表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サーよし!2  作者: たらふく
203/413

203 中川の入部条件




―――そして翌日。



休み時間、和子と神田は音楽室に向かうため、並んで廊下を歩いていた。


「なあ、郡司さん」

「なに?」

「担任の、松尾先生て、どう思う?」

「どうって・・」


松尾は四十代半ばの社会担当の男性教師で、その話し方に特徴があった。


「きみぃ~席に着きなさぁ~い。なにをやっとるんだねぇぇ」


神田は松尾の真似をした。

和子は少しだけ笑った。


「似てたやろ?」

「うん」

「あのタイプ、嫌いやねん」

「そうなんじゃな」


そこで日置が前から歩いてきた。


あ・・日置先生じゃ・・

話しかけんと・・

でも・・どげに言えばええんじゃ・・


「日置先生」


神田が声をかけた。


「なに?」

「先生て、モテモテですね」

「なに言ってるの」


そこで日置は和子をチラリと見た。

けれども直ぐに目を逸らした。


え・・先生・・憶えとらんのかの・・


「体育、先生が良かったのに~」


日置は二年の体育を担当していた。


「ほらほら、もう次の授業が始まっちゃうよ。早く行きなさい」


日置はそう言ってこの場を去った。


「やっぱり、かっこええなあ」


神田は日置の後姿を見ていた。


「郡司さん、どうしたん?」


和子は呆然としていた。


「いや、どうもせんけに・・」

「ほな、行こか」


そして二人は音楽室へ向かった。



―――昼休み。



和子は、日置が憶えてないことにショックを受けたが、自分から話せば思い出してくれると考え、一人で職員室に向かっていた。


落ち着いて・・

郡司和子です、と言やぁええんじゃ・・


職員室の前に立った和子は、なかなか入る勇気が出なかった。

そして扉の前を行ったり来たりしていた。

するとそこへ、日置が扉を開けて出て来た。


あっ・・


和子は日置を見上げた。

けれども日置は、そのまま通り過ぎようとした。


「あっ・・あの」


和子が呼び止めると、日置は立ち止まって振り向いた。


「なに?」

「あの・・あの・・」

「どうしたの?」

「私・・」

「ん?」


やっぱり先生・・

全く憶えとらんが・・

そんな・・

私は・・なにしにここへ来たんなら・・


「うっ・・ううう」


和子は思わず涙を流した。


「えっ・・きみ、どうしたの」

「ううう・・うう」


そして和子は、逃げるようにして走って行った。


「おーい、先生よ」


中川が後ろから呼んだ。

日置は振り返って「なんだよ」と答えた。

そう、中川は日置の元へ訪れていたのだ。

そして日置が先に職員室から出たところで、今しがたの光景を目にしたというわけだ。


「ったくよー、ほんと先生は、罪な野郎だぜ」

「僕、なにもしてないよ」

「入学早々、女を泣かしてんじゃねぇぜ」

「だから、なにもしてないって」

「まあ、いいさね。んで、入部の条件は素振り500回でいいんだな」

「うん」

「さてさて~何人、(はじ)いてやっかな」

「やっぱり阿部さんに頼んだ方がよかったかな・・」


阿部はクラス委員に選出され、放課後は会議があるのだ。


「なに言ってやがんでぇ。こういう仕事は私がうってつけってもんよ」

「仕事・・」

「にしてもよ、この先、一体何人の女が泣くのかねぇ。ああ、先が思いやられるぜ」

「まったく・・きみって子は」

「んじゃ、先生よ、放課後な」


そう言って中川は教室へ向かった。


日置は、さっきの子は、なぜいきなり泣いたのが不可解だった。

これまで告白されたことは何度もあったが、さすがに泣く子はいなかったぞ、と。

けれども日置は、こればっかりはどうしようもないと思っていた。


なぜ日置が和子を憶えてなかったかというと、あの日の和子の髪は肩まで伸びていた。

けれども、一念発起した和子は、引っ越したと同時にショートヘアに変わっていたのだ。

おまけに和子の顔は、特に印象に残るでもなく、いわゆる普通だっただけに、無理もなかったのである。



―――そして放課後。



「郡司さん」


神田が呼んだ。

和子は黙ったまま、神田を見た。


「クラブ紹介、行くで」

「うん・・」

「どしたん?元気ないやん」

