201 滝本東高校
中川は、三神を後にしてから千里中央に出て、駅前のハンバーガーショップへ寄った。
「いらっしゃいませ、ご注文をどうぞ」
店員は、こぼれる様な笑顔で訊いた。
けれどもその笑顔は、中川の風貌が可笑しいせいもあった。
「ハンバーガーとポテトとコーラ」
「かしこまりました」
店内はお昼時とあって、カップルや家族連れで混雑していた。
やがて中川は、注文した品を持ってテーブルに着いた。
ああ~~・・疲れたな・・
にしても・・ゼンジーはいいとして・・
三神って、監督いねぇのかよ・・
中川は、ハンバーガーを頬ばりながら、そんなことを考えていた。
そして、試合の時にロビーで会った「クラブ探しジジィ」が、まさか監督だとは夢にも思わなかった。
ほどなくして中川は、鞄からノートとボールペンを取り出した。
どれどれ・・
中川はメモした内容を読んでいた。
天地は確かにうめぇ・・
天地とは、野間のことである。
というか・・三神の野郎は、全員が動きが速かった・・
フットワークの良さは、群を抜いてやがったぜ・・
それとレシーブだ・・
コウって野郎のサーブを・・どいつもこいつも返してやがった・・
やっぱり予選では・・チビ助らのサーブは通用しねぇぜ・・
そして中川はボールペンを手にした。
B野郎・・こいつの呼び名はなんにすっかな・・
B野郎とは山科のことである。
そして中川は、苗字がわからないので、それぞれの特徴を捉えて三年生に呼び名をつけ始めた。
野間のことは既に天地で確定していた。
うーん、特徴っつったてな・・
見た目は天地だけだしよ・・
かぁ~~・・めんどくせぇ~~
仕方ねぇやな・・
なかなかいい案が浮かばなかった中川は、適当につけ始めた。
B野郎はオスカル・・
C野郎はアンドレ・・
C野郎とは向井のことである。
オスカルとアンドレとは、『ベルサイユのばら』という池田理代子が描いた漫画の登場人物の名前である。
あと二人か・・
うーん・・なんにすっかな・・
あっ・・これなんか、どうでぇ・・
ふふっ・・
D野郎はイカゲルゲ・・
E野郎はクチビルゲ・・
D野郎とは磯部で、E野郎とは仙崎のことである。
イカゲルゲとクチビルゲとは、さいとうたかお原作の漫画を、『超人バロム1』という子供向け特撮ヒーローものを実写化した際に登場する悪者ドルゲ魔人の名前である。
よしよし・・これでいいな・・
あ・・そういや・・これだよ、これ・・
中川は「魔球」のことを思い出した。
チビ助に訊くのもいいが・・
私はカットマンでぇ・・
小島先輩・・なんか知ってっかな・・
待てよ・・もしかすると卓球日誌に、なんか書いてあるかもしんねぇぞ・・
まずは・・それを読んでからだな・・
ほどなくして中川は店を後にした―――
中川は、そのまま家に帰ろうと思ったが、ふと大河のことが頭に浮かんだ。
あいつ・・滝本東っつってたな・・
今日も、練習してるはずだ・・
つーか・・滝本東ってどこにあんだよ・・
その実、滝本東高校も、吹田市だった。
駅前からバスに乗り、滝本東高校前で降りれば行けるのだ。
とりあえず中川は、改札の駅員に訊くことにした。
「あの、滝本東高校って、ご存じかしら?」
駅員は、変な風貌の中川に少々驚いていた。
「あの、滝本東でございますの。ご存じ?」
「ここからバスに乗ったら行けますよ」
「あら・・そうでしたの。あのバス停でよろしいの?」
中川はバス停を指した。
「そうですよ」
駅員は、笑っていた。
「どうも」
そして中川は、またバス停で待った。
けどよ・・
今日はラケットも靴も持ってねぇし・・
行ったところで、なにすりゃいいんでぇ・・
ま、いいさね・・
乗り掛かったバスでぇ・・
中川は自身の例えに、思わず「ぷっ」と笑った。
ほどなくしてバスが到着し、中川は乗り込んだ。
そういや・・須藤も菅原も・・立ってたよな・・
よーーし、負けてらんねぇぜ!
席はたくさん空いていたが、中川は立ったままバスは出発した。
すると電車と違い、バスの揺れはきつい。
特に右折や左折をするときなどは、つり革を持たないと、とてもじゃないが立ってられないほどだ。
中川は何度も転びそうになり、座席の取っ手を掴む始末だ。
うーむ・・あいつら・・
これに耐えてやがったのか・・
ってことはよ・・三神の野郎は全員がこれに耐えられるってことさね・・
足腰・・半端ねぇってことだ・・
これもあとで・・書き足さねぇとな・・
中川は揺れに耐えられず、つり革を持った。
そしてバスは、滝本東高校前で停車し、中川は下車した。
ほどなくして校門に到着した中川は、躊躇なく中へ入った。
そして体育館をすぐに見つけ、そのまま向かった。
かぁ~~~なんてぇ贅沢な体育館でぇ・・
改修されたての体育館は、外観もそうだが、入り口のドアから何から新品同様で、まさにピカピカだった。
「いやあ~大久保くん。この度はたくさん寄付をしてくれて、深く感謝しております」
中川の横を、年行の男性が大久保と共に通り過ぎようとしていた。
げ~~~あれは、大久保さんじゃねぇか!
こんなとこで・・なにやってんでぇ!
