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サーよし!2  作者: たらふく
209/413

209 ズボールへの道




―――そして翌日。



この日の練習を終えた彼女らは、それぞれ交代しながら部室で着替えていた。


「よーう、郡司」


順番を待っている中川は、和子の後ろから覆いかぶさった。

和子は一瞬驚いたが、逆らわなかった。


「はい」

「おめー、クラスではうまくやってんのか」

「はい、みんな、仲良くしてくれてます」

「そうか。そりゃよかった。でもよ、またなんかあったら言えよ。私が締め上げてやるからよ」

「はい、ありがとうございます」

「おめー、素直でかわいいな」


中川はそう言って和子の頭を撫でた。

そして部室から、阿部が出て来た。


「郡司、おめー先に着替えろ」

「いえ、先輩、お先にどうぞ」

「なに言ってやんでぇ。いいから行け」


そう言って中川は和子の背中を押した。


「すみません、では先に着替えます」


和子は軽く一礼して部室に入った。


「おい、チビ助よ」

「なに?」

「おめーに相談があんだけどよ」

「なによ」

「ズボールさ・・なかなか練習できねぇだろ」

「ああ~とてもやないけど、時間が足りんもんな」

「でよ、センターって手もあんだけどよ、誰かに見られちゃあまずいってもんよ」

「ああ・・まあなあ」

「でもよ、予選まで時間がねぇだろ。どっかいい場所、おめー知らねぇか」

「ああ、それやったらここで居残りしたらええやん」

「えっ」

「先輩ら、ずっと居残りやってはったんやで」

「なるほどさね!その手があったか!」


そして中川は「よーーし」と言って、着替えるのを止めて台に向かった。

そこへ森上と重富も着替えを済ませて出て来た。


「あれ、中川さん、着替えへんの?」


重富が訊いた。


「重富よ。天地やオスカルやアンドレ、そしてイカゲルゲとクチビルゲに勝つためにゃあ、ズボールを完成させなきゃならねぇんでぇ」

「えっ」


重富が「えっ」と言ったのは、単に驚いたわけではなかった。


「ちょ・・中川さん、今、なんて言うた?」

「なにって、ズボールさね」

「ちゃう、その前やん」

「イカゲルゲ」

「それもちゃう」

「クチビルゲ」

「ちゃうって。あんたオスカルとアンドレって言うたやん」

「それがどうかしたのか」

「中川さん、愛と誠だけやなかったんやね!」


重富は、なぜかとても喜んでいた。


「おいおい、どうしたってんでぇ」

「私、ベルばら好きやねんっ!」


重富は『ベルサイユのばら』が好きというより、宝塚歌劇団の大ファンだったのだ。

重富が演劇に興味を持ったきっかけが『ベルばら』だったというわけだ。


「へぇ・・」

「へぇって・・中川さん、好きなんちゃうの?」

「いや・・そもそもベルばらって知らねぇし」


そう、中川は少女漫画には全く興味がなかった。

オスカルとアンドレの名前は、どこかで聞いた覚えがある程度だったのだ。


「えぇ~~そうなんやあ。っていうか、オスカルとアンドレに勝つってなんなんよ」

「おうよ、それさね!」

「いや・・イカゲルゲとクチビルゲとかも、言うてたで」


阿部が言った。


「天地ともぉ、言うてたよぉ」

「ふふふ・・森上、さすがだぜ」

「え・・なんでなぁん」

「五人のうち、四人がカタカナ、漢字の苗字は天地だけということはだな、つい聞き逃すってもんよ」

「そうなんかなぁ」

「っていうか、その五人、誰なん?」


阿部が訊いた。


「いや、阿部さん、そもそもイカゲルゲとクチビルゲは誰とか言う問題ちゃうし。っていうか人間ちゃうし」

「オスカルとアンドレかて、ある意味、人間ちゃうで」

「いやっ!この二人はれっきとした人間!」

「うわあ~~・・とみちゃん、すごいな・・」

「まあまあ、おめーら、落ち着けって」

「オスカルとアンドレ、人間やんな!?中川さんやったら、わかるやろ?」

「うーん・・そもそもベルばらってなんでぇ」

「もし、誠さんが人間ちゃうとか言われたら、中川さん、嫌やろ?」

「いやっ、誠さんは人間を超えた神でぇ!」

「オスカルとアンドレかて、神やし!」

「っんなこたぁいいやな。私は今から居残りをしてズボールを完成させるんでぇ!」


そして阿部ら四人は先に学校を後にして、中川は一人で「ズボール」を完成させるべく、ボールを出し続けた。

けれども一向にボールは曲がることなく、真っすぐ飛ぶばかりだった。


コツさね・・コツ・・

もっと・・こう・・瞬間的にボールを擦らねぇとな・・

しかも・・鋭くだ・・


コーン・・コンコンコン・・

コーン・・コンコンコン・・


こうして繰り返し出し続け、ボールがバウンドする音だけが、小屋に響いていた。


ガラガラ・・


そこで小屋の扉が開いた。

中川が振り返ると、阿部が顔をのぞかせていた。


「チビ助、おめー帰ったんじゃなかったのかよ」

「駅まで行ったんやけどさ、なんとなく引き返したて来た」

「あはは、なんだよ、それ」


そして阿部は靴を脱いで中に入った。


「それにさ、ズボールってカットやん。やっぱり打つ相手がおらんと」

