213 疑念
―――そして翌日。
中川は昼休みにある人物に電話をかけようと、校内の公衆電話の前にいた。
そして電話台の下に置いてある電話帳を開いた。
えーっと・・桂山化学・・桂山・・桂山・・
あっ・・あったぞ・・
そして中川は十円玉を何枚も入れて、ダイヤルを回した。
「桂山化学でございます」
出たのは受け付けの女性社員だった。
「わたくし、中川と申しますが、卓球部の小島彩華さん、ご出勤でらして?」
「卓球部の小島ですか。おそらく出社していると存じますが」
「では、お電話、繋いでくださる?」
「はい、少々お待ちくださいませ」
そこでオルゴールの曲が流れ、中川は周りを見ていた。
ここは、食堂を出たところの、比較的職員室に近い場所だった。
そう、中川は見られてはマズイと、日置の姿を探していたのだ。
「はい、お電話代わりました。小島でございます」
「ああ、先輩、私でぇ」
「おお、中川さんって、あんたやったんか」
「そうでぇ。仕事中、すまねぇ」
「いや、ええけど、今、学校とちゃうの?」
「おう。学校の公衆電話からかけてんでぇ」
「そうなんや。ほんで、どしたんよ」
「あのよ・・先輩さ、先生にズボールこと、話したか?」
「ズボール?」
小島は言葉の響きが可笑しくて、少し笑っていた。
「ほら、浅野先輩の魔球のことさね」
「ああ~、あれ、頭ボールやなかったん?」
「あはは、私も最初は頭ボールっつってたんだけどよ、ズボールの方がすっきりしてて変えたんでぇ」
「あははは、あんた、ほんまにおもろいなあ。で、そのズボールのことを先生に話したかて?」
「おうよ」
「いや、言うてないけど」
「あああ~~よかった」
「言うたらマズイん?」
「いや、別にマズくはねぇんだけどよ、まだ完成してねぇし、黙っててくんねぇかな、と思ってよ」
「そうなんや」
「小島先輩なら、言わねぇよな」
「ああ、まあ、あんたがそう言うんやったら、言わんとくけど。それよりさ」
「なんでぇ」
「いつやったかな、春休みの最後の方で、あんた練習休むために先生に電話かけてきたやん」
中川が三神に偵察に行った日のことである。
「ああ・・そうだったけか」
中川は、あの日のことだ、とすぐにわかった。
「あれ、ほんまは生理痛とちゃうかったやろ」
「えっ」
「他に理由があったんとちゃうの」
「いやっ・・ほんとに生理だったんでぇ」
「ほんま?」
「ほんま」
「あはは、あんたて嘘が下手なタイプやな」
「なっ・・なに言ってやがんでぇ」
「まあええわ。それよりあんた、よう頑張ってるな」
「たりめーさね!三神の野郎をぶっ倒さねぇとな」
そこで日置が前から歩いていた。
げっ・・先生だ・・
小島先輩と話してるのがバレたら・・
えらいことになるぞ・・
「そうそう。おうよ!あっはは、おめー相変わらずだな」
中川は、相手が小島だと悟られないように、芝居を打った。
「え・・」
「こちとら、大阪で楽しくやってらぁな!あはは、あん時はそうだったよな」
「あんた・・なに言うてんの・・」
そこで日置は、中川を見てニッコリと微笑んでいた。
先生よ・・
笑ってねぇで・・さっさと行けよ・・
「おう、いつでも遊びに来やがれってんでぇ!ええ~私がそっちに行くかのよ。なら、新幹線代出せよ」
「あんた・・先生が来たんやな・・」
勘のいい小島は、すぐにわかった。
「おうよ!来た来た。んじゃ、そう言うことで、また連絡すっからよ」
そして中川は切る間際に「先輩・・すまねぇ」と小声で囁いた。
受話器を置いた中川は、「よーう、先生」と、何事もなかったかのようにニッコリと笑った。
「誰と話してたの?」
「東京のダチでぇ」
「そうなんだ」
「なんかよー、私がいなくなって淋しいっつってよ。かわいいもんだぜ」
そこで日置は、開いたまま置かれてある電話帳をチラリと見た。
「東京だと、電話代が高いでしょ」
「お・・おうよ。十円玉がすぐになくなっちまったぜ」
中川は、電話帳を見られて焦っていた。
「おやっ、誰でぇ。開いたまま置きやがったのは・・ちゃんと閉じろってんだ」
そう言って中川は、慌てて電話帳を閉じて台の下に置いた。
「じ・・じゃ、先生。放課後な」
中川は急いでこの場を去った。
日置は不思議に思い、試しに硬貨の取り出し口に指を入れてみた。
すると、何枚もの十円玉が残っているではないか。
あの子・・かけたのは東京じゃないな・・
だとするならば・・どこにかけてたんだろう・・
日置は十円玉を取り出し、ズボンのポケットに入れた。
