230 桐花対誠愛
―――「野間くん」
皆藤は、エースである野間を本部席に呼び寄せていた。
「一回戦の桐花を観ておきなさい」
「はい」
「他の子たちにも、そう伝えなさい」
「わかりました」
野間は軽く一礼して、彼女らが待つ場所へと戻った。
さて・・日置くん・・
とくと観させていただきますよ・・
皆藤の横に座る三善は、一見、余裕があると見えたが、わざわざ選手を呼び寄せて伝令するなど珍しいことだと思っていた。
なぜなら、三神の選手なら、念を押さなくともそうするはずだからだ。
「また桐花ですよね」
三善が言った。
「はい」
「桐花は・・不運というか、なんというか・・」
「仕方がありませんね」
「須藤さんを出すんですか?」
須藤は二年のエースで全中のチャンピオンでもあるので、三善はそう訊いた。
「いいえ」
「じゃ、三年生だけで?」
「当然ですよ」
「厳しいな・・」
三善は苦笑した。
「こちらは相手がどこであろうと、万全の布陣で臨みますよ」
「そうですね・・」
「相手が桐花なら、尚更です」
皆藤は、厳しくもニンマリと笑った。
三善は、桐花は惨敗するだろうと気の毒に思っていた。
―――コートでは。
「オーダーを読みます」
主審に着いた重富は、両校のオーダー用紙を手にしていた。
「トップ、森上対水島」
二人は手を挙げて一礼した。
「二番、中川対東雲」
中川は「おうよ!」と言って手を挙げていた。
すると誠愛の監督と彼女らは仰天していた。
東雲は遅れて手を挙げた。
「ダブルス、阿部、森上対、水島、加瀬」
双方は手を挙げて一礼した。
「四番、郡司対加瀬」
和子は加瀬を見ながら、小さく手を挙げていた。
「ラスト、阿部対白石。お願いします」
重富がそう言うと、両校は「お願いします!」と一礼してベンチへ下がった。
日置も下がろうとすると、誠愛の監督である椎名が「先生」と声をかけてきた。
「はい」
日置は立ち止まって振り向いた。
「まさか、あたるとは思ってもみませんでした」
「僕もですよ。こんなことってあるんですね」
「どうぞお手柔らかにお願いします」
「こちらこそ」
日置はニッコリと微笑み、ベンチに下がった。
「さて、森上さん」
森上は日置の前に立った。
「水島さんもそうだけど、誠愛は、みんな裏ペンだよ」
「そうですかぁ」
「実力は、花園南と同じくらいだよ」
花園南とは、昨年の一年生大会で対戦し、実力は素人同然のチームだった。
「はいぃ」
「わかってると思うけど、相手がどこであろうと徹底的に叩きのめす。いいね」
「はいぃ」
「それと、必殺サーブは出さなくていい」
「そうですかぁ」
「三神に見せる必要はないからね」
「はいぃ」
「よし、じゃ行っておいで」
日置はそう言って森上の肩をポンと叩いた。
「森上!引っ越し野郎を叩きのめしてやんな!」
「恵美ちゃん、しっかりな!」
彼女らの頭の中には、既に三神との対戦があった。
そのためには、誠愛であろうとなんであろうと、徹底的に叩き潰す覚悟でいた。
「先輩、ファイトです!」
和子は、一回戦に勝つことだけが頭にあった。
和子にとってはデビュー戦であり、心臓の鼓動は激しく動いていた。
そして森上はゆっくりとコートに向かった。
「3本練習」
重富がそう言って、ボールを水島に渡した。
水島は、大柄な森上に委縮していた。
出すサーブも、なんとも頼りないものだ。
森上は軽く打ち返したが、水島はそれさえも勢いに押されて後逸する有様だった。
なんか・・怖い・・
水島はこんな風に思っていた。
「水島がダブルスにも出てるってことはよ、こいつがエースだ。とりあえず」
中川がそう言った。
「そやな」
阿部が答えた。
