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サーよし!2  作者: たらふく
194/413

194 大失敗




中川は、とてもせっかちな性格だ。

試合展開も考えずに、開始からすぐに「必殺サーブ」を出した。

そう、試したくて仕方がなかったのだ。

多田は、その複雑な回転に対処し兼ね、あえなくネットミスをした。


「サーよし!」


中川は左手でガッツポーズをした。


「今のサーブ、ええな」

「ふふ・・名付けてナイフサーブさね!」

「あはは、ナイフサーブって、ナイスサーブに聞こえるで」

「むっ・・そうか・・それじゃ、由紀サーブさね!」

「ゆきって、降る雪のこと?」

「ちげーって。高原由紀さね。おめー知らねぇのか」

「ああ~愛と誠の」

「おうよ!」

「そういや、じぶん、早乙女愛に似てるな」

「っんなこたぁいい。行くぜ!」


そして中川は、再び「由紀サーブ」を出した。

その実、これはなかなかのもので、多田も三宅も一球目のサーブはまぐれじゃないとわかった。

そして多田は、二球目もミスをした。


「サーよし!」

「へぇ、すごいな」

「どうでぇ!」

「うん、ええと思うで」

「これでも私は、まだまだなんだぜ」

「そうなん?」

「うちのチームにはよ、私以上のサーブを出すやつがいるんでぇ。しかも三人もだぜ」

「どんなサーブなん?」

「例えばよ、右回転なのに左回転に見えたり、その逆も然りよ」

「へぇー」

「これは、ぜってー見破れねぇし、よっぽどうめぇやつじゃねぇと返せねぇんだ」

「じぶん、学校どこなん?」

「ふっ・・それを訊くのは野暮ってもんさね」

「えっ、なんでなん」

「っんなこたぁいい。さあー続きだ!」


中川は、日置が重富を隠す、と言ったことに乗じて校名を伏せたのだ。

けれども中川は、とんでもない大失敗をしたことに気が付いてなかった。

あの時、校名さえ報せておけば、という事態に陥るとは想像すらしてなかったのである。


「三宅くん」


樋口が中を覗いて呼んだ。


「はい」


三宅は立ち上がって返事をした。


「電話やで」

「あ、すみません」


そして三宅はロビーに出た。


「そこな」


樋口は電話を指した。

三宅は一礼して受話器を取った。


「もしもし、三宅ですけど」

「あ、数馬くん」

「えっ、くみちゃん、どしたん?」


相手は浅野だった。


「ごめん、行く予定にしてたんやけど、ちょっと用事が出来てな」

「ええええ~~!」


三宅はショックで叫び、樋口は唖然としていた。


「あんた、うるさいねん」

「用事て、なんなん!」

「母から会社に電話があってな、はよ帰ってほしいって」

「え・・なんかあったん」

「父が昇進してな。で、お祝いやて」

「そうなんや」

「私がおらんかってもええやんて言うたんやけど、ほら、日頃、練習ばっかりで家にいてないやろ」

「うん」

「だから、こんな時くらいはと思て」

「そうか。そらそやな。めでたいことやし」

「ごめんな」

「いや、ええねん。家族の方によろしく言うてな」

「あんた、多田くんと練習してんねやろ」

「あ、ああ~うん、そやで」


三宅は、中川と練習していることを言えなかった。

なぜなら、浅野を心配させたくなかったからだ。

もし、この時、浅野に用事がなくてセンターに来ていれば、中川は後輩であり、桐花の生徒だということもわかる。

そしてもし、浅野が来れなくても三宅が中川のことを報せていれば、中川という苗字とその話しぶりで後輩だとわかる。

いずれにせよ、校名がわかって、中川が「やらかした」大失敗をせずに済んだのだ。

その「大失敗」に至る事態は、数日後、起こるのである―――



―――そして数日後。



「お邪魔致します。本日もよろしくお願いします」


そう言って、三神の選手たちが入り口から入って来た。

ここは、多田と三宅が通っている関西明正大学の体育館だ。

そう、彼女たちは森上対策として、またここへ訪れていた。


今回は一年生だけではない。

新年度から三年生になる選手も参加していた。

つまり、真のエースは須藤ではないのだ。


「よろしく。早速、練習開始してください」


監督の大崎は、快く受け入れた。


「はい」


主将であり、エースの野間のまがそう言うと、彼女らは柔軟体操を始めた。


「それではみんな。練習をさせて頂きましょう」


体操を終えると野間がそう言った。


「はい」


彼女らはそれぞれラケットを手にして、「目当て」の男性に声をかけていた。


「お願いします」


三宅の元へ、二番手である山科やましなが声をかけに行き、多田の元へは、三番手である向井むかいが声をかけていた。

そう、まずは先輩たちから練習をするのだ。

