229 三年前の悪夢
―――そして試合当日。
大阪府立体育館の前では、男女問わず大勢の選手たちが足早にロビーへ入って行く者、またはチームメイトを待っている者らで溢れかえっていた。
その中に、彼女ら五人もいた。
彼女らは昨日の練習後、「着いたらすぐに練習すること」と日置に言い渡されていた。
「各自、一球交代で練習するで。郡司さんは、私と恵美ちゃんに着いて来て」
「はい」
「おめーら、ケガだけはするんじゃねぇぜ」
「うん。ほな、行くで」
そして五人はフロアへ足を踏み入れた。
「うわあ~混んでやがるぜ」
フロアの台は既に大勢の出場選手で埋まっていた。
「もっと奥まで行こか」
重富は背伸びをしていた。
「だな」
そして中川と重富は、奥の方へ進んだ。
中川は平静ではあったが、その実、大河の姿を探していた。
「奥へ行く」と言った重富に賛成したのにも、その意図が含まれていた。
見るだけでぇ・・
確かめるだけさね・・
けれども人が多すぎて、大河がどこにいるのかは、全くわからなかった。
「中川さん」
重富が呼んだ。
「なんでぇ」
「ここ、入れてもらおか」
「ああ・・うん」
その台では知らない女子たちが打っていた。
中川は、少しだけ気落ちしながらも、一球交代で練習を始めた。
阿部と森上と和子も、適当な台を見つけて、練習を始めていた。
―――その頃、体育館の入り口では。
日置はたった今、ロビーに足を踏み入れた。
そしてその足で本部席に向かった。
本部席ではすでに準備も整い、皆藤は椅子に座って選手らの練習を見ていた。
「皆藤さん」
日置は後ろから声をかけた。
「おお、日置くん。おはよう」
皆藤は立ち上がって、ニッコリと微笑んだ。
「おはようございます。ご無沙汰しております」
日置は丁寧に頭を下げた。
「桐花は、どうですか」
「はい、おかげさまで、順調です」
「そうですか。それはなによりです」
「組み合わせ表を頂けますか」
「はいはい」
皆藤は机の上に置いてある表を一部取って、日置に渡そうとした。
「桐花ですがね」
「はい?」
「二回戦でうちとあたります」
「そうですか」
日置は即答した。
そして何事もなかったかのように、極めて冷静にニッコリと微笑んだ。
「今回は、きちんと抽選した上での組み合わせです」
「はい、わかっています」
「せめてリーグであたりたかったですが、こればっかりは仕方がありません」
「はい」
「お互い、頑張りましょう」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
そして皆藤は日置に表を渡し、日置はこの場を離れた。
また二回戦か・・
いや・・いずれにせよ・・
早くあたるか遅くあたるかの違いだけだ・・
不運なんかじゃない・・
でも・・あの子たち・・大丈夫だろうか・・
日置の心配は当然である。
二回戦ということは、負ければインターハイどころか、近畿大会にも出られないのだ。
日置は一瞬、小島らの時代のことが頭をよぎった。
あの時も、二回戦で三神と対戦し、コテンパに負けた。
しかも不正による組み合わせだったことに彼女らはショックを受け、小島と浅野以外は予選で総崩れだったからである。
でも・・今回は違う・・
不正なんてないし、その意味でのショックはない・・
でも・・相手はなんといっても王者、三神だ・・
果たして・・天地さんやオスカルさんたちが、どれほどの実力なのか・・
せめてそれだけでも・・見られればよかったのにな・・
三神は第1シードであり、試合は二回戦からであるため、観ることができないというわけだ。
となると・・
一回戦のオーダーだよ・・
ここは・・重富さんを隠すしかないな・・
日置はロビーに出て表を捲った。
「えっ」
日置は思わずそう言った。
そう、一回戦の相手は、大阪誠愛高校だったのだ。
なんて偶然なんだ・・
でもここなら・・郡司さんでも勝てる・・
よし・・やっぱり重富さんを隠すほかない・・
ほどなくして開会式が始まり、選手らはそれぞれフロアの中央に集まっていた。
中川は、やはり大河の姿を探していた。
「中川さん・・」
重富が小声で呼んだ。
「なんでぇ・・」
「なにキョロキョロしてのんのよ・・」