そう、大久保は滝本東の出身なのである。
「いえいえ~少ないですけど~お役に立てたなら~なによりです~」
「それにしてもきみ、桂山で頑張っているみたいで」
「はい~不動のエースとして、活躍しております~」
「見て行かないのですか」
男性は卓球部の練習のことを言った。
そこで大久保は、中川に気が付いた。
けれども、あの中川だとは思いもしなかった。
「あらあら~お嬢ちゃん~、ここは男子校よ~」
「えっ・・」
「ここで何してるの~」
「いやっ・・私は・・」
「きみ」
男性が呼んだ。
ちなみにこの男性は校長だった。
「なにかしら・・」
「部外者が勝手に入られると困るんやけどね」
「そ・・そうでございますわね・・おほほ・・」
「ここでなにしてたんや」
「なにって・・ああっ、とても美しい体育館ですこと・・」
「え・・」
「見惚れておりましたの・・」
「お嬢ちゃん・・あんた、もしかして・・」
そう、大久保は中川の話しぶりで気が付き始めた。
「なっ・・なんでございましょう・・」
「中川さんと違う~?」
「えっ・・」
「その、変なメガネとマスク外してみ~」
「大久保くん、知ってる子なんですか」
「ええ~多分~」
「きみ、マスクとメガネをとりなさい」
ぐぬぬ・・こうなったからにゃあ・・とるしかねぇか・・
そして中川は、マスクとメガネを外した。
すると校長は、その美貌に唖然としていた。
「あはは、やっぱり中川ちゃんやないの~」
「お・・おう・・」
「こんなとこで、なにしてたんや~」
「いや、そのよ・・ここの卓球部にちょっとした知り合いがいてよ」
校長は、中川の話しぶりに、さらに仰天していた。
「知り合いて、誰なん~」
「大河って野郎さね」
「あらまっ、大河坊や知ってるのね~」
「ぼっ・・坊や・・」
「それで~、坊やに会いに来たんか~」
「いや・・そういうわけでもなくてよ・・」
「なによ~」
「私は、あの野郎に借りがあるんでぇ」
「借り?」
「あいつに、コテンパにされたままなんでぇ。だからよ、また対戦してぇと思ってよ。それでなんとなく・・」
「あらま~そうやったんや~。うんうん、ええやないの~」
「でも、今日は帰る」
「あらら、なんでなん~」
「なんか・・違う気がしてよ」
「なにが違うんや~」
「その・・コソコソと・・」
中川は、「来るんやったら堂々と正面から来んかい」と、悦子に言われたことを思い出していた。
「あはは、別にええやないの~。どれどれ、私が連れてったげる」
「大久保くん、こんな野蛮な子・・」
校長は、中川の話しぶりが気に入らなかった。
「いえいえ、校長。この子はええ子です~」
「えぇ・・」
「大久保さんよ」
中川が呼んだ。
「なんや~」
「おめーさんの気持ちはありがてぇけどよ、今日はやっぱり帰る」
中川は、大久保に迷惑をかけたくなかった。
「あらま~」
「その代わりといっちゃなんだが、大河の野郎に、センターへ来るよう言ってくんねぇか」
「卓球センターか?」
「おうよ。週末・・今度の土曜日、夜八時。中川が待ってると伝えてくれ」
「そうか~、うん、合点承知の助よ~」
「それと!」
「えっ・・」
「来なかった場合・・私から逃げたと見做すってことも、伝えてくんな」
「はいはい、わったわ~」
「恩に着るぜ。邪魔したな」
そう言って中川は、この場を去った。
そして大久保は、その足で体育館に入った。
「坊やたち~」
大久保が呼ぶと「うーーっす」と後輩たちは挨拶をした。
「大河ちゃ~ん」
「はい」
「ちょっとおいで~」
大河は何事かと、小走りで大久保に駆け寄った。
「なんですか」
「あんた、中川さんて知ってるか~」
「中川さん・・ですか」
「とってもきれいな女子高生よ~」
「あっ!あの中川さんですか」
大河の表情は一気に曇った。
「あんた、あの子とどういう関係なんや~」
「どういうて・・僕、はっきり言うて、あの子嫌いなんです」
「あらまっ、なんでやの~」
「めっちゃ生意気ですし、言葉遣いも乱暴で」
「あはは、うん、わかるわ~」
「で、その中川さんがどうかしたんですか」
「今度の土曜日、夜八時にセンターへ来いって」
「え・・」
「来んかったら、逃げたと見做すて」
「逃げたて・・僕がですか」
「そう言うてたわよ~」
「なんであの子から逃げんとあかんねや・・」
大河はあまりの無礼に、呆れ返っていた。
「言いたいのはそれだけよ~」
「先輩って、中川さんと知り合いなんですか」
「そうよ~」
「そ・・そうなんですか・・」
「あの子、言葉は乱暴やけどね~、持ってるもんは他の子と違うわよ~」
「持ってるもん?」
「ここよ、ここ」
大久保は自分の胸を叩いた。
「どういう意味ですか」
「あんた、対戦したことあるんやったら、わかってるはずよ~」
「別に・・僕は・・」
大河とて、大久保の言葉の意味は、なんとなく理解していた。
そう、中川は他の子にはない、とんでもない度胸と一途な面があることを。
「ほな、伝えたからね~」
大久保が帰ろうとすると「練習、見て行ってください」と大河が言った。
「私は用事があるのよ~。だから帰るわね~」
「そうですか。また来てください」
「合点承知の助よ~、ほなね~」
そして大久保は、学校を後にした。
大河は「来なかったら逃げたと見做す」と言い放った中川を、再び叩き潰してやろうと思っていた。