「おいおい、チビ助。それって私のために引き返したってことかよ」

「別にそういうわけやないけど・・」

「あはは!照れんなって。そーかそーか、私のために」

「それよりさ、天地とか、オスカルとか、なんなん?」

「おうよ、それさね!」


中川は理由を説明しようとしたが、練習を休んで三神に偵察へ行ったなどと言おうものなら、阿部は怒り爆発になるだろうと、思い留まった。

当然、阿部は、中川の言葉を待っていた。


「ふふっ・・チビ助よ・・」

「なによ」

「聞いて驚くんじゃねぇぜ・・」

「うん」

「あれはいつだったか・・」


中川は、なぜかあさっての方を見た。


「私が一人でセンターへ行った時のことさね・・」

「・・・」

「そこにやつらはいやがった・・」

「やつら・・」

「おうよ。やつらは、とんでもねぇ集団よ・・」

「・・・」

「髪は茶色に染め、耳にはピアスよ・・」


中川は、大河を探しに出た時、地面でうずくまっていた男子高生の「なり」を咄嗟に出した。


「そのなりときたら、まさにスケバングループさながらでよ。ところがどっこい。やつらはとてつもねぇ実力者の集団さね・・」

「へ・・へぇ・・」

「ありゃあ、三神の野郎より上だぜ・・」

「えっ・・三神より上・・?」

「いいか!天地はペンドラ、オスカルは前陣速攻、アンドレはシェイクの攻撃、イカゲルゲは前陣、クチビルゲはカットマン・・という布陣さね・・」

「でもさ・・そんなに強かったら、先生は知ってはるやろし、私らにかて言うてくれると思うで」

「ふっ・・チビ助、あめぇぜ」

「え・・」

「そいつらは、最近引っ越して来やがったんでぇ」

「ひ・・引っ越し?」

「細けぇことはいいんだよ」

「でもさ、その名前、なんなんよ」

「それさね。私はやつらの名前を調べようとした。でもよ、こればっかりは、さすがの私でもわからなかったのさ。で、私は呼び名を付けた・・そういうことさね・・」

「へ・・へぇ・・」

「いい呼び名だろ?」

「ああ・・まあ。ほんでその集団、学校はどこなん」


そう訊かれ、中川は焦った。


どこってよ・・

チビ助・・おめー細けぇんだよ・・

えーっと・・

大阪・・

誠さんと愛をくっつけてだな・・

そうさね、大阪誠愛おおさかせいあい高校ってのはどうでぇ・・

これさね!


こう考えた中川だったが、誠愛高校は実在したのである。


「お・・大阪誠愛高校さね」

「誠愛・・聞いたことないな・・」

「おめーが知らねぇだけさね」

「そうか。ほなその誠愛も試合に出て来るんやな?」

「たりめーさね。だから私はズボールを完成させてぇんだ」

「なるほど」


阿部は半信半疑だったが、中川の「ズボール」に対する執着からすると、あながち嘘でもないと思っていた。

たとえ嘘だとしても、三神という大きな壁が立ちはだかるのは事実。

いずれにせよ「ズボール」を完成させることに、迷いなど無意味だった。


「じゃ、私がカット打ちするから、あんたはズボールな」

「おうよ!さすがチビ助さね!おっ始めてくんな!」


こうして阿部と中川は、毎日居残りをして「ズボール」完成のために汗を流し続けるはずだったが、ある「事件」が発生し、居残りは禁止となるのである。



―――ここは桂山の体育館。



小島ら八人は練習後、更衣室で着替えていた。


「それでさ、中川さん、めっちゃおもろいねん」


浅野はセンターでのことを話している最中だった。


「蒲ちゃんが書いてくれてた日誌を読んだまではええんやけど、内匠頭のこと、ないしょうあたまって言うてな」

「ないしょうあたま?」


蒲内が訊いた。


「内匠頭って、ないしょうあたまって読もうと思えば読めるやん?」

「あはは、そういうことか!」


為所が笑うと、他の者も「ないしょうあたまて!」と爆笑していた。


「ほんでさ、魔球のこと、頭ボールとか言うててさ。あははは」

「頭ボールて、なんなん」


井ノ下が訊いた。


「ないしょうあたまの「頭」を取って、頭ボールて付けたらしい」

「あははは、めっちゃおもろいやん!」


外間が言った。


「でも偉いよな」


小島がそう言った。

するとみんなは小島を見た。


「なんとかして三神に勝とうという努力。頭ボールでもなんでもええ」


小島はそう言いながらも笑っていた。


「確かに、あの子は根性あるわ」


岩水が言った。


「あれちゃうかな、サーブのこと自分が喋ってしもたという責任を感じてるんかもな」


小島がそう言うと、「ああ・・確かにな」と、みんなは辛そうな表情に変わった。


「せやけど、頭ボールて~。おもろいわあ~」

「あはは、蒲ちゃん、もう言わんといて」


杉裏がそう言った。


「でもな~中川さん、私の日誌読んでくれて~それで内匠頭の魔球のこと知ったんやもんな~嬉しいわあ」

「うん、蒲ちゃんのおかげやな」

「そうや。蒲ちゃんがずっと書いてくれてたから、役に立ったんやな」

「でも・・頭ボールて・・」


為所がそう言うと、またみんなは爆笑したのである。

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