「べ・・別に・・」
「あんた・・もしかして・・」
「なっ・・なんでぇ・・」
「今日は試合やで・・集中せな・・」
「わ・・わかってらぁな・・」
やがて開会式も終わり、彼女らはロビーに出て日置を探した。
そんな中、中川だけは大河を探していた。
「先生!」
日置を見つけた阿部が呼んだ。
「ああ、きみたち」
日置はこっちに来るよう、手招きをした。
そして彼女らは走って日置の元へ行った。
けれども中川だけは、あっちキョロキョロ、こっちキョロキョロと、まだ日置がいることさえ気が付いてなかった。
「中川さん!」
阿部が呼んだ。
「おっ・・おうよ!」
そして中川も慌てて彼女らに交じった。
「えっと、きみたち」
日置は三神とあたることを、どう言おうかと思案していた。
「一回戦は、大阪誠愛高校だよ」
「なにーーーっ。それほんとかよ!」
「すごい偶然だよね」
「あはは!引っ越し野郎、気の毒だな」
「それで、誠愛に勝ったら・・」
口籠る日置に、彼女らはどうしたんだ、という風に見ていた。
「先生、どうしたんですか」
阿部が訊いた。
「うん、それなんだけどね」
「先生よ、まさか三神とか?」
「ほんまや、そうかもやで」
「そんなことぉ、あるんかなぁ」
「うん、実はその三神なの」
「ええええええ~~~!」
彼女ら四人は一斉に声を挙げた。
「あはは!三神も気の毒なもんだぜ」
「ほんまやな」
「早くも天地らとか」
「いずれはあたるんやしぃ、ええんちゃうのぉ」
日置は正直、彼女らの反応が意外だった。
小島らの時は、三神とあたると知った時点で、誰もが絶句状態だった。
けれどもこの子たちは、ショックを受けるどころか、平然としているではないか。
「きみたち、気合十分だね」
「あたぼうよ!っんな、三神如きにやられてたまるかってんだ!」
「そうそう。やるしかないで!」
「あんだけ練習したんやもんな」
「私らぁ、頑張りますぅ」
日置は「うん」と頷いた。
「それで、一回戦のオーダーなんだけどね」
彼女らは黙って聞いた。
「重富さんは隠そうと思ってるの」
「え・・」
重富がそう言った。
「わざわざ三神に見せる必要はない。よって、一回戦は郡司さん、きみを出すからね」
「ええっ!」
和子は、当然驚いていた。
「わ・・私が・・一回戦から・・ですか」
「そうだよ」
「ひゃあ・・」
「おいおい、郡司よ」
「はい・・」
「おめーが負けても、後が控えてんだ。気にしねぇで引っ越し野郎を叩き潰しな!」
「は・・はい・・」
「じゃ、オーダーを言うね。トップ、森上さん、二番、中川さん、ダブルス、阿部さん森上さん、四番、郡司さん、ラスト、阿部さん。これで行くからね」
「はいっ」
「おうさね!」
「じゃ、コートに行くよ」
そして日置ら一行は、第1コートへ向かった。
―――その頃、体育館入り口では。
「ああ~~遅れるとこやった!」
早坂出版の記者である植木は、慌ててロビーへ入った。
そして足早に本部席へ向かった。
さてさて~~桐花はどこかな・・
植木は本部席で組み合わせ表をもらい、すぐに捲った。
えーっと・・桐花・・桐花・・
え・・
嘘やろ・・
また三神と二回戦て・・
なんでやねん!
そして植木は第1コートを見た。
すると桐花の彼女らが、各々体を解していた。
植木は慌ててコートまで走った。
「日置さん!」
植木が呼んだ。
「ああ、植木くん」
日置はニッコリと微笑んだ。
「あの・・また三神と・・」
「うん、そうなんだよ」
日置さん・・笑ろてる・・
なんでや・・
開き直りの笑顔か・・
「い・・一回戦は・・」
植木はそう言いながら、また表を見ていた。
「大阪誠愛・・聞いたことないな・・」
「よーう、あんちゃんよ。その誠愛ってのは、引っ越して来やがったんでぇ」
「あっ・・あんちゃん・・?」
「ほらほら、中川さん。もうすぐ整列だよ」
日置がたしなめた。
「わかってらぁな!」
そして中川は日置から離れた。
「植木くん、ごめんね。中川はあんな話し方なの」
「はい・・知ってますけど・・やっぱり、すごいですね・・」
「じゃ、僕も整列するから」
「はい、頑張ってください」
日置は「ありがとう」と言って、コートに向かった。




