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サーよし!2  作者: たらふく
227/413

227 森上の言葉




―――翌日。



中川は、学校を休みたかったが、母親にも日置にも阿部らにも、もう心配はかけたくないと、何とか力を振り絞って登校していた。


「中川さん、おはよう」


教室に入って来た中川に、阿部が声をかけた。


「おう」

「あのさ、ズボールのことなんやけど」

「おう」


中川は気のない返事をして、自分の席へ行った。

その後を阿部も続いた。


「中川さん、どしたんよ」

「どうもしねぇ」

「でな、ズボールのことなんやけど、私、思いついたことがあってな」


その実、阿部はズボール完成に向けて、ガレージでずっと試行錯誤していた。


「ラケットにあたった時、今までやったら左右に振ってたやん?それを前後に振って、ラケットから離れる瞬間に左右どっちかに回転をかけるねん」

「・・・」

「昨日、それやってみたら、ほぼ100%の確率で自分が思う方にボールが曲がったんよ」

「おめー・・どうやって台の下で回転かけたんでぇ・・」

「壁打ちやん」


壁打ちとは、ボールを壁に強くあてて、跳ね返ったボールを打ち返す、という練習だ。

阿部は、返球のボールを、台の下でカットしたというわけだ。


「おめー・・ペンだろが・・」

「そんなん、シェイクに持ち替えて、なんぼでもできるっちゅうねん」

「そうか・・おめー・・そうだったのか・・」

「っていうか、あんたどしたんよ。全然元気がないし、ズボール完成のヒントを見つけたのに、なに・・その反応」

「チビ助・・」


中川は情けない表情で、阿部をぼんやりと見た。


「なによ・・」

「私って・・そんなに魅力がねぇか・・」

「え・・」

「普通に話しても・・ダメなんだ・・」

「ちょ・・なに言うてんのよ」


そこへ重富と森上も教室に入って来た。


「おはよ~」

「千賀ちゃん~中川さぁん、おはよう~」

「あれ・・二人ともどしたん?」


重富は二人の様子が変だと、すぐに察した。


「中川さん・・なんか変やねん・・」


阿部はそう言いつつも、おそらく大河と何かあったに違いないと思っていた。



―――そして昼休み。



阿部ら四人は一緒に弁当を食べていた。

中川はちっとも箸が進まず、時折、一点をじっと見ていた。


「中川さん、どしたん?」


重富が訊いた。


「え・・」


中川はぼんやりと重富を見た。


「朝から・・というか、あんたここ最近、おかしいで」

「・・・」

「中川さぁん、悩み事があったらぁ、なんでも言うてなぁ」


中川は森上の言葉に、ほんの少しだけ微笑んだ。


「もしかしてやけど・・大河くんのこととちゃうの・・?」


阿部が訊いた。

すると中川は「チビ助・・」とため息をつくように言った。


「なんかあったん・・?」

「おめーら・・聞いてくれるか・・」

「うん、聞くで」

「私よ・・実は、こんなことがあったんでぇ」


そこで中川は、センター前で男性に絡まれ、大河に助けられたことを話した。


「えっ、あんた、やっぱりセンターへ行ってたんか」


阿部は、少々呆れていた。


「いやぁ・・中川さぁん、危なかったなぁ。怖かったやろぅ」

「せやけど大河くんて、柔道の嗜みがあったんか・・」


重富はまだ大河と会ったことはない。

それゆえ、さぞかし大柄な男子だと想像していた。


「それでよ・・私、なんだかしんねぇけど・・大河くんのことが頭から離れねぇんだ・・」


阿部は驚いた。

あの中川が、ジャガイモと言わずに大河くん・・などと。

そしてこれは、かなりの「重症」だと思った。


「あんた・・大河くんのことが好きなんやな・・」


阿部がそう言うと、中川は「うん・・」と小さく頷いた。


「そうなんやぁ。大河くんのことがぁ・・」


優しい森上は、辛そうに頷く中川を切ない思いで見ていた。


「でもさ、好きなら好きでええんとちゃうの?」


