217 日置の怒り
「話がある」と冷たく言われた彼女らは、一体何事かと思った。
けれども心当たりはあった。
そう、三神の偵察がバレたということだ。
しかし、誰も喋るはずがないと、そこは不可解だった。
それにしても先生よ・・
見たことないような・・
鬼の形相してやがるぜ・・
これゃあ~大変だ・・
さすがの中川も、どうしたものかと困惑していた。
中川ですらそうなのだから、阿部や重富や森上は、頭が真っ白になっていた。
「郡司さん」
日置が呼んだ。
和子は、なぜ自分が呼ばれたのかが理解できなかった。
それは阿部らも同様だった。
なぜ、郡司なんだ、と。
「はい・・」
和子は恐る恐る返事をした。
「これ、きみが僕の机に置いたんだよね」
日置は手紙が入った封筒を見せた。
「はい・・」
「そっか。わかった」
「その封筒、なんだってんでぇ」
「今はきみに訊いてない。黙ってろ」
「え・・」
彼女らは、更に唖然とした。
日置の言葉のきつさに、その怒りの度合いを見るようだった。
「僕は、卓球に関すること、予選に関することで隠し事は絶対に許さないと言ったはずだ」
彼女らは当然、口も開けないまま黙って聞いていた。
「でもきみたちは、それでも隠し事をした。そうだよね、阿部さん」
「え・・」
「森上さん」
「・・・」
「重富さん」
「・・・」
「中川さん」
「そうか、バレちまったんだな」
「なんだ!その言い草は!」
日置の怒鳴り声が小屋に響いた。
「何度も念を押したはずだ。それでもきみたちは僕に逆らった。僕の方針に従えないなら、監督を辞めると言ってあるよね」
「・・・」
「どうなんだ!答えてみろよ!」
日置は、三神に偵察へ行ったことなど、なんとも思ってなかった。
けれども隠し事するなと言ったにもかかわらず、彼女らは隠し事をした。
それが許せなかったのだ。
「あの・・先生・・」
和子が口を開いた。
「なんだよ」
「あの・・どうしてその手紙・・持って来たんですか・・」
「それはきみが、一番よく知ってるはずだよね」
「え・・」
「ここに書かれてあること、この場で言ってもいいの?」
「わ・・私は・・別に関係やこ・・ありゃせんし・・」
「きみ、なに言ってるの?」
「え・・」
「ここで読もうか?」
「神田さんのラブレターやこ・・聞いても意味がないです」
「え・・」
「そがなもん・・興味やこ・・ありゃせんです・・」
「神田さんって、同じクラスの子?」
「はい・・」
「でも、きみが僕の机に置いたんだよね」
「はい・・」
「手紙の差出人、きみになってたよ」
「えっ!」
そして和子は「見せてください!」と言って、日置から手紙を引き取って読んだ。
すると和子は愕然とした。
手紙の内容もさることながら、名前が自分になっていることを。
「こ・・これ・・書いたん、私じゃないけに!」
「どういうことなの?」
「私は・・神田さんに頼まれて・・先生の机に置きに行っただけじゃけに!」
「じゃ、ここに書かれてある内容はどういうこと?神田さんが、なぜ三神のこと知ってるの?」
「そ・・それは・・」
和子には心当たりがなかった。
そう、まさか聞かれていたとは思いもしなかったのだ。
「先生よ」
中川が呼んだ。
日置はそのまま中川を睨みつけた。
「その手紙とやら、読んでくんな」
「無論、そのつもりだ。郡司さんも、いいね」
「はい・・」
そして日置は読み始めた。
『日置先生へ。先生は知らないと思いますが、先輩たちは三神高校へ偵察に行き、そのことを内緒にしています。私も黙ってろと言われたんですが、このままだと先生は何も知らないことになります。先輩たちは言うつもりはないので私が告白することにしました。郡司和子』
内容を聞いた阿部ら三人は、愕然としていた。
「おい、郡司」
中川が呼んだ。
「はい・・」
「おめーが書いてねぇってことくれぇ、わかってるから安心しな」
「・・・」
「んでよ、先生」
「なんだよ」
「三神に偵察に行ったのは私だ。だからチビ助たちは関係ねぇぜ。無論、郡司も無関係だ」
「きみさ、なぜ言わなかったんだよ」
「一言もねぇ。全て私の責任だ。誠愛って校名も出まかせだった。バレたらマズイと思ってそうした」
「僕は何度も言ったよね。最近、きみの様子が変だからって、それも訊いたよね」
「ああ」
「なぜ言わなかったんだ」
「だから一言もねぇっつってんだろ」
「そんな、嘘に嘘を重ねて、挙句はこのざまだよ」
「・・・」
「きみの暴走に、他の子たちは何度も巻き込まれた。きみは、今後もそうするつもりなのか」
「いや、そこは心配ご無用だ」
「どういうことだ」
「私が辞める。それで全ては解決だ」
