表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サーよし!2  作者: たらふく
218/413

218 逃げる




あの後、帰宅した日置は、ソファに寝そべり天井を見つめていた。


ほんとに・・中川は問題児だ・・

自分勝手に何でも決めて・・

僕に一言の相談もしないなんてこと・・何度あったことか・・

どうして中川は・・猪突猛進なんだ・・

度が過ぎるよ・・


でも・・ここで中川を辞めさせるわけにはいかない・・

ああ・・どうすればいいんだ・・


日置は立ち上がって、風呂へ入った。

そしてシャワーを全開にし、「きみって子は、どうしてそうなんだ!」と叫んでいた―――



一方で中川は、帰宅せずに梅田の繁華街を歩いていた。

そして行く当てもなく、所狭しと建ち並ぶ店を見るともなく見ていた。

するとビルの一階に、卓球専門店があるのを見つけた。


へぇ・・こんなところに専門店があったんだな・・


中川は立ち止まって、入口から中を見ていた。

ここは、西藤が経営する貧乏店とは全く異なり、フロアも広く、ユニフォームを着たマネキンが何体も置かれていた。

そして壁には、けして大きくはないが、歴代の世界チャンピオン、全日本チャンピオンのポスターも貼られていた。

床もピカピカで、眩しいくらいだ。

中川は少し入ってみようと思った。


「いらっしゃいませ」


人のよさそうな若い男性店員が、中川を迎えた。


「ああ・・どうも・・」

「何をお探しで?」

「いや・・特になにってわけでもねぇんだ」


店員は、中川の話しぶりに驚いていた。

無論、その美貌にもだ。


「そうですか。じゃ、ご用があれば呼んでくださいね」

「ここよ・・とても綺麗だけど、最近なのか」

「はい、昨年オープンしました」

「へぇ・・」

「では、ごゆっくり」


店員はそう言って、カウンターに戻って行った。

中川は、ユニフォームやスポーツバッグ、ラケットやラバーをゆっくりと見て回った。

そしてポスターにも目をやった。


ふーん・・世界チャンピオンか・・

知らねぇやつばかりだ・・

こっちは全日本か・・すげぇな・・


すると中川は、ある人物が目に留まった。

そう、日置である。

日置はレシーブの構えをし、眼光鋭く相手のサーブを待っており、思わず熱気が伝わってきそうなポスターだった。


え・・

嘘だろ・・

昭和○○年・・第○○代チャンピオン・・日置慎吾・・

おい・・先生って・・全日本のチャンピオンだったのかよ・・


「えええええええ~~~~!」


中川は大声で叫んだ。

すると驚いた店員は「どうかしましたか!」と慌てて走って来た。


「あっ・・いや・・なんでもねぇ・・」

「ああ~びっくりした。なにかありました?」

「いや、驚かせて悪かった」


そこへ一人の客が入って来た。


「あ、いらっしゃいませ」


店員はすぐに客を迎えた。

中川は何気に客を見た。


あああああ~~~!

あやつは、ジャガイモ!