重富が言った。


「重富よ・・」

「なに?」

「私は・・フラれたんでぇ・・」

「ええええええ~~~!」


阿部と重富は、告白したのかと驚愕していた。

それこそ「仕事」が早すぎるだろ、と。


「実は昨日さ――」


そこで中川は、昨夜の顛末を話した。


「私は・・どうしたらいいんでぇ・・」

「ど・・どうしたらって・・」


阿部にわかるはずもなかった。


「そやなあ・・私もそんな経験ないし・・」


重富もそう言った。


「中川さぁん」


森上が呼んだ。


「フラれて元気ないんはぁ、わかるけどぉ」

「・・・」

「予選はもう目の前やんかぁ」

「・・・」

「中川さんがぁ、そんなんやとぉ、三神に勝たれへんと思うねぇん」

「うん・・」


その実、森上は普段はあまり口数は多くないが、その心には打倒三神で炎が燃えていたのだ。

なぜなら、森上は自分のためというより、日置のために勝ちたいと思っていた。

それはとりもなおさず、これまでどれだけ日置に迷惑をかけ、世話になったかしれない。

いじめから救ってくれたのも日置だ。

あれがなければ、自分は卓球どころか学校を辞めていたかもしれないのだ。

そんな森上は、ここに来て中川の「異変」は、悪影響以外の何物でもないと思っていた。


「うん、恵美ちゃんの言う通りやで」

「そうやで、中川さん」


阿部と重富がそう言えども、中川の心には届かなかった。


「でもよ・・でもよ・・頭から離れねぇんだ・・」


三人は黙って聞いていた。


「私さ・・こんなに人を好きになったのって・・初めてなんだ・・」


阿部と重富は顔を見合わせて、どうしたものかと困惑していた。


「中川さんらしくないよぉ」


森上がそう言った。

中川は黙ったまま森上を見た。


「フラれたくらいがぁ、どないしたんよぉ」

「・・・」

「中川さんやったらぁ、振り向かせるくらいやないとぉ」

「森上・・」

「フラれた言うてもぉ、一回だけなんやろぅ。それくらいでめげる中川さんやないやろぅ」


中川は森上の言葉に衝撃を受けた。


そうか・・フラれたっつっても・・一回だけなんだ・・

何度でも・・好きだって言えばいいんだ・・

そうだよ・・

森上の言う通りでぇ・・


「おうよ!そうだな!」


中川は突然大声を上げた。


「一回くれぇ屁でもねぇぜ!そうさね、ナイフが突き刺さっても、倒れなけりゃいいんでぇ!」

「そうやで!それでこそ中川さんやん!」

「中川、復活!」


阿部と重富がそう言うと「あはは!おめーら!」と言って二人の肩をパンパンと叩いていた。

中川は「復活」したように見えたが、女心はそんなに単純ではない。

予選の日、中川がどうなるのか、それは自身でも全く想像すらしていなかったのである。



―――そして放課後。



日置は中川を心配しながら小屋に入った。


「よーう、先生よ」


中川は、いつもの中川だった。


「準備体操は終わったの?」


日置は阿部に訊いた。


「はい、終わりました」

「そっか。じゃ、練習始めるよ」


日置はあえて、中川を気にする素振りを見せなかった。

中川とて年頃の女子高生だ。

監督である自分が、ましてや男性の自分に恋愛のことに触れられるのは、最も避けたいはずだからである。


「郡司さんは僕とフォア打ち。きみたちはそれぞれ基本をやった後、ダブルスね」

「はいっ!」

「おうよ!」

「それで、今日はペアを代えるからね」

「ほーう」

「森上さんと阿部さんはそのまま。相手は僕と中川さん」

「はいっ」

「ほーう、先生とか。よーし!やってやろうじゃねぇか!」

「中川さん」


日置が呼んだ。


「なんでぇ」

「まず、基本だよ」

「わかってらぁな!」


そこで彼女らは声を挙げて笑った。

日置は中川の話しぶりを見て、胸をなでおろしていた。

そして、どうかこのまま予選を迎えてくれと願うばかりだった。

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