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サーよし!2  作者: たらふく
208/413

208 母の想い




―――ここは郡司家。



郡司家は、比較的学校から近い天王寺区のマンションを借りて住んでいた。

部屋は六畳の二間と四畳半の、いわゆる3DKだ。

親子二人で住むには十分な広さだった。


「日置先生、わざわざお越しくださって・・」


節江は、日置が訪問したことで恐縮していた。


「いえ、ご挨拶が遅れまして申し訳ありません」


日置は居間のテーブルの前に座っていた。


「まあこの子は・・先生の学校で卓球を続けたい言うて、それはもう、頑固で」


和子は節江の横に座っていた。


「僕も、まさか郡司さんが入学してるとは思いもせずに、驚きました」

「そりゃそうですよ~」

「でも、そこまでして卓球を続けたいという意気込みには感服しました」

「で、この子はどうですか?見込みはありそうですか」

「今日から素振りを始めてまして、それが定着するとボールを打ちます」

「え・・今日から・・?」


節江は不思議に思った。

なぜなら、入部してもう一週間は過ぎている。

なぜ、今日からなのだ、と。


「はい、郡司さんは今日からの参加です」

「和子、どういうことなら」

「ああ・・そのことやけんど・・実は私・・演劇部に入っとったんよ・・」

「なんでなら」

「それは・・その・・」

「あの、お母さん」


日置が呼んだ。


「はい」

「実は――」


そして日置は事情を説明した。

すると節江は、恐れていたことが起こっていたのだと胸が締め付けられた。


「そがなこと・・あんた、なんも言わんと・・」

「でもお母さん、心配いりません」

「どうしてですか・・」

「郡司さんは入学してから、クラスの子たちとあまり話すことがなかったんですが、今日はたくさんの子が話しかけてくれたんですよ」

「・・・」

「それで・・妙なあだ名を付けられてもいましたが、それも今日で解決したんです」

「解決って・・」

「あだ名で呼ぶ子に対して、それをクラスの子が止めてくれたんです」

「そうなんですか・・」

「お母さん」


和子が呼んだ。


「なんなら・・」

「なんも言わんと、ごめん。心配やこ・・かけとうなかったし・・」

「・・・」

「でも、ほんまに大丈夫じゃけに。それにの、卓球部の先輩、みんなええ人ばっかりなんじゃけ」

「そがなこと言うてものぉ・・」

「お母さん」


日置が呼んだ。


「はい」

「ここから学校は近いですし、よければいつでも見学に来てください」

「は・・はあ・・」

「それとですね、桐花卓球部はインターハイ出場が目標です。それで練習のことなんですが、土日はもちろんですが、各学期間の休みも練習は毎日続けます」

「それは・・夏休みとか、ですか・・」

「はい」

「あらら・・こりゃすげぇが・・」

「そこは、よろしいですか」

「あ・・はい・・ええ・・」

「娘さんのことは、僕が責任を持ってお預かりします。どうぞ、今後ともよろしくお願いします」


日置はそう言って頭を下げた。


「いえいえ・・先生。こちらこそ娘をよろしくお願いします」


節江は座り直して、丁寧に応えた。

その横で和子も頭を下げていた。



―――そして翌日。



()ボール・・」


中川は(あたま)ボールより、()ボールの方が音のリズムがいいと感じ、こっちに変更していた。

そして中川は、他の者より一足先に小屋に訪れていた。


中川はボールをラケットにあてて、左右に振ってみた。


「やっぱ・・あれだよな・・手首をもっと柔らかくしねぇとな・・」


そして中川は、何球も続けてボールをコートに送っていた。


「曲がらねぇ・・」


そういや・・浅野先輩は未完成だと言ってたな・・

それほど・・ズボールは難しいってことさね・・

でもよ・・ズボールを完成させれば・・ぜってー三神の野郎に勝てる!

これは間違いねぇんだ・・

なんせ・・この目で見たんだからよ・・

オスカルの空振りをよ・・


オスカルとは山科のことである。


オスカルだけじゃねぇ・・アンドレも、イカゲルゲもクチビルゲも・・


アンドレとは向井のことであり、イカゲルゲは磯部、クチビルゲは仙崎のことである。


そしてエースの天地も・・みんな揃ってクルクルダンスの始まりさね・・

よーーし!やるしかねぇぜ!


