23 小島の案
―――そして翌日。
小島は、森上の住む家の近くの商店街に来ていた。
「ええっと~パン屋、パン屋はどこや~」
小島は商店街を、左右見ながらパン屋を探した。
この時代、スーパーは既に存在したが、こうした地元の商店街も、まだまだ活気に満ち溢れ、人の往来も多かった。
小島が探すパン屋も一軒ではない。
小島は、店名を聞けばよかったと、後悔していた。
西区の九条商店街も・・結構賑わってるけど・・
ここも・・すごいな・・
小島の実家は、西区だった。
「さあ~今日は特別セールですよ!どの野菜も、いつもの半額、半額でっせ!」
八百屋の主人が、前掛けのポケットに入った小銭を、ジャラジャラさせながら、時にパンパンッと威勢のいい拍手で客引きをしていた。
「そこの姉ちゃん!活きのええんが入っとるで!今晩のおかずにどや!」
魚屋の主人が小島に声をかけた。
「ああ・・あの、パン屋さんってどこにありますか」
「パン屋てか。えーっとな、ここ真っすぐ行ったら、二軒あるで」
「そうですか、ありがとうございました」
「姉ちゃん、帰りに寄ってや!」
「はい、そうします」
小島は、本当に寄るつもりでいた。
そして魚屋の指示通りに歩くと、一軒のパン屋が見えた。
小島は外から中を覗いて見た。
すると森上が、レジに立っていた。
ああ・・ここや・・よかった・・
そして小島は中へ入った。
ここのパン屋は広く、店内にはトレーに乗った数々の菓子パンが左右に並べてれ置かれ、中央には食パン、フランスパン、サンドウィッチなどが置かれてあった。
現代では当たり前になっている、客がトレーとトングを持って、好きなパンを選び、それをレジまで持って行く方法をこの店はとっていた。
比較的新しい買い方に、客足も多かった。
「いらっしゃいませぇ」
森上の低い声が店内に響いていた。
「森上さん」
小島が声をかけると「あ・・小島さん・・」と驚いていた。
「繁盛してるね」
「はいぃ・・」
「休憩は、何時?」
今は、午前十一時だった。
昼休憩は、おそらく交代でとるだろうと、小島はあえて訊いたのだ。
「えっとぉ・・あと一時間くらいですけどぉ、どうしたんですかぁ」
「うん、ちょっと話があってな」
「そうなんですかぁ」
「休憩まで、そのへんウロウロしとくわな」
「なんかぁ、すみませぇん」
小島は小さく手を振って、外へ出た。
小島は思った。
この混雑ぶりでは、六月末の日曜日も、きっと混んでいるに違いない、と。
おそらく休むというのは、無理なんじゃないか、と。
小島は、ゆっくりと商店街を見て回った。
子供の頃から、弟の篤志の世話と、家事を手伝ってきた小島にとって、商店街を歩くのは好きだった。
そして、一軒の雑貨店が小島の目に留まった。
そうや・・
先生に、なんかプレゼントしようっと・・
小島は店に入り、何がいいか見て回った。
「いらっしゃい」
奥から中年の男性が小島を迎えた。
「こんにちは」
「なにをお探しで?」
「えっと、男の人の部屋に置く物って、なにがええですかね」
「ほーぅ、彼氏ですな」
「あはは、そうです」
小島はこの頃には、もう恥ずかしがることもなく、堂々としていた。
「うーん、お嬢さんの年齢からすると、相手の方は、二十歳そこそこかな?」
「いえ、今年、三十になるんです」
「えっ、三十・・だって、お嬢さん、まだ高校生と違うの?」
「いいえ、社会人です」
「そうですか・・三十なあ・・」
店主は困った風に、考え込んでいた。
「でも、見た目は大学生みたいで、気持ちも若いです」
「なるほど。それやったら・・これなんか、どうですかね」
店主はそう言って、写真立てを手にした。
薄茶色の木枠で作られた写真立ては、シンプルではあったが、とても落ち着いて上品だった。
「見た目が大学生や言うても、やはり三十といえば、男盛りですからね。これくらいがええと思いますよ」
「ああ~、確かにいいですね。ほな、それください」
「綺麗に包装しときましょか」
「はい、できればブルーの色で」
「はいはい、ちょっとお待ちくださいね」
そして店主は写真立てを箱に入れ、格子柄の青い包装紙に包み、小さな青いリボンも付けてやった。
小島は「ありがとうございます」と言って、お金を払って店を出た。
その後、小島は商店街を見て回り、正午が近づいたころ、パン屋へ戻った。
ほどなくして、小島は森山と話をすることになった。
二人は、パン屋の裏口に立っていた。
「すぐに済むからな」
「はいぃ」
「あのさ、一年生大会の話、先生から聞いてるよね?」
「はいぃ・・」
「それでな、先生もやけど、私も森上さんには出てほしいんよ」
「ああ~・・はいぃ・・」
「でも、バイト、休まれへんのやな?」
「忙しいんでぇ・・」
「そうか・・そらそうやな・・」