そう、客は大河だった。

大河は中川に気が付かず「こんにちは」と店員に一礼していた。


「大河くん、先日注文してくれた靴、まだやねん・・ごめんな」

「あ、そうなんですか」

「せっかく来てくれたのに、悪いな」

「いえ、監督からユニフォームの新調を頼まれてきましたので、いいんです」

「一年生のか?」

「はい」

「きみ、よう下働きするな。偉いわ」

「そんなことないですよ。ラバーも替えんとあきませんし」


大河は照れて笑っていた。


「ほな、こっちに来て」


店員はそう言って、大河を連れてカウンターへ向かった。

中川は大河の後姿を見ていた。

そして、自分の居場所はここではないと、静かに店を出ようとした。


「ありがとうございました。また来てくださいね!」


店員が中川にそう言った。

すると大河は振り向いた。


あっ・・

中川さんやん・・


「あの、ちょっと待ってもらってもいいですか」


大河は店員にそう言った。


「うん、ええけど」


そして大河は中川を追った。


「中川さん」


大河は後ろから声をかけた。


「おう、大河じゃねぇか」

「僕、言いたいことあるんやけど」

「は?」

「あの日、僕はセンターへ行ったんやけど、用事を思い出して帰ったんや」


あの日とは、中川が大河を呼び出して対決しようとした日のことだ。


「そうかよ」

「だから、僕は逃げたんやないから」

「そうか」


中川は「逃げたんやない」と言った大河の言葉が胸に刺さった。


「言いたいことはそれだけ」


そう言って大河は店に戻ろうとした。


「ちょっと待ってくれ」

「なに」


大河は立ち止まった。


「おめーが逃げたんじゃねぇってことくれぇ、知ってらあな」

「え・・」

「だけどよ、私はもう、おめーと対戦しねぇ」

「へぇ・・」


大河は中川の言葉が意外だった。

中川なら、次はいつでぇ!くらい言うと思ったからだ。


「だから・・私はもう、卓球ともおめーとも、これっきりだから安心しな」

「安心て・・」

「んじゃ、頑張んな」

「聞き捨てならんな」

「え・・」

「安心て、どういうことやねん」

「だからよ・・もう対戦しねぇっつってんだろ」

「それやと、僕が逃げたってことになるやん」

「ならねぇって」

「というか、きみ、卓球もこれっきりて、どういうことやねん」

「辞めたんだよ」

「えっ」

「そういうこった。じゃな」


中川が立ち去ろうとすると、大河は腕を掴んで止めた。


「なにすんだよ」

「きみさ・・卓球から逃げたんやな」

「・・・」

「結局、僕の勘違いやったんやな」

「なに言ってんでぇ」

「勢いばかりでは続かんかったってことや」


そこで大河は手を離した。


「まあ、ええんちゃうか。逃げる奴なんて五万とおる。きみもその一人や。なんも珍しないで」

「・・・」

「だから気にせんと、女子高生やったらええんちゃうか」

「・・・」

「ほな、これっきりやな。さよなら」


大河はそう言って店の中へ入って行った。


くそっ・・

ジャガイモめ・・

何様のつもりでぇ・・


中川は、なんとも表現のしようがない気持ちに襲われていた。

そして握り拳が、プルプルと震えていたのだった―――



―――ここは日置の自宅。



夜になって、日置はずっとベッドであおむけになったまま、天井を見つめていた。

そして、まだ塞ぎ込んでいた。


プルルルル・・


そこで電話が鳴った。

日置は、阿部だと思った。


そりゃ・・心配してるよね・・

僕・・帰っちゃったし・・


日置は起き上がって電話台へ移動した。


「もしもし・・日置ですが」

「ありゃ、慎吾、おったんか」

「え・・えっちゃん?」


そう、相手は悦子だったのだ。


「いや、まだ帰ってないと思たんやけど、試しにかけてみたら、おったがな」

「ああ・・うん」

「あんた、練習はどうしたんや」


時間は、まだ午後七時だった。


「いや・・ちょっと・・」

「具合でも悪いんか?」

「別に・・そうじゃないけど・・」


日置は、ある意味具合が悪かった。


「で、なにか用事でもあったの」

「ああ、それやねんけどな、ひなちゃんと板倉の結婚が早まって、ほんで慎吾にも出席してほしいって」

「ああ・・そうなんだ・・」

「いうても秋なんやけど、こういうことは、早よ報せた方がええと思てな」

「そうなんだ。朝倉さん、よかったね・・」

「ちょっと、慎吾。ほんまにどないしたんや」

「えっちゃん、今どこからかけてるの」

「会社やけど」

「ああ・・そうだよね」

「なんやねん」

「いや、いい・・」

「ちょっと待ちぃな。もう練習終わったし、あんた梅田に出ておいでぇや」

「え・・」

「ええから、出て来い。えっと~、泉の広場な」


悦子は待ち合わせの場所を言った。


「でも・・」

「でももへったくれもない。ほな、待ってるからな!」


そして悦子は電話を切った。

日置は悦子の気遣いを申し訳なく思ったが、事は三神にも関わっているし、悦子に相談してみようと部屋を出たのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