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サーよし!2  作者: たらふく
21/413

21 『よちよち卓球クラブ』




―――「あのぉ~すみませぇん」



森上は、慶太郎を連れて『よちよち卓球クラブ』の扉を開けた。

台で打っていた、初老の男性二人と、椅子に座ってる中年女性一人が森上を見た。

男性らは打つのを止めた。


「きみ、なんか用か」


森上に声をかけたのは、ここの住人である秋川だった。

秋川は、六十代の初老だった。


「あのぉ、ここで練習したいんですけどぉ・・」

「きみ、高校生か?」

「はいぃ」

「ほんで、その子は?」


秋川は慶太郎のことを訊いた。


「弟の慶太郎ですぅ」


慶太郎は、森上の後ろに隠れてモジモジしていた。


「悪いんやけどな、ここは老人クラブなんや。練習やったら、学校でやってくれるか」

「そ・・そうですかぁ」

「まあまあ、秋川さん」


そこで中年の女性が口を開いた。


「別に、ええんと違う?」

「そんなん言うたってやな、わしら、年寄りばっかりやがな。若い子はなんぼでも学校で練習できるがな」

「学校に卓球部、ないん?」


女性が訊いた。


「あるんですけどぉ・・私、この子の面倒を見なあかんのでぇ、早よ帰らなあかんのですぅ」

「え・・ということは、この子も連れて練習するってことかいな」


秋川が訊いた。


「ダメですかぁ・・」

「子供はな、邪魔なだけやし、ケガでもされたら大変やからな」

「まいど~」


そこにまた、一人の初老男性が扉を開けて入ってきた。


「おう、後藤はん、まいど」


この後藤とは、『ササクレ』というクラブチームに所属していた人物だ。

後藤はかつて、オープン戦で日置と対戦したことがあった。

当時の日置は、優勝賞品の卓球台を得るために『たまたまおっさん』というチームに臨時で参加していた。

その時、後藤は、日置にコテンパに叩きのめされていた。


「あれ、この子、誰や」


後藤が訊いた。


「なんや、ここで練習したい言うてな」

「へぇー」

「それより後藤はん」

「なんや」

「ササクレが解散になって、他の人ら、どないしとんや」

「ああ~、まあ、みんな年寄りやさかいな。わしも引っ越したさかいに、あんまり連絡取れてないんや」


後藤が所属していた『ササクレ』は、年寄りチームだった。

病気で辞める者、妻の介護で辞める者、といった具合に、存続は不可能になり、解散となっていた。

そんな中、後藤も引っ越しを機に、『ササクレ』を去っていたのだ。


「せやけど後藤はんが、よちよちに入ってくれて、チーム力も格段に上がったで」

「っんなこと、あるかいな」


後藤はそう言いながらも、まんざらでもなさそうだった。

その実、後藤は、『よちよち』に入ったとたん、トップに君臨していた。

後藤の「伝家の宝刀」である、投げ上げサーブの前では、他の者は手も足も出なかったのである。

そして後藤は、ラリーも上手だった。


『よちよち卓球クラブ』には、主将の秋川の他に、後藤、水沢みずさわ江崎えざきの男性四人と、中島なかじま柳田やなぎだの女性二人がいた。

椅子に座っていたのは、中島だった。

中島と柳田は、共に五十代だった。


「お姉ちゃん~、もう行こう~」


慶太郎は、退屈そうだ。


「ああ・・そやなぁ・・」

「あんた、名前は?」


中島が訊いた。


「森上ですぅ」

「そうか。森上さん、よかったら打って行かへんか?」

「中島さん、あかんて」


秋川が止めた。


「なんでよ」

「っんなもんやな・・」


その実、秋川は子供が嫌いだった。

秋川は、慶太郎を横目でチラチラと見ていた。

慶太郎は秋川の意を察し、ベーッと舌を出して、走って逃げた。


「ああ~慶太郎!」


森上は、「すみませぇん」と彼らに頭を下げながら、慶太郎を追いかけた。


「ちょっと、秋川さん」


中島が呼んだ。


「なんやねん」

「別に、ええんとちゃいますの」

「ここは、老人クラブやで」

「失礼な。私はまだ老人とちゃいますよ。柳田さんかてそやし」

「っんなもん、見た目や、見た目」


実際、中島は老け顔だった。


「まあ~酷いこと言うなあ」

「それより、練習や」


後藤が言った。

後藤は、まさか森上が日置の教え子などと、夢にも思わなかったのである。



―――そしてこの日の夜。



ピンポーン


小島は、日置の部屋の呼び鈴を鳴らした。


「はい」


日置はそう言いながら、玄関のドアを開けた。


「こんばんは」


小島はニッコリと笑って立っていた。