「エースがこれじゃあ、他は全くってことさね」
「うん」
「それでも命のやり取りには、情けは無用だぜ・・」
「うん」
「気を緩めた時点で・・ナイフが刺さるんでぇ・・」
「うん」
「チビ助、うんうんって、おめー聞いてんのか?」
「聞いてるで」
阿部は真っすぐコートを見ていた。
そして館内を見回していた。
「中川さん」
阿部はまたコートを見た。
「なんでぇ」
「三神が見てるで」
三神の彼女らは、観客席で第1コートを見下ろしていた。
「ほーう」
「私らを気にしてるってことや」
「なるほどさね・・」
「引っ越し野郎は気の毒やけど、とっとと片付けるで」
「あはは、チビ助。うめぇこと言いやがるな」
「なによ」
「引っ越しには片付けがつきものさね」
「あっ」
阿部は中川に指摘され、自分でもうまいことを言ったな、と「クスッ」と笑っていた。
コートでは試合が始まっていたが、戦況というのにも憚られるような展開だった。
森上が比較的簡単なサーブを出すも、水島はミスをするか、返してもドライブを打たれてお手上げ状態だった。
とはいえ、水島はもう少し出来る選手だったのだ。
けれども初出場、おまけに一回戦の第一試合のトップに出たことで、地に足がついてなかったのだ。
かつて小島らの時代もそうだった。
蒲内や外間や井ノ下は、実力はあるものの場の空気にのまれ、一回戦で負けたことがあった。
それほど「初舞台」というのは、精神的プレッシャーが誰にでも襲い掛かるのだ。
結局、森上は2セットとも、なんとラブゲームで仕留めたのだ。
「よーーし!森上、最高だったぜ!」
「恵美ちゃん、ナイスゲーム!」
「先輩・・すごすぎます・・」
日置は「いい試合だったよ」とだけ言った。
そう、ラブゲームなのだから、何も言いようがないのは当然である。
―――観客席では。
「なるほど。あの子が森上さんか」
野間がそう言った。
野間に限らず、三年生の彼女らは、桐花のメンバーを見るのは初めてだった。
「実力はあるけど、それ以前の問題やったな」
オスカルこと山科は、本当のところはどうなんだ、と言いたかった。
「確かに体は大きいし、パワーもあるな」
アンドレこと向井がそう言った。
「そやけど、あの程度のドライブなら、野間ちゃんの方が上やで」
イカゲルゲこと、磯部が言った。
「ほんで、次がカットマンか」
クチビルゲこと仙崎は、自身もカットマンのため、中川に興味を持っていた。
「せやけど、先生は板もいてると言うてはったけど、どの子なんやろな」
山科がそう言うと「審判してた子です」と、二年の関根が言った。
この関根は、一年生大会のとき、妙に重富に興味を持っていた子だ。
「へぇー、でも、出てないな」
「あの子、重富さんっていうんですけど、全くの素人なんです」
「そうなん?」
「まあ・・それは去年の話ですけど、出てないってことは、上達してないんやと思います」
「なるほどな」
「先輩」
須藤が呼んだ。
「なに?」
「次の中川さん、見ててください」
「ん?」
「めっちゃおもろいですから」
「おもろいって、なんなん」
「とにかく、言葉遣いが変わってるんです」
「へぇ」
「で、やたらと勢いだけがすごくて」
「そうなんや」
そして山科はコートに目を向けた。
―――コートでは。
「とにかく丁寧に返球して、絶対に凡ミスはしないこと」
中川は日置の前に立っていた。
「おうよ!」
「うん。じゃ、徹底的に叩きのめしておいで」
日置は中川の肩をポンと叩いた。
「中川さん、しっかりな!」
「中川さぁん、ファイト~」
「先輩、頑張ってください!」
審判には、また重富が着いていた。
それを見た関根は、やはり重富は補欠なのだと思っていた。