―――ここは二年六組。
「それにしてもさ、私、ずっと気になってるんやけど」
重富と阿部と森上は、昼食を摂ったあと、雑談していた。
そして重富がそう言った。
「なにがよ」
「天地とか、オスカルとかアンドレのこと」
「ああ~」
「中川さんてぇ~ほんまに面白いわぁ。それってぇ、誰のことなんやろなぁ」
そこで阿部は、誠愛高校のことを話してみようと思った。
「恵美ちゃんもとみちゃんも、大阪誠愛高校って知ってる?」
「いや、知らんし」
「私もぉ、知らんわぁ」
「天地、オスカル、アンドレ、イカゲルゲ、クチビルゲって、その誠愛高校の卓球部員のことやねん」
「へぇー、そうなんや」
「ほんで、中川さん曰くやで。あくまでも」
「うん」
「なんでも、三神より強い高校らしいねん」
「ええええ~~そうなん?」
重富と森上は驚愕していた。
三神でも大変なのに、まだ上がいるのか、と。
「それで、中川さんはセンターで偶然天地らを見かけたらしいねん」
「へぇ・・」
「んで、名前がわからへんから、呼び名をつけたらしいねん」
「そうなんや・・それにしても三神より上て・・」
「まあ、私は今でも半信半疑やねんけどな」
「なんでなん?」
「だってさ、三神より強いってなったら、先生かて知ってるはずやん?」
「ああ・・確かにそうやな」
「せやけど、中川さんは、あめぇぜ、とか言うて」
「・・・」
「天地らは、最近引っ越してきたって言うねん」
「え・・ええ?引っ越し?」
「そやねん。とみちゃんかて、変やと思うやろ」
「引っ越し・・なあ・・」
重富はそう言いつつも、笑っていた。
「でもぉ、その天地さんらはぁ、実在してるのは確かなんやろぉ?」
「うん、それはそうみたい」
「ほならぁ、心しとかんと、あかんなぁ」
そこへ中川が、教室に戻って来た。
「よーう、おめーら、何を深刻な顔してやがんでぇ」
「なあ、中川さん」
重富が呼んだ。
「なんでぇ」
「誠愛高校って、そんなに強いん?」
「その話しかよ」
「うん」
「おうよ!強いってもんじゃねぇぜ。しかもやつらはスケバングループさね・・」
「えっ」
「でもぉ、中川さぁん」
「なんでぇ」
「なんで先生に言わへんのぉ」
森上がそう言うと、「それやん」と重富も賛同した。
「それはだな、なんつーか、びっくりすんだろうがよ」
「いやいや、試合当日に知った方がびっくりするで」
重富は呆れていた。
「おめーら、細けぇことはいいんでぇ。とにかく私はズボール完成のために邁進するのみ!」
こんな説明で、重富も森上も納得するはずがなかった。
そして阿部も、一旦は黙っておこうと決めたが、本当のところはどうなのか、訊くことにした。
「中川さん」
「なんでぇ」
「ズボールのことは、まあええとして、誠愛のことは、やっぱり先生に言うた方がええと思うで」
「だから・・細けぇことはいいっつってんだろ」
「あんた、なんか隠してるやろ」
「隠してねぇし」
「ほなら、私が先生に言うで」
「はあ?」
「誠愛のこと、先生に言う」
「おいおい、チビ助、落ち着けよ」
「めっちゃ落ち着いてるけど」
「私も阿部さんに賛成。先生に言うた方がええと思う」
重富もそう言った。
「おめーら・・なんてぇ疑り深いんでぇ・・」
「ええな。あんたが言わんのやったら、私らが言う」
「待て待て・・ったくよ、しょうがねぇやつらだな・・」
中川は、日置に話せば誠愛など架空の学校だとわかってしまう上、三神へ偵察に行ったことがバレることを恐れ、事実を打ち明けることにした。
そして三人は、探るように中川を見ていた。
「今から言うこと、おめーら気を鎮めて聞きな」
「・・・」
「んで、ええええ~~とか、うわああああ~~とか、ぜってー言わねぇこと」
「・・・」
「それを約束できるなら、話してやるぜ」
「うん、約束する」
「私も」
「私もぉ」
そして中川は、またあさっての方を向いて「あれはいつだったか・・」と話し始めた。
三人は息をのんで聞いていた。
「誠愛の正体・・」
「・・・」
「それは・・」
「・・・」
「それは・・」
「・・・」
キーンコーン カーンコーン
そこでベルが鳴った。
「なんでやねんっ!」
阿部は思わずそう言った。
「あっ、鳴っちまったな」
中川はあっさりとそう言って、席に移動した。
「中川さん!次の休み時間な!」
阿部は中川の背中にそう言った。
言われた中川は、休み時間に事の真相を彼女らに明かした。
すると彼女らが「なんやてぇ~~~偵察!」と、大声で叫んだのは言うまでもない。




