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サーよし!2  作者: たらふく
207/413

207 頭ボール




―――「あああ~~中川さん!」



こう叫んだのは、三宅だった。


「いやあ~、あんたら来てたんや」


浅野はすぐに彼女らに駆け寄った。

重富は、慌ててメガネを外した。


「こんばんは!」

「こんばんはぁ」

「よーう、浅野先輩じゃねぇかよ」

「あはは、中川さん、相変わらず元気やな」

「先輩よ、なんで三宅といんだ?」


三宅はまだ入り口付近で立っていた。


「数馬くん、なにやってるんよ」


浅野は振り向いて呆れていた。

三宅は仕方なく彼女らの傍まで歩いてきた。


「あの・・中川さん・・ほんで、きみら・・」


深刻な表情の三宅に、彼女らは顔を見合わせていた。

そして阿部と森上と重富は、この人が先生が話していた三宅なんだ、と。


「俺・・ごめん。サーブのこと・・三神に喋ってしもて・・」

「いいえ、そのことは、もうええんです」


阿部が答えた。


「そうですぅ。だから謝らんといてくださぁい」


森上が言った。


「そうですよ。なにも気にしてません」


重富もそう言った。


「舐めてもらっちゃあ困るぜ、三宅よ」

「え・・」

「サーブなんざ、単なるご愛敬。つまり、おつまみさね。メインディッシュはラリーと決まってんでぇ。っんな、三神如きにやられるわけがねぇのさ」

「・・・」

「いやっ、そもそもよ、私が調子に乗ってペラペラと喋っちまったのがいけねぇんでぇ。だから、もう詫びは必要ねぇやな」

「そ・・そうか・・ありがとう・・」

「で、浅野先輩よ」

「なに?」

「なんで三宅と」

「私と数馬くん、付き合ってるんよ」

「なにーーーっ、そうだったのかよ。あっ、だから先生は三宅のこと知ってたんだな」

「そやで」

「かぁ~~、世間ってのは、狭めぇもんだぜ」

「あはは、あんた、ほんまにおもろいな」



―――その頃、センターの外では。



大河は中に入ろうか入るまいか、辺りを行ったり来たりしていた。


よう考えたら、なんで僕が中川さんと・・わざわざ・・

別に逃げたと思うんやったら、勝手に思たらええし・・

そやで・・行くことなんかない・・


そして大河は、駅に向かって歩き出した。


「おい、お前」


そこへ不良学生と思しき制服姿の三人が、大河を取り囲んだ。

大河は黙ったまま、彼らを見た。


「金出せ」

「え・・」

「ええから、はよ金出せ、言うとんねや」

「持ってないけど」

「嘘言え。なんぼでもええ。ほら、出せよ」

「こっちは急いどんねや。ほら、はよせぇよ」

「飛ばすぞ」


この男子は、大河をその場でジャンプさせて、小銭を鳴らさせることを言った。


「持ってないし」

「俺らに逆らう、言うんか」

「持ってないもんは、持ってない。逆らうとかちゃうし」

「よし、わかった。おい、身体検査や」


男子は他の者に、腕づくで金を奪うことを命じた。



―――その頃、センターでは。



中川以外の者は、フロアに入って練習の準備に取り掛かっていた。


「中川さん」


まだロビーで大河を待っている中川を、阿部が呼んだ。


「なんでぇ」

「大河くん、用事でもあんのとちゃうか」

「いや・・」

「そこで待ってても、練習しながら待ってても一緒やで」

「チビ助、ちょっと行って来る」

「え・・」


そして中川は、走ってロビーを後にした。


「中川さん!」


阿部は叫んだが、中川には届かなかった。

やがて外に出た中川は、三人の男子が「痛たたた・・」と、うずくまっているのを見つけた。


なんでぇ・・こいつら・・


中川は三人を無視して、大河が来てないかを探した。


あっ!あれはジャガイモ!


大河は、持ち手が半分ちぎれたスポーツバッグを、不格好に肩にかけて歩いていた。


あいつ・・来てたのかよ・・

でもなんで・・帰ってんだよ・・

にしても・・あの鞄は・・どうしたってんでぇ・・


中川は大河を追いかけようと思ったが、なぜか足が動かなかったのだ。

なぜなら、大河の背中は、呼び止められることを拒絶しているように見えたからだ。

そう、まるで誠が愛を拒絶するが如く。


「誠さん・・」


中川は、思わずそう呟いていた。


ああああ~~私は何を口走ってやがんでぇ・・

ジャガイモが誠さんなわけねぇだろが!

くそっ・・仕方がねぇ・・

とりあえず来たってことで、逃げてねぇと認めてやる・・

しかし・・次はねぇからな!


