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サーよし!2  作者: たらふく
191/413

191 反省の日




―――「よーう、慎吾」



ロビーでポツンと立っている日置に、悦子が声をかけた。


「ああ、えっちゃん」

「あんた、なにしてんねん。あの子らは?」

「いや・・それが」

「ん?」

「えっちゃんさ、中川と話してたよね」

「うん」

「その時、なんかあった?」

「ああ、それな――」


そして悦子は、話の内容を詳しく説明した。


「そうか・・それであの子は・・」

「中川さん、どうかしたんか?」

「いや・・全く元気がなくって、先に帰っちゃったの」

「なるほど。ショックやったんやろ」

「僕、追いかけるよ」


日置が出て行こうとすると「やめとけ」と悦子は止めた。


「え・・」

「ここは、そっとしといたりぃな」

「でも・・あの子、傷ついてるよ」

「あんたが行ったら、もっと傷つくで」

「え・・」

「行ってなんて言うねや。何も言わずにごめんてか」

「だって、そうしないとあの子は傷ついたままだよ」

「あほか」

「え・・」

「そんなん言うてみ、傷口に塩を塗り込むようなもんやで」

「そっか・・確かに、そうだよね」

「慎吾さ」

「ん?」

「あの子は、そんなヤワな子やないで」

「・・・」

「それは、あんたが一番よう知ってるやろ」

「・・・」

「だから心配せんでもええ。明日になったらケロッとしてるで」

「そうだといいんだけど・・」

「そうに決まっとる。しっかりせんかいな!」


悦子は日置の背中をバーンと叩いた。


「痛っ・・今日、叩かれるのって何度目かな」

「あはは」


そこへ「えっちゃん」と言いながら、朝倉がやって来た。

その後には、板倉と中野もいた。


「お待たせ」


朝倉はジャージから一変して、清楚なワンピースに着替えていた。


「ひなちゃんな、今からデートや」


悦子は、いたずらな笑みを浮かべながら小声で言った。


「そうなんだね」


日置はニッコリと微笑んだ。


「朝倉さん、板倉くん、ハワイ旅行、おめでとう」

「ありがとう」

「どうも・・」

「私は誰と行こかなあ」


悦子が言った。


「中野くんは?」


日置は悦子をからかった。


「ちょっと、日置くん。なんで僕が竹林さんと・・」

「なんか言うたか」


悦子は中野を睨んだ。


「いえっ・・なにも・・」

「えっちゃん、じゃ、私たち行くね」

「おーう、楽しんでおいでや」

「日置さんも、またね」

「うん、またね」


そして朝倉と板倉は、体育館を後にした。


「慎吾、この後、どうすんねや」

「僕は、阿部たちを探すよ」

「そうか。ほな中野、飲みに行くか」

「えぇ・・ゼンジーさんと・・」

「お前な!まあええ。着いて来い、助手」


こうして悦子と中野は二人で出て行き、日置は阿部らを探した―――



体育館を出てしばらく歩くと、阿部ら三人は困惑した表情で立っていた。


「きみたち」


日置が声をかけると、三人は黙ったまま日置を見た。


「中川さんは?」

「帰りました・・」

「そうか。うん」

「先生・・あの・・」


阿部が呼んだ。


「なに?」

「中川さん・・泣いてたんです・・」

「そうなんだ・・」

「なんか・・かわいそうで・・どうしたらええですか・・」

「心配しなくてもいいよ」

「え・・」

「あの子は大丈夫」


その実、日置も中川の心情を思いやると胸が痛くなったが、悦子の助言通りに言った。


「きみたち、今から練習する?」

「さっきまでは・・めっちゃそう思てたんですけど・・中川さんのことを想うと・・」

「うん、そうだよね」

「それに・・それに・・さっき、とみちゃんから「事件」のこと聞いたんですけど・・中川さん・・辛かったやろなと思て・・」

「うん」

「そやのに・・私・・中川さんに食って掛かって・・なんか・・なんか・・」


阿部はそう言いながら、とうとう泣き出した。


「阿部さん・・」


日置は阿部の頭を優しく撫でた。


「千賀ちゃぁん・・泣かんといてぇ」

「阿部さん・・なんか私まで・・」


重富も泣きそうになっていた。


