22 目をつけられた三人
―――そして三日後の土曜日。
中尾と木元と石川は、学校を出た後、帰宅するため天王寺に到着していた。
そして駅のコンコース内で、立ち話をしていた。
大阪の主要駅の一つである天王寺は、人の往来も激しく混雑していた。
「明日か、来週の日曜辺り、遊園地、行かへん?」
中尾がそう言った。
「遊園地か、ええな」
木元が答えた。
「でもさ、エキスポは、めっちゃ混んでるし、ひらかたパーク、行かへん?」
石川が言った「ひらかたパーク」とは、現在では「ひらパー」という通称で親しまれている遊園地である。
当時は、菊人形展でも有名であった。
中尾ら三人は、加賀見との軋轢もなくなり、高校生活を謳歌していた。
「おい、お前ら」
そこに、男子高校生三人が、中尾らに声をかけた。
中尾ら三人は、男子の顔を見て、酷く狼狽えていた。
この男子らは南仁和高校の三年、杉本と北野と森田であった。
そう、中尾らと「あの店」に入った、三人である。
「お前ら、なんで、来ぇへんねや」
杉本は、店のことを言った。
「なんでって・・」
中尾は、そう言うのがやっとだった。
「あの時、約束したよな」
中尾ら三人は、「また来る」と、いい加減な約束をしていたのだ。
「あの・・私ら、もう・・行きません・・」
「はあ?なに言うとんねん」
杉本は、鋭い目つきで中尾を睨んだ。
「なーなー、そんなん言わんと、おいでぇや」
北野は、わざと優しく振る舞って、からかった。
「酒も煙草も、うまかったやろ?」
森田は、顔を覗き込むように訊いた。
そう、中尾らは、興味本位で酒と煙草に手を出していたのだ。
「あの・・すみません」
木元が口を開いた。
「なんや」
杉本は睨んだ。
「あの店・・行ったこと、学校にも親にもバレて・・」
「だからなんやねん」
「いや・・そやから・・もう行けません・・」
「私もです・・」
石川は蚊の鳴くような声で言った。
「お前ら、あの日の金さ、誰が出したと思とんねん」
代金は杉本らが払っていたのだ。
「ああ・・それやったら、今、払います」
中尾が言った。
「へぇー払うてか」
「はい・・」
「ほんなら、そうしてもらおか」
杉本がそう言うと、北野と森田はほくそ笑んでいた。
「はい・・はい・・」
そして中尾らは、慌てて鞄から財布を取り出した。
「いくらですか・・」
中尾が訊いた。
「一人、十万や」
「えっ・・」
中尾らは、当然、驚愕していた。
「そ・・そんな・・十万なんて・・」
「お前ら、あの店が普通やないことくらい、わかっとるよな」
「・・・」
「ええか、十万でも割り引いとるんやで」
「え・・」
「まけたってんねや。ありがたいと思えよ」
杉本の法外な金額は、当然嘘で、代金は、一人千円程度だったのである。
「払えんのやったら、学校と親に言うぞ」
「え・・」
「飲酒と喫煙、バラす言うとんのや」
中尾も木元も石川も、店に行ったことは認めたが、飲酒と喫煙は話していなかった。
三人はそう言われ、バラされると今度こそ、処分が下ると恐れた。
「どうやねん。十万払うんか、バラされるんがええんか。どっちやねん」
「ど・・どっちも・・嫌です・・」
「舐めとんな」
杉本はそう言いながら、北野と森田の顔を呆れたように見た。
「お願いします・・見逃してくれませんか・・」
「おい、生徒手帳出せ」
「え・・」
「出せ、言うとんのや」
「な・・なにするつもりですか・・」
「おい、杉本、ここやとまずいぞ」
北野は、人の往来のことを言った。
「よし、わかった」
そして杉本らは中尾ら三人の腕を引っ張り、コンコースの外に出て、人気のないところへ移動した。
「ほら、生徒手帳や」
杉本は、催促するように右手を動かした。
