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サーよし!2  作者: たらふく
199/413

199 偵察




―――そして数日後。



今日は、春休み最後の日曜日だ。

当然ながら、朝から練習はある。

けれども中川は、三神がどんな桐花対策を練っているのかが気になって、夜も眠れない日々が続いていたのだ。

あの後、中川は元気を取り戻してはいたが、やはり責任を感じていたのである。


そこで昨日、中川は部室に置いてある卓球日誌に目を通した。

なぜなら、三神の住所を知るためだ。

そう、中川は三神の練習を密かに偵察しようと考えたのだ。


そして中川は早朝から日置に電話をかけた。


「もしもし」


出たのは小島だった。


「えっ・・」


中川は、女性が出たことで驚いた。

そして相手が小島だとは思わなかったのだ。

なぜなら、小島の声と判別できるほど耳に残っていないからだ。


「あの・・日置先生のお宅でございますかしら」

「はい・・」


こんな朝早くから・・誰やねん・・

まだ六時半やで・・


小島も相手が中川だとは思わなかった。

その理由は、中川と同じだった。


「日置先生は、ご在宅でらして?」

「あの・・失礼ですが、どちら様でしょうか」

「わたくし、中川と申しますが、あなたこそどなたでらして?」

「えっ・・」

「あなた、先生には小島さんと仰る彼女がいらしてよ。この時間にいらっしゃるということは、お泊りになったのね」

「あはは・・」

「お笑いになるとは、なんと無礼な方かしら。先生も先生ですわ。小島さんに言いつけてやってよ」

「あはは、私や、私」

「え・・」

「小島ですがな」

「なっ・・ほんとかよ!」

「あはは、あんた、ほんまにおもろいなあ」

「おいおい、そっちこそだぜ。ったくよー、先生、浮気してんのかと思ったぜ」

「で、こんな朝早くから、どうしたん?」

「ああっ、それさね。先生、起きてんのかよ」

「いや、まだ寝てはるんよ」

「そうか・・じゃさ、伝えてほしいんだけどよ」

「うん」

「私、今日、ちょっと用事があってよ。それで練習休むから」

「そうなんや」


「彩ちゃん、誰なの。ふわぁ~」


そこへ日置があくびをしながら小島の傍に立った。


「ああ、先生」

「誰?」

「中川さんです」

「え・・そうなんだ」

「今日は用事があって練習休むって」

「え・・」


そこで小島は日置に受話器を渡した。


「もしもし、僕だけど」

「よーう、先生」

「用事ってなに?」


日置はそこで時計を確認した。

こんなに早い時間に、どうしたんだ、と。


「かぁ~先生よ、朝からお熱いこって」

「え・・」

「済まねぇが、今日は休ませてくんな」

「なんかあったの?」

「用事が終わったら、行くかもしんねぇし」

「だから、用事ってなんなの」

「しつけーな。女には女の事情ってもんがあんだよ」


中川は「女の事情」と言えば、日置はこれ以上訊かいなと思った。


「ああ、そうなんだ。わかった。無理しなくていいからお大事にね」

「おうよ!んじゃな」


そして二人は電話を切った。


「先生、お大事にって、どうしたんですか」


小島は、親か親戚が病気にでもなったと勘違いした。


「中川って、生理痛があるとか聞いたことなかったけどな・・」

「え・・中川さん、生理で休むんですか?」

「そうみたい」

「そうですか・・」


勘のいい小島は、生理痛ではないと察した。

そして練習を休むほどの用事とは、一体何なのかが気になっていた―――



その後、中川は家を八時に出て三神へ向かった。

千里中央に着くころには、エキスポランドへ行くであろう大勢の乗客で改札口はごった返していた。

ちなみに中川は、マスクを装着し、おもちゃ屋で買った牛乳瓶の底のようなメガネをかけていた。

そのまま顔を出していると、面倒なことになるからだ。


そして中川はバス停でバスを待っていた。

するとそこへ、須藤と菅原が現れたのだ。

思わず中川は、顔を背けた。


見つかっちゃあ・・なにもかもお釈迦よ・・

でも今日は・・この風貌でぇ・・

わかりっこねぇけど・・念には念をだ・・


そこで中川は鞄から単行本を取り出し、読むふりをして顔を隠した。

無論、本は『愛と誠』だ。


やがてバスが到着し、中川と須藤と菅原も乗車した。

中川は空いている席に座ったが、須藤と菅原は立ったままだった。


席・・すんげー空いてんぞ・・

座んねぇのかよ・・

つーか・・五人しか乗ってねぇし・・


バスが発車しても、須藤と菅原は立ったままビクともしなかった。

そう、足腰が鍛えられている証拠だ。

やがて三神高校前に到着すると、三人は下車した。

その際、須藤はチラリと中川を見たが、中川本人とは全く気が付いてなかった。


中川は須藤らと距離を開けて、ゆっくりと学校へ向かった。

やがて須藤と菅原は校門の中へ消えて行った。


なるほどさね・・

ここが三神か・・


中川は校舎を見上げていた。


さてさて・・どんな練習してっか・・とくと見させてもらうぜ・・


中川は、まるでこそ泥のように辺りを覗いながら校門をくぐった。

そして迷うことなく卓球部専用の体育館へ向かった。

なぜなら、日誌に書いてあったからである。


ふふ・・蒲内先輩よ・・助かるぜ・・


体育館に到着した中川は、そっと入口から中を覗いてみた。

すると、彼女らは準備体操を始めていた。