「なんかぁ、すみませぇん」
「いや、ええねん。あのさ、バイトって交代できる?」
「え・・」
「その日、私が代わりに入るん、できるかな」
「えぇ~・・それはぁ訊いてみんとわかりませんけどぉ・・」
「店長さん、いてはる?」
「はいぃ・・いてますけどぉ」
「ちょっと・・呼んでくれへんかな」
「いやぁ・・そんなん、小島さんに悪いですぅ」
「私はええねん。その日のバイト代も、森上さんのやから」
「ええっ!それはあきませぇん」
「ええから。ほな、店長、呼んで来て」
「えぇ・・」
森上は躊躇していたが、裏口から中へ戻って行った。
するとほどなくして、三十代と思しき男性が現れた。
「話て、なんですか」
店長の毛利は、焦った風に小島に話しかけた。
「お忙しいところすみません、森上さんの知り合いで小島と申します」
「はい、で、なんですか」
そこで小島は、月末の日曜日にバイトの交代が可能かを訊いた。
「交代いうたかて、きみ、できるんですか?」
「はい!子供の頃から家事もやってきましたし、100%自信はあります!」
「そうですか・・」
「出勤も早めに来て、教えてくだされば、すぐに覚えます。それと、残業してもいいです!」
「そうなんや・・うーん・・」
「森上さんの三倍は働きます!」
「まあ、こっちとしては仕事さえちゃんとやってくれたら、ええんですけどね」
「はいっ!やります!」
「それやったら、許可します。せやけど、足手まといになるようでしたら、その時点で帰ってもらいますからね」
「はい、承知しました!」
「ほな、これで」
毛利は、慌ただしく店内に戻って行った。
「よっしゃー!これで森上さんは試合に出られるな」
「なんかぁ・・ほんまに、すみませぇん」
「ええねん。それより、試合、頑張るんやで」
「でも私ぃ・・練習時間短いですしぃ・・勝てる自信はありませぇん」
「ええねや。勝ち負けやない。まず、試合に出て、場の雰囲気になれることや。あんたの目標は全国や。その一歩やと考えたらええねん」
「そうですかぁ・・ほんまに迷惑ばかりかけてぇ・・すみませぇん」
「時間取らせてごめんな。お昼、食べて」
「はいぃ・・」
「あっ!それと、このこと、先生には絶対に言うたらアカンで」
「え・・なんでですかぁ・・」
「あのおっさんな、心配しぃやねん。だから、内緒やで。これ、絶対に守ってや」
「はいぃ・・わかりましたぁ」
「ほなな」
そう言って小島は、この場を後にした。
よし・・これで森上さんは試合に出られる・・
今後も、試合の度に、私が交代したらええねや・・
そう、それでええやん!
さてさて~・・午前の練習を取り戻さんといかん!
行くぞ~~!
小島は、ウキウキ気分で桂山化学へ向かった。
そして、魚屋へ寄ることは、すっかり忘れていたのである。
―――この日の夜。
小島は、また日置のマンションへ寄った。
そう、プレゼントを渡すためだ。
ピンポーン
しばらく待ったが、日置は出てこない。
あれ・・いてへんのかな・・
小島はもう一度呼び鈴を鳴らした。
けれども、なんの反応もない。
そこで小島は、日置から渡されていた合鍵をバッグから出した。
なんか・・これって、気持ちのええもんではないな・・
小島はそう思いながらも、鍵を開けて中へ入った。
「先生~」
とりあえず小島は日置を呼んだ。
やっぱり、まだ帰ってないんや・・
まあ、ええか・・
そして小島は部屋に上がり、バッグの中からプレゼントを出した。
ふふ・・先生、喜んでくれるかな・・
小島はメモ帳も取り出し、一枚破って置き手紙を書いた。
『先生へ。今日、写真立てを買いました。部屋に飾ってくれると嬉しいです。彩華より』
うん、これでええな・・
ルルルル・・
そこで電話が鳴った。
ええっ・・どうしょう・・
出た方がええんかな・・
せやけど・・
勝手に出たらあかんよな・・
しばらく鳴り続けたが、そのうちチンと切れた。
早よ帰ろ・・
小島がそう思った時、再び電話が鳴った。
ええ~~・・
どうしょう・・
小島は躊躇したが、相手が誰なのか気になり、受話器を取った。
「もしもし・・日置先生のお宅ですか・・」
げ・・女の人やん・・
誰やねん・・
「あの・・もしもし、日置先生」
しかも・・若い声やん・・
嘘やろ・・
これは・・高校生やない・・
落ち着いてる・・
「あら・・間違えたんかしら・・すみません」
そう言って電話は切れた。
先生・・まさか・・他にも彼女が・・
いや・・
先生に限って、そんなことない・・
私のこと・・好きや言うてはるし・・
でも・・でも・・
先生・・モテはるし・・
ちょっと待てよ・・
先生は・・私をここへは絶対に泊めようとせん・・
もしかして・・それって・・
小島は不安を抱えながら、部屋を後にしたのだった。