一年生の彼女らは、女子部員に声をかけて各々練習を始めていた。

そして約二時間が過ぎ、休憩をとることになった。

多田と三宅は二人で床に座り、お茶を飲んでいた。


「それにしてもさ、こないだの子、めっちゃおもろかったな」


三宅は中川のことを言った。


「そうそう。あの子な」

「でもさ、実力は本物やったで」

「カットもよかったけど、やっぱりサーブやな」

「あれはすごかったな」

「なあ、数馬・・」


多田は小声になった。


「なんやねん・・」

「あのサーブやったら、三神にも通用するんとちゃうか・・」

「どうなんやろな・・三神は別格やからな・・」

「せやけど、中川さん、チームにはもっとすごいサーブ出す子がいてるて言うとったで」

「ああ、そう言うとったな・・」


この会話が耳に入った須藤は、中川という苗字に少しだけ反応した。


「あの・・」


そこで須藤は三宅らに声をかけた。


「お訊きしてもいいですか」

「え?」


三宅が答えた。


「サーブがすごいと仰ってましたが、どんなサーブですか」

「ああ・・なんか、ラケットを複雑に動かして、回転が見分けられんようなサーブやねん」

「へぇ・・」

「その子はカットマンやったけど、なんでもチームの他の子らはもっとすごいサーブ持ってるらしいで」

「カットマン・・」

「その子な、超美人なんやけど、喋り方がめっちゃおもろいねん」


この時点で須藤は、あの中川だと確信した。


「もっとすごいサーブとは・・?」

「なんかさ、右回転やのに、左回転に見えるとか言うてたで。な?」


三宅は多田に確認した。


「うん」


多田は、あまり喋りすぎるな、と思っていた。


「ぜーって見破れねぇぜ、とか言うてさ。あはは」


三宅は呑気に笑っていた。


「右回転なのに左回転に見える・・すごいですね」

「そやねん。まあ、ほんまか嘘かわからんけど、その子が出したサーブからすると、ほんまやと思う」

「すみません。ありがとうございました」


須藤はそう言って、元の位置に戻った。

そう、中川の大失敗とは、まさにこのことだったのだ。

三宅と多田が、中川が桐花の生徒だと知ってさえいれば、三神の彼女らには口が裂けても話さなかったはずである。

あの日、中川が「野暮なこと」と言わずに「桐花」と言ってさえすれば、須藤らは予選当日まで必殺サーブのことは知ることがなかったのだ。


日置は、阿部をはじめとする彼女らのサーブは、必ず三神に通用すると確信していた。

そして打倒三神が、夢ではなく現実になるであろうことも。

けれども中川本人も、日置も彼女らも、まさかこんなことになっていようとは、夢にも思わなかったのである。



―――ここは三神の体育館。



「ほう、サーブですか」


翌日、野間は皆藤に昨日の話をしたところだった。


「はい」

「回転が逆に見えるとは、なかなかですね」

「まだ真偽のほどは定かではありませんが、あながち嘘でもないようです」

「なるほど。わかりました」


そうですか・・

日置くん・・

なにがなんでも、うちに勝つつもりなのですね・・

いいでしょう・・

受けて立ちますよ・・


皆藤の頭の中には、ある考えが既に浮かんでいた―――



帰宅した皆藤は、夜になって大崎に電話をかけていた。


「いつもうちの子たちが世話になって、ありがとう」

「なに言うてんねん。こっちもええ練習になってるで」

「それで、また相談なんやけど」

「うん」

「大阪の大学に、中国人選手、いてたやろ」

「いてるけど、誰のこと?」

「ほら、去年こっちに来た、女の子」

「ああ、天長てんちょう大学のコウさんな」

「ああ、それそれ。江さん」

「それがどうかしたんか?」

「ちょっと、うちの子相手してほしいんやけど」

「ええ~、僕、知り合いとちゃうで」

「まあまあ・・そこはお前の人徳で、なんとでもなるやろ」

「声かけろって言うてんのか」

「うん」

「うんて・・」


その中国人女性の名前は、コウ美友メイヨウといった。

江は中国から日本へ来た留学生である。

天長大学チームに所属し、エースとして活躍していた。


「でも皆藤」

「ん?」

「なんで急に」

「本気でうちに勝とうとしてるチームがいててな」

「三神に・・か?」


大崎は唖然とした。

なんと身の程知らずなんだ、と。


「そや」

「もしかして、あの子らをうちで練習させてることと、繋がってるんか?」

「うん」

「まあ・・向かって行く気持ちだけは評価するけど、それにしても三神に、て・・」

「大崎」

「ん?」

「頼むわな」

「うん、わかった」


こうして大崎は伝手を使って、江は間もなく三神に訪れるのであった。

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