サーよしっ!」


中川は決まったと言わんばかりに、東雲に向けてガッツポーズをした。


「タイム!タイム!」


阿部が慌ててそう叫んだ。

中川は振り向いて「は?」ととぼけた。


「中川さん!タイムて言うてるやろ!」

「なんでタイムなんだよ!」

「このアホ!タイムって言うてるやろ!」

「アホ・・」


中川は少し笑いながら「タイム」と言ってベンチに下がった。

審判の重富は、もはや中川につける薬はない、と本当に呆れ返っていた。


「チビ助、なんだってんでぇ」

「あんたな!ほっんまに、なにズボール出してんのよ!」

「ダメなのかよ」

「あかんに決まってるやろ!三神が見てるん、知ってるやろ!」

「だってよ、試したかったんでぇ」

「わざわざ三神に見せてやな!ほっんまに!」

「あのさ・・きみたち、ちょっと落ち着こうか」


日置が割って入った。


「私は落ち着いてらぁな」

「中川さん、さっきの、何だったの?」

「あはは、先生見たか!あれはズボールという秘密兵器さね・・」

「ズボール・・」

「もう!信じられへん!」


阿部は怒り心頭だ。


「千賀ちゃぁん、落ち着いてぇ」

「もう~~!前からアホやと思てたけど、こんなにアホやったとはな!」

「そう、アホアホと連呼すんじゃねぇよ」

「知らんっ!」

「まあまあチビ助、そう怒んなって」


阿部はソッポを向いていた。


「あのよ、チビ助」

「・・・」

「私はこの目で天地らの実力を見た。事前に見せようが見せまいが、あやつらはズボールごときにやられるようなタマじゃねぇぜ」

「・・・」

「試合中でもぜってー見破る。それなら、三神野郎相手に初めて出すより、引っ越し野郎で試して手応えがほしかったんでぇ」

「・・・」

「三神との1点の重みは、とてつもなくでけぇからな。つまりズボールはミスできねぇってことさね」

「・・・」

「もう出さねぇ。手応えは掴んだ」


そこで阿部はチラリと中川を見た。


「もう怒んなって」


中川はニッコリと笑った。


「三神との戦い、カギを握ってるんはあんたやねんからな」

「チビ助・・」

「あんたが勝つか負けるかで、私らの命がかかってるんや」

「・・・」

「あんたはズボールが通用せんみたいなこと言うとったけど、ちゃうで」

「え・・」

「ズボールは絶対に効く!わかってんのか!」

「うん、わかってるよ」

「それならええ。ほな、引っ越し野郎を叩きのめしておいで!」

「おうよ!」


そして中川はコートに向かった。


「森上さん」


日置が呼んだ。


「はいぃ」

「ズボールってなんなの?」

「実はぁ――」


そこで森上は、阿部と重富と中川が連日居残りをしてズボールを完成させたことを話した。


「なるほど・・魔球のことだね」

「はいぃ・・浅野先輩のぉ魔球を会得しただけやなくてぇ、中川さんの場合ぃ、自在に曲げられるんですぅ」

「えっ!それほとんなの?」

「はいぃ、それがズボールなんですぅ」

「そうなんだ・・そんな特訓してたんだね・・」

「はいぃ・・」

「だからか・・浅野さんのカットとは、違うって感じたんだよ」

「はいぃ」

「でも中川さん・・出しちゃったね」


日置は三神が見ていることを言って苦笑した。



―――観客席では。



「今の、どう思う?」


野間が誰ともなく訊いた。


「たまたまなんちゃう?」


仙崎が答えた。

仙崎は同じカットマンだ。

あんな技、できるはずがないと思っていたのだ。


「もし、意図して出したとしたら?」


山科が言った。


「競った時に出されたら、厄介やね」


向井が答えた。


「須藤さんはどう思う?」


野間が訊いた。


「うーん・・確かに手の動きは素早くて、意図して出したように見えましたけど、いや、意図して出したにせよ、あれを果たして全部成功させられるかどうかは疑問ですね」

「そりゃそうやな。あんな高等テクニック、一球出せたらええとこやで」


仙崎が言った。


「あのカットをさせへんかったらええだけやん」


ミート打ちを得意としている、磯部がそう言った。


「ツッツキからのスマッシュやな」


山科が言った。


「ま、ミート打ちは私らお手のもんやし、中川さん程度のレベルなら、コースを狙って打ち抜く。これで決まり」


磯部が答えた。


「そやな。これで中川さん対策は決定ということで。それにしても相手が弱すぎる・・」


野間は、もっとやってくれないと、桐花の弱点が見えないことを言った。



―――本部席では。



「なるほど・・魔球ですか・・」


皆藤はポツリと呟いた。


「魔球?」


三善は雑務に追われ、試合を観ていなかった。


「浅野くん直伝というわけですか」

「へぇー」


三善は話が見えてこないので、適当に返答した。


「サーブといい、魔球といい、桐花はよく頑張りますね」

「そうなんですね」

「まあ、それくらいやってくれないと、こちらも張り合いがありませんよ」

「そうですか」


三善はこの後、追加として各台に配分するオーダー用紙の枚数を数えていた。



―――その頃、別の観客席では。



大河は中川の試合を観ていた。

そして大河も、今しがたの中川のカットに興味を持っていた。


僕に挑戦すると何度も言うてたけど・・

あのカットがあったからか・・

中川さんて・・意外と頑張り屋さんなんやな・・


「大河」


チームメイトが呼んだ。


「なに?」

「アップしに行くぞ」

「わかった」


そして大河は席を立ち、仲間と共に階段へ向かって歩いた。

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