214 虎の巻
―――そして放課後。
小屋に集まった彼女らは、台の傍で中川を取り囲んでいた。
中川はノートを手にして、「これさね・・」と深刻ぶって見せた。
和子は、何が始まるのかわからなかったが、とりあえず輪の中にいた。
「これは、私が心血を注いで書き留めた、虎の巻さね・・」
「ここに、三神のことが書かれてあるん?」
阿部が訊いた。
「そうさね・・やつらの一部始終を記した密書さね・・」
「へ・・へぇ・・」
「いいか!これは門外不出だ。口が裂けても外部に漏らすんじゃねぇぞ・・」
「ちょっと・・見たいねんけど・・」
重富が言った。
「今は練習前だ。チラッとだけだぜ・・」
その実、重富はオスカルとアンドレが、気になって仕方がなかった。
そして中川は、パラパラ漫画のようにページを捲った。
「ちょ・・それやったら、なんも見えへんねんけど」
「おめー、わがままだな」
「いや、そんなんちゃうし」
「仕方ねぇやな」
そして中川は、ノートを台の上に置き、野間ら五人のことが書かれてあるページを開いた。
すると四人は、文字を目で追っていた。
――野間はペンドラ。またの名を天地。中肉中背、割とかわいい。芸能人でいうと、天地真理。こいつがエース。
「天地て、野間っていう苗字なんや」
阿部が言った。
「それやったら、野間でええやん」
重富が突っ込んだ。
「っていうか・・天地真理からとったんか・・」
「へぇ・・かわいいんや」
――B野郎はペンの前陣。またの名をオスカル。「きよし」にしようと思ったが却下。ラバーは不明。背は低い。顔は普通。
「きよし・・て、なんなん」
阿部が訊いた。
「やつは、目が大きいんでぇ。だから西川きよしの、きよしさね」
「え・・」
「それでよかったんちゃう?」
重富が言った。
「いや、こいつはオスカルでぇ」
――C野郎はシェイクの攻撃。またの名をアンドレ。体はでかい。こいつもそうだが、みな、フットワークが抜群。
「アンドレ・・体が大きいんや・・」
重富が呟いた。
「そうさね」
「アンドレってな、身長、192cmやねん!これはぴったりやわ!でもなあ・・オスカルも178cmあるから・・やっぱりBは「きよし」にせぇへん?」
「いや、もう変更は効かねぇ」
「なんでよ、あんた次第やん」
「おめー、うるせぇよ。名付け親は私だ!」
――D野郎はペンの前陣。またの名をイカゲルゲ。得意技はミート打ち。
「出たっ・・イカゲルゲや・・」
阿部が言った。
「ミート打ちか・・十本の足で変幻自在ってわけやな・・」
「おっ、重富、なかなかうめぇこと言うな」
――E野郎はカットマン。またの名をクチビルゲ。まるでスッポンのようにボールに食らいつく。ミスが少ない。
「へぇ・・クチビルゲはカットマンなんや・・」
阿部が言った。
「そうさね。こいつぁ~しつけぇぜ」
「でも、これで三神の情報が入ったわけやん?」
重富が言った。
「おうよ。だからこれは門外不出。先生にも言うんじゃねぇぞ」
「そらそやな・・偵察なんてことがバレたら、先生、めっちゃ怒りはるやろし」
「そしたらぁ、試合にはぁ、須藤さんらは出てけぇへんってことなんやなぁ」
森上が言った。
「おうよ。それさね。真のエースは天地でぇ」
「なあ、コウって誰なん?」
阿部が訊いた。
コウとは、中国人留学生の江のことだ。
「チビ助・・こいつぁ・・中国人コーチでぇ・・」
「ええっ!中国人?」
「コウのサーブは・・はっきり言って、おめーらよりすげぇぜ」
「そ・・そうなんや・・」
「そのサーブを、天地らは、ミスもあったが返していたぜ」
「そ・・そっか・・」
「あっ」
そこで重富は何かに気づいた。
「ゼンジーて書いてあるけど、もしかして竹林さんのこと?」
「おうよ。ゼンジーが来てやがったんでぇ」
「へぇ・・そうなんや・・」
ガラガラ・・
そこで扉が開き、日置が入ってきた。
中川は、慌ててノートをTシャツの中に隠した。
「きみたち、そこでなにをやってるの?」
「なっ・・なんでもありません・・」
阿部が答えた。
「体操やったの?」
「いっ・・今からですっ」
「そうなんだ。じゃ始めて」
そして彼女らは間隔を開けて体操を始めた。
