222 英太郎との出遭い
―――そして翌日。
中川は、学校へ行く準備を整え、自宅の受話器を握っていた。
そしてダイヤルを回した。
「はい、滝本東高校ですが」
そう、かけた先は、滝本東高校だった。
「おそれいります、わたくし中川と申しますが、卓球部の大河さんをお願いできないかしら」
「卓球部の大河くんですね。少々お待ちください」
用務員はそう言って「卓球の大河くん、お電話がかかっております。至急、用務員室まで来てください」と放送をかけた。
大河を待つ間、電話口からは、おそらく用務員が視ているであろう、朝のテレビニュースが聴こえていた。
すると暫くしてから「大河です」という声が聴こえた。
「ああ、電話、そこな」
「はい」
大河は用務員に一礼して、受話器を手にした。
「もしもし、大河ですが」
「私だ」
「えっ」
「中川だ」
大河は、もう辞めた者がなんの用だと呆れていた。
「なんなん」
「おめーに言っておかなきゃならねぇことがあんだよ」
「だから、なんなん」
「卓球を辞めると言ったこと、あれは撤回する」
「ふーん」
「だから私は改めて、おめーに挑戦状を叩きつける」
「ちょっと、きみ、なんなん」
「さっきから、なんなん、なんなんと、なんなんでぇ」
「プッ」
大河は不覚にも、笑ってしまった。
「なに笑ってんだよ」
「あのさ、この際やから言うとくけど、挑戦とか僕は関係ないし」
「こっちにはあんだよ」
「もうええって」
「ほほう・・逃げるってのか」
「なんできみから逃げなあかんねん」
「じゃ、男らしく堂々と受けろよ」
ほんまに・・しつこい子や・・
うっとおしい・・
こうなったら・・とことん叩きのめすしかないな・・
「で、いつなん」
「それはまだ決めてねぇが、近々、連絡する」
「決めてないんかい!」
大河は大阪人の血が騒ぎ、思わず突っ込んだ。
「こっちにも事情ってもんがあんだよ」
「ほんまに・・自分勝手やな」
「でよ、おめーんちの番号教えろよ」
「え・・」
「学校に電話するってのも、面倒でいけねぇやな」
大河は家にまで連絡されることなど、絶対に拒否したかった。
「いや、それならこっちから決める」
「なに言ってんでぇ」
「そやな・・今度の土曜日。時間は夜八時。僕はセンターへ行く」
「次の土曜日か・・」
中川は、ズボールの完成に間に合うかどうか不安だった。
「なんや。あかんのか」
「再来週ってのは・・どうでぇ」
「あかん。次の土曜や」
「おめー、堅いこと言うなよ」
「きみさ、自分から申し込んどいて都合が悪かったら逃げるんか」
「逃げてねぇし」
「僕は、今度の土曜日しか行かへん。で、来るんかどうかを決めるんはきみ次第や。来んかったら逃げたと見做す」
「おのれ・・ジャガイモ・・」
「なんやねん、じゃじゃ馬」
「なっ・・」
「ほな、僕、練習に戻るから」
「よーーし、わかった!次の土曜日、首を洗って待ってやがれ!」
そして中川は、けたたましく受話器を置いた。
大河は、呆れ返っていたが、「辞めへんかったんや・・」と呟き、中川を見誤ってなかったことに、納得していた。
そう、大河は中川が辞めるはずがないと思っていたのだ。
―――そして中川は家を出た。
おのれ・・ジャガイモ・・
目に物を言わせてやっからな!
