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サーよし!2  作者: たらふく
216/413

216 神田の罠




―――そして翌日。



一年五組の生徒たちは、音楽の授業のため、音楽室に向かっていた。


「卓球はどう?」


歩きながら市原が訊いた。


「うん。この間から、打たせてもろうとるんよ」


和子は嬉しそうに答えた。


「へぇー、結構、早かったな」

「私、中学の時から卓球しよったけに、なんか筋がええて、先生が言うてくれたんよ」

「おおっ、ほなら、郡司さんもインターハイ行けるな」

「あはは、そがなことやこ、まだわからんけに」


そこで彼女らの横を、神田が通り過ぎた。


「なにが卓球や」


神田は和子に聴こえるように、わざとそう言った。

和子は、とても嫌な気持ちがしたが、聴こえないふりをした。


「郡司さん、あんなん気にせんとき」

「うん。気にやこせん・・」

「なんか、あの子、演劇部でも孤立してるみたいやで」


その実、神田は演劇部でも上級生らと上手くいってなかった。

なぜなら、もともと協調性が乏しい神田は、上級生の指示にも従わず、度々衝突していたのだ。


「そうなんや・・」

「まあ、あの子のことはええとして、はよ行かな、ベルが鳴ってしまうで」

「うん、そうじゃの」


そして二人は駆け足で廊下を走った。



―――昼休み。



和子と市原は、一緒に弁当を食べていた。


「なんかさあ、郡司さんの話聞いてたら、卓球部て、なかなか面白いなと思てさ」

「先輩じゃろ?」

「そうそう。特に中川さん。私、新聞部やん?クラブ活動の記事も書かんとあかんねんけど、今度、卓球部を取材しよかな」

「えぇ~取材て、なんか本格的じゃな」

「今日の放課後にも、小屋に行ってみよかな」

「あ・・それは・・ちょっと・・」

「え・・?」


和子は、日置と阿部らの間で、表面化していないものの問題を抱えていることを知っている。

取材ともなると、そんな余裕などないと思った。


「あの・・今は止めといた方がええけに・・」

「なんでなん?」

「うん・・それが・・先輩たち、先生に秘密にしとることがあってな。それがどうなるか、まだわからんのよ」

「秘密て・・どういうこと?」

「なんでも・・三神とかいう学校に、偵察へ行ったぁ言うて、それを先生に言えんままなんよ・・」

「三神て、なんなん」

「大阪でもすごい強いチームじゃあ言うて、それで実力を知るために、偵察に・・」

「へぇ・・」

「誰にも言わんでよ。新聞部の先輩にも・・」

「うん、言わへんけど、色々とあるんやなぁ・・」

「勝つためじゃけに、私は仕方がないと思うとるんよ」

「そっか。わかった」


この話を聞き逃さなかったのが、神田だった。

神田は常に、和子のことを気にかけていた。

というより、どうやって泡を吹かせてやろうかと常々思っていた。

それゆえ、和子と市原の話を、いつも耳をそばだてて聞いていたのだ。


秘密か・・

これはええネタが入ったで・・


そこで神田はノートの紙を一枚ちぎって、シャーペンを手にした。


『日置先生へ。先生は知らないと思いますが、先輩たちは三神高校へ偵察に行き、そのことを内緒にしています。私も黙ってろと言われたんですが、このままだと先生は何も知らないことになります。先輩たちは言うつもりはないので私が告白することにしました。郡司和子』


