197 事の真相
この日の練習後、浅野は三宅と会う約束をしていた。
「なあ、彩華」
工場を出たところで浅野が呼んだ。
「ん?」
「あんた、今からどうすんの」
「いや、帰るだけやけど」
「先生は?」
「あはは、毎日会うてどないすんねん」
そう、小島は昨日も一昨日も日置と会っていた。
「ほんならさ、一緒に行かへん?」
「えー、あんた三宅くんとデートやろ」
「いや、それがさ、どうもおかしいねん」
「なにがよ」
「あいつ、センターへ行った日のこと訊いたら、なんかしどろもどろになりよんねや」
「なりよんねや、て」
小島は「あはは」と笑った。
そう、三宅は中川との練習を隠していたことに、後ろめたさを感じていたのだ。
「私は、なんか隠しとると思てんねや」
「そんなことないんちゃう?」
「いやっ、なんか怪しい・・」
「あはは。だってさ、三宅くん、あんたにベタ惚れやん」
「そこで、勘の鋭いあんたが着いて来てくれたら、吐かせられると思てんねや」
「あはは、私て、なんやねん」
「まあまあ、ほな、行くで」
そして小島と浅野は、待ち合わせ場所へ向かった―――
「くみちゃん~」
呑気な三宅は手を振りながら、浅野の元へ駆け寄って来た。
「あれっ、小島さん・・」
「どうも」
「どしたん・・?」
「数馬くん」
浅野が呼んだ。
「なに?」
「それ以上訊くな」
「え・・」
「ほな、ご飯食べに行こか」
浅野が強引にそう言うと、三宅は黙って浅野に従った。
くみちゃん・・
せっかくのデートやのに・・
なんでなん・・
食事をした後、ホテルへ誘うつもりだった三宅は肩を落とした。
ほどなくして、うどん店に入った三人は、それぞれ定食を注文した。
「数馬くんさ」
浅野が呼んだ。
「なに?」
「センターへ行った日、私、キャンセルしてごめんな」
「えっ・・」
「せっかく待っててくれてたのに、悪かったなと思て」
「そっ・・その話は、もう何回もしてるやん・・」
三宅はしどろもどろになり、目も泳いでいた。
それこそ勘のいい小島は、浅野の言う通りだと思った。
なにか隠してるぞ、と。
「あの日、多田くんだけやったん?」
「そっ・・そうやで・・」
「ふーん」
「あっ、俺、トイレ行って来る!」
三宅はそう言って席を立ち、逃げるようにしてトイレへ向かった。
「彩華・・どうよ」
「うん、確かに怪しいな」
「これは、女やな」
「どうなんやろなあ」
「女やて。まったくあいつめ・・」
「まあ、そう決めつけるんも、どうなんやろ」
「なんでよ」
「だってさ・・私かて先生に彼女がいてるとか、早苗さんの時なんか、ざんざんなことしたやろ」
「ああ・・」
「だから、あまり決めつけるんは、よくないと思う」
「確かにな・・」
「ここは、話を変えて」
「まあなあ」
ほどなくして三宅はトイレから戻った。
そして三宅は二人の顔を、窺うように見た。
「なんやのよ」
浅野は不満げな表情で見返した。
「いや・・別に・・」
「ああ、ところでさ」
小島が口を開いた。
「今日さ、後輩が桂山に来たんやけど、そっらもう~すごかったんやで、な?」
小島は浅野に訊いた。
「ああ、そやなあ」
「もう、めっちゃ強よなってて、あっ、ほんでサーブやん、サーブ」
「うん、確かにすごかった」
「あんなん、三神でも取られへんで」
「へぇ・・」
三宅は、なんとなく返事をした。
「三宅くん、どんなサーブやと思う?」
「どんなて・・さあ・・」
「それがさ、回転が逆になってんねん」
「え・・」
「フォアの横やのに、回転が逆やねん。つまりバックの横になってるんよ」
「逆・・」
「桂山の男の人でさえ、取るんに苦労してたくらいやで」
回転が逆・・
そんなサーブ・・誰でも出せるもんやない・・
というか、見たことない・・
そういや・・中川さんて・・そんなこと言うとったな・・
嘘やん・・まさか・・
「あの・・小島さん」
「なに?」
「そのサーブて・・いや・・後輩て、何人いてるん?」
「四人やで」
「四人・・」
中川さんは・・あと三人いてると言うてた・・
ほんなら・・中川さん入れて・・四人やん・・
「後輩の中に・・カットマンいてる?」
「うん」
「その子・・」
そこで三宅はチラリと浅野を見た。
浅野は、まだ不機嫌な様子だ。
あかん・・超美人とか・・訊いたら殺される・・
「いや・・その子・・名前はなんていうん・・」
「え・・」
「苗字・・」
「中川さんやけど」
や・・やっぱりそうやん・・
え・・ちょっと待って・・
俺・・須藤さんに話してしもたやん・・
うわあ~~どうしょう~~
「三宅くん、どうしたん?」
「あっ・・あのっ・・うわあ・・どうしょう」
三宅は慌てふためき、水の入ったコップを床に落としてしまった。
ガチャン!