中川はウォークマンをジャージの上着のポケットに入れて、耳にはイヤホンを装着していた。
曲は、もちろん『栄光を掴め』だった。
地下鉄に乗った中川は、席に座らずにドアの前で立っていた。
そして、何気にメロディーをハミングしていた。
「フフフフン~フフフン~」
すると、中川の程近くに座っていた男子高校生が、中川を見ていた。
そう、三島英太郎である。
このメロディ・・僕の・・
英太郎は、ギターの弦を買いに、梅田まで行く予定だ。
けれども英太郎は、中川が気になり、なんと次の駅で一緒に降りたのだ。
中川の後をつけた英太郎は、この人は桐花卓球部の人なのだと確信していた。
そして、自分の曲を聴いてくれていることを、とても嬉しく思っていた。
環状線の改札横で、英太郎は慌てて「大阪」までの切符を買った。
「大阪」とは梅田のことである。
そして英太郎は中川を追いかけた。
ほどなくして環状線に乗った二人だったが、中川は席が空いているにもかかわらず、ドアの前で立ったままだ。
そこで英太郎は、中川の前に立った。
その時、中川は英太郎を見て、迷惑そうに直ぐに目を逸らした。
見んなよ・・ガキが・・
それでも英太郎は中川を見つめたままだ。
この人・・めっちゃ綺麗や・・
四人のうちの誰なんやろな・・
そう、英太郎は姉の幸子から、彼女ら四人の名前を聞いて知っていた。
「おい、おめー」
中川はイヤホンを外し、英太郎を呼んだ。
「え・・」
「ガキのくせに、じろじろ見てんじゃねぇよ」
「えっ」
英太郎は、当然、驚愕していた。
「チッ・・ったく、うぜぇったらありゃしねぇぜ」
中川はそう言って場所を移動した。
「あの・・」
英太郎が呼んだ。
それでも中川は無視をして、別の車両に向かって歩いていた。
英太郎は中川を追いかけた。
「あの・・」
「っんだよ!おめー、しつけーんだよ」
中川は立ち止まってそう言った。
「あの・・僕・・」
「私は今から練習に行くんだ。おめーみてぇなガキを相手してる暇なんざありゃしねぇのさ」
「そ・・それって・・卓球ですよね・・」
「え・・」
「桐花卓球部の人ですよね・・」
「おめー、なんで知ってんだ」
「ぼ・・僕・・三島英太郎です・・」
「・・・」
なにっ・・
こいつ・・今、なんつった・・
三島英太郎・・つったよな・・
「あの・・三島英太郎です・・」
「なにいいいいいーーーーーっ!」
大声で叫んだ中川を、乗客たちは何事かと注目していた。
「おめー、三島かよ」
「はい・・」
「あははは!なんでぇ、おめーそれを早く言えっての!」
「はあ・・」
「いやあ~~そうか、そうか。おめーが三島か!」
中川はそう言って、英太郎の肩をバンバンと叩いていた。
「でもよ、なんで私が卓球部員ってわかったんだ」
「えっと・・メロディーをハミングしてはったから・・」
「ああっ!なるほどさね!そうか、そうかー」
「はい・・」
英太郎は少しだけ微笑んだ。
「で、おめー、どこへ行くんでぇ」
「弦を買いに・・梅田まで・・」
「ほーう、ギターの弦か。それならよ、今日中に買えばいいだろ」
「え・・」
「ここで会ったのもなにかの縁だ。私に着いて来な」
「えっ・・」
「連れてってやるっつってんだよ」
「ど・・どこに・・」
「我が卓球部の練習場さね」―――
こうして英太郎は、強引な中川に小屋へ連れて行かれることとなった。
やがて最寄り駅に着いた二人は、学校に向かって歩いていてた。
「ところでおめー、学校はどこ行ってんだ」
「弘南高校です」
弘南高校は、大阪府下でもトップクラスの進学校だった。
「へぇー」
中川は、そんなことは知らなかった。
「あの・・名前を教えて頂けませんか」
「おうよ!私は中川愛子ってんだ。よろしくな」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「しかしよー、おめーの曲、すげーいいぜ」
「ありがとうございます!めっちゃ嬉しいです」
「栄光を掴めの歌詞、どうやって考えたんでぇ」
「んー、なんていうか、素人がインターハイへ行くやなんて、並大抵やないと思たんです」
「おうよ、確かにそうさね」
「それで、想像っていうか、色々な苦労が、他人にはわからん苦労が絶対にあるはずやと思て」
「おうよ」
「それで、僕と年も近いし、ある程度気持ちもわかってるつもりやったし。そんな感じで書きました」
「んだな。ジジィには書けねぇやな」
「あはは、ジジィって」
「ああ~~それにしてもいい天気だぜ」
中川はそう言って空を見上げた。
「ほんまですね」
英太郎も空を見上げていた。
「おめーの曲よ・・」
中川は空を見たままポツリと呟いた。
「はい」
英太郎は中川を見た。
「いや・・おめーの歌詞よ・・」
「はい」
「いい仕事しやがってよ・・」
中川は、日置が家に来た時、英太郎の歌詞を引用し「意味を理解してるのか」と訊いたことを思い浮かべていた。
「仕事?」
「あはは!なんでもねぇよ!」
中川はそう言って、英太郎の肩をバーンと叩いた。
「おらあ~学校はすぐそこだ!走るぜ!」
「はい」
そして二人は走って小屋へ向かった。