そして中川は、うずくまる男子らを横目で見ながら、中へ戻って行った―――



その実、大河は小学校に上がってからすぐに柔道を習い始めた。

柔道家の父を持つ大河は、あっという間に頭角を現し、大会では何度も優勝を果たしていた。

そして大河が小学六年生の時のことである。

大河はくだらないことで、クラスメイトとケンカになった。

柔道を習っている大河にとって、素人相手に投げ飛ばすことなど造作もない。

その際、相手は机に頭をぶつけ、脳震盪を起こした。


これを知った父親は、「柔道をケンカの道具に使うな!」と大河を叱りつけた。

この時、大河は自分の体は「武器」なのだ、と言うことを知り、大けがさせたことのショックもあって、柔道を辞めた。

中学へ上がった大河は、友達に誘われて卓球部に入った。

部は、たまたま強豪チームであったことも幸いし、大河はここでもすぐに頭角を現し、現在に至る。


ああ~・・ケンカの道具にしてしもた・・

あれほどお父さんと約束したのに・・


そして大河の父は、こうも言い聞かせていた。


「己のために技を使うな。誰かを助けるために使え」と。


でもなあ・・さっきのは・・仕方がなかったんや・・


こんな風に考えていたところを、中川は見たというわけだ。



―――そしてフロアでは。



中川は大河のことを頭から消し、練習に没頭していた。

そして三宅といえば、阿部のサーブに仰天していた。


「これが・・中川さんが言うてたサーブなんや・・これはすごいぞ・・」


三宅は阿部のサーブを全く見破れずにいた。


「阿部さん、すごいやん!」

「ありがとうございます!」

「あの・・こんなん言うたらあれやけど、サーブのこと三神にバレてても、これなら通用すると思うで」

「はい」

「多分、こんなんやと思てないはずや」

「はい」

「もっかい出して!」


そして三神が来てないと確認した重富も、みんなに交じって練習をしていた。


「浅野先輩よ」


中川はボールを打つのを止めて、浅野を呼んだ。


「なに?」

「ちょっと訊きてぇことがあんだけどよ」

「うん」

「ないしょうあたまって、知ってっか」

「ない・・え、なんて?」

「ないしょうあたまさね・・」

「ないしょうあたま・・いや、全く知らんし、聞いたこともないけど」

「でもよ、卓球日誌には書いてあったんでぇ」

「それって、部室の日誌のこと?」

「そうさね」

「ないしょうあたま・・なあ・・」


無論、浅野には心当たりがあるはずもなかった。

そして、自分のことだとは思いもしなかった。


「書いたのは、蒲内先輩だよな」

「ああ、うん」

「蒲内先輩に訊けば、やつの正体がわかるってことか・・」

「その、あたまがどうかしたんか」

「それさね!そのないしょうあたま野郎は、とんでもねぇ技を持ってやがんでぇ」

「へぇ・・」

「なんでもよ、台の下でラケットを素早く動かし、ボールに変化をつけて、挙句、相手は空振りさね・・」

「え・・」

「これぇやあ~~、すげー技だぜ。だからよ、私はそのないしょうあたま野郎を、この目で見てぇんだ」

「ぷっ・・」


浅野はここで、自分のことだと気が付いた。


「なに笑ってやがんでぇ」

「いや・・ほんで、どうやって見つけるん?」


浅野は「内匠頭」を「ないしょうあたま」と読み間違えてる中川が、可笑しくてたまらなかった。

そして、もう少し「遊んでやろう」思ったのだ。


「それさね。やつはどこにいるのか、先輩、知らねぇか」

「うーん、どこなんやろなあ」

「そもそもよ、なんでぇ、ないしょうあたまってよ。これ、苗字なのかよ」

「どうなんやろ」

「それでよ、私はその技を身に着けてやろうと思ってんだ。しかもだ!ないしょうあたま野郎の遙か上を行ってやるんでぇ!」

「中川さん」

「なんでぇ」

「あんた、カット打ちできるやんな」

「あたぼうよ!」

「ほな、カット打ちやって」

「おうよ!ないしょうあたま野郎のことは、蒲内先輩に訊くぜ!」


そして中川がカット打ち、浅野がカットというラリーが始まった。


何球目で・・出したろかな・・


浅野は、中川がどんな表情を見せるのかが、楽しみでならなかった。

そして中川がフォアクロスへカット打ちをした時だった。

浅野は台の下でラケットを素早く左右に動かし、ミドルに高いボールが返った。


おいおい・・浅野先輩よ・・

こんな高けぇボール・・

舐めてもらっちゃあ困るってんだ!


中川は、思い切りスマッシュを打ちに行った。

ところがである。

ボールはバウンドしたと同時に、右へククッと曲がり、中川はあえなく空振りをした。


「なっ!」


中川は、自分の目を疑った。


「ま・・曲がった・・」


浅野はニヤニヤと笑っていた。


「えっ・・ちょっ・・おいおい、浅野先輩よ!今のはなんだってんでぇ!」

「あはは」

「あはは・・って・・」

「ないしょうあたま・・」

「そ・・それがどうしたってんでぇ・・」

「私が、その、ないしょうあたまさね・・」


浅野は中川の言葉を真似た。


「なっ・・なにーーーーっ!」

「ふっふっふ・・今頃わかったのかい。おめーも焼きが回ったもんさね」

「ぐっ・・浅野先輩・・おめー、なにもんだ・・」

「あはは、あんたさ、浅野内匠頭って知らんの?」

「た・・たくみ・・え?」

「浅野内匠頭」

「知らねぇけど、それがなんだってんでぇ」

「ないしょうあたま、と書いて、たくみのかみって読むんやで」

「えっ・・」

「私、浅野って苗字やん。ほんで名前は多久美っていうねん。浅野内匠頭って江戸時代の殿様の名前やねん。で、私のあだ名は内匠頭」

「なっ・・なんだとーーー!ないしょうあたまじゃねぇのかよ!」

「あはは、そやで」

「ったくよーー、先輩も人が悪りぃぜ。途中からわかってたんだな」

「あはは」

「っんなこたぁいい!先輩、頭ボールのこつ、教えてくんな!」

「頭ボール?」

「ないしょうあたまの、頭を取って、そう名付けたんでぇ!」

「あははは、あんた、ほんまにおもろいわああ」


そして浅野は、丁寧に「頭ボール」のこつを中川に教えたのであった。

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