「神田さんって、どこへ入るつもりにしとるん」

「おお、それやん、それそれ」

「ん?」

「私、演劇が好きでな。だから演劇部」


演劇部・・

私・・そがなもんに興味やこ・・ありゃせんが・・

大体・・人前に立つことすら・・苦手じゃが・・

ほなけんど・・

卓球部いうたかて・・

先生は全く憶えとらんかったし・・


「郡司さんも演劇部な」

「えぇ・・」

「ええやん、な?そうしようや」

「うん・・」


和子は仕方なく頷いた。

そして二人は演劇部の部室に向かった―――



一方で、小屋にはたくさんの生徒が訪れていた。


「おらおらあ~~、おめーら、そこで靴を脱げってんだ!」


先を争って中へ入ろうとする彼女たちを、中川は叱りつけた。


「いやあ~日置先生は、まだですかあ~」

「私が先やで!」

「ちょっと、あんた、横入りせんといてよ!」

「この人・・めっちゃ美人やん」


誰も中川のいうことを聞こうとしない。


ったくよーー!

こいつら、なんだってんでぇ!


「こらあああああーーー!」


中川は大声で叫んだ。

すると騒ぎがピタッと収まった。


「いいか、おめーら。よく耳の穴かっぽじって聞きやがれ!」

「うわあ・・顔は綺麗やのに、ヤクザみたい・・」

「おめー、うるせぇよ!」

「ひぃ~~・・」

「我が卓球部はインターハイ出場が目標でぇ!そこでだ!入部条件は素振り500回であ~るっ!」


すると「えええ~~500回!」と驚きの声があちこちから挙がった。


「それをクリアしないと入部は認めん!」


小屋の外では、掃除当番のため、遅れてやった来た森上と重富は中に入れずにいた。


「はーい、質問です!」


一人の女子が手を挙げた。


「よーし、おめー、言ってみな」

「素振りって、日置先生が教えてくれるんですか!」

「ふっ・・あめぇぜ・・」

「え・・」

「先生はよ、おめーら雑魚に取り合ってる暇なんざねぇのさ」

「ほ・・ほなら、誰が教えてくれるんですか・・」

「ここには・・鬼コーチがいてよ。あれはいつだったか・・」


中川は、なぜかあさっての方を向いた。


「鬼コーチによって・・あいつの骨はバラバラさね・・」

「ええええ~~~!」

「まあ・・俗に言う病院送りさね・・」

「え・・骨がバラバラになったのに・・入院できたんですか」

「おめー、細けぇことはいいんでぇ。さあ、おめーら、その覚悟があるなら、中へ入れてやるぜ!」


すると「病院送りて・・」と口々に話す彼女らは、一人、また一人とこの場を去っていた。

それでもまだ大勢の者が残っていた。


「おめーら、どうすんでぇ」

「疑問なんですけど」


一人が口を開いた。


「おーう、言ってみやがれ」

「そんな殺人事件があったら、そもそも廃部になってるんとちゃいますか」

「けっ、誰が殺人だと言ったよ」

「せやかて・・骨がバラバラにって」

「っんなこたぁいい!とにかく素振り500回でぇ!やるのかやんねぇのか!」


彼女らは顔を見合わせて、困惑していた。


「500回かあ・・」

「日置先生が教えてくれるんやったら、頑張るけどなぁ」

「鬼コーチて・・なあ・・」


そこで中川は、あることに気が付いた。


そういや・・団体戦ってよ・・

五人いねぇとリーグに上がれねぇんだったよな・・

するってぇと・・最低でも一人は確保しなきゃなんねぇってことだ・・

こいつら・・全員弾いちまうと・・

こいつぁいけねぇやな!


「おめーら!聞きやがれ!」


中川がそう言うと、彼女らはまた中川を見た。


「ちなみに、500回出来た者には、先生とキスできる権利が与えられるのであ~る!」

「ぎええええええ~~~!」


当然のように、この場は絶叫に包まれた。


「入る!やります!」

「私、1000回やる!」

「1000回やったら、二回キスできますよね!」

「きゃあ~~~!絶対、頑張る~~!」


「中川!」


生徒の後方から日置の怒鳴り声がした。


「きゃあ~~~日置先生~~!」


こう叫んだのは、中川だった。


「きみは!なにやってるんだ!」

「あはは・・すいやせん・・」


結局、キスが嘘だとわかった彼女らは、素振り500回の前では、誰一人入部する者はいなかったのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