中尾も木元も石川も、仕方なく生徒手帳を杉本に渡した。
「ふーん、中尾律子、こっちは、木元由美、で、こいつは石川典子か」
そして杉本は、住所も電話番号も読み上げた。
「これで住所も電話番号もわかった。後はお前らがどうするかやな」
そこで杉本は、生徒手帳を返した。
中尾らは、杉本の言葉の意味がわかった。
そして、絶望していた。
なんであの日、この連中について行ったんだ、と。
興味本位とはいえ、なんで、こいつらだったんだ、と。
「そやな、まあ今日のところは見逃したるけどな、えーっと、明日やな。明日の日曜、あの店に来い」
「ああ~はよ行かな、定期券売り場が閉まる~」
そこへなんと、蒲内が桂山化学のジャージを着て、走ってきた。
慌てた蒲内は、杉本にぶつかった。
「おらあ!どこ見て走っとんねん!」
「ああ、ごめんごめん~」
蒲内が先を急ごうとすると、「待たんかい!」と杉本は叫んだ。
「え?」
蒲内は立ち止まって振り向いた。
「ちゃんと謝まらんかい!」
「ああ~ごめんな~」
蒲内の話し方に杉本はイラついた。
「お前、舐めとんのか」
「舐めてへんよ~」
蒲内は平然とそう言った。
「その喋り方!舐めとるやないか!」
「あんたさ~高校生やんな~」
「それが、なんやねんっ」
そこで蒲内は、中尾らに目をやった。
「あれ~あんたら~桐花やん~」
蒲内は制服を見て言った。
中尾らは、縮こまっていた。
「ここでなにしてんの~」
「あ・・あの・・」
中尾がそう言うと「いらんこと言うたら、わかっとるんやろな」と杉本が制した。
「あんたら~なに~、この子ら脅かしてんの~」
「お前はもうええ、はよ行け」
「あんたさ~年上に向かって~その口の利き方~あかんと思うよ~」
「え・・お前、年上なんか・・」
蒲内の見た目と喋り方は、どう見ても年下にしか思えなかったのである。
「そやで~」
「いや・・そんなん関係あるかあ!お前は邪魔や」
「あんたら~もうええから、帰り~」
蒲内は、中尾らにそう言った。
「え・・でも・・」
「ええから~こんなん放っといて帰り~」
「ああ~~定期券売り場、閉まってまうわあ~」
そこに、なんと大久保もやってきた。
「あら~蒲内ちゃんやないの~」
「大久保さん~」
「あら?この子ら、蒲内ちゃんの知り合いか~?」
「ちゃうんですけど~なんか、この変な男どもが~桐花の子らを脅かしてるんです~」
杉本ら三人は、がたいの良い大久保を見て、引き気味だった。
「あらまっ、か弱い女子を脅かすやなんて~アカンよ~」
そして杉本らは、大久保の話し方に、更に引いていた。
「なんやったら~私が相手してあげよか~」
そこで大久保は、指をポキポキと鳴らした。
「いうても~私もか弱いのよ~あはは」
「あはは~大久保さん~おもろい~」
二人は、この場の雰囲気もなにも無視して、大声で笑った。
「坊やたち~」
大久保が杉本らを呼んだ。
「ぼ・・坊や・・て・・」
「桐花の子らに~手を出したら、私が許さへんわよ~」
「おい・・杉本、帰ろうぜ・・」
北野が小声で言った。
「お前ら、覚えとけよ!」
そして杉本らは、逃げるようにこの場を去った。
「あんたらも~気を付けて帰らなあかんよ~」
蒲内が言った。
「そうそう、世の中には変なのがいてるからね~気ぃつけんとあかんわよ~」
「ありがとうございました・・」
中尾らは、半ば呆然としながら大久保と蒲内に頭を下げた。
「蒲内ちゃん、あんたも定期か~」
「そうなんです~、ああっ!もう閉まる~~」
「これはえらいことやわ~」
そして二人は中尾らの前を走って行った。
中尾らは大久保と蒲内によって、難を逃れたものの、中尾らに逆切れした杉本ら三人は、次の「作戦」を考えていた。