ガラガラ・・


そこで扉が開いた。


「あ、中川さん、えらい早いやん」


阿部が中に入って来た。


「よーう、チビ助」

(あたま)ボールの練習なん?」


阿部は靴を履き替えていた。


「チッチ・・ズボールさね・・」

「ズボール・・変更したんか・・」

「おうさね。今日から(あたま)ボールはズボールに生まれ変わったんでぇ」

「それにしても、ないしょうあたまが、まさか浅野先輩やったとはな」

「おめーも知らなかったのかよ」

「いや、私は内匠頭が浅野先輩やと知ってたけど、ないしょうあたまは、さすがにわからんかった」

「まあいいさね。それよりチビ助よ」

「なに?」


阿部は部室に向かっていた。


「ズボールを出すコツなんだがよ、おめーも協力してくんな」

「うん、わかった」


そしてこの日から二人は、ボールに変化を持たせるには、どのタイミングでどう動かせばいいのか、互いに試行錯誤していくこととなる。

それこそ中川は、腱鞘炎になりそうなくらい手首を動かし続け、何度も何度も挑戦し続けるのである。



ほどなくして小屋には、日置も含めた六人が集合していた。


「さて、郡司さんは今日も素振りね」

「はい」

「他の者は基本から。じゃ始めて」

「はいっ!」

「おうよ!」


そして和子はラケットを手にして、日置の前に立った。


「今は素振りだから、そのラケットでいいけど、打つようになれば替えるからね」

「そうなんですか」

「それと、ラバーもね」

「私・・どげなタイプになるんですか」

「きみは、裏ペンの前陣型」


日置は、杉裏タイプに育てるつもりでいた。


「そうですか」

「じゃ、始めようか」

「はい」


和子は経験者だけあって、日置の指導もすぐに吸収していった。


うん・・このままいくと、郡司さんは早めにボールが打てそうだ・・

この子にも・・予選で頑張ってもらわないといけないからね・・


そう、団体戦ではリーグに上がると、五人目の選手として必ず試合に出なければならないのだ。

勝てないまでも、せめて試合として形になるくらいは成長させてやりたいと、日置は思っていた。


「フリーハンドが下がってるよ」


日置はそう言いながら、和子の左手を持って上げた。


「はい」


シュッ・・シュッ・・


「そうそう、その調子ね」

「はい」


シュッ・・シュッ・・


頑張るんじゃけに・・

絶対に・・へこたれんけに・・


ガラガラ・・


突然、小屋の扉が開いた。

日置はそこへ目をやった。

すると節江が、遠慮がちに顔をのぞかせた。


「あっ、お母さんじゃないですか。よく来てくださいましたね」


日置はすぐに節江の元へ行った。

すると彼女らも、ボールを打つのを止めて節江を見ていた。


「誰や・・」

「お母さんて言うてはったで・・」


すると和子は「お母さん・・」と驚いていた。


「お母さん、どうぞ入ってください」


日置がそう言うと、「すみません・・失礼します」と節江は靴を脱いで中に入った。

阿部は急いでスリッパを節江の足元に置いた。


「どうぞ」

「ああ・・ありがとう」

「きみたち」


日置は彼女らに手招きした。

そして彼女らと和子は、日置の元へ行った。


「こちらは郡司さんのお母さんだよ」

「初めまして、阿部と申します」

「重富です」

「森上ですぅ」

「中川でございます」


中川は、とりあえず普通に挨拶をした。


「和子の母です。和子がこれからお世話になりますが、よろしくお願いします」


節江は丁寧に頭を下げた。


「よーう、おっかさんよ。心配ご無用、郡司のことは任せときな!」


中川がそう言うと、節江は仰天していた。


「すみません、この子、こんな喋り方なんです」


阿部がすかさずフォローした。


「ああ・・そうなんですね・・」

「地方から出て来て、なにかと気苦労があるだろうけどよ、こいつのことは心配いらねぇぜ。なー、郡司よ」


中川はそう言って和子の肩を抱いた。


「あらら・・」


節江は圧倒されて、次の言葉が出なかった。


「お母さん」


和子が呼んだ。


「なに?」

「昨日・・話した人、この人なんじゃけに」


和子は日置が帰ったあと、食堂で中川が助けてくれたことを話していた。


「え・・あんたを助けてくれたいうん、この子やったんね」

「うん」

「あらら・・これは。中川さん、和子を助けてくださって、ありがとうございます」

「あいつら、とことん締め上げておきましたんで、二度としないと思いやすぜ。もし!同じことをやりやがったら、八つ裂きにして大阪湾に浮かべてやりやすんで、ご安心を・・」

「え・・」

「中川さん、もうそのくらいで」


日置は呆れながらそう言った。


「あはは、母ちゃんよ、冗談だぜ、冗談。でもま、締めあげたっつーのはほんとだから、安心していいぜ」

「そ・・そうですか・・」

「中川は、こんな話し方ですが、根はとても優しくていい子なので、安心してください」

「はい・・あっ、先生、これを」


節江は手にしていた紙袋を日置に差し出した。


「これは?」

「みなさんで召し上がってください」


袋の中にはシュークリームが入っていた。


「ああ、どうもすみません。ありがたく頂戴します。きみたち、お礼を言いなさい」

「ありがとうございます!」

「ありがとうございますぅ」

「いいえ、少ないですけど」

「母ちゃんよ、気を使わせてしまったな。今度来る時は手ぶらで来な」

「あ・・ああ、はい」


節江は思った。

中川は男勝りだが、気のいい子だ、と。

それに他の子も、みんな良さそうな子だ、と。

そしてなにより、日置は素晴らしい人だ。

ここでなら、和子を任せられる。

和子、頑張りなさい、と。

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