225 渦巻く想い
元々一途な、いや、一途すぎる中川は、帰宅しても大河のことが頭から離れなかった。
「愛子、ご飯食べなさい」
母親の亜希子が、中川の自室の前で呼んだ。
「愛子」
コンコン・・
亜希子はドアをノックした。
すると中川は、ボ~ッとしながらドアを開けた。
「愛子、どうしたのよ」
「なんでもない・・」
「えっ」
亜希子は中川の言葉遣いに驚いていた。
「なに驚いてるの」
「いやっ・・えっ」
さらに亜希子は目が点になっていた。
「ご飯食べるね」
「あんた、具合でも悪いんじゃないの・・」
「お腹空いてるのよ。悪いわけないじゃない」
「いやいや・・ちょっと」
亜希子はそう言って、おでこに手を当てていた。
「お母さん」
「えっ」
亜希子はまた驚いた。
母ちゃんではなく、お母さんなのか、と。
「大丈夫だから」
「う・・うん・・」
そして二人はダイニングに移動した。
「愛子・・今日はセンターへ寄るって言ってたけど・・どうしたの・・」
亜希子は恐る恐る訊いた。
「それがね・・」
中川はダイニングの椅子に座っていた。
「うん・・」
「架空じゃない・・現実の誠さんがいたの」
「は・・はあ?」
「こんなことってあるのね・・」
「ちょっと、あんた変よ」
「なにが」
「誠さんなんているわけないじゃない」
「それがいたのよ・・」
「ああ~~とうとう行くところまで行ってしまったのね・・」
亜希子は、夢と現実が混同しているのだと思った。
「いい?太賀誠は漫画の世界の人!現実にはいないの」
「いるのよ・・」
「わかった・・月曜に病院へ行くわよ」
「私・・なにも変じゃないわよ」
「いや、いい。これは大変だわ・・」
「ってなこと言ってみたかったんでぇ!あははは」
中川は一変した。
「えっ」
「あはは、現実に誠さんなんているわけねぇだろがよ」
「ああああ~~よかった・・」
亜希子は、心底胸をなでおろしていた。
「よかったってよ、母ちゃんこそおかしいぞ」
「なにがよ」
「私は、普通に喋ってんだ。それをおかしいってなんでぇ。あははは」
「いやいや・・心の臓に悪いから、こんな遊びはこれっきりにして」
「ぎゃはは、心の臓って」
やたらと笑い飛ばす中川を、亜希子はまた変だと思った。
亜希子が心配した通り、中川は自分をどう保てばいいのかがわからなかったのだ。
心の中に芽生えた、太賀誠以外の男性に寄せる想いは、ある意味で「罪」だとも感じていた。
これは中川にとって初恋でもあった。
―――そして翌日。
彼女らは朝から練習に励んでいた。
「おらああ~~先生よ!そんなドライブじゃあ効かねぇぞ!」
中川は、いつにも増して声を出していた。
「きみ、すごく気合が入ってるね」
「あたぼうさね!」
日置は予選が近づいていることを、中川は自覚しているのだと思っていた。
無論、それは外れてはいなかったが、中川は、なんとかして大河を頭の中から消すことに必死だったのだ。
「おらあ~~おめーらも気合を入れろ!」
中川は阿部らにも檄を飛ばした。
「よーし、中川さんに負けてられへん!」
「ほな、中川さぁん。後で前後左右のフットワークなぁ」
森上はカットマンのフットワークのことを言った。
これは中川にとって、とても苦しい練習だ。
「しゃらくせぇやね!おめーが根を上げるまで拾ってやっから覚悟しときな!」
「先輩って、大河ドラマに出て来る戦国武将みたいですね!」
和子がそう言った。
「えっ」
中川は「大河」という言葉に反応した。
「なっ・・なに言ってやがんでぇ・・」
「え・・」
「そっ・・そんな・・ドラマなんざ・・知らねぇやな・・」
「先輩、大河ドラマ、観たことないんですか?」
「そっ・・し・・知らねぇって・・」
「ええ~~!大河ドラマですよ、大河!」
「ああああああ~~~!」
中川は耳を塞いで聴こえないようにした。
「中川さん、どうしたの?」
日置が訊いた。
「ああああああ~~~!」
阿部は急いで中川に駆け寄った。
「中川さん!」
そして中川の手を掴んだ。
「なっ・・なんでぇ・・」
「なに叫んでるんよ」
「やまびこが・・鳴ってらあ」
「は・・はあ?」
「中川さん、ほんとにどうしたの?」
日置が訊いた。
「ちょっと耳鳴りがしただけさね!」
「ええっ、大丈夫なの?」
「おい、郡司」
中川が呼んだ。
「はい・・」
「ドラマの話は二度とすんじゃねぇぞ」
「え・・」
「わかったな」
「ああ・・はい」
みんなは首をかしげながらも、練習を続けた。
やがてこの日の練習は終わり、彼女らは順番に部室で着替えていた。
「中川さん」
順番を待っている中川を日置が呼んだ。
「なんでぇ」
「ノート読ませてもらったけど、きみ、あの日は滝本東にも行ったんだね」
「えっ・・」
中川は焦った。
そう、当然、大河のことを訊かれると思ったからだ。
「行ったんでしょ?」
「ああ・・まあな・・」
「なにしに行ったの?」
「そっ・・それはだな・・」
「隠し事はダメだよ」
「かっ・・隠し事なんか・・」
「ジャガイモって誰なの?」
「じゃ・・ジャガイモ・・?」
「きみ、書いてたよね」
そこへ部室から阿部と森上が出て来た。
中川は「きっ・・着替えてくらぁ!」と言って、慌てて部室に入った。
「どうしたのかな・・」
「なにがですか?」
阿部が訊いた。
「阿部さん、ジャガイモって誰か知ってる?」
「ああ~、それって滝本東の男子で、大河くんって子です」
「へぇ、そうなんだ」
「それがどうかしたんですか?」
「僕、さっき訊いたんだけど、中川さん、なにも答えなくてね」
「こらあーーーっ、チビ助!その話は、もういいんでぇ!」
中川は部室から叫んだ。
一緒にいる重富は「うるさぁ・・」とこぼしていた。
「なんか・・ようわかりませんけど・・」
阿部は小声で囁いた。
「うん」
「多分ですけど・・中川さん、大河くんのこと・・好きやと思うんです・・」
「えっ」
日置は唖然とした。
なぜなら、恋は卓球にとって邪魔になるからだ。
中川のような一途な子なら、尚更だ、と。
「あくまでも・・これは私の勘でしかありませんので・・」
「その大河くんって・・もしかしてセンターでフラれた相手?」
「はい・・」
「そうなんだ・・」
「なんかあの子・・大河くんに拘ってるんで・・それで、そうちゃうかな・・と思て・・」
「うん、わかった」
日置はそう言ったものの、これは厄介だと思っていた。
練習はいいとしても、予選は男子も参加する。
つまり、当日、顔を合わせるわけだ。
すぐに感情に左右される中川は、果たして「中川」として試合が出来るのだろうか、と。




