223 英太郎と彼女たち
小屋に到着した二人は、「ここでぇ」と中川が言って扉を開けた。
ガラガラ・・
中では日置も含めた五人が練習していた。
「あ、中川さん」
日置は振り向いてそう言った。
「中川さん!」
「先輩!」
阿部らも打つのを止めて、中川が来たことに喜んでいた。
「よーう、先生、おめーら」
中川はそう言いながら靴を脱いでいた。
「おめー、入んな」
中川は英太郎に入るよう促した。
「誰か来てるの?」
日置が訊いた。
「おうよ!今日は、スペシャルゲストのお出ましだ!」
するとそこで、英太郎がヒョコっと顔をのぞかせた。
「ああっ!三島くんじゃないか!」
日置がそう言うと、和子以外の者が「ええええええ~~~~!」と叫び声を挙げた。
「中川さん、どうして三島くんと」
「あっはは!これも神のおぼしめしってもんよ!」
そして中川は「さあー入れ」と英太郎を中に入れた。
「三島くん、よく来てくれたね」
日置は優しく微笑んだ。
「突然、すみません」
「きみたち」
日置はそう言って、彼女らを呼び寄せた。
彼女らは急いで日置の元へ駆け寄った。
「この子が三島くんだよ」
「初めまして、三島英太郎です・・」
英太郎は、女子に囲まれて恥ずかしそうにしていた。
「阿部です。めっちゃええ曲、作ってくれて、ほんまにありがとう」
「重富です。毎日聴いてるよ~、ありがとうな」
「森上ですぅ。三島くんの曲にぃ、すごく励まされてますぅ」
和子は、何のことだかわからず、「郡司です・・」とだけ言った。
「郡司さん」
日置が呼んだ。
「はい」
「三島くんってね、桐花卓球部の応援歌を作ってくれた子なんだよ」
「へぇ・・」
「それが、すっごくいい曲なの。あっ、ちょっと待ってて」
日置はそう言って、小屋を出て行った。
「中川さん」
阿部が呼んだ。
「なんでぇ」
「なんで三島くんと・・」
「おうよ、それさね。こいつと偶然電車で会ったんでぇ」
「へぇー」
「んでよ、私、栄光を掴めを聴いてて、思わずメロディーを口ずさんでいたところ、こいつが聴いたってわけさね」
「なるほど。それって、ほんまに偶然っていうか、神のおぼしめしやな」
「中川さん」
重富が呼んだ。
「なんでぇ」
「あんた・・元気になって・・」
重富は、目がウルウルしていた。
「あはは!私が辞めるとでも思ったか?」
「だって・・そうやん・・」
「私らぁ・・心配してたんよぉ」
森上がそう言った。
「うん。悪かった。でも、もう辞めるなんざ二度と言わねぇ。約束する」
英太郎は、中川が「いい仕事しやがって」と言った言葉を、彼女らの会話から読み取っていた。
その意味で、英太郎は曲が役に立っていることを嬉しく思っていた。
ほどなくして日置は、カセットデッキを持って小屋に戻って来た。
「音楽室に行ってはったんですか」
阿部が訊いた。
「うん。郡司さんにも聴かせてあげたいからね」
日置はそう言いながら、コンセントを差し込んでいた。
「なら、これを使いな」
中川はウォークマンからカセットを取り出し、日置に渡した。
「ありがとう。じゃ、郡司さん、聴いててね」
「はい」
そして日置は再生ボタンを押した。
すると、ノリのいいバンド演奏が流れた。
和子は、ずっとデッキを見ていた。
英太郎も少し照れながら、デッキを見ていた。
そう、どこに目をやっていいのかわからないのだ。
そして一番のAメロが始まると「これ、歌ってるん私やで」と重富が言った。
「えっ!そうなんですか」
和子は仰天していた。
そしてサビに差し掛かると、「わあ~・・」と和子は感激している様子だった。
二番のAメロが始まると「これ、私やねん」と阿部が言った。
すると和子は、また仰天していた。
間奏が入り、三番のAメロが始まると「これぇ、私やねぇん」と森上が言った。
「へぇーー!」
和子は、歌唱力は別としても、プロ並みの仕上がりに、なんだ、これは・・と驚愕していた。
そして曲は終わった。
「こ・・これ・・すごいです・・」
和子がそう言うと、英太郎はとても嬉しそうにしていた。
「これをよ!この三島が作ったんでぇ」
