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サーよし!2  作者: たらふく
200/413

200 偵察その2




その後も中川は、彼女らの練習を目を皿にして見入っていた。

そして選手一人一人の特徴を、細かく書き綴っていった。


やっぱり天地だな・・


天地とは、野間のことである。


天地は間違いなくエースだ・・

だがよ・・おめーは森上のパワーにゃ及ばねぇぜ・・

体のでかさでも、森上が上さね・・

にしてもよ・・こいつら、休憩しねぇな・・


中川は腕時計を見た。


むっ・・もう昼前じゃねぇか・・

ああ~・・腹が減って来たぜ・・

なんか買って来りゃよかったな・・


その時だった。

突然、強い風が吹き、中川が開けた窓から風が中へ吹き込んだ。

すると台上のボールが、ユラユラと揺れた。

スマッシュを打とうとしていた山科は、タイミングが狂って空振りをした。


「あれ?どっか窓開いてるんか?」


仙崎がそう言うと、彼女らはそれぞれの窓を確認していた。


ああっ・・しまった・・


中川は慌てて窓を閉め、見つからないように身を隠した。


危ねぇ・・危ねぇ・・

ん・・?

ちょっと待てよ・・

あのB野郎・・空振りしやがったな・・


B野郎とは、山科のことだ。


ボールはユラユラと・・

おいおい・・これって使えるんじゃねぇのか・・

けどよ・・どうやってユラユラさせるってんでぇ・・

そんな職人芸・・できるのかよ・・


そう、中川が考えたのは、浅野が「魔球」として取り入れていた技だった。

台の下で素早くラケットを左右に動かし、相手コートにバウンドした時、どの方向へ飛ぶかわからないのである。

浅野は在学中、試合でこの技を何度も使い、窮地を脱したことがあった。

けれども浅野の場合、技は未完成であり、自身も左右どちらに曲がるのか、わからないまま使っていた。


ここはあれだな・・

チビ助に訊いてみるしかねぇな・・


そして中川は、このこともメモした。

中川は、またそっと窓を開けた。

そして中を覗くと、江と朝岡の前に彼女らが整列していた。


「江さん、朝岡さん、大変お世話になりました。ありがとうございました」


野間がそう言うと他の者も「ありがとうございました!」と、全員で深々と頭を下げた。


「いいか、お前ら。王者は絶対ね」

「はいっ」

「相手、どんなチームでも、必ず叩き潰すね」

「はいっ」

「応援してる」

「はいっ、ありがとうございます!」

「それと、ゼンジー」


江は、竹林と呼ぶより、ゼンジーの方が言いやすかった。


「なに?」


悦子は半笑いだった。


「お前、なに笑ってる」

「いや。で、なに?」


悦子は思った。

確か、中川も「なに笑ってやがんでぇ」と言ってたな、と。


「監督に、よろしく言っとけ」

「うん、わかった」

「朝岡、帰るぞ」

「みなさん、予選、頑張ってくださいね」

「はいっ、頑張ります!」


そして江と朝岡は三神を後にした。


うーむ・・どうすっかな・・

やつらの後をつけても・・意味ねぇしな・・

ここは・・午後からの練習も見るべきだな・・

にしてもよ・・腹減ったなあ・・


そこで彼女らは、窓という窓を全部開けて回っていた。


ああっ!

こっちに来る!


中川は開けた窓を閉める余裕がなく、慌てて身を隠した。


「あれ・・ここ開いてるやん」

「え・・そうなん?」

「さっきの突風、こっから入ったんやで」

「閉め忘れたん、誰やねん」


この二人は須藤と菅原だった。


「でもさ・・ここ出る時、必ず確認するやん」


そう、彼女らの戸締りは厳重で、必ず「閉めた」と口に出して確認するのだ。


「まあ、見落としの場合もあるしな」

「そうやろか・・」


もう、っんなこたぁいいだろがよ・・

とっとと向こうへ行けよ・・


中川はその場で動けずにいた。


「あんたら、どしたんや」


そこに悦子がやって来た。


げ・・ゼンジーだ・・


中川は声でわかった。


「ここ、開いてたんです」

「そうなんや」


悦子も戸締りの厳重さは知っている。


「ちょっと、外を確認してくるわ」


げ・・ゼンジー・・来るのかよ・・嘘だろ・・


「いえ、先輩、私らが行きます」

「いやいや、あんたらお昼食べに行き」

「でも・・」

「ええから。私はこの後帰るし。ほら、はよ行き」

「そうですか。すみません。ではお願いします」


そして彼女らは全員で食堂へ移動した。

悦子はその足で入口に向かった。


ど・・どうすんでぇ・・

このまま戻ると・・ゼンジーと鉢合わせだ・・


とりあえず中川は、奥へ進んだ。

けれども行き止まりだ。


うわあ~~・・

隠れる場所がねぇ・・

は・・早くなんとかしねぇと・・


慌てた中川は、あることに気付いてなかった。

そう、鞄の蓋を開けたまま乱暴に肩にかけた際、『愛と誠』が地面に落ちていたのだ。


くそっ・・あれに登るしかねぇ!