「よし。今日はみんな帰ろう」


そして日置らは駅に向かって歩いた。



―――その頃、中川は。



「あーあ・・」


中川は、早々と家に帰り、自室のベッドで横になり天井を見つめていた。


ほんとに・・今日は・・大反省の日だ・・

『腕男』の挑発に乗せられて・・私はカッとなった・・

でも・・先生が胸ぐらを掴んで「腹を立てるな」と言ってくれた・・

大村とケンカした時もよ・・先生は必死になって止めてくれた・・

あれがなけりゃ・・ゼンジーとの対戦もなかったんだ・・

他にも・・

あ~~・・明日から・・どうすりゃいいんでぇ・・


そこで中川は起き上がり、カセットデッキの再生ボタンを押した。

すると『栄光を掴め』が流れた。

中川は、家でいつもこの曲を聴いていた。


「何度も立ち上がれ 何度でも立ち向かえ~~」


そうだぜ・・

落ち込んでる暇なんざ、ねぇのさ・・

でもよ・・先生に申し訳ないことをした・・

済まなかった、と詫びるってのは・・軽すぎる・・

ちげー・・ちげーよ・・

私ができることって・・なんでぇ・・


あっ!そうだ、これさね!


中川は、あることを思いついた。

そして急いで机に向かって、何かを書き始めた。

やがて書き終えた中川は「母ちゃん!」と言って、リビングへ移動した。


「どうしたの?」


母親の亜希子は、キッチンで夕食の支度をしていた。


「ちょっと、手を貸してくんな」

「なによ~」

「いいから、こっちへ来てくんな」


亜希子は何事だと、菜箸を置いてリビングに移動した。


「これさね」


中川は一枚の紙を亜希子に渡した。


「これ、なんなの?」

「ふふ・・セリフさね」

「また芝居でもやるの?」

「母ちゃんは、先生役だぜ」

「先生ねぇ・・」

「じゃ、始めてくんな」

「うん・・えっと、中川さん、おはよう」

「先生、おはようございます」

「えっと・・昨日は頑張ったね」

「あのよ、えっと、とか、いらねぇから」

「ああ・・うん。昨日は頑張ったね」

「はい、とても頑張りました」

「今日から、また厳しい練習が続くけど、大丈夫?」

「はいっ!大丈夫です!」

「そうでなくちゃ」

「はいっ!」


そこで亜希子は中川を見た。


「これ、なんなの?」

「細けぇことはいいんだよ」


そう、中川は、礼儀を尊ぶ日置に応えようと思ったのだ。

そうすると、もう余計な心配をかけることもない。

これが日置が最も喜ぶことだと考えたのだ。


「もう一回、やってくんな」

「えー、またあ?」

「いいからよ。ほら」

「仕方がないわねぇ・・」


中川は、日置に会った時、言葉がすっと出て来るように、練習をしたのだ。

日頃、敬語を使うことなど皆無だ。

愛お嬢さんも考えたが、それは日置も知っている。

ここは、きちんと女子高生らしく、「普通」に話すことが大事だと思ったのだ。



―――ここは日置のマンション。



「ってことで、結構大変だったんだよ」


日置は今しがた、今日起こった様々なことを、電話で小島に話し終えたところだった。


「あはは、先生、やっぱり引っ張られましたか」


小島は、たまたまおっさんのことを言った。


「そうなんだよ」

「でも、中川さん、心配ですね・・」

「それなんだよね・・」

「明日、先生から普通に話しかけたらええんとちゃいますかね」

「うん、そのつもりなんだけどね」

「大丈夫ですって」

「それより彩ちゃん」

「はい」

「今度ね、あの子たちを桂山へ通わせようと思ってるの」

「へぇー!」

「迷惑かけるけど、構わないかな」

「ええに決まってますやん!ほなら私から遠藤さんに話しときますね」

「いや、それは僕からお願いするよ」

「え・・なんでですか」

「僕は監督だよ。僕から頼むのが筋ってもんよ」

「あはは、先生、もんよって、なんですか」

「ああ・・つい中川の言葉が出ちゃった」

「めっちゃ影響受けてますやん」

「今日は、たっぷりとあの子の「名調子」を聞いたからなあ」


小島は日置の苦労を思いやったが、中川の一途で勝気な面は、今後、絶対にプラスに運ぶと思っていた。

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