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サーよし!2  作者: たらふく
20/413

20 回転の原理




翌日、中尾は髪の色も制服も元に戻して登校した。

中尾を見た加賀見は、心底安堵したと同時に、教師の仕事がいかに大変かを、今回のことで身に沁みて感じていた。

そして、クラスにも平穏が戻っていた。

けれどもこの先、加賀見にまた問題が降りかかるのである―――



「日置くん」


職員室の席で堤が声をかけた。


「はい」

「昨日、加賀見に説教したんやてな」


堤は、半ば笑いながらそう言った。


「説教なんて大袈裟なもんじゃありません」

「せやけど、校長が聴いとったんや」

「えぇ~そうだったんですか?」


そう、職員室の隣にある校長室では、工藤が聴いていたのだ。


「ええこ言うとったって、校長、感心しとったで」

「そんなことありませんよ」

「これでまあ、加賀見も教師の何たるかを、少しはわかったんちゃうか」

「そうだといいんですけどね」

「それより、卓球の方はどうや」

「まあ、少しですけど、前に進み始めた感じですかね」

「森上、ええ選手にしたってくれよ」

「もちろんです」

「せやけどなあ~、レシーブさえ怖がらんかったら、うちのエースやったのになあ」


堤は、まだ未練を抱いていた。

日置は、苦笑するしかなかった。


森上はその後、フォア打ちも定着し、今はショート、ツッツキを習っていた。

これらも森上は、日置が教えた通り、確実にやりこなしていた。

日置は、次はドライブだと考えていた。

そしてフットワーク、カット打ち、サーブ、最低限でもこれを身に着けると、一年生大会には間に合う。

森上はパン屋でアルバイトを始めたが、なんとかその日は休めないものかと、苦慮していた。


一方で、阿部は素振りも定着し、今は日置が出すボールを、ラリーではなく一球ずつ打ち返す練習に入っていた。

やっとボールが打てることで、阿部はますますやる気になっていた。

阿部のレベルでは、一年生大会に出すことは憚られたが、それでも日置は出すつもりでいた。

そう、将来を考えての場慣れと、いずれライバルになるであろう他校の試合を見せるためだ。



―――そして次の日の朝。



「森上さん」


ラケットをバックから取り出そうとしている森上を、日置が呼んだ。


「はいぃ」


森上は立ち上がって振り向いた。


「今日から、ドライブの練習に入るからね」

「はいぃ」

「ラケット持って来て」


森上は急いでラケットを取り出し、台の前に着いた。


「カットボールを出すからね。それを腰を落としながら腕を大きく振りおろしてボールを擦るんだよ」

「はいぃ」

「こんな感じ」


日置は、足をグッと大きく広げ、右足を後ろに下げたかと思うと、その瞬間、大きくラケットを振った。


「できる?」

「はいぃ」


森上は日置に言われた要領で、同じようにやってみた。

するとどうだ。

日置が期待した通りの素振りが出来ているではないか。


この子・・ほんとにすごいな・・


「そう、それだよ」

「はいぃ」

「じゃ、下回転のボールを送るから、打ってみてね」

「はいぃ」


そして日置はボールを送った。

それに合わせて森上は、右腕と右足を大きく下げ、瞬時にボールを擦り上げた。


ビュッ


思わず音が聴こえそうな、鋭い振りだった。


「うん、それだよ。じゃ、続けて送るからね」


そして日置は、ボールを一球ずつ連続で送り続けた。

森上は、全てコートに返していた。


「じゃ、ちょっと回転を混ぜるよ」


日置は、鋭く切れているボール、さほど切れていないボール、ナックルと混ぜて出した。

さすがの森上も、ボールの回転を見切れずに、ミスを連発した。


「ボールの回転に合わせて、振り方も変わってくる。じゃ切れたボールだけ送るからね」

「はいぃ」

「ボールがあたった時の手応えを覚えるんだよ」

「はいぃ」


そして日置は、切れたボールを送り続けた。

森上は、それを確実に返球した。


「うん、そうそう。回転に負けないように振って。ボールが重いでしょ」


日置はボールを出しながら言った。

森上は懸命になって打ち続けた。

その実、森上は「これだ」と思っていた。

自分が打ちたかった力のあるボールは、これなんだ、と。

森上は、初めて打つドライブボールが、楽しかった。

そしてもっと練習がしたいと思っていた。

一時間にも満たない練習は、あっという間に終わった。


「あ、もう時間だ。森上さん、着替えて教室へ行きなさい」


小屋の時計を日置が見た。


「はいぃ、ありがとうございましたぁ」

「あのね、今月の末に一年生大会があるんだけど、その日は日曜日なんだよ」

「はいぃ」

「アルバイト、休むの、無理だよね」

「ああ・・働き始めたばかりなんでぇ・・」


森上は申し訳なさそうにしていた。


「だよね。でも、とりあえず申し込みだけはするから、そのつもりでね」

「はいぃ」

「じゃ」