「ああっ」
すると店内の客は、三宅らの席に注目した。
「すっ・・すみません」
三宅は慌てて立ち上がり、割れたコップを拾おうとすると、店員が「ケガしますよ」と言って止めた。
そして後始末は店員がした。
小島と浅野は「すみません」と店員に詫び、客にも一礼していた。
そして店員は、水が入ったコップを三宅の前に置いて騒ぎは収まった。
「ちょっと、数馬くん。どうしたんよ」
さすがの浅野も三宅の慌てぶりに、妬いている場合ではないと平静を取り戻していた。
「いや・・あの・・なあ、くみちゃん、俺、どうしょう・・」
「だから、なにがよ」
「実は・・センターで練習した日な・・」
「うん」
「俺と紀彦、中川さんと練習したんや」
「えええ~~そうやったんや」
浅野と小島は、思わず顔を見合わせていた。
「俺な・・くみちゃんが、いや、そんなことどうでもええ。それより・・」
「なによ」
「中川さんから・・サーブのこと聞いてな・・ほんで俺・・三神の子に喋ってしもたんや・・」
「えっ・・」
浅野と小島は絶句した。
なにをやってくれたんだ、と。
いや、なぜ話したんだ、と。
「実はな――」
そこで三宅は、三神の選手が大学へ来たこと、その際、須藤がサーブのことを訊いてきたなどの一部始終を話した。
「ごめん・・ほんまにごめん・・中川さんが桐花て知ってたら・・絶対に言わんかったのに・・」
「中川さん、校名言わんかったん?」
「うん、紀彦が訊いてんけど、それを訊くのは野暮ってもんさね、とか言うて・・」
「これは・・えらいことになった・・」
小島がポツリと呟いた。
小島は、日置から聞いていた。
今年は絶対に三神に勝つ、いや、勝てるんだ、と。
勝てるサーブを編み出したんだ、と。
「小島さん・・ごめん・・」
「え・・いや・・うん・・」
「なあ、彩華」
浅野が呼んだ。
「なに・・」
「三神やったら・・絶対に対策取るはずや・・」
「・・・」
「だって、森上さん対策として数馬くんらの大学へ通ってたくらいやもん。サーブともなると・・それこそ試合に与える影響は半端ないやん・・」
「うん・・」
「三神やったら・・絶対にどないかするはずや・・」
「俺・・どうしたらええねや・・」
「あんたな!っもう~~いらんこと喋ってからに!」
「内匠頭」
「なによ」
「今さら言うたってしゃあない。三宅くんが悪いわけやない」
「そやかて・・」
「今ここで、事実がわかっただけでもええやん」
「なによ、それ」
「だってさ、試合当日になって、三神が簡単に返してみ、ショックを受けるんは先生とあの子らやん」
「確かにな・・」
「事前に知っといたら、ショックもない」
「うん、そやな」
そして三宅は、何度も何度も二人に頭を下げていた。
「三宅くん」
小島が呼んだ。
「なに・・」
「それ以上謝ったら、三宅くんの負けやで」
「え・・」
「だって、ごめんの「ん」は負けやん」
三宅は意味がわからなかった。
「卓球しりとり~~始めっ!」
小島がそう言うと、三宅も浅野も唖然としていた。
「そやな~まず、スマッシュのゆ!」
そして小島は三宅にバトンタッチした。
「え・・ゆ・・えっと・・緩いサーブ!」
三宅は浅野を見た。
「ブて・・ブ・・無難なサーブ!」
「あはは、ブばっかりやん。えっと~ブ・・部室!」
「つ・・つ・・ついに編み出した必殺サーブ!」
三宅がそう言うと、浅野が恐ろしい表情で見た。
「あっ・・ごめん・・」
「あはは、三宅くんの負け~」
小島がそう言うと、「あんたは、ほんまにアホやなっ」と、浅野は苦笑いをした。