なんと神田は、和子の名を悪用し、日置に手紙を書いたのだ。

そして神田は紙を折りたたみ、封筒に入れて糊で口が開かないようにした。


「郡司さん」


神田は和子の席へ移動した。

和子は驚いて神田を見上げていた。


「あの、悪いんやけどな、これ、日置先生の机に置いてきてくれへんかな」

「え・・なんで私なら・・」

「ちょっと神田さん」


市原が呼んだ。


「なに?」

「これ、なんなんよ」

「ラブレターやねん」


神田はいとも簡単に嘘を言い、そして恥ずかしそうな演技をした。


「自分で渡せばええやろ」

「私かて女やで。直接いうんは恥ずかしいやん・・」

「だから、なんで郡司さんなんよ」

「だって、郡司さんは卓球部やん」

「こんな時だけ勝手やな」

「今までのこと・・ごめんな・・」


神田は辛そうな表情を見せた。

無論、これも演技だ。


「いや・・ええけんど・・」

「ほな、頼まれてくれる・・?」

「うん、わかった」

「あっ、それと、直接は渡さんといてほしいねん・・先生がいてなかったら置いて来てくれる・・?」


なぜなら、直接渡すと「神田さんからです」と言われてしまうからである。


「おったらどないするんなら」

「持って帰って来てくれたらええよ」


神田はそう言って、優しく微笑んだ。


「うん」


和子はあまり気が進まなかったが、今後、神田の態度が変わるという期待が持てたことで、職員室へ向かった。

ほどなくして職員室に到着した和子は、扉を開けて中を覗いたが、日置はいなかった。

そして和子は、小走りで席まで行き、机の上に手紙を置いて職員室を後にした。


教室に戻った和子に「どうやった?」と神田が訊いた。


「うん、先生、おらんかったけに、机の上に置いといた」

「わあ~郡司さん、ありがとう~」

「ううん、ええんよ」


和子は嬉しそうに笑った。

けれども市原は、和子を心配していた。

なぜなら、神田はついさっきまで「なにが卓球や」と、和子に嫌味を言っていたからである。

そんなにすぐに、変われるものなのか、と。


そして神田は席に戻り、弁当の続きを食べながら、ほくそ笑んでいたのである。



―――一方、二年六組では。



「ああ~どうすっかな」


中川は、言い出せなかったことで、困り果てていた。


「昨日、言えんかったんが・・あかんかったな・・」


阿部は、自身を反省していた。


「私もぉ、よっぽど言おかなと思てんけどぉ、なんか・・口に出されへんかったぁ・・」

「私もやん・・」


森上も重富も、勇気が出なかったことを後悔していた。


「もうこのまま、言わねぇでおくか」

「え・・」

「だってよ、先生は誠愛のことだと信じてる。もうそれでいいんじゃねぇか?」

「バレたらどうすんのよ・・」


阿部が訊いた。


「誰も喋らなかったら、バレねぇだろ」

「うーん・・」

「もしバレた時にゃあ、全責任は私が負う」

「そんなわけにはいかんで」

「なんでだよ」

「中川さんだけに責任を負わせるわけにはいかん」

「おめー、っんなこたぁいいんでぇ。バレねぇ、バレねぇって」


阿部も重富も森上も、中川の「言わないことにする」という意見に、それしかないか、と思い始めていた。

そして、バレないだろうという、根拠のない希望的観測が働いていたのである。



―――ここは職員室。



日置は菓子パンを持って席に戻った。


あれ・・


机の上に置かれてある、封筒に気が付いた。

日置は、またラブレターかな・・と苦笑しながら席に着いた。


「日置くん」


隣の席に座る、堤が呼んだ。


「はい」

「それな、きみんとこの子が置いていったで」

「卓球部員ですか?」

「うん、一年生の子や」

「そうなんですか・・」


日置は不思議に思い、直ぐに封筒を開けて手紙を読んだ。

すると、信じられないことが書いてあるではないか。


三神に偵察・・?

先輩たちって・・あの子たち四人のことなのか・・

それにしても・・どうして郡司さんが・・


日置は、俄かに信じられなかった。

なぜなら、和子は「チクる」タイプではないと思っていたからだ。


黙ってろって・・そんな脅迫するようなこと・・ほんとにあの子たちが言ったの・・?


「堤先生」


日置が呼んだ。


「ん?」

「ほんとに・・郡司がここに置いて行ったんですか」

「そやで」

「そう・・ですか・・」


ということは・・やっぱりこの手紙は郡司さんからだ・・

でも・・どうして・・


「どないしたんや。ラブレターとちゃうかったんか?」

「ああ・・親御さんからの伝達です」

「そんなこともあるんやな」


堤は、当てが外れたと言わんばかりに、いたずらな笑みを見せた。



―――そして放課後。



彼女らは着替えも済ませて、体操を始めようとしていた。


「おい、郡司」


中川が呼んだ。


「はい」

「あのノートの件だがよ、もう解決したから、おめー気にしなくていいからな」

「そうなんですね。よかったです」


和子はホッとした笑顔を見せた。


「さあ~~インターハイ予選に向けて、おめーも頑張るんだぜ!」

「私・・予選と関係あるんですか」

「かぁ~~郡司よ、リーグに上がったら、おめーも試合に出るんでぇ」

「ええええ~~そうなんですか!」

「あはは、知らなかったのかよ」

「はい、知りませんでした!」

「郡司さん、あんたも選手の一人やねんで」


阿部が言った。


「そうそう、だから、はよ上達せなな」


重富もそう言った。


「一緒に頑張ろうなぁ」


森上は優しく微笑んでいた。


「はいっ!」

「あはは、おめーは、ほんとにかわいいな」


中川は和子の頭をくしゃくしゃと撫でた。


ガラガラ・・


そこで扉が開き、日置が入って来た。


「よーう、先生。遅かったじゃねぇかよ」


呑気にそう言う中川を、日置は睨みつけた。

そして阿部や森上、重富にもその厳しい視線が向けられた。

四人は、尋常ではない日置の様子を、唖然としたまま何も言えずにただ見ているだけだった。


そして日置は中に入り「話がある」と冷たく言い放ったのである―――

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