「ちょっと、中川さん!」
阿部が呼んだ。
「黙ってたんは、私らの責任やん!そんな辞めるやなんて、言わんといて!」
重富がそう言った。
「中川さぁん、冷静にならんとあかんよぉ」
「おめーら、迷惑かけたな。私の分まで三神をぶっ倒してくんな」
中川はそう言って部室に入った。
「先生!引き止めてください!」
「ここで中川さんが辞めたら、インターハイどころか、これまでの苦労が水の泡になります!」
「先生ぇ!中川さんが悪いんとちゃいますぅ!あの子はチームのことを考えてぇ!」
彼女らは縋るように日置にそう言った。
「ここで投げ出すくらいなら、その程度だったってことだよ」
「先生!」
阿部が叫んだ。
「なにが三神をぶっ倒すだよ。嘘がばれたらとっとと尻尾を巻いて逃げ出すようじゃ、三神どころか一回戦も勝てないね!」
「もう、止めて下さい!」
重富が止めた。
そこへ着替えを済ませた中川が出て来た。
「おうよ、先生の言う通りだぜ!私は尻尾を巻いて逃げ出すくれぇの、つまらねぇ野郎だったってことさね!」
「中川さん!」
阿部は中川の腕を掴んだ。
「チビ助、離してくんな」
「いやや!」
「いいから離せって」
「いやや!」
「くだらない茶番なんてやめろよ」
日置は蔑むように言った。
「先生!」
今度は重富が叫んだ。
「辞めるなら好きにすればいい。で、郡司さん」
日置は郡司の方を向いた。
「はい・・」
「これ、書いたの神田さんなんだね」
「はい・・」
「わかった」
日置はそう言って手紙をズボンのポケットに仕舞い、小屋を出て行ったのだった。
この場は、なんとも言えない空気が漂っていた。
「中川さん、今は頭に血が上ってるから、辞めるやなんて言うたんやと思うけど、まさかほんまに辞めへんよな」
阿部が訊いた。
「いや、あんなに言われたんじゃあ、辞めるしかねぇだろ」
「なに言うてんのよ!」
「しかしまあ・・先生、今回ばかりはマジだったな」
「先生かて、冷静やなかった」
「そやで。先生、頭に来てただけで、明日になったら後悔すると思う」
「私もそう思うよぉ。中川さんが辞めたら、一番後悔するんはぁ、先生やでぇ」
「おめーら、ほんとに迷惑かけた。済まねぇ。でもよ、今日は帰らせてくれ」
「今日は、ということは、明日はここに来るってことやんな?」
阿部が訊いた。
「・・・」
中川は何も答えずに小屋を後にした。
「恵美ちゃん、とみちゃん・・どうしょう・・」
阿部は今にも泣き出しそうに、オロオロとしていた。
「千賀ちゃぁん、落ち着いてぇ」
「でも先生・・ほんまに怒っとったな・・」
重富は、ため息をつくようにそう言った。
「あっ!」
そこで和子が叫んだ。
「どうしたん?」
阿部が訊いた。
「私・・思い出しました・・」
「なにを?」
「昼休みに・・お弁当食べてる時・・クラスの子に話しました・・」
「え・・?」
「その子、新聞部の子なんですけど、クラブの取材する言うて・・ほんで私は、今は止めた方がええと言うて・・」
「・・・」
「それで理由を訊かれたんです・・その時・・三神へ偵察に行ったことで、先生と先輩らの間で隠し事があると・・言うてしまいました・・」
「そやったんか・・」
「その話しを・・神田さんに聞かれてしまったんやと思います・・すみません・・」
「いや、その話しはええねん。あんたが話さんかっても、いずれはバレてたはずや・・それより・・」
阿部がそう言うと、四人は顔を見合わせて、思わずため息をついていた。
―――その頃、中川は。
トボトボと、最寄り駅に向かって歩いていた。
あ~あ・・
ズボール・・あと少しで完成だったのによ・・
しくじっちまったなあ・・
後悔しても・・時すでに遅し・・か・・
にしてもよ・・先生、結構きついこと言うんだな・・
「ここで投げ出すくらいなら、その程度だったってことだ」
その程度・・か・・
そうさね・・
先生にすりゃあ・・そう思うのは当然だ・・
あれだけ必死に練習してきてよ・・
今さら投げ出すってなりゃあ・・
先生にすれば・・やりきれないよな・・
全部が無駄になんだもんな・・
インターハイかぁ・・
そういや・・ジャガイモとの対戦も・・まだだ・・
ゼンジー・・「来るんやったら正面から来んかい」っつってたな・・
ほんとそうだぜ・・
今さらながら・・ゼンジーの言葉が身に染みるぜ・・
でもよ・・先生のあの様子じゃ・・今回ばかりは許してくんねぇ・・
仏の顔も三度まで・・
私は三度どころか・・何度も先生を困らせてよ・・
ああ~~、考えても仕方ねぇやな・・
これを機に、軽音部作ってバンドでもやっかな・・
そんな中川の後姿を、日置はじっと見つめていた―――