日置はそう言って、先に小屋を出て行った。


もっと・・練習したいなぁ・・

放課後・・練習したいなぁ・・


森上は、そう考えながら、着替えていた。



「恵美ちゃん」


教室に入った森上に、阿部が声をかけた。


「千賀ちゃん、おはよう」

「おはよ。今日は、何の練習したん?」

「ドライブやねぇん」

「へぇーそれ、どんなんなん?」

「なんか、ボールを擦って打つねぇん」

「へぇーやってみて」


すると森上は、まさに日置が見本を見せたのと同じ素振りをした。


「うわあ~なんか迫力あるなあ」


阿部には森上が、熊のように見えた。


「そうかなぁ」

「威圧感、半端ないで」

「威圧感かぁ」

「きっと、今のが恵美ちゃんの武器になるんやな」

「でも、ボールの回転、見極めるん、難しいねぇん」

「どんな?」

「下回転いうてなぁ、めっちゃ切れてるんとぉ、あまり切れてないんとぉ、色々あるみたいでぇ」


阿部は、下回転に興味を持った。

そして放課後、日置に訊いてみようと思った。



―――放課後。



「今日も、ボールを出すから、打ち返してね」


日置はコートに立ち、籠のボールを台の上に置いた。


「あの、先生」

「なに?」

「下回転って、どんなんですか」

「ああ、下回転は、まだきみには早いよ」

「わかってますけど、回転を見せてくれませんか」

「うん、いいよ」


そして日置は、ラケットでボールの下を擦り、切って阿部のコートに入れた。

するとボールは、阿部のコートにバウンドした瞬間、ネットの方へ逆戻りした。


「おおお・・」


阿部は感心していた。


「こっちに送ってるのに逆戻りしてますね。これが下回転ですか」

「今のは極端な例だよ。ラリー中に逆戻りすることはない。けれども回転がかかってるから、普通に打つとネットミスするの」

「もっかい、出してもらえませんか」

「いいよ」


そして日置は、同じボールを出した。

すると阿部は、ラケットをあてに行った。

ボールは、ネットに引っかかった。


「なるほど。ということは・・ラケットの角度を変えなあかんのか。原理からすると・・面を上に向けるんか」

「そうそう、よくわかったね」

「ということはですよ、回転がかかってないボールやと、面は立てて、ですね」

「そうだね」

「ふむ」

「でも、回転の具合で、面の角度も微妙に変わるし、例えば振り方や打つ強さによっては、角度が関係ない場合もあるんだよ」

「へぇー・・」

「ラリー中、瞬時に判断しなければならない。それを身に着けるためには、絶対的な練習量が不可欠。反復練習を死ぬほどやって、やっと身に着くんだよ」

「なるほど」

「でも阿部さんのように、頭で考えることも必要。回転の原理を理解しているのといないのとでは、大きく差があるからね」

「はい」

「あと、横回転や斜めといった複雑なものもある。それを混合させたりもある。またサーブの場合、上回転に見せかけた下回転やナックルもある」

「へぇー!」

「卓球ってね、ほんとに複雑なんだよ」

「そうですね!」

「でもきみは、まず、僕が送るボールを確実にコートへ入れること」

「はい!わかりました」


そして阿部は、日置の出すボールを延々と打ち続けた。



―――その頃、森上は。



「なあ~お姉ちゃん、外へ行こう~」


弟の慶太郎が、駄々をこねていた。


「宿題はぁ、したんかぁ」

「後でする~」

「あかんよぉ。先にせんとぉ」

「嫌やあ~」

「お姉ちゃんはぁ、晩ご飯の支度もせんとあかんしなぁ」

「嫌やあ~!ちょっとだけでええからぁ~」

「もう~しゃあないなぁ。ほな、ちょっとだけやでぇ」


そして森上と慶太郎は外に出た。

森上は、先に走る慶太郎を「こらこらぁ、危ないよぉ」と言いながら追いかけていた。

すると森上は、商店街の外れに、小さな卓球小屋を見つけた。


「あれぇ、こんなんあったかなぁ」


森上は立ち止まって、中を覗いた。

この小屋は、ここの住人である秋川あきかわが、一階部分を改装し、趣味で卓球台を置いていた。

表には『よちよち卓球クラブ』と看板が掲げられてあった。


「よちよち・・」


森上はプッと笑った。

中では、中年や老人などが、三台に分かれて「ピンポン」を楽しんでいた。


「お姉ちゃん~」


慶太郎が、森上の服を引っ張った。


「うん~、ちょっと待ってなぁ」

「これ、なにしてんの~」

「卓球やでぇ」

「へぇ~これが卓球なんや~」


慶太郎も、珍しそうに見ていた。


「お姉ちゃんって~これやってんの~」

「そやでぇ」

「なんか、簡単そうやな~」

「そんなことないでぇ。難しいんやでぇ」


そこで森上は考えた。

慶太郎を連れて、ここで練習すればいいのではないか、と。

相手は、全くの素人ではあるが、ボールを打つということは、少しでも足しになるのではないか、と。

そして森上は次の日、小屋の扉を叩いたのだった。

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