そう言って中川は、英太郎の肩をポンと叩いた。
「へ・・へぇ・・」
和子は改めて英太郎の顔をまじまじと見ていた。
「そういや、おめーと郡司は、タメだったよな」
「タメ・・ってなんですか・・」
和子が訊いた。
「同い年ってことさね」
「そ・・そうなんですか・・」
和子は思わず英太郎から目を逸らした。
「これよ、私がダビングしてやっから、おめーも家で聴きな」
「はい!ありがとうございます」
そして練習が始まった。
英太郎は椅子に座って、彼女らの打つ様子を見ていた。
まず英太郎が驚いたのは、森上だった。
この人・・体が大きいとはいえ・・
なんや・・このパワーは・・
とても・・女子やとは思われへん・・
すごいな・・
森上は中川相手に、ドライブを打ち続けていた。
そして間にストップも入れ、中川は「おらあ~~」と言いながら、全速力で前に駆け寄っていた。
そのボールを森上は、またスーパードライブで中川を後ろに下げた。
中川は後ろへ下がって、懸命にカットしていた。
へぇ・・中川さんって守備型なんやな・・
卓球のことはわからない英太郎でも、ラリーの内容で中川の「型」を見抜いていた。
そして阿部と重富は、阿部がミート打ち、重富がショートで返すというラリーをしていた。
この重富さんも・・いわば守備型なんやな・・
それにしても・・板を使ってるなんて・・珍しいな・・
日置と和子は、フォア打ちのラリーをしていた。
「今日も、100回だよ」
日置は打ちながらそう言っていた。
「はいっ」
「ミスしたら、一からだからね」
「はいっ」
和子は、ようやくラリーを続けられるようになっていた。
日置が教えた素振りのおかげで、ボールを打つそのフォームはとても美しく、まるで手本のようだ。
例えるなら、川上遼子と似ていた。
川上のフォームは、「フォーム選手権大会」がもしあったなら、間違いなく優勝するであろう、というほど美しいのである。
「そうそう、いいよ~いいよ~」
「はいっ」
「同じコースに送ること。それっ、頑張れ」
「はいっ」
彼女らが必死になって打つ姿を見て、英太郎は感激していた。
みんな・・ほんまにすごいな・・
汗もタラタラと流れてる・・
こんな・・窓を閉め切って・・
ようここまで動けるもんなんやな・・
これくらいやらんと・・インターハイには行かれへんのやな・・
英太郎はこう思っていたが、まだまだ序の口だったのである。
次に始まったのがフットワークで、森上は日置を相手に右へ左へと素早く移動しながらボールを打っていた。
「ハアッ・・ハアッ・・」
森上は息を荒くしながら、ボールを打ち続けた。
「それっ頑張れっ」
「ハアッ・・ハアッ・・」
こうしてフットワークは十五分続いた。
「じゃ、後ろからドライブ。それを前に来てスマッシュ」
「はいぃ・・ハアハア・・」
森上は肩で息をしていた。
え・・休憩もなしに・・続けるんや・・
大丈夫なんかな・・
「一分だけ休憩ね」
「はいぃ・・」
後方からドライブを打ち、日置がショートで返したボールをスマッシュする。
この練習は、フットワークより、断然楽なのだ。
そのことを知らない英太郎は、唖然としていた。
い・・一分・・
たった一分だけ・・
それでも森上の表情は、フットワークをやり終えたことで、安堵していた。
森上さん・・あんまり辛くなさそうやな・・
なんでなんや・・
別のコートでは「さあ~~来やがれってんでぇ!」と、中川は重富にボールを出してもらい、多球練習を始めていた。
とめどなく飛んでくるボールを、中川は懸命になってスマッシュを打ちこんでいた。
転がったボールを、和子は「先輩、ファイトですよ!」と言いながら球拾いをしていた。
そして阿部は、サーブ練習をしていた。
阿部のサーブを見て驚いたのが英太郎だ。
なんだ・・あの曲がり方は、と。
なんか・・想像してたんとちゃう・・
こんなに・・厳しい内容やったなんて・・
みんな、すごい・・
ほんまに・・すごい・・
そして英太郎は、この後一時間ほど見学して、小屋を後にしたのだった。