「彩ちゃん、どうしたの?」

「これ」


小島はスーパーの袋を、日置に見せた。


「え・・」

「ご飯、作ってあげます」

「ええっ」

「ささ、お邪魔しま~す」


小島はそう言いながら、強引に部屋へ入った。

そして日置は、ドアを閉めた。


「彩ちゃん、僕もう食べたよ」

「はいはい、わかってます。これは今日のやなくて、保存する分です」


小島は、テーブルに袋を置き、中から食材を出していた。


「いや、そんな、悪いし、いいよ」

「先生て、菓子パンばっかり食べてるでしょ」

「ああ・・まあね」

「それやと、栄養が偏ります。森上さんと阿部さんの練習、みんといかんのに、先生が倒れてしまいますよ」

「僕の体は頑丈なの」

「先生、今年、三十になるんですよ」


小島は手を止めて、日置を見た。


「なんだよ・・」


日置は少しむくれた。


「ま、ええです、ええです」


そして再び小島は手を動かしだした。


「彩ちゃん、気持ちは嬉しいけどね、きみだって練習で疲れてるのに、こんなことさせたくないよ」

「私はまだ、十八ですから~」


小島は、プププと笑った。


「まったく・・きみって子は・・」


日置はそう言いながらも、小島の気遣いが嬉しかった。

小島もまた、日置のために料理を作れることが、嬉しくてたまらなかった。

そして小島は、慣れた手際で次から次へと作った。

出来上がった料理は、野菜の煮物、ほうれん草のお浸し、豆腐と薄揚げの味噌汁、煮魚、ビーフシチュー、フルーツサラダと、色とりどりだった。

小島はそれらを冷蔵庫、あるいは冷凍室へ入れるため、テーブルの上で冷ましていた。


日置は、ダイニングの椅子に座り、せっせと動く小島の後姿をずっと見ていた。

そして、幸せだな、と思うのであった。


「さ、これでよし、と」


小島はエプロンを外し、バッグの中へ仕舞った。


「とても美味しそうだね」

「ビーフシチューとみそ汁は、温め直せばいいですからね。火を入れておくと結構長持ちしますよ」

「そうなんだ」

「今度は先生に、作り方教えてあげます」

「ええ~、僕に?」

「自分で作れたら、私が来んでもええでしょ」

「いや・・まあそうだけど」

「あはは、面倒ですか」

「いや・・きみに負担をかけるよりはいいから、作るよ・・」


それでも日置は、嫌そうだった。

自分にこんなのが作れるはずがない、と。


「あ、わかった」

「なに?」

「私に来てほしいんですね」


小島は、わざとそう言った。


「彩ちゃん・・」


日置は、困った風に呼んだ。


「ああ、嘘です、嘘」

「きみ、僕をからかって楽しいの?」

「え・・」

「来てほしいに決まってるでしょ」

「先生・・」

「きみが来るたびに、僕は帰したくなくなるんだよ」

「・・・」

「でも今日は、ありがとう。とても嬉しいよ」

「先生」


小島はそう言いながら、日置の胸に顔を埋めた。


「彩ちゃん・・」


日置は小島を、優しく抱きしめた。


「きみは、僕を困らせるのが上手だね」

「そんなつもりは、ありません」

「ほんと、悪い子だね」


日置はそう言いながら、小島の唇を塞いだ。

小島も日置にゆだねた。

そして、幸せだと思った。

ほどなくして二人はソファに並んで座った。


「その後、森上さんと阿部さんはどうですか?」


日置に肩を抱かれたまま、小島が訊いた。


「少しずつだけど、前に進んでるよ」

「ドライブも、もう教えてるんですよね」

「そうなんだよ。森上は、ほんとに筋がいいんだよ」

「阿部さんは?」

「阿部にはボールを送ってるよ。一球ずつね」

「ああ、まだフォア打ちは、出来ないんですね」

「でもあの子も頑張ってるよ。なんせマンツーだから、時間はたっぷりとあるしね」

「そうですか。これからですね」

「ああ、そうだ」


日置が何かを思い出したように言った。


「なんですか」

「今月末にね、シングルの一年生大会があるんだよ」

「ああ~」

「でもね、森上はアルバイトがあるから、多分ムリ」

「えっ・・それやったら、今後も無理なんちゃいます?」


小島は、試合が日曜日だということもわかっていた。


「そこなんだよ。試合に出られなければ、練習も何も意味がないからね」

「それは困りましたね」

「どうしたもんかなぁ」

「森上さん、どこでバイトやってるんですか」

「町内のパン屋さんだよ」


小島は考えた。

一度、そのパン屋へ行ってみよう、と。

そして森上と、話をしてみよう、と。

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