中川は1本の桜の木によじ登った。

幸いにも桜は満開だ。


は・・早くっ!

くそっ・・

登れ・・登るんでぇ・・


中川は、懸命に手と足を動かした。

そこへ悦子がやって来た。


来たっ・・ゼンジーだっ!


中川は寸でのところで、ようやく身を隠せた。

悦子は辺りを覗いながら、窓を確認していた。


「別に・・怪しい感じはないしな・・やっぱり単なる閉め忘れやな。あれ・・?」


そこで悦子は『愛と誠』が落ちてあるのに気づいた。


「愛と誠やん・・なんでこんなとこに・・」


悦子はそれを拾い、何気にページを捲っていた。


「えっ・・これなんなん」


そう、悦子が見たのは落書きだった。

それは、こう書かれてあった。


――試合とは・・命のやり取りさね・・


これ・・中川さんとちゃうんか・・

しかも・・吹き出しで誠に言わせてるやん・・


そう、中川は誠の口に吹き出しを書き足し、そう言わせていたのだ。


でもなんでこれが・・ここに落ちてるんや・・


悦子は思わず、辺りを見回した。


「中川さん!」


そして叫んだ。


えっ・・なんで私の名前を・・


中川からは、桜の花びらで悦子は見えなかった。

そして『愛と誠』を落としていたことも、まだ気が付いてなかった。


もしかすると・・見られてたのか・・

いや・・見られてねぇはずだ・・

私は寸でのところで身を隠した・・


「中川さん、いてないの?」


動揺した中川は、足が少し動いた。

すると桜の枝が揺れた。


あっ・・しまった・・


中川は焦った。


あはは・・あんなところに隠れてるんやな・・

ここは・・いっちょ・・締めたらなな・・


「こらーー!中川っ!無駄な抵抗は止めて出て来なさい!」


げ~~~・・ばれちまったぜ・・

ど・・どうすりゃいいんでぇ・・


「里のお袋さんも、泣いてるぞ!かつ丼食わせてやるから出て来なさい!」


げ~~ゼンジー・・面白すぎんだろ・・

いけねぇ・・声が出ちまうぜ・・


「中川ーー!今出て来れば、情状酌量の余地もある。抵抗するならお前は死刑だ!」


くそっ・・もう腕も疲れてきたし・・

仕方がねぇ・・


そして中川は観念して木から飛び降りた。

その際、地面に転がった。


「痛ててて・・」


中川を見た悦子は、その風貌に爆笑していた。


「あははは、あんた、それなんなん」

「ゼンジー・・」

「これ、動かぬ証拠」


そう言って悦子は『愛と誠』を見せた。


「なっ!ええーーっ」


中川は慌てて鞄の中を確認した。


「ない・・」

「あはは」

「そうか・・ゼンジー、その本で私だと気づいたんだな」

「まあ、それはええとして、訊きたいことが山ほどあるんやけど」

「・・・」

「なんで、ここにいてんの」

「そ・・それはだな・・なんちゅーか・・」

「その風貌・・偵察やな」

「そっ・・そんなわけあるかよ・・」

「まあ、健気なあんたに免じて、今回のことは不問に付すけど、来るんやったら正面から堂々と来んかい」

「え・・」

「三神は逃げも隠れもせんで」

「お・・おうよ・・」

「で、うちの子ら、見てどうやった?」


むっ・・ここは・・かますしかねぇな・・


「あっはは、ゼンジーさんよ、三神の野郎なんざ、てぇしたことねぇよ」

「ほーう」

「まあ~うちの敵じゃねぇってことはわかったぜ」

「そうか」

「今度来る時は、おめーが言うように、正面から堂々と来てやらぁな」

「おーう、それでこそ中川さんや」

「んじゃ、私はこれで。邪魔したな」


中川は軽く手を振って悦子の横を通り過ぎようとした。


「あんた」


悦子が呼ぶと、中川は立ち止まった。


「なんでぇ」

「これ」


悦子は本を渡そうとした。


「あ・・ああ・・済まねぇ」


中川さん・・精一杯、虚勢張ってるな・・


そして悦子はニヤッと笑い、「ほな、またな」と言って、先にこの場を後にした。


悦子は思った。

中川は、ほんとに面白い子だと。

チームのために、三神に勝つために、変装してまで偵察に来た。

見上げた根性だ、と。


そして悦子は、ますます中川を好きになったのである。

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