けれどもTシャツの中にノートを隠した中川は、日置に背を向けて、つまり窓側を向いて体を動かしていた。
「中川さん」
日置が呼んだ。
「なっ・・なんでぇ」
中川は動きを止めて、そのまま返事をした。
「なんでそっち向いてるの?」
「け・・景色を見てるんでぇ・・」
「あはは、窓が閉まってるのに、なに言ってるんだよ」
「・・・」
「それよりきみ。体操が終わったら訊きたいことがあるから」
そこで中川は振り向いて日置を見た。
「訊きたいこと・・?」
「それと、これも渡さないといけないからね」
そう言って日置はズボンのポケットから、十円玉を五枚取り出した。
「それ・・なんでぇ・・」
「きみ、電話かけてたでしょ」
「ああ・・」
「取り忘れてたよ」
なにっ・・
先生・・仕事が細けぇよ・・
「ああ~!そうだった。先生よ、わざわざ済まねぇな」
そう言って中川は日置に近づこうした。
するとTシャツの中から、ノートが落ちかけた。
中川は慌てて止めようとしたが、一瞬の差でノートは床に落ちた。
この様子を、阿部ら三人はハラハラしながら見ていた。
和子は、あまりわけがわからず、中川がどうするのかと見守っていた。
「ああっ!」
中川は慌ててノートを拾った。
「それ、なに?」
「なんでもねぇやな」
「えらく慌ててたけど」
「ったくよー、先生ってさ、なんで女心がわからねぇんだ」
「え・・」
「女子高生と言やあ、お年頃ってもんよ」
「・・・」
「男にゃ、言いたくねぇことだってあんだよ」
「うん・・そうだよね」
「ああ~手がかかるったら、ありゃしねぇぜ」
中川はそう言いながら部室に入った。
危ねぇ・・危ねぇ・・
これを見られちゃお終いよ・・
そしてノートを鞄の中にしまった。
「で、先生よ、話ってなんでぇ」
部室から出た中川は、日置の傍まで行った。
「とりあえずこれ、渡しとくね」
日置は中川の手に、十円玉を置いた。
「ありがとな」
「それで、僕ね、最近きみの様子がどうもおかしいと思ってるの」
「ほーう」
「なんだか、天地とかイカとか言ってるし、なにか隠してない?」
「隠してねぇよ」
「じゃ、天地とかイカとか、それはなんなの?」
「それはだな・・なんつーか・・」
「もし、卓球に関係することだったら、隠し事は許さないから」
「・・・」
「特に、予選に関してだったら、絶対に許さないよ」
「あ・・あの・・」
そこで阿部が口を開いた。
「なに?」
「あのっ・・中川さん・・最近、ある情報を手に入れまして・・」
そこで中川は、唖然としながら阿部を見た。
チビ助・・
おめー・・まさか、裏切るつもりじゃねぇだろうな・・
森上も重富も、まさかと思い、ハラハラしていた。
「情報ってなんなの」
そこで日置は彼女たちにも前に来るよう、手招きをした。
そして彼女らは慌てて日置の前に立った。
「阿部さん、なんなの」
「あのですね・・大阪誠愛高校という学校がありまして・・」
「うん」
「そこの卓球部は・・とても強いらしくて・・」
「そうなの?」
「それで・・中川さんは偶然センターで見かけたらしく・・」
「うん」
「それで・・名前がわからないので、天地とかイカゲルゲとか・・呼び名を付けて・・」
「そうなんだ」
「はい・・」
「中川さん」
日置が呼んだ。
「なんでぇ・・」
「強いって、レベルはどのくらいなの?」
「そりゃ・・おめー・・強いのは強いんでぇ・・」
「だから、レベルは?」
「さっ・・三神より・・ちょっと・・下かな・・」
「うちと誠愛、どっちが上?」
「そりゃ・・おめー・・やってみねぇと・・な・・」
「でも・・誠愛って聞いたことないなぁ」
「あの・・」
そこで和子が口を開いた。
みんなは、何を言うのかと、一斉に和子を見た。
「私・・ここを受験する時、他の学校も一応確かめたんです。参考のために」
「うん」
「その中に、大阪誠愛高校もありました」
彼女ら四人は愕然とした。
実在したのか、と。
中川は、思わず叫びそうになったが、懸命に堪えていた。
「そうなんだ。あるんだね」
「はい」
「そっ・・そうさね。あんだよ」
「そっか。天地の件は、そういうことだったんだね。わかった」
日置はある程度納得した様子だった。
そして電話の件も、大したことではないと思っていた。