そうか・・今からだな・・


そして中川は体育館の横に回り、建物の下に設置されている通気用の窓を覗いた。

けれども窓は閉まっている。

なぜなら、風は悪影響を及ぼすからだ。

ここの窓を開けるのは休憩時間だけである。


中川は地面に座り、練習の開始を待っていた。

するとそこへ、入口から二人の女性が現れた。

そう、朝岡と江である。

野間は急いで二人を迎えに行った。


あれは・・誰でぇ・・

高校生には見えねぇぜ・・


「にしても、あの女子・・えらくペコペコしてやがるな・・」


中川は野間のことを言った。

なにを話してるのか、窓が閉まったままなので全く聴こえなかった。

そこで中川は、少しだけ窓を開けた。


「今日もよろしくお願いします!」


彼女たちからハキハキとした挨拶の声が聴こえた。


「私、来るの今日で最後ね。お前たち、頑張るよ」

「はいっ」

「もう体操したか」

「はいっ」

「まず基本やれ」

「はいっ」


江がそう言うと、彼女らはそれぞれ台に着いて練習を始めた。


あの女・・日本人じゃねぇな・・

するってぇと・・中国人なのか・・


そこで中川は鞄からノートとボールペンを取り出した。


――コーチは中国人。言葉遣いは乱暴。


中川は自分を棚に上げて、そうメモした。

そして、しばらく基本練習が続いていた。

中川は、彼女らのボールを打つ安定性と、ミスをしない確実性に、正直驚いていた。

そしてきびきびとした動作。


こいつぁ・・すげぇぜ・・

中でも・・コーチにペコペコしてやがったあの女子だ・・

あいつは・・なんてぇ名前なんでぇ・・


中川は野間の実力が桁違いだと感じた。


名前はわからねぇが・・Aでいいな・・


――Aはペンドラ。中肉中背、割とかわいい。芸能人でいうと、天地真理。


中川は余計なこともメモした。


むっ・・あやつも、なかなかだぜ・・


中川は山科のことをもメモした。


――Bはペンだが、ラバーは不明。背は低い。顔は普通。


そして中川は、向井、磯部、仙崎のこともメモした。

この五人は、新三年生たちである。


あとは・・一年生大会で会ったやつばかりだな・・

なるほどさね・・

これが三神のメンバーってわけだな・・


「よし、お前ら、台に着け」


江はいつものように、必殺サーブを出すため、彼女らに順番に台に着くよう促した。


「はいっ」

「いろんなサーブ混ぜる。10球連続で取る。ミスしたら一から」

「はいっ」


そして江はサーブを出し続けた。

江のサーブを見た中川は驚愕していた。

チビ助よりすごいじゃねぇか、と。

そしてなにより、江のサーブを返し続ける彼女らに驚いていた。


「ミスしたら、ダメて言ってる!」

「はいっ」

「お前、ミスした。早くどけ」


そう言われた者は、直ぐに台から離れた。


「次、着け」

「はいっ」


別の者が着いた。


「いいか、10球よ。9球でミスしてもダメ。一から!」

「はいっ」

「10球、まだ少ない。これ甘くしてる」

「はいっ」

「絶対とれ」

「はいっ」


こうしてミスをすれば、また一から。ミスなしで10球取れた者は合格というわけだ。

たった10球など造作もないと思えるが、そうではない。

江のサーブは逆回転は無論のこと、間にドライブのかかったロングサーブと下回転を混ぜており、それらを全て同じフォームからコースも変えて出すので、彼女らでもすぐにクリアとはいかないのだ。


ぐぬぬ・・あの野郎・・

とんでもねぇ怪物だ・・


そして中川は、江の記載に「怪物」と書き足した。

するとその時、入口から一人の女性が入って来た。

中川は、そこへ目をやった。


あああっ!あれは、ゼンジーじゃねぇか!


そう、悦子が入って来たのである。

悦子は昨日、皆藤から連絡を受け、外せない所用があるとのことで、今日が最後になる江と朝岡のことを頼まれて来たのだった。


「竹林先輩!」


野間が急いで悦子を迎えに走った。


「おーう、野間ちゃん。元気か」

「はい。わざわざ来てくださって、ありがとうございます」

「留学生は、どうや」

「もう、すごいです」

「おお、なんや、あのサーブ」


悦子は話しながら、江のサーブを見ていた。


「おそらく、あれに近いサーブを桐花の子たちがマスターしてるはずです」

「なるほどな」


ふむ・・A天地は、野間ってのか・・なるほどさね・・


中川は「野間」とメモを書き足した。

そして悦子は江の元へ行った。


「江さん」


悦子が呼んだ。

江は黙って振り向いた。


「お前、誰」


悦子は江と中川が重なって見えた。

そしてクスッと笑った。


「ワタシ、ゼンジーあるよ」


悦子は冗談を言った。

すると三神の彼女らは仰天していた。


あはははは!ゼンジー、おめー最高だぜっ!


中川は腹を抱えて爆笑していた。

そんな中、江はキョトンとしていた。


「ああ、ごめんごめん。私は竹林です」

「竹林か。お前、なんか変だ」

「なんで?」

「なんで、謝るか」

「今の、冗談や」

「冗談か・・」

「今日は監督が不在で、私が来ました。この子たちがお世話になって、ありがとう」

「いや、いい。こいつら、とても真面目ね。やる気あるね」

「ほな、練習続けてください」

「わかた」


そして再び、練習が始まった。

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